ⅩⅩⅤ 詰め開き編 後編
第1章。 いきもの連鎖
第2章。 白紙親書2
第3章。 白紙親書3
第1章。 いきもの連鎖
帝都、双月教国教都ムラン、コウニン王国国都クズク・王国連合の共都ノスト、
この4都市がなかったら、特定ギルドに属さない、自由型(流れ)の冒険者の
5人に2人が、失職しなければならない破目になるだろう。
この4都市はいろんな理由で、特定ギルドをつくらせてない。
あるのは登録ギルドだけだ。
登録ギルドは、仕事毎に最低料金が決められているだけで、安く雇えるというのが
常識だ。
だが、腕と信頼のある者への依頼は、特定ギルドより高くつく。
ムランの登録ギルドに籍を置く剣士のリーケは、同ギルドの盾士モンド・
弓士ジェクと槍士ジェラの兄弟・治癒士メイトのよく知る5人で、
教都ムランから帝都への鉄馬車の護衛を引き受けていた。
リーケは、窓に目張りのある特殊な鉄馬車を見ながら思う。
教都ムランを出発してから一度も客が外にでてこない。
御者台にいる、御者と司祭も必要以上の会話はしないときた。
ま、通常の料金の2.5倍の支払いがあったのだ、
訳ありの者を運んでいるのだろう。それ以上の事は知る必要はない。
「襲撃だ!備えろ!」
弓士ジェクの叫び。モンドとメイトが即座に、鉄馬車に障壁と結界を構築する。
リーケ・ジェラも弓を構える。15人程の気配を感じる。
彼ら5人は、帝国への道のりの半分のところで、襲い来た20人程の盗賊団を
いつものペンタゴーヌムで迎え撃ち、最後は武器を捨て
命乞いをしてきた者も含めて、すべて討ち取った。
1人でも生かしておけば、新しい被害者を生む。その被害者が自分の知人の
冒険者だというのは、十分にあり得ることだった。
自分達を襲ってきた盗賊を許して解き放たぬこと、そのような冒険者の不文律を
破ること、そのような手抜きはしない。それが信頼に繋がっていく。
彼らは、キッチリと仕事をした。
そのことを思い出し、
『15人か。』
リーケに笑いが漏れる。
彼らは、1人1つの攻防技術に特化した、普通の中級妖精契約者の
冒険者ではない、
ジェミヌスと呼ばれる2つの攻防技術に長けた、特異の冒険者達である。
・・・・・・
「全員がジェミヌスだったとはな、手間かけさせやがって。」
野盗の頭目が目の前に歩いてくる、リーケは倒れた鉄馬にもたれかかっている。
辛うじて見える左目で周りを見渡す。ジェク・ジェラ・モンドは血まみれで、
ピクリとも動こうとしない。リーケ自身、土の上級妖精契約者の放つ、
高速連続鉱球の激射を受け両腕は既にない。
うすぼんやりと障壁を感じる、メイトは生きているようだ。
「なぜ、上級妖精契約者が野盗なんかに・・・?」
「は、それが社会と言うもんだろうが。おい?」
リーケの体が崩れ落ちる。
「このリーム様の御高説を聞かぬ間にいっちまうとはな。」
「おい、残りの女。障壁を解くなら、こいつらに抱かれるだけで許してやる。
オレは部下想いの男なんでな。」
卑下た笑いが森の中に起こる。
「お前には、手加減して当たらんようにしたはずだ。このオレ様の
やさしさを察して欲しいな。」
解かない障壁に向かい、リームはすぐさま、鉱球の連続激射を行う。
メイトはエーテル切れを起こしたのか、すぐに障壁が消える。
「御者台にいる奴は降りな、中にいる奴は出て来な。」
馬車の中から、全身を一枚布に包まれた、3人の教導士が出てくる。
御史台にいた御者が、司祭に呟く。
「黒の最高枢機卿さ~ま、動いてい~い。」
「好きにせい。」
瞬時に3人の教導士の姿が影のように消える。
「なんだ?」
リームの周りに、悲鳴の嵐が起こる。15拍後、再び教導士が現れた時、
鼻を衝く血の匂いが森の中に流れる。
「もう動けるのは、お前ら3人だけだ。」
無機質な口音が、リームの耳に届く。リームが左右を見渡す、自分の配下達が
あるものは手足をもぎ取られ、あるものは首をむしり取られ、転がっている。
それは、子供が気に入らないおもちゃを壊した、というありさまだった。
恐怖に囚われ、再び激射を、何も発動しない。
「気付かない?」
御者が、片目をつぶりながら、華麗な音でさえずる。
リームは、何か自分に起こりつつあるのに、気付く。
「余計な口音を発せずに、早く妖精との分離を完了させろ、腹が減る。」
リームは、自分の体から、妖精が離れたのを感じ知らされる。
信じられないという、驚愕の想いが、リームの顔に浮かぶ。
「お前たちは、骨の一本まで、消化してやるから、安心しろ。」
無造作に教導士が、リームの首筋を掴む、指が、手が、彼の体に食い込んでいく
凄まじい激痛が彼を襲うが、声が出ない。
「声が出ると、食事に集中できんので、喉と肺から食う事にしている。」
無機質な口音が、涼しく語る。
「よ、よ、妖魔。」
1人生き残ったメイトは、残った僅かな力をかき集め、障壁を張ろうとする。
だが彼女も気づく、妖精と分離している事に。
「ひ~、ひー~、ひ~。」
目の前で、3人の襲撃者が喰われるのをみせられ、言葉が出ない。
必死に後ずさりしようとするが、妖魔の魔力か、
自分の意思で体を動かすことができない。
御者の人外が、御者服を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿となる。
女性の形をしている。
「さあ、あなたも全部脱いで、服ごと食べると、味が不味くなるの。
あなたは、私達を最後まで守ろうとしてくれた。
お礼に、最高の悦楽をあなたに与えながら、食べてあげる。」
第2章。白紙親書(2)
「その火の妖精ルービスもどきに、それが要求するように、
アマト君とセプティさんに会わせてみましょう。」
イルムは、学院から帰ってきたラティスとラファイアが、相談と言いいつつも
好き勝手にしゃべるふたりの話を、辛抱強く聞き、結論を導く。
「イルム、あんた聞いてた、あいつは自爆するといったのよ。」
「そうですよ。ラティスさんが爆発するのは、日頃の行いを考えれば
仕方がないですが、アマトさんとセプティさんが、
巻き込まれるのは、どうなんです。」
「ラファイア、あんた『私が盾になります。』とか、言えないの?」
「どの口で、それをいいます。」
アマトがいないと、2人の妖精は、全くのわがままだ。
『前日、決闘めいた事を廃棄された闘技場でしたと、それでこの関係?
アマトの坊やは、よくこのふたりの妖精を抑えている。』
さすがのイルムも、なかば呆れながらも、感心する。
アマトの坊やがレアヘタレでなかったら、帝国は、この2人の妖精の冗談で、
滅ぼされかねない、とまで思う。
アマトのヘタレっぷりへの愛しさこそが、二人の妖精の暴発を
防いでいるのだろう。
「まず、白色の炎で、このもどきが、最上級妖精以上の力を持っていると
仮定できます。火の最上級妖精契約者の私の出せる最高の炎の色が、
青白だからです。」
「そして、お三人に同時に白炎を打ち込んださいに、
超上級妖精のリーエさんが障壁で防いでます。これから、このモドキの
魔力は、最上級妖精を超え、超上級妖精なみか未満と確定します。」
「しかし、それほどの魔力を持っていながら、機会があったのに、
自爆攻撃していないのです。」
「このもどきは、何らかの理由で、自分で決断して、動くことが
できないのでしょう。」
「そうは言っても、イルム。アマトとセプティを呼び出すためのお芝居、
ということもあるでしょうが。」
「ラティスさんだけだったら。だがもどきは、ラファイアさんの存在と
風の超上級妖精の存在も知っています。」
「だとしたら、3妖精に自爆攻撃が防がれてしまうのは、計算するでしょう。
特に、アマトさんが、ラファイアさんとも妖精契約してるのも、
お話してるわけですし。」
「そう、アマトとラファイアのふしだらな関係も役に立ったわけだ。」
「つまりイルムさん、アマトさんとラティスさんの苔の蒸した関係だけでは、
どうしようもなかったわけですね。」
2人の妖精間の緊張が、戦場の最前線の経験があるイルムにとっても、
どうなのというレベルを超えていく。
イルムはわざと、咳ばらいをいれる。
「私が、クリル時代に知り得た情報に、大乱中のテムス大公国の当初の内乱で
ファウス妃が、双剣に白い炎を纏わせて、戦場に降り立ったというのが
ありますが、戦後のテムスの外交やアウレス大公の態度から、
有形・無形の情報工作の1つだと判断してました・・・。」
「イルムさん、そのファウス妃というのが、ルービスもどきの妖精契約者だと?」
「ラファイアさん、ルービスという妖精の魔力の情報が不十分です。
ラファイアさんのような、光折迷彩の力を持っているんであれば別人の可能性、
だがファウス妃の近き者ではあるでしょう。」
「その力で、テムスの覇権を狙わなかったのですから・・・。
あの時、充分に機会はあったと思いますし。」
「契約者がだれであれ、仮にもどきが、あの歪みねくら本人だったとしても、
あーやって、こーやって、そーすれば、万事解決するわ。」
「いや、ラティスさん、せっかくテムス大公国と密約が結べる機会ですから
それを優先しましょう。」
『え、今のって、会話として成立してます?』
2人の表情を追う、ラファイア。だが二人とも普通の様子だ。
『やはり、アマトさんの側に寄ってくる人って、妖精にしろ、人間にしろ
変り者いや変人が多いと言う事ですか。』
と、自分の事は顧みずに、心の中でため息をつく、白光の妖精さんであった。
☆☆☆
翌日アバウト学院の、客間にラティス、アマト、セプティ、ラファイア
対面に、ルービスもどきと、品のいい老人がすわっている。
他国の目を欺くため、テムス側は最小限の人数で列席している。
確かに、近日行われる、追加試験の申込に来た、老人と孫娘のふたりとも
見える姿だ。
「まず、自己紹介させてもらうけど、私の名はツーリア、
そして隣がズーホール伯爵、とても貴族には見えないけどね。」
「ズーホールと申します。アウレス大公の幼いころから教育係をしておりまして
その縁だけで、一代限りの伯爵位を叙爵いたしました。
イルムさんは、ご存じと思います。
今後とも、お付き合いをさせていただければ、幸いです。」
「で、あなたが8世で、あんたがヘタレ。」
「訂正しなさい。アマトはヘタレでないわ、レアヘタレよ。」
ドヤ顔で、訂正を求めるラティス。全員の視線がラティスに固まる。
「あなた、よくこんなのと、妖精契約をしてるわね。」
ツーリアの、眼差しに憐みが加わる。
『アマトさん、客人から、かわいそうな子認定をされましたね。』
ラファイアは、自分の契約者に同情する。
「で、8世さんにレアヘタレさん、どちらが答えてもいいわ、単刀直入に聞くわ、
将来テムス大公国に兵を向ける、野心はあるのかしら?」
ツーリアの眼差しが鋭い。
イルムから、対応策については十二分に聞いたが、いざとなると
言葉が出ないふたり。
当然答えは、『 否 』であるが、その言葉の並べ方・口調・響きで相手側が、
『 諾 』と裏読みする可能性もある。その先にあるのは、数万・数十万の
死体の山。
長い沈黙は、『 諾 』との答えと、とられかねない。
セプティが、まなじりをあげる。
「私は、王帝位にさえ興味がありませんし、私達を無視してくださるなら、
アウレス4世様にでも、ファウス妃様にでも、王帝位はお譲りします!」
叫ぶように、言葉を叩きつける、セプティ。
「ツーリア殿、8世様からは、必要以上の答えをいただいたように、
思えますが。」
ズーホール卿が穏やかに語る。
「8世様、あなた様とファウス様は、よきお友達になられると思います。」
「ズーホール、けど半分よ。レアヘタレ様は、女にここまで言わせて、
知らんふりを貫くみたいよ。」
「けどね、関係ないとは言わせない。あなたと契約している、妖精のおふた方は、
テムス大公国のみならず、この世界の悪夢になりかねないのだから。」
口の中がカラカラで、何か飲み物が欲しいと思うアマト、思いの丈を絞り出す。
「ぼくは、・・・。」
その時、扉の向こうに、激しい怒りの暴風が、凄まじい勢いで近づいてくるのに、
アマトとセプティ以外のものが身構える。
次の瞬間、激しく扉が吹き飛ばされる・・・。
「義兄ィとセプティを、焼き殺しに来たという、ルービスもどきはお前?!」
そこには、赤い髪を逆立てた、エリースの姿があった。
後ろの方で、リーエが、話ちゃいました本当にごめんなさい ポーズをしている。
・・・・・・・
交渉事は生き物という、何がきっかけでうまくいくか分からない。
暴発寸前のエリースを、アマトの契約妖精である、ラティスとラファイアが
真っ青な顔で、全力の魔力で抑えにかかったのを、ツーリアが誠意の証と
誤解したため、それからはつつがなく進んだ。
控室にいた、イルムが交渉に参加し、大乱後の戦後協定でズーホール卿と面識が
あったため、話は滞りなく進んで行く。
イルムは誠意の上乗せとして、
創派のこと。帝国本領の内帝都の半分と領地の3分の1が欲しい事。
テムス大公国と密約を結びたかった事。
王国連合との戦いがどのような結果になろうと、クリル大公国・
ミカル大公国との内戦は避けられないと考えている事。
コウニン王国を手中にいれたい事と、その時はテムス大公国も切り取り
自由で参戦されても構わないこと。
とこれからの戦略を述べた。
ズーホール卿の方からは、テムス大公国の方も、クリル大公国やミカル大公国の
両大公国は内乱での軍事的勝利で、帝国の統一を指向していると
考えている事。
その有事に後方を脅かしてくれる国があれば、
大乱で手に入れた、帝国本領の割譲まで譲歩しようと
アウレス4世とファウス妃の間では話がまとまっている事。
そして、ファウス妃の契約妖精が、伝説の火の妖精ルービスであること。
などが、開示された。
「イルム殿、創派の件は考えにも思いませんでした。
さすが隠形の軍師と言われた方です。
それで、創派の代表者も含めて、密約の件は進めましょう。
近々会う機会をつくりませんか?」
ルービスの名を聞いたイルムは、少しは予想してたこととは言え、
事実と突き付けられ、さすがに驚きに従い質問してしまう。
「創派の事、火の妖精ルービス殿は、納得できられるのか?」
「ファウス妃が言われたことがあります。ルービス殿は、
『ファウスのためなら、風の妖精リスタルと手を結ぶ事も躊躇しない。』
とおっしゃったと。」
「あわせて、
『リスタルと400年前のケリをつけないでいいかって?それは人間の考えね。
私はそんな暇な妖精じゃないわ。』
ともおっしゃったとも聞いております。」
「だとしたら、400年後の創派の子孫を、忌避することなどありますまい。」
「ズーホール卿、でしたら、こちらからも、お願いいたします。」
「だが、イルム殿、逆に、創派の方々は、火の妖精ルービス殿に含むところが
出るのではないか?」
「それは、私がこの身にかえて、説得いたしましょう。」
2人の目に、信頼の色が浮かぶ。
・・・・・・・・
「イルム殿、我々は歴史の分岐点にいるのかもしれません。」
「?」
「今までの歴史において、それを動かす渦の中心に、最上位クラスの
妖精の契約者が、最初からいたわけではございません。
創派のフェアルも、最初は大勢の中のひとりにすぎなかった。
だが、今生は、すでに歴史の渦の中心に、そのような人物がいます。
これは、人の世にとって良きことでしょうか?」
「ズーホール卿、それは歴史の流れのただなかにある者が思う事では、
ありますまい。」
「そうですな。いや、お忘れ下さい。」
「ひとつ、個人的にお願いがあります。しばらくの間、
アマト君とラファイアさんの妖精契約は、ズーホール卿、アウレス4世殿、
ファウス妃殿、ルービス殿、ツーリア殿の胸の内に収めてもらいたい。」
「?」
「しばらくの間、今の生活を楽しませてやりたいのです。」
「ほ~、お優しいですな。」
「この期間が、この世界に史上最凶の虐殺者を生み出す、抑止力となる
気がするのです。
個人的にはアマト君がそうなるとはとても思いませんが、
あのふたりと契約をしている人間ですので、最凶の状態にならぬように
出来るだけの手は打っとくのが、この時代に生きている人間に対する
責務とも思っています。」
「そういう事ですか、確かに1人の人間が背負うには、セプティ殿が背負う
8世の称号より、重いかもしれません。」
「もし、アマト君が壊れてしまえば、ふたりの妖精は、狂い舞うでしょう。」
「もしや、ラティス殿がレアヘタレと言われたのは、そうであり続けて欲しい
との願望ですか。」
「それは、わかりません。」
イルムは、一端目をつぶり、一息ついて、再び話出す。
「単純に力学的に言っても、もうひとり伝説級の妖精と契約した者が現れないと、
狂ったふたりの妖精は止められないかと思われます。」
「わかりました、そのことはお約束しましょう。私の方からも、
お頼みがございます。」
「ツーリア様をアバウト学院に入学させていただきませんか。
ツーリア様も、そのことを気にかけておいでです。」
・・・・・・・・
イルムさんとズーホール卿が細部を煮詰めている間、
怒りの収まらないエリースをセプティと二人でなだめるていた。
涙を流しながら感情を隠さない義妹に、
僕たちは言葉を失っていた。
「義兄ィも、セプティも、家に帰ったら私とユウイ義姉ェが、
いなくなってたらどう思う。しかも、朝出かける時は、ニコニコ笑ってて、
何も話してくれなかったら。」
そう僕がその立場だったらどうだ?、何も言われずにただ生き残った事が幸せか?
いや巻き込まれたいだろう。セプティも涙を流して謝っていた。
『心配かけたくなかった。』
『万が一の時は、エリースだけでも生き残って欲しかった。』
そのような底の浅い、きれいごとの考えが、生涯人を傷つけ続ける
凶器になることを、ぼくは軽くみていた。いや考えも及ばなかった。
エリースを激昂させた事と言い、
ツーリアさんの問いかけに固まってしまったこといい、
僕はどうしようもないガキだ。
帰って、ユウイ義姉ェの顔を見るのも辛い。
第3章。白紙親書(3)
テムスの使者たちと、一回目の密談が成功裡に終わった翌々日。
創派の村より、サニー・サーレスの兄弟とイルムが待ちわびていた
ハンニ老とスキ二將がやっと到着した。
「アマト殿、エリース殿、お久しぶりじゃ。元気なされてたかの?」
「はい、ハンニ老もスキ二將もお元気そうで何よりです。」
エリースも、軽く笑顔で会釈をする。
「こちらの方が?」
「あ、セプティと・・・」
急に椅子から立ち上がり、手を胸にあて、跪く、ハンニ老とスキ二。
「失礼をいたしました8世陛下。わたくしは、創派の將にてハンニと申します。
これなるは同じく將にてスキ二。以後お見知りおきを。」
戸惑うセプティ。ラティスが呆れて声をかける。
「ハンニにスキ二。セプティが困ってるんじゃないの。サーレスなんかは
セプちゃんと呼んでるわよ。」
スキ二の巨体が、サーレスの方を向く。
『セプちゃんだと。この慮外者めが、そこになおれ!!』
言葉にするとそういう叫びだろう。無言の圧が、サーレスに放たれる。
すでに剣の使に手がかかっている。サーレスが椅子から転げ落ちる。
兄・サニーの目が冷たい。
『いい機会だ、サーレス。日頃の態度をスキ二様に、叩き直してもらえ。』
と、目で語っているのが、はた目にもわかる。
「あのわたしは、セプちゃんでも、セプこうでも構いませんから。」
オロオロするセプティ。見かねてイルムが助け船をだす。
「スキ二將、お怒りはわかるが、この場は収めてもらえないだろうか。
今から皆と話をせねばならないので。」
・・・・・・・・
「皆様に、情けない事を話さねばならん。」
話し出したハンニ老の顔に苦渋の色が浮かんでいる。
「創派の未来に協力をしていただけると申された、ラティス殿・アマト殿・
ユウイ殿・エリース殿・リーエ殿・ラファイア殿、
それにセプティ様にイルム殿にルリ殿。
まことに申し訳ない。」
「村の者のうち、2割が裏切った。われわれは独自の道を行くと・・・。」
「なぜだ!?民衆会議で全員の同意は取れたではないか。少なくともあの場で
反対の立場だったものも、最後には賛成したはずだぞ。」
キョウショウが激昂して立ち上がり、机をたたく。
「あのあと、
『あの場では賛成したのだが。』『賛成せざるを得ない雰囲気だったので。』
と、陰で言う者が続出したのだ。」
「無論メライ老も、そのような者が一定数出るのは計算しておられた。
少なくとも、中心になる者達には、そのような者の言葉には軽々しく
同意せぬようにと、釘も刺されておられた。」
「だが、帝都より持ち込まれたパタタ。硬く痩せた土地でも育ち収穫できる
あの作物が、火をつけてしまったのだ。」
「もう何十年かは、黒い森の結界の中で大人しくしておこう。
今、動くのは時期早急ではないかとな。それは瞬く間に広がり
今2割の者達が剣を取らぬといっておる。」
「馬鹿な!結界もいつ消滅するかわからない。パタタで多少の時間を
稼げたとしても、人の数が増えれば、
近い将来の食料自給の破綻は、目に見えておろうに。」
「その時に、外界にわれらを受け入れてくれる状況を、作ってくれる
イルムのような知恵者がいると思っているのか。」
ハンニ老、スキ二將は、『すまない。』とばかりに下をむく、サニー・サーレスの
兄弟も同胞たちの情けなさで、体が震えているのがわかる。
「キョウショウ、そう怒るな。人は自分が信じたい未来しか、みないものだ。」
ルリが、珍しく口をはさむ。
「ただ、4人とも、忘れないで欲しい。テムスの大公妃ファウスの契約妖精は
あの伝説の火の妖精ルービスだ。イルムはルービスとその契約者に
創派の敵に回らんように、条件を出し、盟約をむすばせたのだ。」
「「「「ルービス!」」」」
その言葉に凍り付く、4人の創派の戦士。しばらくは言葉もでない。
それが、いかに凄い事か、想像の範囲をこえている。
代表して、ハンニ老が言葉を絞り出す。
「その努力になんといってお詫びていいのかわからない。われわれは、皆様に
500名の戦士が用意できるとお約束した。
しかし400名の戦士しか用意できぬ。」
「心配いりません。テムスの方には350名の戦士と伝えてあります。」
「・・・?」
「どんな、組織でも、2⇆6⇆2の呪縛から免れる事はまれです。
そう言う事になってもいいように350と申しております。」
「むしろ、350といって400を揃えたら、創派の本気と
テムスにみせられるでしょう。」
「では、密約の細部について、お話しましょう。」
・・・・・・・・
密約の話が終わった後、ユウイが
「では、皆さん、食堂に。ギム酒とかお出ししますので、セプティちゃん
手伝って。」
「いやいや、ユウイさん、陛下にさせるわけには。このサーレスがお手伝い
しますので。いや、させて下さい。」
と、素早く立ち上がって、ユウイと扉を出て行く。
「ハンニ老、スキ二將、それに、ラティスさん・ラファイアさん・アマト君、
ちょっともう少しいいですか。エリースさん、この6人は少し遅れますので、
ユウイさんによろしく。」
「なるべく早く終わってね。キョウショウやルリと夜更けまで騒がれると
うるさいから。」
「わかりました。」
他の全員が出て行くのを、見計らって、ハンニ老が、
「イルム殿、ルービスの件ですな。私とスキ二それに村に残った
メライ老・グスタン・リョウリで、そのことは納得させますじゃ。」
「それは、お願いいたします。妖精の件でもう一つ、しばらくは
今の5人の心の内に留め置いてもらいたいのですが。」
「ラファイアさん。」
「妖精の件でもう一つですか。う~ん、やれやれですね。」
いい終わらぬうちに、今までの姿は薄れていき、白金の瞳に白金の髪、
白金の背光を纏った、超絶美貌の妖精が現れる。
驚きの表情になる、ハンニ老とスキ二。スキ二が嚙み砕くような声で、
「白光の妖精!?」
と呟くが、ハンニ老は沈黙を守る。二人の態度を見てアマトは、
『そうか、白光の妖精への過剰な反応も【ラファイスの禁呪】と同じなんだ。
創派の村では、双月教による過剰な刷り込みが400年の間なかったから、
この反応なんだ。』
と自分が調べた事に合致することに、どこか達成感を覚えていた。
「双月教の影響が強いところでは、白光の妖精は禁忌に近いものなのです。
だから、少数の人以外には、伏せております。」
「伏せるというのは、それだけのためではございますまい。」
ハンニ老が口を開く。
「回りくどいわね、ハンニ。ラファイアの魔力の強さを聞きたいんでしょう?」
退屈さに、しびれを切らし出した、ラティスが口をはさむ。
「ラティスさんなみですよ。」
ぶっきらぼうに答えるラファイア。その言葉に二人の顔色が変わる。
『伝説といわれる火の妖精ルービスの分身体、
あわせて伝説の白光妖精ラファイスを退けた、というラティス殿。
ラティス殿なみと軽く言うラファイア殿。超上級妖精のリーエ殿。
キョウショウもここで最上級妖精契約者になったと話しておったし、
今話しているイルム殿、そしてルリ殿もなみではあるまい。』
創派の将来に思いをはせる、ハンニ老を無視して、ひまな妖精のふたりは、
リクリエーションをはじめる。
「なみ?アンタは単なる希少な妖精でしょう。私は貴重な妖精なのよ!」
「空っぽの樽ほど、鳴る音はうるさいですよね、ラティスさん。」
ふたりの妖精間に緊張の圧がたかまる。慣れてきたもので、イルムは話をそらす。
「ハンニ殿に、スキ二殿。黒い森の位置からいって、帝国と王国連合の
戦になれば、あそこは、戦の前では餌に、戦の後では褒美のひとつになることは、
残られる方々は承知の上ですか?」
暗い顔でハンニ老が答える。
「創派の民衆主義において、安全な水場を見つけ位置を示すのは上に立ったものの
使命。だが水場に歩いて行って飲むかどうかの決断はその者の思いを
尊重すべきだということになっておりますのじゃ。」
ハンニ老の、苦しい思いがにじみ出す言葉に、その場にいるものは、
次の言葉がでなかった。
再開の宴を楽しむ声が、部屋の外から微かに聞こえてくる。
第25部分をお読みいただき、ありがとうございます。
(補足します)
15拍⇒約30秒