ⅩⅨ 海嘯編 後編
第1章。 超流動 イルムの項
第2章。 超流動 ルリの項
第1章。超流動 イルムの項
『ここまでくれば、腐れ縁と言うべきでしょうね。』
手元に届けられた報告書をみながら、イルムは笑いを抑えることができない。
しかし感慨にふける間もなく、ノックがされ、次の仕事が飛び込んでくる。
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
駐在貴族のゲトリ準爵が、メイド室にいる、イルムに報告にはいってくる。
「イルム様、物見の兵士が下で待っています。ノープルからの隠形の使者が
明日到着予定だそうです。」
「ありがとうございます。3-8-4 で待つとお伝え下さい。」
「3-8-4 ですね、わかりました。警護の騎士は何人つけましょうか?」
「明日は単独で行きます。あ、それと兵士には心遣いをお願いします。」
「承知いたしました。」
・・・・・・・・
部屋を出た瞬間、ゲトリの顔が憎しみと嫉妬で歪む。
「下級帝国民あがりの、プロスティブラが!」
あの下級帝国民は学院を出た後、陛下の妾になり、あまつさえ初陣から、
華々しい手柄をあげたそうだ。
レオヤヌス陛下が大公になられて、クリル大公国は変わってしまった。
昔は、下流帝国民が、初陣から手柄をたてるなど、あり得なかった。
上流帝国民のみが、危険なく手柄を立てられる戦地に回され、あわせて
『○○を頼むよ。』と戦場指揮官に申し送りをして、上流帝国民の
存在理由と昇進を守ってきたのだ。
今や上流帝国民であろうが下級帝国民であろうが、初陣での生存率は
同じという末世の状態になっている。
⦅ツテとコネ⦆こそが、貴族の組織構築と防御の要。私は自分の立場で
出来る事を、やりとげねばならない。
私は、同じ志を持つ者達と図って、側室のおつきの女共に、イルムの事を
≪すぐれて、ときめきたまう!≫
と拡散しておいたのだ。側室達は、心安からずのはず。
ふふ、思ったより早く効果がでたな。
しかし、念には念を入れる。コウニン王国のセ・ルーに伝えといてやるか、
新王帝工作の責任者が、単独で3-8-4・・双月教教会跡・・
に行くことを。
☆☆☆
翌日の夜、イルムは、ひとり双月教教会の廃墟にきている。
壊れた建物跡は、背の高い雑草に覆われ、夜行性の羽虫も多く飛び回っている。
誰もおらず、光さえない、宗教の元施設は、闇に沈んでいる。
イルムはきのうのゲトリ準爵の言動を、思い出していた。
あれでも、慇懃に行動しているつもりだろう。
私を貶める行動を、ノープルの、ゴミ共とやっているようです。
ご苦労な事。
私が、なぜ、ここに一人で来たのか、それを考えれば、
『もはやヤツは死人だ。ほおって置けばいい。』
の結論に達しただろうに。
あのノープル初等学舎上がりの、自称ー憂国の貴族ーは、
そこに気付こうとしない。
なにより、下級帝国民の妾の下で動くのが、お気に召さないのであろう。
その恨みに目が曇っている。
所詮⦅ツテとコネ⦆に頼り切る男の程度は低い。
私がノープルを離れてから、大公国の監視が常に纏わりついている。
ゲトリが何をしているかは、大公の元にも届いているでしょう。
好きで死刑台に行きたがっている屑を、止めてやる程、暇ではない。
イルムが考え事をしている間に、暗がりから3つの影が現れる。
その内の一人が、草をかき分け前に出て、口を開く、
「ここで、銀貨を見ませんでしたか?」
「それは、キルギリウスが、咥えて飛んでいきました。」
符牒を照合する。
「失礼しました。イルム様ですか?」
「いや、トレスだ。イルム様は病気で来られない。」
秘匿符牒も、合わせる。
「これが、指示書です。」
受け取ろうとした瞬間、燃爆石の匂いがする。
・・・・・・・・
『間に合うか!?』
魔力障壁!閃光、爆音、衝撃、吹っ飛ぶ肉体、地面に叩きつけられる、激痛。
『動く?』
四肢に感覚をとばす、左腕は感覚がない。胴体部分に数多の負傷と痛み。
耳が聞こえない、目は大丈夫。少しずつ動いてみる。意識は持つか?
立ち上がろうとする、右足に鈍痛、転ぶ。
第一の襲撃の現場を陰から見ていたセ・ルーの配下が、イルムがまだ
動いているのをみて、止めをさすべく、剣を拭いて襲い来る。
「メ、メギド・イグニース!」
イルムの全身から、360度の全方向に、青白色の劫火が迸る。
6つの影が瞬時に火柱と化す。
「な、ん、と、か・・・・。」
あとは、言葉もでない。長剣を杖の代わりにして、足を引きずりながら
炎に包まれた廃墟から、辛うじて這い出る。
出血がひどい、意識が朦朧としてくる。
イルムは転げ倒れた前方に、更に、ノープルから付きまとっていた影が
魔法円を構築していたのを、朧気ながら見て取った。
青色の魔法円が一段と輝く、
『終わりね・・・』
消えていく意識の中で、緑色の障壁が自分を包むのを感じた。
☆☆☆
「リーエさん、道に落ちてる人間を拾っちゃだめと言われてるでしょう。」
ラファイアの言葉に、リーエは、『だって~。』のポーズをして見せる。
(ラファイアとリーエは、夜の警戒行動[お散歩]で、つい遠出していたのである。
そしたら、見知った顔の女性が、血まみれで、崩れ落ちていったあと、
何者かが止めをさそうとしているのを見て、魔力障壁を構築したのであるが。)
そんな事を言っているうちに、ふたりの周りが、白氷と化していき、
大気の中にも小さないくつもの氷光が輝き、崩れていく建物もある。
『へえ~、〖無影化の映像消去〗をしているので、私もリーエさんも見えないはず
ですが、私達の立ち位置を突き止めるなんて。さらに、ふたつの氷結破壊が、
同調拡大して威力があがってます、手慣れてますね。』
『さて、どうしましょうか?』
ラファイアが考えていると、リーエが『私が。私が。』のポーズをしてくる。
「周りの建物を壊したら、ダメですよ。わかっていますか?」
とリーエにただすラファイア。リーエは思いっきり首を上下に振る。
「なら、どうぞ。」
刹那、2つの緑電が走り、2つの影を穿つ。ひとつは、黒焦げになるが、
ひとつは回避して逃げに入る。
再び緑電が光り、建物を盾にして、高速移動していた影を貫通する。
『追跡型の緑電奔流、それも省力技巧で。やはり、リーエさんは、
超上級妖精ではあるんですよね。』
妙なところに、関心するラファイア。もうひとつ影がいることも察知している。
『こちらは、敵意はないようですね。ん!去りましたか、では。』
倒れているイルムの元に駆け寄り、全力でヒール(治癒魔力)を始める。
リーエも滑空してきて、心配そうにイルムをみている。
ヒールをしながらラファイアが、リーエに話す。
「心配いりませんよ、リーエさん。イルムさんは無事です。エリースさんも、
『拾ってきちゃダメでしょう。箱に詰めて橋の下に捨ててきなさい。』
とは言わないでしょうから。」
☆☆☆
『ここは、どこ・・・?』
暗闇の中から目が覚める。知らない顔が気付いて
「ユウイさん。」
と、誰かを呼ぶ。ユウイ・・?生きてる・・・。
「イルムさん、大丈夫?もう2日も昏睡してたんですよ。」
ユウイ・・、ああアマト坊やのお姉さんか。
「ユウイさん、峠は越えたと思いますけど、話すのは、まだ無理です。」
「ごめんなさいね、キョウショウさん、あとお願い。」
景色が・・・消えて・・・・いく・・・。
・・・・・・・・
「そろそろ起きたら、目を開けられるでしょう。」
イルムは、美しく強い声に導かれて、眠りの淵から生還する。
人間離れした、非の打ちどころのない顔が、イルムを見つめている。
「ラティス・・・さん・・か?」
「一別以来ねイルム、切れ者のアンタらしくないじゃない。」
だんだん、意識がはっきりしていく、身体には草布がかけてあるだけだった。
感覚が全身にいきわたっているのを、確認する。とてつもない量の治癒魔力が
使用されているのを感じた。
「お世話になりました、ヒールをしてくれたのは、ラティスさんと・・・?」
「ヒールをしたのがあと2人、助けたのが2人、かしら。」
「なるほど、あとの4人の方とユウイさん達にもお礼を言いたい。」
「いいけど、夜にならないと、みんな揃わないわよ。」
「で、誰にやられたの?」
「・・・・・・・」
「沈黙もいいけど。あんたクリル大公国からもドロフォノスを
送られたんじゃない。」
「・・・・・・・」
「だとしたら、これから生き残れるとこまで切り結ぶの。
それとも王国に亡命する?」
「敵わないですね。実を言うと、クリルから黒使者が来たら終わりと
思っていましたから。」
その時初めて、イルムは自分の両目から滂沱の涙が出ているのに気づく。
「覚悟はしていたわ。覚悟は・・・。」
それから先は言葉にならない。
ラティスは、イルムが泣きやむまで、沈痛な面持ちで無言を通した。
しばらくして、ラティスは、話し出す。
「故郷を追われるというのは、辛いわね。自分が何をしたわけでないのにね。」
「ここにいなさいよ、アンタにはこの家を貰った借りがあるからね。」
暗黒の妖精らしからぬ、態度をとるラティス。
「それでは、クリル大公国、場合によっては、帝国自体が敵に・・・。」
「アンタの軍師の認識やら勘やらからいうと、このわたしの力は、1000年前の
殺戮の妖精アピス未満と判断してるわけ?!」
淑やかに微笑むラティス。イルムは言葉いや思考すらできない。
圧倒的強者の鼓動。
「2つの都市を瞬きの間に灰と化し、数個の軍団を一蹴した、妖精アピスと闘い、
それを退け、共に消えたラファイス、1000年ぶりにあらわれたアイツが、
私との闘いから逃げたという話ぐらいは聞いているでしょう。」
と、ラファイアが聞いたら、7日連続のリクリエーションは間違いない事を、
ふかしまくる、暗黒の妖精。
イルムは、思考の深淵に沈んでいく。やがて、
「ラティスさんなら、できるかもしれない。わかりました、あの真実を皆さんに
話させて欲しい。あまり時間はない。」
・・・・・・・・
全員が食堂兼居間に集まっている。
「イルム、アマトとエリースとユウイは知ってるわね。」
「じゃ、知らない方を紹介するわ、こっちがキョウショウこっちがセプティ
それとその他1人ね。」
「ラティスさん、それはないでしょう。」
「うるさいわよ、ラファイア。お間抜けなあんたは、オマケ扱いで
いいでしょう。」
『これじゃ話が進まないな。』とアマトは思ったが、珍しくラファイアが言葉の
打ち合いのリングに上がらない。
「まず、ラファイアとエリースが傷だらけのアンタを見つけて、止めを刺しに来た
2人を、他の世界に追っ払ったわけ。」
「正確に言うと、殺意のない1人は、逃がしました。イルムさんの状態が
危なかったようにみえましたから。」
「ありがとうございました。」
イルムは礼を言いながらも、自分を最後に襲って来た手練れの者を退けた
ふたりが、
エリースは今までのいきさつから考えて、ラファイアは今感じられる圧から、
ふたりとも最上級妖精契約者ではないかと、推察していた。
こんな場でも、そんな事を考える自分に軽く嫌悪感抱く。
「そして、私とキョウショウとおまけが交代交代にヒールをしてたわけ。」
「本当にお世話になりました。」
「イルム殿、もうお加減はよろしいのか?あなたの仕事ぶりをみて、
密かに舌を巻いていた。これを機に、色々と教えてもらえたら嬉しい。」
「こら、キョウショウ先走らないで。」
ラティスが止めるが、イルムも口を開いてしまう。
「こちらこそ、キョウショウさん。服も貸していただいてありがとう。」
「あの~、イルムさん。本当のあなたはどういう人なの?」
かわいく、ユウイが質問する。
「簡単に、私の過去を・・・」
そして自分が孤児院の出であること。妖精契約で火の上級妖精と契約が出来た事。
それで、無理やりノープル学院に入れられたこと。
ノープルでの成績が良かったので親衛隊に抜擢された事。
しかし期待に胸膨らませて隊にはいった自分を待ち受けて
いたのは大公レオヤヌスの夜伽番だった事。
心を殺して、大公に仕え、愛人兼[隠形の軍師]の位置を掴んだ事・・・。
語り終えてイルムは、ユウイがさめざめと泣いている事に気付いた。
「ごめんなさいね、辛い事を聞いて、ごめんなさいね・・・。」
言葉を返せないイルム、しかし心の中が暖かくなる。
しかし、それを打ち消すように、冷たい言葉が響く。
「もし嘘だったら、殺すわよ。」
「なんて言う事を言うの、エリースちゃん。」
「義姉ェもだけど、みんなもあますぎる。義兄ィは殺されかけたんだよ。
イルムはそのクリルの軍師なんだよ。」
「エリース、ありがとう。ただあの事と今からの事は別に考えたいんだ。」
と、エリースをなだめるアマト。
「義兄ィがそういうなら。」
エリースは、不承不承口を閉ざす。
・・・・・・・・
「で、アンタがみんなに話したいという事はなんなの、イルム?」
「私が帝都に来た理由とつながっています。私が来都したのは、遺言書に書かれた
新王帝の特定のためです。」
「イルム殿、ティシア=ウィーギンティ=ゴルディールの事か?」
その名を聞いて、セプティの顔が青くなる。誰も気づかず話は進む。
「そうです、キョウショウさん。そこまでは、気付いておられたましたか。」
「と、言うと?」
イルムが、セプティを静かに見つめる。全員がそれに気付く。
「セプティさん、本名はなんとおっしゃいますか?」
「え!!」
黙り込み、しばらく下を向いているセプティ。やがて、
「ティシア・・・ウィーギンティ・・・。」
「けど、それだけですよ!ゴルディールの名なんて付いてないし!」
「セプティさん、元準爵のアミノという男が、フレイアという元帝都予備隊の者に
セプティさんの警護と、ある物を後で渡すよう、依頼したというところまでは、
クリルは掴んでます。」
「セプティさん、言いにくい事ですが、貴方のお母様は、私と同じ目に
あったのかもしれない・・・」
「それでも、自分の娘はかわいい。敢えて母としてその事実は伏せたのかも。」
「そんな・・・、お母様が・・・、お父様が・・・あの6世なんて・・・・。」
泣き出す、セプティを抱きしめる、ユウイ。
「もう少し、違う言い方が、あるんじゃないですか、イルムさん!!」
と言の葉に、怒りの炎が宿る。
一瞬、口を噤むイルム。しかし何もなかったように話を続ける。
「セプティさん、フレイアという者から、何か預かりませんでしたか?」
「預かっています、今部屋から持ってきます。」
涙をふきながらも、立ち上がるセプティだった。
・・・・・・・・
テーブルの上に、フレイアから渡された黄金の平板が、置かれた。
黄金の平板を手に取りながら、改めてイルムが話を始める。
「これは、1000年以上前に、滅失したとされる幻の金属、オレイカルコスに
間違いないと思われます。そしてこの模様は初代王帝の旗印を図式化したもの。
そう、いわゆる、玉璽です。」
「つまりセプティさんは、名実共に、アバルト=ゴルディール8世陛下、
となられる資格を持っておられます。」
「私は嫌です、そんなもの。沈黙していれば、わからないじゃないですか。」
「いまはクリル大公国だけかもしれませんが、他の国々に知れ渡るのも
時間の問題でしょう。」
「遺言書と玉璽は、本当に重いのです。」
「それなら、私がここを出て行きます。それなら皆さんにご迷惑を
かける事もないし・・・。」
「セプティちゃん、バカな事は言わないで。もう私は家族の一員と
思っているわ。」
「けど、だったら余計に・・・。」
「セプティ、アンタをここに受け入れた以上、私、ラティスはアンタに危害を
加えようとする奴らを許さないわ。」
「アンタだけではない、ここにいるだれかに外部から危害が襲い来るというなら、
それを潰すために、人間の歴史書に【殺戮の妖精再び】の章を
献呈してもいい。」
と、ラティスが高々と宣言する。エリースも
「セプティ、友人をどうにかしようというような真似はさせないわ。」
と断言する。
なおも、激しく動揺するセプティを、ラファイアが密かに、
頭上に白金の魔法円を創り、穏やかな眠りに落す。
・・・・・・・・
「ところで、人を散々脅しといて、イルム、アンタはこれからどうするのよ。
ここから出て行って、一生クリルから逃げ回る。」
「それとも、私達と運命をともにして、一緒にその鬼畜どもと闘う。」
「私は、即断と巧速の妖精なの。今、決めなさい、
それによって話す事もあるから。」
「ラティスさん。私は、あのとき、助けがなければ死んでいた。
拾って貰った私の命、自由に使って下さい。」
「そんなこと、聞いてるんじゃないわ!あんたの意思はどうなのよ。」
「・・・ともに進ませてほしい、・・・いやさせて下さい!」
「エリース、いいよね。イルムがおかしな事をしたら、私が殺す。」
「わかったわよ、ラティス。あんたにグラディウスを預けるわ。」
・・・・・・・・
「イルムさん。セプティのために、その智慧を借してほしい。」
アマトが、真剣な目で、イルムに頼む。
「アマトさん、わかりました。全力を尽くします。」
「イルム、さっきはすまなかったわ。けど、セプティのために私からも
お願いする。だからまず、私から秘密を開示するわ!」
エリースの背後に、淡い緑色の光とともに、緑色の髪・青白い瞳・純白の肌・
超絶美貌の蜃気楼体が現れる。
「・・超上級妖精!?・・・初めて・・・見ました。」
「イルム、あんたを助けたひとりは、本当は私の超上級妖精。
名前はリーエ。こら、紹介しているのに、隠れようとするな。」
『まさか人見知り?まさか恥ずかしがり屋?』
「改めて礼を言いいます。本当にありがとう。」
と、(頭をひねりながらも)礼を言う、イルム。
リーエは小さく、『よろしく!』ポーズを、恥ずかしがりながらも決める。
「次は、私だ。私は創派の子孫。我が一族は、400年の間結界を張って、
外界との接触を避けてきた。」
「ニゲルシルウァ?」
「さすが、クリルの元軍師殿。人口の増加で、一族のあの森からの離脱は、
不可避のものとなりつつあった。」
「そして縁あって、ここで一緒に行動している。」
「いざとなったら500の騎士・兵士が帝都に駆け付ける。子供たちと
未来のためには、私はもちろん全員が死兵となる、覚悟がある。」
「わかりました、キョウショウ殿、その想い受け取りました。
共に考えましょう。」
「最後に、いいですか。・・あれ?ラティスさん、チャチャいれないんですか。」
「毎回やる程、暇じゃないわよ。」
「じゃ、光折迷彩を解きますね。これって結構うっとおしいんですよね。」
白金の背光が輝きだす、今までのラファイアの姿は消えていき、
白金の瞳・白金の髪・超絶美貌の妖精が現れる。
「聖ラファイス様!?いや違う。だけど白光の妖精!?」
「わ、嬉しいです、イルムさん。みんな初見は、ラファイス、ラファイスと
言って胸の前で五芒星を描くんですよ。」
「けど、私は白光の妖精でラファイアですから。」
「わかったイルム。これがこの家の真の姿。これで考えて欲しい。」
とラティスが、皆の思いを代表して語る。
・・・・・・・・
急にラファイアが、いたずらっ子みたいな表情で話し出す。
「ふふ、イルムさん。ラティスさんの考えで、ヒールの間に、あなたに、
贈り物をしてるんですよ。」
「贈り物?」
「ラティスさん、こう見えても、照れ屋さんだから・・・。」
「ああラファイア、もういい。私から言う。」
「イルム、あんた、自分が女性の肉体を持っているという事に、その容貌に
嫌悪感を持っているわね。その嫌悪が原因で、契約した妖精の本来の力が、
発揮できなかったのよ。」
「あんたは、上級妖精契約者じゃないわ。最上級妖精契約者よ。
その頸木から、解放しといたから。」
「もし、ここを出て行く選択をしたとしても、生き残れるようにね。
それで、家の分の借りは返したわ。」
暗黒の妖精と白光の妖精の計らいに、深く頭を垂れるイルムであった。
と同時に、ここにいる全員と共に、なかば半狂乱状態だったセプティを
護ろうと決意する、元クリルの軍師であった。
第2章。超流動 ルリの項
あれから一日たって、みんなまた、食堂兼居間に着座している。
きのうと違って、セプティの目が泳いでいない、自分の宿命と向き合う
覚悟をしたようだ。
イルムが、自分の考えを述べる。
「まず、
【新帝は、暗殺者の手を逃れ、暗黒の妖精ラティスさんの庇護の元にある】
という真実を、噂として流します。」
「これで、3大公国は考えるでしょう。これは、ラファイアさんが、おこなった
お芝居が役に立ってます。」
「聖ラファイス様を退けたラティスさんと敵対する事になれば、3大公国の
大公たちは、帝権奪取の計画、王国連合との闘いに非常に反故をきたす
と考えるでしょう。」
「ラティスさんの魔力は、殺戮の妖精アピス以上と推測するからです。
外と内の両面作戦を行える程の質と量は、3大公国にはありません。」
「それで、3大公国にセプティさんの即位を認めさせ、すぐに退位して
3大公国の望む傀儡に禅譲するという見返りに、上帝の地位と領土の一部割譲
創派の人達の帰順を認めさせるのです。」
ラティスが不満そうに言う。
「イルムのいう事はわかったわ、ただそんなにうまくいくかしら。一気に
3大公国とケリをつけた方がいいんじゃない?」
「ラティスさんの言う事は、尤もです。ただそれでは、破壊はできますが、
再興に時間がかかりすぎます。それを行うぞ、行うぞとみせて、
なるべく多くの果実を得るのが、得策かと考えます。」
「あるいは、大公国のひとつと手を組んで、あとふたつを滅ぼすとか。」
「きのうキョウショウ殿とも話したのですが、策をおこなうためにどうしても
カードが2枚ほど足りないんです。」
その時、アマトは、エリース・ラティス・ラファイア・リーエが
一斉に同じ方を向いたのに気付いた。
「ラティス、手伝ってもらっていい?」
立ち上がりながら、エリースが頼む。ラティスもうなずき
「アマトとユウイとセプティは頼んだわよ、おまけ。アマトには
2・3発いれられてもいいけど、ユウイとセプティに傷ひとついれられたら、
3日3晩リクリエーションにつき合せるからね。」
と言葉の打撃をラファイアに打ち込む。
「私が出て行かなければならない気がする。ゴメン、キョウショウとイルムは
自己責任で自分を守ってね。」
とエリースが話し、ふたりが、ドアから出て行く。
「はあ~、お留守番ですか。」
ラファイアがため息をつく。
「ラファイアさん何が起こっているの?」
家に、防御障壁を展開しつつ質問する、キョウショウ。
「北方から9人、南方から2人、殺意を隠しながら接近する影があります。
ラティスさんは15拍後9人と、エリースさんは30拍後2人と会敵します。」
「あ、エリースさんの向かった方に別に1人だけ、凄い方が潜行して
いらっしゃたようです。気付きませんでした。」
「この人は、最上級妖精契約者ですね。」
『なに、それが探知できてるというの?だとしたら、ラファイアさんは
まさか、あり得ないと言われる、極上級妖精というの!』
イルムの驚きをよそに、
「ま、ゆっくり香茶でも飲みながら待っていましょうか。」
とのたまう、白光の妖精さんであった。
☆☆☆
コウニン王国のルリは、配下ふたりに先行して、目標の斜め上空に
浮遊していた。
クリル大公国方面の工作が失敗続きで、このままでは連帯保証の掟で、
家族を殺されそうな副支配セ・ルーが、自ら先頭に立って、
標的の暗殺に出張ってきているらしい。
そう昨日クリル工作部支配のグ・ルーから、
〖明日、セ・ルー以下9名が該当宅に突入するので、おとりに使われたし。
なお9人の生き死には考慮不要。〗
との書状が届いたのだ。つまり、暗黒の妖精を釣りだす餌として使えとの
ことだろう。
指揮系統が違うので、〔連絡〕という形できたのだが。
標的の傍らに、暗黒の妖精や、(最?)上級妖精契約者がおり、
暗殺工作を行うには、手詰まり状態だったので、
何でも利用させていただく。
おとりに、暗黒の妖精を釣り出してもらっても、後に残っているのが、
上級妖精か最上級妖精の契約者が、ひとりかふたり。
上級妖精契約者だとしても、実戦経験が豊かな2人だったら、
明日の朝日が拝めない可能性は十分にある。
ただ、王国暗殺部も、これ以上の工作員は割けないとの事。
依頼約束の期限まであと3日。もはや今しかない。
・・・・・・・・
ルリは目標前方に、風の最上級妖精の結界を張って潜んでいた。
家屋や街頭の媒介石の灯りが眼下に、美しい模様を描いている。
おとりの9人と、強大な力の塊が戦闘状態になったのを感じて、指示を出す。
配下のふたりが、赤色電撃と青色電撃をおこなうため急降下していく、
ふたりの体が電撃を放とうと輝いた瞬間、
ふたりはそのまま自由落下していく。
『真空刃の影刃、月のない夜の、風の妖精契約者の定跡か!』
同じ真空刃の影刃を、四方八方から放たれる。奇襲に失敗した。
『強襲するか逃げるか!』
破壊振動音波が上下に響く、完全に捕捉された。
『どうする?』
できるだけ、でたらめに、空中を高速移動する。
頭上を、緑電奔流が掠る。自分の全身が光に浮かび上がっているだろう。
『顔を見られたか?ならば殺す。』
相手を誘き出すしかない。前方に倒壊した野外演劇場がみえる。
ジグザグに移動して、降り立つ。降りた途端、複数の球電が現れる、
赤黄色ではなく、淡い緑。
ここまで自己開示してくるとは、相手は、私と同じ風の最上級妖精契約者。
前方に赤い髪の若い女。資料にあったエリースか?
上級妖精契約者との観察、偵察者の致命的なミス。
「コウニン王国のルリさん?」
こちらの正体までお見通しか。
「エリース、手伝おうか?」
背後から声がかかる。全く気付かなかった。圧倒的な強者の存在。
「いらないわ、ラティス。」
暗黒の妖精か、9にんは?背筋に冷や汗が止まらない。一歩も後ろに下がれない。
ならば前進制圧のみ。後ろから攻撃がきたら、ゴメンナサイだ。
多面体立体障壁をはりつつ、全力の緑電奔流を、
「「放つ!!!」」
お互いの奔流が、相手の奔流を飲み込もうとして、悲鳴を上げる。
押されている、バカな、経験値はこちらが上のはずだ。
目を凝らせ、相手を注視しろ。隙を捜せ。まだやれる。
なに?あの娘から立ち昇る淡い緑の光の影は、
「超上級妖精!?」
緑電奔流を遮断、障壁の維持だけに魔力を使う。相手の力が先に尽きれば、
まだ、機会はある。
だが、こちらの障壁の方が揺らぎ出している。向こうの奔流は
益々荒れ狂っている。
こちらはエーテルがつきかけている。もうもたない。
「次元が違う・・。さすが、超上級妖精・・・これで・・結末か・・。」
衝撃がきた・・・意識が・・消える・・・。
・・・・・・・・
「何か時間がかかったじゃない、エリース。」
「終始、加減してたからね。もう最後の方はリーエまかせだった。」
リーエが、『私、凄いでしょう!』ポーズをとっている。
「うん、リーエ、ありがとう。」
『エッヘン!』ポーズに変わる、リーエ。
「で、どうすんの。」
「家に連れて行く。話す必要が・・、話さなければならない事があるから。」
「ま、ここまで魔力を使用したら、3・4日はエーテル不足で、
こいつも魔力は使えないか。」
「だから、キョウショウさんに、精神波で鉄馬車を頼んでいる。」
「家に着くまで、一緒にいてやるわ。辛かったね、エリース。」
名も知らぬ戦士2人を討ったことで、エリースの心は沈んでいた。
☆☆☆
3人を乗せた鉄馬車が家に到着する。ルリを連れて来たことに、アマト、
ユウイ、セプティが驚愕するが、ルリの顔を見て気付いたアマトが
〖カイム先生〗の事を、2人に説明すると、2人とも納得する。
空き部屋に、意識がないルリを運ぼうとして、ラファイアが
何かに気付いたらしく、ラティスと共に、
2人でルリを運んだ部屋にこもって、しばらくして出てきた。
「凄く惨い催眠魔法をかけられ続けていたようでしたので、
ラティスさんとふたりで、解除しときました。」
と食堂兼居間で、ふたりを待ってた全員にラファイアが説明した。
その後は、セプティの警護の分担と【新帝は、暗黒の妖精の庇護の元にある。】
という噂の拡散の手順の確認をして、今日はお開きになった。
〔戦力の逐次投入は愚か者の所業〕という事は当然の理屈だが、
敢えて、裏をかいてくるというのも、考えられる。
ラティス・ラファイア・リーエと寝ずの番ができる妖精がいるとしても、
仕掛ける方は、セプティひとりを的にすればいいのであるから。
「もし、エリースさん、リーエさん、ラティスさんに何かあったらと思うと
気が気ではありませんでした!」
と、思いの丈を絞り出した、動揺するセプティを休ませてあげたいという、
皆の共通の想いがあったのが、一番だったのかもしれない。
☆☆☆
あれから半日もしないうちに、ルリは目を覚ましていた。
しかし、目を覚ました瞬間、今まで呪縛されていた感情の激流に襲われていた。
姉カイムの死に対する悲しみ、父母が連帯保証の掟で殺された事に対する
怒りと慟哭、自分が殺したもの達の恨みの眼差し、どうしようもない
感情の爆縮に、ルリは幼子のように、看病をしていたユウイに
抱き着く。
「うあ~~ あ~~ わあ~~・・・・・・。」
言葉にならない、悲鳴を上げるルリ、そのあまりの激しい咆哮に、
部屋に飛び込んできたラファイアが、白金の魔法円をルリの額に描くが、
あまりの激情に魔力を受け付けない。
ユウイは、慈母のような表情で、しっかりとルリを抱きしめる。
「落ち着いて、あなたは何も悪くない。あなたを傷つけるものは
ここには、なにもないわ。」
子守歌のように、囁き続けるユウイ、少しずつ悲鳴が小さくなっていく・・・・。
・・・・・・・・
エリースが、夜、再びルリと対面したとき、そこには名うての暗殺者の
面影はなく、憔悴しきった糸の切れた操り人形の顔がそこにはあった。
「ルリさん、私はエリース、わかる?」
力なく頷くルリ。
「私は、あなたの姉カイム先生と決闘して、カイム先生を殺した。」
「・・・決闘・・・?・・・そうか。」
色のない瞳で、ぼんやりと、エリースを見つめる。
「そこで、あなたに渡してくれと、遺品と遺言と最後の言葉を預かっている。」
まず、ペンダントを渡すエリース。ルリはそれを受け取り、ゆっくりと胸元から
同じものを引き出す。
「そして遺言は、
『私は、暗殺者としてではなく、戦士として誇りに満ちて死んだと伝えてくれ。』
だったわ。」
微かに頷くルリ。
「最後の言葉は、『父さん・・母さん・・ルリ・・。家族の免職許可書が
降りたんだよ。もう人を殺さなくてもいいんだよ。4にんで・・・』だった。」
ルリはエリースから視線を外し、下を向いたまま動かない、ひと言
「ねえさん・・・・。」
と呟いたあと、肩を震わせていた。それは人形ではなく、人としての
感情の発露だった。
第19部分をお読みいただき、ありがとうございます。
(一部補足します)15拍後=約30秒後 30泊後=約60秒後
と、思っていただければ、幸いです。