ⅭCⅩⅩⅨ 星々の紅焔と黒点編 中編(2)
第1章。暗黒の妖精契約者のアマトの帰還(3)
第2章。暗黒の妖精契約者のアマトの帰還(4)
第1章。暗黒の妖精契約者のアマトの帰還(3)
結局、あのあと少しの時間、ぼくは教会にいたんだけれど、
モクシ教皇猊下、カシノさんへ、あれ以上、ミカルの<御使い派>の、
新双月教に対する近未来の態度を、説明できる何も持ち合わせていなかったし、
他、ミカル大公国の将来の、宗教各派に対する立ち位置を図るものは、
それ以上に、持ち帰ることはできなかった。
だから、ぼくは自分の如才なさに対して、多少の後ろめたさを感じながら、
教会を後にして、今、旧南宮の方へ歩いて向かっている。
モクシ猊下からも、カシノさんからも、それに対して責める言葉も無く、
逆にカシノさんから、
『明日も、禁書館の方はお休みということで、仕事の方は明後日からでも、
構わないわ。』
と、逆に気を遣われてしまい、それに、
『イルムから言われるかもしれないけど、禁書館の記載帳の作成が終わったら、
個々の本の書評を書いてもらう事になるわ。』
と、これまで通り、今後も禁書館に勤められるという旨の、言葉までもらえた。
つまりこれは、新双月教は、二光派を代表とする旧双月教の一部各派と、
暗黒の妖精とその契約者の扱いで諍いになったとしても、
ぼくを見捨てず、護る盾になってくれるという姿勢を、
あらためてぼくに、示してくれた。
この件に関し、ぼくには、感謝の言葉しかない。
むろん、政治力学的なことを言えば、新双月教にしても、新帝国にしても、
ラティスさん・ラファイアさん、それにリーエさんの超絶した魔力が、
あってこそ、その姿を維持してゆけるのだ、ということだろう。
だから、その契約者を厚遇すると・・・。
だけど、新双月教のモクシ猊下にしても、カシノさんにしても、
それに、禁書館館長のヨスヤさんだけではなく、教会に新しくきた人たちも、
ぼくに、それとなく好意を示してくれている。
そう、これだけでも、ほんとうに、ほんとうに、ありがたい。
だけど、この大通りでも、ぼくの顔を知っている、おそらく何人かは、
ぼくの存在を唾棄すべき者と睨んでいるし、
何人かは、ぼくが絶大な魔力を持つ妖精の契約者に選ばれたことに対し、
妬み・憎しみの眼差しを向けてくる。
ぼくは、精神波を受ける能力や精神感応の能力を持たないけれど、
完全にそれが錯誤でなく、真実であることに、気付いている。
「アマトさん。どうかしたんですか?」
横から、ラファイアさんが、そう声をかけてきた。
妖精さんは、ぼくの心の中が、読めるのだろうか?
かって ラティスさんには、『そんな、めんどくさいことは、しないわよ!』と、
怒って返されたことがあったけど・・・。
「あ、ちょっと考え事をしてしまって・・・。」
ぼくは、笑顔のラファイアさんに、答える。
再び前を向いた、ぼくの視線の先に、旧南宮の通用口が見えてきた。
第2章。暗黒の妖精契約者のアマトの帰還(4)
「さあ、どうぞ、どうぞ。これは、ミカル公宮からせしめてきた、
ミカル秘蔵の香茶です。」
応接室に広げられた、大量の茶葉の箱を前にして、
イルムさんは、苦笑いをし、ルリさんは、無言で椅子から立ち上がり、
適当な箱をとって、香茶を淹れる準備を始める。
「ミカル大公国の内乱を、不発にした報酬が、いっぱいの香茶とわね~。」
「ラファイアさん。各地の香茶の逸品を取り寄せるから、
60年くらい、新帝国の平和の維持のお願い、出来ないかしら?」
イルムさんのボヤキだけど、ぼくにはイルムさんの本音としか思えない。
「何をおっしゃいますか、人のことは人で、解決して下さいよ。」
「ただ、全世界から、各地の逸品を取り寄せることは、
わたしは、邪魔はしませんよ。」
ラファイアさんも、結構、本音で語っているように思える。
何もせずに、目の前に、至高の一杯が出てくるなら、
それは、それで、いいよね。
「ところで、アマトくん。ミカルでの、お三方の暴発の防止は、お疲れさん。」
ルリさんが、お湯を温めながら、ぼくに話しかけてきた。
ミカルの話は、居宅で、という気もあるけれど、
ユウイ義姉ェを心配させたらいけないと、考えると・・・。
いや、ぼくも正直にいおう。
居宅での、イルムさんも、ルリさんも、たがが2・3本外れた状態で、
ちょっと、真面目な話をするのは、どうかという状態で・・・。
「ルリさん。そこは、お三方ではなくて、お二方の間違いでしょう。」
「特にラティスさん、あれはいけません。
ミカル・ウルブスの障壁を破壊して、ミカルの尖塔の何本かを、
強消去させましたからね」
「同じ妖精として、恥ずかしいったら、ありやぁしません!」
ぼくが思いを明後日の方にとばしてる間に、ラファイアさんが話に参戦してきた。
しかし、いつ・いかなる場面でも、ラファイアさんは、
ラティスさんをディすることに、手を抜かないんだから・・・。
この、生真面目さが、もっと他の方面で発揮してくれたら・・・。
けど、あの夢の中でみた、ラファイアさんが、
真面目なラファイアさんの姿なら・・・、
「さてと、香茶差しに、お湯と茶葉を入れるか・・・。」
部屋の中に、パッと、かぐわしい香りが広がる。
ラファイアさんの笑顔が、とろけるようなものに変わる。
・・・やはり、いまのままで、いいのかもしれない。
・・・・・・・・
「アマトくん。帰る前に、ミカルの餓狼には、会えなかったのか?」
「はい。帰る際は、リリカ副宰相が差配してくれましたが・・・。」
「そうか・・・。歴史上、信頼された親族の裏切りにあって、
豹変した人間が多いわ。」
「だから、アマトくんの目で、終戦後の彼の姿を、
確認して欲しかったんだけどね。」
「レりウス大公が、ふたつ名がつく人物であったことを、
信頼するしかないか。」
「・・・・・・・。」
ぼくは、使節とかの仕事はできないなと、内心落ち込んでしまう。
それを見かねたのか、イルムさんの言葉が、ひたいの上からふってくる。
「カシノ司祭に許可はとってあるが、アマトくん。
禁書館の記載帳の作成が終わったら、
個々の本の書評を書いてもらいたい。」
「それは?」
ぼくは、イルムさんの、凛々しい笑い顔を見つめる。
「たとえば、ツース王国志ケア国伝のなかには、
弟公爵に裏切られた、当時の国王が、その後、どんな態度だっかとの、
使節の話から聞き取りをしたなという、くだりがある。」
「その本を読んでいたなら、きみは、レリウス大公が帰還するまで、
ミカル・ウルブスに居座ったはずだ。」
「無論、そんなことをしていたら、トリハ宰相やリリカ副宰相に見抜かれて、
今後、レリウス大公に、年下の友人として会わせることには、
拒絶されたかもね。」
「つまり、本は読む事によって、過去の偉人たちの経験を、
自分が経験したものとすることができる。」
「それに、アマトくん。
きみは、ミカルの餓狼や武国の凶虎など、
当代一流の人間らに会えることによって、
人として、これからも、磨かれることになると思う。」
「だから・・・」
「わたしとルリに何かあったときには、新帝国のことを頼みたい。」
「それは、簒奪という手段でも構わない。」
「イルムさん!?」
「ははは、とても新帝国の執政官が言う言葉ではないね。」
「いや、イルム、それでいいと思うぞ。
仕事の中に、隠れた目的があるのは、いいことだ。励みになるからね・・・。」
「だだ、アマト。イルムもわたしも、なかなかには、しぶといから、
天の国行くのは、遅くなるとおもうけどね・・・。」
そう言いながら、ルリさんが、香茶椀に香茶を満たしてゆく。
その一層、かぐわしい香りが、ぼくの心に、刻みつけられていった。
第229部分をお読みいただき、ありがとうございました。
また、全部分を読破された方が、いらっしゃるようで、
別途、お礼申し上げます。
プロットを作成してないこの作品、アマトくんの将来の姿は決まっていません。
新帝国宰相になるか、新帝国簒奪者になるか、市井の人間になるか、
どれも可能性はあります・・・はずです。