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ⅩⅩ 標なき船出編 前編

第1章。合流

第2章。始まり

第1章。合流



 『帝位継承者が、暗殺者の手を逃れて、暗黒の妖精の庇護のもとにある。』

という噂(事実)は、イルムの予想を超え駆け巡り、世界へ広がった。


3大公国・王国連合諸国・中立諸国・双月教をはじめ、諸国の有力貴族、大商人、

ギルドにとっても無視するには、大きすぎる出来事だった。


 人々は考える。

暗黒の妖精ラティスの力は、果たして1000年前の暗黒の妖精アピス

以上なのか?

白光の妖精ラファイスが闘いを避けたのは何故か?

それは力の差か?

そもそも暗黒の妖精アピス・白光の妖精ラファイスの伝承はどこまでが事実か?

暗黒の妖精(契約者)は、どの程度、王帝位継承に絡もうとするのか?


暗黒の妖精ラティスと時を同じくして、暗黒の妖精アピス・風の妖精リスタル・

火の妖精ルービス・水の妖精エメラルアなど伝説の妖精も新たな契約者を得て

復活(レスッレクティオー)していないか?


組織中枢にいる、現実主義者にとっても、考えれば考えるほど、

(アエニグマ)は深まるばかりだった。

 

それでも、ある者は領土の、ある者は権力の、ある者は権威の、ある者は金の、

匂いを嗅ぎつけ、正確な情報の確保に、躍起にならざるを得なかった。

無論、現状を維持したい者達も、その頸木(くびき)からは逃げられなかった。


・・・・・・・・

 

 イルムは、不足している2枚の手札の内の1枚を手に入れるべく動いていた。

キョウショウに、創派の指導者メライ老に、ハンニ老とスキ二將を派遣して欲しい

との依頼をお願いしたのだ。


不足していた2枚の内の1枚は、強面の交渉者。

初めての対面の席で、百鴈部隊の話を持ち出したという事をアマト達から聞いて、

自分と同じ匂いを感じたハンニ老。

そして交渉者は2人1組が基本という事を考えると、キョウショウと

検討し合った結果、寡黙を装える大男のスキ二將は、

現時点では、うってつけかと考える。


 また別にラティスにも、学院からの何かの依頼があったら、受ける代わりに

門地・出身地によらぬ、中途入学者の募集を認めされるように話をしている。


「なにを学院の講師らが、頼み込んでくると言うの?」


と、ラティスは面倒くさそうに、イルムに尋ねる。


「ラファイスを退けたあなたの名の元に、

『学内の自治と学問の自由の宣言』でしょうね。」


「ラティスさんの挑戦状に応じた人達ですから。それを1番に欲するでしょう。

学問を教えるのに、学外からの干渉は排除したいものですから。」


「で、イルム。それを私がしたとしてあんたも何をたくらむの?」


「セプティさん、エリースさん、アマト君の、よくて1年の幸せな学院生活。」


「それに、ラティスさん大好きな人が、()()()()ところから、

集まってくると思いますので、楽しいと思いますよ」


「それから先は、その顔ぶれを見たところで、考えたいと思います。」


「イルム、あんた、友達がいないでしょう?」


「いえいえ、帝都にきて、この家に同居させてもらって、ラティスさんをはじめ

何人もの友人ができたと思っています。」


「ま、そういう事にしとくけど、来たのは刺客(ドロフォノス)だらけだったらどうするの?」


「ラファイアさんが『暇をもてあましている。』と言ってらっしゃいますので。」


「なるほどね!あいつにゴミ処理させるわけだ。」


「あいつも1年 そうたった1年の幸せな学院生活を、アマト達が

すごせるんだったら、協力するでしょうね。」


「ただイルム、忘れないで、あいつは私より冷えているわよ。白光の輝きは、

何者の生存も許さない力だから。」



☆☆☆



 イルムに予見されたとおり、ラティスは、代理理事長のロンメルに、

平伏お願いされ、学院の3賢老、ハイヤーン・バレン・ジンバラを

()()()部屋に通している。

ロンメルが顔はおろか、手の先まで真っ青になっているのに対し、

3人の老人は春風駘蕩として、ソファーに座っている。


「アンタたちは、白光の妖精ラファイスが、逃げだしたレベルの敵意を

向けているのに、よく平然としてるわね。」


なかば、呆れてラティスが問いかける。


「殺意じゃありませんからのう、最高顧問殿。あまり、先のない老人を

いじめんといて下さい。」


ハイヤーン老が、敵意なにそれ、みたいな顔で答える。


「あんたら、私の圧に耐えられるんだから、間違いなくあと20年は

生きられるわよ。」


『それは、それは。的確な健康診断です。』


と、一番若いジンバラ老が、ふたりの大老を眺めながら心の中で(つぶや)く。

彼の中では、自分を老人と思う気など、微塵(みじん)もない。


「ほほ、最高顧問殿も、色々楽しんでおられるようで、その寛容な御心を持って、

我々にも、お力をお貸しいただければと。」


本当に楽しそうにハイヤーン老が、おどけてみせる。


「なに?執政官とか宰相とか将軍とかの職でも斡旋(あっせん)してくれというの。」


バレン老が、さすがにバカな事をと、口元が緩む。


それを無視し、真面目な顔に戻って、ハイヤーン老が話を続ける。


「それも魅力的な話ではありますが・・・。」


「私に、【学院の自治と学問の自由の宣言】をして欲しいとでも言うの?」


「なぜそれを・・・・?」


図星をつかれて、さすがにハイヤーン老も驚き、合わせて暗黒の妖精は、

心を読む能力を持つのかと危ぶむ。


「アンタたちの心なんか読まないわよ。それに、それ以上の事をアンタ達が

考えなくてもいいの。」


「みなまで言う必要はないわ、アマトの件で借りがあるからね。」


ラティスは、端の椅子で、小さくなっているロンメルを涼しい目で(にら)み、


「ロンメル、私、()()()()()ラティスの名で、内外に【学院の自治と学問の自由】を

宣言しなさい。合わせて追加で学院生を募集もね、条件は門地・出身地を

一切考慮しないと言ってね。」


「わかった。これは()()()。死にたくなければ、励みなさい。」


「ひぃ~、わかりました。」


かわいそうにロンメルは、手の先まで紫色になって、

ラティスの()()()()()した。


・・・・・・・・


ハイヤーン老達3人は、講師室に戻り、彼らを待っていた者達に経緯を説明した。


戦略学のノープス、統計学のツルス、帝国史学のタレラ、比較統治学ウルス

帝国法学ルックス、魔力障壁学ケルナー、魔力結界学ラトリ

魔力移動学ランイ、魔力探知学アプラ


知る人ぞ知る、帝国の隠れた至宝というべき者達である。


また、単なる学究の徒でもない、一度は戦場を駆け回った戦士でもある。


しかし、それぞれの組織で、(くず)な上役、(くさ)れた同僚に、組織を追い出された、

実力ある者達である。


彼らの中では若手、魔力移動学の講師ランイが、


「ラティス殿は、アピスのような殺戮(さつりく)の妖精ではないという事ですか?」


と、ハイヤーン老に質問する。


「ラティス殿の心の内など計れんが、新帝と新たな帝国の形が、彼の人の内には

出来上がっているのかもしれん。」


ハイヤーン老は、それは嬉しそうに、答える。


「ランイ、ラティス殿は我等も覚悟を決めろと言っているのよ。このまま安穏と

流れていく時間に埋もれるか、歴史を切り開く船の一員になるか。」


バレン老の一言に皆が(うなず)く。


「セプティ女帝に新帝国か。タレラ、歴史家としていい場面に出くわしたな。」


と、ジンバラ老が面白がって、帝国史学の講師に問いかける。

この講師達の中では、セプティの正体は推理されつくされているようだった。


「修飾の文言に困る帝朝ではありますな。まあ、狂い咲きの老騎士の章を描く事が

出来れば面白いですけど。」


「ジンバラ、タレラ。」


バレン老が(あき)れて、口を(はさ)む。


「門地・出身地にこだわらんだと、どのくらいの規模、どのくらいの新しさを持つ

帝国を考えられておられるのやら。」


皆が静かに笑っている。


1度は隠遁(いんとん)者を選んだものの、灰芥(はいあくた)の中から復活した強者達は、底知れぬ胆力を

持っているようだった。



☆☆☆



 『不足しているカードの残り1枚は、手元にはあるんだけどね。』


と考えつつも、露天風呂に入ろうと戸を開けるイルム、湯気の先に先客がいた。


「ルリさんか。ご一緒して構わない?」


ルリが無言で肯く。


イルムが欲している残り1枚のカードは、『(ヒストリア)(ファーブラーリス)』と呼ばれた

破壊工作者、ルリその人だった。

しかし、その面影に(すご)みはもうなく、イルムも彼女を使う未来を、

なかば諦めていた。

誰もが、平和に暮らすという生き方を選ぶ権利があると考える、イルムであった。


「イルムさん聞いていい?」


物悲しい表情で顔色一つ変えず、細い指でお湯をかき回しながら

ルリが言葉をかける。

体を洗い、広い湯船のルリと対角に身を(ゆだ)ねるイルムが口を開く。


「どうぞ。」


「なぜ、クリルに戻らない。あなたが、裏切ったわけでもないでしょう?」


少しの沈黙、イルムは話し出す。


「大公レオヤヌスは、門地・出身地・性別に(とら)われぬ男と言われているけど、

それは違う。あくまで期間限定よ。彼の瞳には貴族階級しか見えていないわ。

例えば、騎士階級の者が並外れた功を上げたとしても、当代は叙爵なんか

させるかもしれないけど、次代は取り(つぶ)すでしょうね。」


「ましてや、下流帝国民の女なんかね。結局、奴が欲したのは、私の頭でなく、

この肉体。だけど、そろそろ限界、飽きられていたしね。」


少し迷うが、イルムは本心を吐き出す。


「世界で帝国を(ほうむ)り去る力を示したのは、1000年前の暗黒の妖精アピスのみ。

暗黒の妖精の再臨を知ってから、知らぬ知らぬのうちに私は、ラティスさんに

魅入(みい)られていたかもしれない。」


「あわせて、契約者があの坊やだからね。」


お湯に半身を浸しつつ、涼しく微笑(ほほえ)むイルム。


「そんなことより、あなたはどうするの、ルリ?」


「コウニン王国は裏切り者は許さない、どこまでも追いかけると、

聞いているけど。」


「まあ、ここには、ラティスさんを除いても、超上級妖精契約者が1人、

あなたと合わせて、最上級妖精契約者が3人。ここにいる限りは安全だけど。」


と言いながらも、ルリを目踏(めぶ)みするイルム。

ルリも少しの沈黙のあと答える。


「あれから、いろいろ考えた。私をこのような傀儡(くぐつ)とした、傀儡(くぐつ)使い達を

滅ぼす事ができればという、妄想を考えるようになったわ。」


「それができなければ、傀儡(くぐつ)を私みたいに人間に戻せれば・・・。」


「けど、やり方がわからない。7世を(ころ)したようにはいかない。」


ルリは軽くお湯をすくって、顔を洗う。


『やはり、あの暗殺は、(ヒストリア)(ファーブラーリス)と言われた、ルリが成し得た事か。』


イルムは、歴史の裏側に思いを広げた。そして、改めて話を行う。


「あなたが殺されても構わない覚悟があれば、この家の秘密に対面させるけど、

その覚悟がある?」


「そこに、ひょっとしたら、あなたが求める答えがあるかもしれない。」



☆☆☆



 次の日、露天風呂に、ラティス・ラファイア・キョウショウ・イルムと

ルリが集まりお湯に浸っている。


夕陽が、それぞれの美しい裸身を、淡く照らしている。


その湯船にもたれかかり、ラティスは至福の表情を浮かべながらも、

声だけは冷たくルリに尋ねる。


「ねぇ、ルリ、エリースに含むところはないの?」


「ラティスさん、私たちは、祖国では(いや)しき者、人下(ジンゲ)と呼ばれていた。

姉カイムを戦士と呼び、決闘をしたエリースさんに、

なんら恨むところはないわ。」


「この生業(なりわい)で、生き残っているということは、()められるものでもないから。」


あいも変わらず沈んだ表情で、それでも真摯(しんし)にルリは答える。


「だったら、私から言う事はないわ。キョウショウ、言いたい事が

あるんでしょう?」


軽く目をつぶっていたキョウショウが、しっかりと目を開け、ルリに話かける。


「ルリさん、イルムから聞いたけど、あなた祖国に一矢報いたいという想いが

あるそうだけど、それで間違いはない。」


ルリは朱色に染まった雲を見上げながら答える。


「妄想、いや妄執(もうしゅう)といっていいのかしら。確かにあるわ。

けど、やり方がわからない。」


その言葉をきいて、キョウショウは、話をつなぐ。


「私は、創派の子孫、創派の村には約壱万の人間がいるわ。

だが今の村にその人数を支える余裕はない。

我々は新たな地を探している。セプティさんを8世に抱いて帝国に

橋頭保(きょうとうほ)をつくるのが第一案だったけど、貴方を知って、貴方の国を盗る事も

イルムさんと考えている。」


「王国を盗る・・・。」


あまりの構想に唖然(あぜん)とするルリ。


「そう貴方が解放者として旗頭になるの。あの国は外交だけでも7世暗殺など、

色々やらかしているからね。あなたが、セプティ新帝の寛容な心に触れ、

前非を食い【返り忠】に至ったという筋書きで。」


イルムが乾いた笑いを浮かべ、口を挟む。


「だが、戦略は・・・。」


ここにいる人間と妖精、それに創派の多くとも5百の兵士で、

一つの国を落とすのは、不可能だろうと。

ルリはイルムの笑いが理解できない。


「ラファイア、そこで何、知らんふりしてるのよ。」


ラテイスがラファイアに、会話に参加する事を促す。


「え~、私ですか。ラティスさん。自分の立ち位置が(あやう)くなると、こっちに

話をふるの止めてくれません。」


「でも、しょうがないですね。」


女性御者としての平々凡々の容姿が消えていき、白金の光が輝くなか、

超絶美貌の白光の妖精が現れてくる。


「一応私も実体化した妖精なんです。白光の妖精。この前はラファイスの真似事も

しましたけど。」


悠然(ゆうぜん)と微笑む、ラファイア。


『そうか、学院の索敵の時感じた、もう一人の妖精の魔力は、引き算すると、

当然ラファイアさんのはず。』


『しかし風の最上級妖精の力を全開にして探っても、最上級いや上級妖精契約者の

欠片(かけら)も、ラファイアさんから感じ取ることはできなかった・・・。』


『それが2人目の実体化した妖精、私の力が全く通用しない・・・。』


『しかも、伝説の白光の妖精・・・』


『暗黒の妖精と白光の妖精、どれだけの力を持っているの?』


『それに、契約者は・・・?』


次々と疑問を浮かべながらも、どこか納得と笑いを覚えるルリ。


ラティスはルリが、ラファイアの正体をきづけなかったので、

呆然(あぜん)としていると思い、言葉を送る。


「気にすることはないわ、ルリ。(だま)すとか誤魔化すとかに特化した力において、

私でさえも、白光の妖精ラファイアの足元に及ばないしね。」


さらりと、ラファイアをディスる、ラティスさんである。


「ラティスさんの戯言(たわごと)は横に置いて、これで手札的にはどうですか?」


今回は、受けて立つラファイアさん。


「そうそう、付け加えて言うと験(力)比べで、ラティスさんはアピスに

負ける()()ないでしょうが、私はラファイスに負けませんよ。」


「控えめに言っても、私達2人の力は、天の頂点で孤高に輝いている

あの()()()のようなもの。他のモブ星の光に負けるとは、

思いませんけど。」



「ふふふふ・・・・。」



誰かは分からない、(ふく)み笑いが空へ消えていく。


・・・・・・・・


天に一番星が輝きだした頃、ルリはこの家の一員になっていた。



第2章。始まり



「君がアマトか?」


次の瞬間、アマトは左頬に、痛みと衝撃を感じ、吹っ飛ばされていた。


誰に?  創派の村から来たサニーに。


いつ?  学院から帰って、義姉ユウイに紹介された直後に。


なぜ?  ()()が、アマトとキョウショウの事故!?を話したために。


エリース・イルム・ルリ・リーエとラファイアの闘気が先鋭化しサニーに向かう。


「兄貴なにをするんだ!?」


その闘気にやばいものを感じた、サニーと同じ褐色の肌に黒い髪・橙色の瞳の

サーレスが、慌てて止めに入る。


「サニー!」


キョウショウが駆け寄り、全力でサニーの(ほほ)を張る。

張られたあと、不器用に話し出すサニー、


「この男が、()()キョウショウ様の裸を(のぞ)いたと・・・。」


この緊張感が高まる中で、ユウイがなにを考えたのか、のんびりした口調で、


「アマトちゃん、過程はどうあれ、見ちゃったのは確かだからね。

けどキョウショウさん、『()()』だって、よかったわね。」


その言葉に、一瞬で固まるキョウショウ、顔が真っ赤になっている。

それまで食堂兼居間を覆っていた雰囲気が、いっぺんに融雪する。


「ほお~。」 これはイルム。


「へえ~。」 これはルリ。


「はあ~。」 これはエリース。


「・・・・・・・・」 無言でニコニコのラファイア。


見て見ぬふりのポーズ これはリーエ。


「みなさん、それじゃ、アマトさんがあんまりです。」


と、セプティの叫びに、緩やかに時間の流れが元に戻っていく。

固まっているキョウショウとサニーを無視して、

ラファイアは、目を回しているアマトに、ヒール(回復魔力)をはじめ、

他の6人は、砕け散った食器などをかたずけ出す。


ただ一人その場にいなかった妖精は、この場の立ち回りを、すぐ後から聞いて、


『今から暗殺を試みようとする者が、てんこ盛りで来ようかというのに、

怒りで眼の曇った男の一撃に、このありさまとは。アマト~。』


と、()()を作った本人なのに、(へこ)みこんでいた。



☆☆☆



 きのうは、朝一番で出都すべく、キョウショウとルリ、サニーと

サーレス兄弟が、パタタの塊根の状態を確認するなど(あわ)ただしかったので、

それを手伝って、朝の掃除ができなかった。

それで、今日、アマトは、朝早く学院に来て掃除をしている。

出勤日に自主的に掃除をしないと、どこか落ち着かない、

ふたりの妖精の契約者である。


『あんなに、謝ってもらわなくても、いいんだけどな。』


きのうの朝の事を思いだし、ひとり笑いしながら、校門に立っていると、

アマトは、(すさ)まじい赤光と(ごう)音に包まれた。

しかし、ラティスの構築する学院を囲む魔法陣と、ラファイアのアマト個人を

遮蔽(しゃへい)している魔力障壁が、その衝撃を何事もなかったように()ね返す。


目を(かろ)うじて開くアマト、鉄馬車の影などから、複数の影が飛び出してくる。

現れていた数個の白金の球体が、虚数の光を輝かし、その物体を包み込む。

消えていく影の、恐怖とまがうような表情と意味のない叫びは、アマトの心に

無理やり刻み込まれる。

複数の影の存在した事を示す物は、何もかも消え去っていく。


呆然(ぼうぜん)と立ち尽くすアマトの横に、柔らかい白金の(きら)めきが起こる。


「・・ラファイアさん。・・・ありがとう・・・。」


女神にしか見えない白光の妖精が現れる。


「どういたしまして。けど、このまえ、私のヒールが終わった後、

ラティスさんが、アマトさんの胸倉をつかんで、こう言ったでしょう。


『アマト、あんた、今、間違いなく、この世界で暗殺したいリストの

第1位か第2位にいるんだから、少しは自覚したらどう!?』


私もそう思います。」


そう、あれはサニーの拳の一撃を、よけもせず、まともに喰らった、

アマトの能天気すぎる身構えに、ラティスさんが激怒したのだ。

今も同じような羽目になった事に、(うつむ)いて黙ってしまうアマトだった。


しかし、美しい妖精は、さらに付け加えて話す。


「アマトさん、気付いているかもしれませんが、リーエさんみたいな

超上級妖精でも契約者が亡くなると、即、妖精界に戻ります。」


「しかし、私もラティスさんも、妖精界に戻らぬ事も選択できます。

アマトさんが、不幸な死に方をしたら、それを仕掛けた国に

殺戮(さつりく)と虐殺の大嵐が吹き荒れる事になるでしょう。」


「だからアマトさん、数十年後、いや百年後、アマトさんは私達2人が

納得するような、幸せな亡くなり方をして下さい。お願いしますよ。」


ラファイアはアマトに、心からの笑顔を向けて、光折迷彩で消えていった。


・・・・・・・・


 イルムが創派の村に向かったため、セプティの登下校にラティスが、エリースと

一緒に行動している。


エリースに鉄馬車の御者を頼まない、賢い暗黒の妖精さんである。


そのエリースは、『エレナがまたコンパ二スに無理やり誘われていって、今度は

しつこい男に、平手打ちを()らわせた。』という、しょうもない話の顛末(てんまつ)を、

朝からセプティに聞かせ、ころころ笑わせている。


ラティスは、その話を聞き流しながら、先ほどラファイアから、精神感応で

伝達された一部始終を精査していた。


『始まったわね。』


とりあえずアマトが無事な事に安心もするが、ラファイアが暗殺を成功させるような

失敗をするはずもないと信じている、自分の心持ちに、可笑しさを禁じ得ない。

エリースもリーエ経由の精神感応で、この仔細(しさい)を感じているはずだが、

おくびにも出さない。

ただいつもより、索敵(さくてき)魔力の濃度が濃いのが、彼女なりの答えであろう。


『1、2、・・・・7人か。』


つかず離れずついてくる者たちの周りに、攻撃型の障壁を構築する。

彼らがちょっとでも妙な動きをすれば、彼らはこの世から消えるだろう。

もし、それを逃げ得たとしても、風の超上級妖精が、高々空から、

目標を視認している、逃れる術はない。

セプティがどういう人生を望もうと、これからこれが一生ついて回るのだ。

今日はその一日目に過ぎない。


「あのラティスさん。」


「なに、セプティ?」


「なんか、一緒に学院まで、歩いてもらって、すいません。」


「は、何言っているの、セプティ。至高にして、唯一無二の存在である私は、

自分が好きなようにしているだけ、あんたが気にする必要はないわ。」


「けど・・・。」


「セプティ、ラティスがそういっているんだから、気にする必要はないわよ」


「そう、従者を2人引き連れての、行幸(ぎょうこう)だしね。」


「ほんと、好きに言ってる。」


肩をすくませる、エリース。


よくとおる美しい声、激しい力の迸り、何よりも神々しいばかりの容姿

前方からきた人々は、ラティスのため、道をあけ、軽く頭を下げる。

何気に、帝都の人々から女王様扱いされている、暗黒の妖精さんである。


学院に向かう道の両脇には、通年で薄桃色の花を咲かす木々もあり、

帝国の最盛期と同じやさしさで、街路を(いろど)っている。


学院にのぼる坂道にかかり、学院生が多くなってくる、目礼をしていくもの

挨拶をしていくもの、いつの間にかラティスは学院でも、至尊の御方と

認識されていた。


・・・・・・・・


校門が見えてくる、情けない容姿の準講師が掃除をしている。


「アマト!!」


(とどろ)く雷声、その声に打たれた者は、一瞬にして、アマト・エリースを除いて、

凝り固まった。


「あんた、門を掃除するのはいいけど、(ちり)が残っているじゃない。」


門柱の一部を指でなぞる、ラティス。指の先をアマトに見せ、


「これが見えない、これが!」


「うん、わかった。悪かったよ。」


「あんたは、私が目を離すと全くダメなんだから・・・。」


ラティスの怒りが、大地を割るようなものでないとわかり、

周りの景色が動き出す。


・・・


校舎に入ろうとする、セプティとエリース。校門の方ではアマトがラティスに

まだ責められているのが見える。


「アマトさん、ちょっとかわいそう。」


思わず(つぶや)くセプティ。


「あれは、義兄ィに対するラティスのリクリエーションのようなもの、

気にする必要はないわ。」


涼しい顔で、友に答えるエリース。


「セプティ、ラティスもラファイアも、誇り高い妖精なのよ。」


「あの義兄ィのヘタレぶり、ラティスにしてもラファイアにしても、

妖精契約をしてるとはいえ、嫌なら、もう見放しているわ。」


「たぶんあれも、義理兄ィへの、愛情表現。」


「すぐあとには、『これ前から、やってみたかったのよね。』なんてひとり言、

学長室で言ってるわよ。」 


第20部分をお読みいただき、ありがとうございます。

(補足します)

パタタ⇒繫殖力が強く、栄養価が高く、痩せた土壌でも育つジャガイモのような植物

    と、考えていただければと思います。

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