ⅭⅬⅩⅩⅥ 星々の天頂と天底編 後編(7)
第1章。かれらは話した(2)
第2章。かれらは話した(3)
第1章。かれらは話した(2)
「カウシム義兄上!」
それまで沈黙を守っていたレティア王女が、カウシム王太子に声をかけた。
その言葉が、「義兄上!」でも、「陛下!」でもなかったことに、
次期武国の王は何かを感じ、視線だけではなく、
顔の向きも、いったん義妹の方へ向ける。
「たしかに、イルム執政官が指揮する新帝国と、義兄上が率いる武国が、
しばしの間、戦いが無い状態で過ごすことは、できるでしょう。」
「ですが、そこのアマトさまと違い、
イルム執政官は、超上級妖精の契約者でさえないと思われます。
もし、そうであるのなら、今の新帝国の対外政策なら、
公開しているはずですから。」
自分に話をしながらも、アマトに対し、冷たい敵意を隠さない義妹のレティアに、
少し眉を顰めるながらも、カウシム王太子は、
「なにが言いたいんですか、レティア?」
と、それでも義兄として、優しく問いかける。
「今までの義兄上の話は、イルム執政官殿が、存命であることを前提に、
構築されていると思われます。」
「だが、新帝国も建国途中。不幸にしてという未来も、
多くの確率でありましょう。」
「だとすれば、わたしは、新帝国最大の兵器の契約者である、
アマトさまの考え方を、人となりを、
武国の王位の第一継承者として知っておきたいと、希望いたします。」
そう話すと、レティア王女は、刃のような視線をアマトに向け、
義兄カウシムの顔色を無視して、アマトに直接話かける。
「アマトさま。わたしたちの、契約妖精のアピスの前時代の契約者オフトレは、
国家に忠誠を誓っていた騎士だったと、言われています。」
「だがくずの集りだった、あの国の支配階級に、その忠節は嘲られ
ほとんどの家族・一族を拷問の末殺害され、若い女は苦界に沈められたのをみて、
そのような悲惨な現実に向き合った、彼の人格は崩壊し、
その底知れぬ怒りと哀しみは、契約していた暗黒の妖精アピスさえ狂わせ、
その国家のすべての人間を滅ぼしさろうとする、祟り神の化身に堕ちました。」
「その後のことは、アマトさまも知っておられるでしょう。」
「暗黒の妖精アピスひとりでさえ、あのありさまです。
それに、アマトさまは、ふたりの超越した妖精と
契約を結んでいらっしゃる・・・。」
「レティア!!」
さすがに、カウシム王太子は、王太子としても、義兄としても、
看過できなくなり、義妹レティア王女の話を遮る。
「カウシム陛下。いえ、義兄上、これは二つの国のことだけにあらず、
この世界の行く末も左右する話なのですが・・・。」
カウシム王太子の厳しい眼差しに、レティア王女は、しぶしぶ話を変える。
「わかりました、義兄上。しかし、礼を無視して、お尋ね、いえ、御高察を
お聞きしたいことが、わたしにあります。」
そして、レティアは、改めてアマトと向き合う。
「アマトさま。わが武国は、今より、カウシム陛下と敵対した、
そして、裏切った貴族・騎士どもを処分しなければ、なりません。」
「アマトさまだったら、どのような処分をなさるか、この愚か者に、
ご教授いただければ、幸いです。」
そういうレティアの眼差しは、冷たい敵意から、美しい殺意の色に、
変化する。
そのレティアの真剣な眼差しを浴びて、
答えを探すアマトの背中に、冷たい汗が流れる。
『どう答えればいい?』『どう答えれば、正解なのか?』
アマトは必死に思い出す。
クルースの地での、イルムさんとファウス妃の姿勢を、やりとりを・・・。
『違う!これではない!!』
そう思いながらアマトは、思考の迷宮に陥ってしまう。
おそらくは歴史書に記される、ふたりの偉才の視線が注がれるなか、
アマトはかろうじて、混乱の淵のギリギリに止まる。
そこで不意に、アマトの脳裏に、キョウショウのやさしい笑顔と言葉が浮かぶ。
{アマトくん。異才であるイルム、才人たるルリのもとで、凡人なわたしが、
その作戦の立案に加われる。これはなぜだと思う?}
{そう、たとえイルムという天才でも、だした答えが正解かどうかは、
時には悩むものだ。
友が決め切らない時、そのときは、友の本心が望んでいる答えを
わたしは支持して、決断の助けになるようにしている・・。}
『そうだ、最適解が答えとは、限らない。これなら話せるかもしれない。』
『それに、これ以上はカウシム陛下も、同じ国の人間の血が流れるのを、
見たくないだろうから。』
『そして、カウシム王太子は、ご自身のことを傍流とも、おっしゃった・・・。』
第2章。かれらは話した(3)
アマトは、改めて、武国の統治者のふたりをしっかりと見て、口を開く。
「わたしだったら、まずは主を交代させることを当然条件として、
話をすすめます。」
「交代?それは、生きて引退させ、子供か、弟妹かに、
家督を譲らせるということですか?」
カウシム王太子は、少し口調を緩めて、アマトに質問する。
「いえ、家督を継ぐのは、その一族で、実力があっても不遇をかこっている、
傍流のだれかです。」
「ほ~う。」
「次に、領地替えです。伝来の領地に残るなら、戦乱の前の3分の1とし、
領地替えを受け入れるなら、戦乱の前の2分の1を与えます。」
「なるほど・・。」
少し困った顔で、カウシム王太子は、アマトの話に頷く。
その微妙な変化に気付きながらも、アマトは話を続ける。
「三っ目に、家督を継ぐ条件として、後継者とその兄弟姉妹は、
王都に新たに複数作る学園のいずれかに、入学することとします。」
「教育による忠誠心の熟成と、悪く言えば人質ということですか。
では、アマトさま、なぜ複数の学園の創設を?」
胡散臭い意見の羅列だとの思いを、表情に浮かべながらも、
レティア王女は、武国の新しき統治者のひとりとして、
アマトに疑問を呈してはみる。
「新たに発生するだろう派閥の力を、最初から削いでおくためです。」
「だから、どの学園に入れるかは、くじで決める制度とします。」
「・・・・・・。」
「まあ、レティア。アマトくんの案だったら、同時に徴税官という武官を創設し、
各地方に派遣する必要も、ありそうですね。」
カウシム王太子は、自分の期待に近い回答は得たのか、
アマトの答えに仮同意をするような応答を、レティア王女に敢えてみせる。
それに対し、レティア王女は、義兄の態度に即反応し、異議の見解を主張する。
「しかし義兄上!信賞必罰は、武門のよって立つところです。」
「われらは、何回も機会を、かれらに与えました。
そのうえでの今回の叛乱行動ですから、
現当主は処刑。家族は罪一等減じて、国外追放は、必須かと・・・。」
「・・・・・・・・。」
アマトはレティアの、統治者としての正論に、これ以上のことは触れられずに、
口を噤んでしまう。
しばしの沈黙のあと、カウシム王太子は、静かに口を開く。
「レティアの質問の件は、ここまでにしましょう。」
「・・・・・・・。」
「そう、ひと一人が成し得る平和なんて、
所詮は30年程のことかもしれません。」
「それに、武国の王として、わたしの両手が血に染まり続けることを厭う事は、
考えてはいけないのかもしれませんね。」
「私の意見では、極上級妖精と契約できた、きみもわたしもレティアも、
人間の歴史では出現してはいけない、異分子だと思います。」
「そして、アマトくん。
今度、会える機会がくるより先に、わたしの葬儀が行われるかもしれない。
それでもきみと、生きて戦場でお会いするより、ましだと考えます。」
さらに、小さな沈黙のあと・・、
「そろそろ、妖精さんたちも、戻ってきそうですね・・・。」
と、カウシム王太子は、誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。
第176部分をお読みいただき、ありがとうございました。
星々の天頂と天底編も、次部分で、終了の予定です。
あくまでも予定ですが・・・。




