ⅭCⅧ 星々の膨張と爆縮編 中編(3)
第1章。阿修羅
第2章。テムスの美しき公妃
第1章。阿修羅
アマトたちを乗せた鉄馬車は、軽快な速度を保ちつつ、ラファイアの手綱で、
ミカル公国の公都 ミカル・ウルブスを目掛け疾走してゆく。
ただ、妖精たちやエリースは飛翔魔力を持っているので、
最初アマトは、無邪気に飛行していく案も、口にしたのだが・・・。
これに、眉を上げ反対したのが、エリースだった。
「義兄ィ、飛行していくのが、髪やお肌に良くないのは知っている!?」
むろん、この言葉の刃の切っ先が向けられたのは、
本当は義兄のアマトではない。
自分の知らないところで、ミカル公国への往復が決まった事に対しての
某妖精の手前勝手へのお怒りが、
エリースの心の中で、ふつふつと沸き立っていたのだ。
その心の内を知ってか知らずか、それでなくても義妹に激甘のアマトは、
すぐに自分の言葉を撤回し、エリースへあやまり、
面従腹背の王道を進むリーエは、即、エリースに、激しく頭を振って同意し、
日和見主義の覇者たるラファイアは、手をさすりながらエリースを支持し、
ただ、原因の大元だったラティスさまは、唯一エリースの怒りを、
初めは、気づこうと(?)もしなかった!
無論、ラティスも、普段不使用だが、超絶した洞察魔力を持つ妖精である。
すぐに、エリースの不機嫌な理由を、その魔力抜きに察したのである。
そして、そこは百戦錬磨の妖精さまである。
すぐに、エリースと、水面下で交渉をおこなう・・・。
「エリース。ミカルへ向かう途中、途中にある温泉は、
美肌に効果があるそうよ!」
「それが、なに!?」
「あんたに、アマトのある小さな変化を教えてあげる。
アマトが好意を持つ女が、肌の状態が麗しい美人に、変わってきているわ。」
「・・・・・・。」
「この旅に付き合えば、夜ごと美肌の効能を持つ温泉にはいれるわ。
それにね、宿になければ、わたしとラファイアで大地を撃ち抜いて、
温泉をつくってあげる・・・。」
「・・・・・・・・。」
凄まじい緊張感が、この場に疾る・・・。
やがて、ラティスとエリースは、もの凄い笑みを顔に浮べ、
互いに右手を差し出し、しっかりと、握手をした。
偶然(?)その場に居合わせた、風のエレメントの超上級妖精リーエは、
この光景に、顔色を恐怖に染め変えて、他妖精のふりをして、
慌てて、大空の彼方へ飛び去った。
・・・・・・・・
ふたつの月が、癒しとやすらぎの光を、瀑布のように大地の上に浴びせている。
その夜空に、超絶の魔力を持つ妖精がふたり、虚空に漂っている・・・。
「なるほど、エリースさんと、そういう裏取引をしていたんですか?」
さきほど、ラティスと協力して、
大地を撃ち抜き、温水を噴き上げさせたラファイアは、
やれやれという顔をして、夜空を眺めている。
「なに、文句があるの、ラファイア。いまから、皇都へ帰ってもいいわよ。
あとのことは、わたしが取り仕切ってやるから・・・。」
「ははは、こんな楽しそうなことを、留守番でつぶしたくはないですね。」
「でも、どれだけでも、ユウイにわたしの悪口を吹き込めるわよ。
その貴重な機会を逃すつもり。」
「ははは、興味が湧きませんね。」
その時、星が、夜空に流れてゆく。
「わたしは、ただ、リーエさんが妙に協力的なのが、
なんか気になっていたんですよ。」
「それに、自分の知らないところで、歴史が動いていくなんて、
気持ちが悪いじゃないですか。」
リーエは、高空から、大地が発している地熱の違いを探知して、
その大地の中を奔る沸騰する泉脈を必死に見つけている・・・。
「で、帰るの!?」
「ご冗談を・・・。」
その言葉と同時に、ラファイアの顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「ラティスさん、わたしはね、アマトさんがこの世界を去る時、
一緒に次の世界にいくことを、夢想しているんですよ。」
「・・・そう、壮大な夢ね・・・。」
めずらしく、暗黒の妖精ラティスが、遠くを見る表情に変わる。
「わたしたちは、世界の壁を破壊して、妖精界からこの世界にやってきました。
わたしの全魔力を賭ければ、アマトさんと一緒に逝けるんじゃないですかね。」
「アマトさんを、もし、この世界の神々が裁くというのなら、阿修羅と化して、
全天を駆け抜けて、神々とも闘う。ほんと、素敵な未来ですよ・・・。」
また、星が流れる。
だが、暗黒の妖精も白光の妖精も、何も語る事はなかった。
第2章。テムスの美しき公妃
ふたつの月が、淡い光の瀑布を、テムス大公国の公宮にも注ぎ込んでいる。
ファウス妃は、いつものように、占星の部屋の窓を開け、
それから、月の位置と星々の位置、天井で動く天球儀の位置と、
見落としがないか確認する。
『ふたつの月が入る星宮と、火の星アレーサの角度の象意は〖闘〗。
武国と王国連合軍との戦いは終わったけど、火種は消えずというところね。』
次の瞬間、感じ慣れた凄まじい圧が、部屋の中に広がる。
そして、長身、燃えるような赤い髪、純白の肌、圧倒的な力、緋色の目、
超絶の美貌を持つ妖精、ールービスーが顕現する。
「ファウス、元双月教国方面からの書状の内容は何と!?
わかっているとは思うけど、今回、戦いの場で動いた暗黒の妖精は、
ラティスではなくアピスよ。」
「そう、アピスの奴は、いったん動くと、ほんと情け容赦のない・・・。」
皮肉めいた口調で、火のエレメントの頂点に立つ妖精は語るが、
その表情は上気し、瞳が爛々と輝いている。
ルービスの言葉をいなしながら、ファウス妃は語る。
「問題は、やはり王国連合の方ね。諜報員の話によると、貴族の次男、三男からの
突き上げの激しさは変わらないらしいわ。」
「教国が餌としてなくなっているのにね・・・。
だから、収まりがつかなくなっている。」
「それはこの公国も同じだろう。
元貴族どもが、ピーチクうるさいようだ・・・。」
「あのあと、生き残った元貴族とその関係者を処分、最低でも追放すれば・・・。
情けをかけた、わたしたちの弱さ・・・。
今、それで、それが、この公国を苦しめている。」
「ま、命を取られなければ、いづれというより、すぐにでも許されると思う。
許されなければ、今度は怒り出し、次は怨みだす。
帝国の貴族というやつは、つくづく御しがたいな。」
「そうそう、ファウス。今度こそ、焼き殺し尽くしてやろうか・・・・。」
黒い笑いが、美しい妖精の表情に浮かぶ。
「やめて、ルービス。あなたが言ったら冗談にならないわ。
それに、『私の魔力は、ただ物を焼き尽くすだけではないぞ。』とか、
だれかさんに、言わなかったっけ・・・。」
「さてさて、そんな事を言ったかな?!もう忘れてしまったけど・・・。」
ファウス妃と、その契約妖精ルービスがやりとりをしていると、
占星の部屋の扉が軽く外から叩かれ、声をかけられ確認したあと、
アリュス(準爵)が入室してくる。
「ファウス妃殿下、ここにおられましたか。
新帝国のイルム執政官から、便りが届いています。」
ファウス妃は、アリュスから書状を受け取り、素早く確認をする。
「アリュス。教国の分割案の原案を携えて、キョウショウ將軍が正使の役で、
こちらに来るみたいよ。」
「キョウショウ將軍が、正使としてですか。
では、なぜ私信の形で、届いたんです?」
「追伸に書いてあるわ。副使のサニーという御方が、キョウショウ将軍に、
お熱だそうよ。だから、よろしくって。」
「「・・・・・・・。」」
「イルム執政官殿も、だいぶ、煮詰まっているようね。
皇都にも、一度は行ってあげてもいいか。」
「この前の返礼という形で、理由もつくし・・・。」
「妃殿下!」
「アリュス、言いたい事は、わかっているわ。
でも、新帝国が、新帝国の女狐が、倒れれば、わがテムスも失われる・・・。」
「だったら、わたしも行こう。
ラティスやラファイアに、あまり好き勝手に動くなと、
くぎを刺しといたほうが、いいみたいだから。」
アリュスは、彫刻を上回る美しいふたりの顔を見つめながら、
今、テムスの歴史が動き出したのを、感じていた。
第208部分をお読みいただき、ありがとうございました。
また、全部分、以前の部分を、お読みいただいた方もいらっしゃるようで、
お礼申し上げます。
第1章の【阿修羅】の題、これにするかどうか、迷いました。
この作品の世界観にあわない言葉と思えましたので・・・。
言葉の持つ、意味・語感を改めて、考えさせられました。
この場合での、一番の【阿修羅】は、作者の中では、当然【ラファイア】です。