ⅭⅬⅩⅩⅤ 星々の天頂と天底編 後編(6)
第1章。かれらは見た(3)
第2章。かれらは話した(1)
第1章。かれらは見た(3)
異様な緊張感の中、それでも端然としたなりで控えていた
クレイ卿以下4人の戦士たちだったが、さんにんの妖精の桁外れの圧に、
顔色が蒼白を超えて、真っ白になっていく。
『だが、わたしも、上位の妖精の契約者のはず。』
と、同じ言葉が、5人の頭の中に浮かぶが、歪んでは消えていく。
重い現実が、彼らの矜持を上回ろうとした時、静かに音を立てていた、
カウシム王太子の筆が止まる。
「アマトくん、お待たせしたね。執政官殿への返状はできたよ。」
そして、カウシム王太子は、明るい口調で、
いまだ、表情の変わらぬ、もうひとりの暗黒の妖精に声をかける。
「ただ、ラティス殿。第一位王位継承者と軍師殿に、この書状を確認する時間を
欲しいんですが。」
「勝手にしたら・・・。」
そう答えるラティスの態度に、アピスが疑問を感じ、ラファイアに問いかける。
「ラファイア。ふたりとも、なにゆえに、何を急ぐ!?」
その時、ラファイアの笑顔は、通常のそれから、蕩けるようなものに変わり、
「こら、ラファイ・・・・。」
と、何かに気付いた、ラティスの遮りの言葉が終わらぬ前に、
ラファイアの瞳は白金に輝き、アピスに凝縮精神波を送る。
その受け取った、アピスの圧は、急激に零近くまで低下する。
それにあわせて、アピスの口調も、砕けたものに変わってしまう。
「はあ~、くだらない。生き残ったラスカ王国軍を追って、
ラスカ王国自体を壊滅させるとか、それだけでは済まず、
レスト王国やメリオ王国まで、殲滅させるというなら・・・
『それは、この世界への、いや人間という生き物への過剰干渉だしね。』
・・・全力で阻止も、してやろうと思ったけれど・・・。」
さらに砕けた口調に変わった暗黒の妖精アピスの表情に、
あわせて、理解不能の眼差しが加わる。
「契約者アマトの義姉のユウイのお小言が怖いから、
全力で回避したいがために、最速の帰国をしますと・・・。」
≪「ラ・ファ・イ・ア~!!」≫
ラティスの叫びが、音声と精神波とで、まるで共振したかのように震え、
そして、背光が白銀の炎のごとく、禍々しく光り出す。
この圧の余波で、クレイ卿は無論、ブーリカ・ウェリキン・ゲトラクス・イケ二
4人の戦士たちも、姿勢を保てず、床上に転がり落ちていく。
一方、ラファイアも、背光から49色の光粒を舞い散らさせ、
妖しい笑いさえ浮かべ、
暗黒の妖精ラティスの、次の一撃に備えている。
だが、ラティスは、何かを思いついたらしく、好戦に全特化した表情を全停止し、
ニヤリと笑い、次の瞬間には、アピスに圧縮精神波を送った。
一瞬、疑問の表情を浮かべた、ラファイア。しかし、暗黒の妖精アピスから、
「ラファイア。あなたも、そのユウイとやらのお小言を避けるために、
日頃、愛想をふりまいているの!?」
と言われ、その顔から戦いに備える笑いが消え、
光粒の吹き出しも無くなってしまう。
「あなたらふたり、本当にあのラティスと、本当にあのラファイア?
まさか、そっくりさんではないでしょうね。」
あきれた表情を、ほんの一瞬浮かべたあと、暗黒の妖精アピスは、
心から愉快とばかりに、笑い出してしまった。
第2章。かれらは話した(1)
いまだ、笑いを耐えているアピスに対して、無口になったラティス、
笑顔が凍り付き、目の前の武国産の最高級香茶さえ目にはいらぬラファイア、
もはや3にんの妖精たちの圧は、
・・一撃必滅の一瞬の魔力攻撃・・寸前の様相から、
あるかないか分からないような、微弱というレベルまで落ちている。
それでクレイ卿も、なんとか椅子に戻り、王女殿下から渡された
新帝国への書状を確認している。
「アマトくん。わたしは、きみと夜を徹してでも話をしたかったんですよ。」
「カウシム陛下!?」
「アマトくん。ここでは、カウシムでいいよ。」
「それでは・・・。」
「気にするなら、カウシムさんでかまわない。
アマトくんたちも時間もないようだから、話を続けましょうか。」
カウシム王太子の右手が軽く上がり、それを見てクレイ卿と4人の戦士は、
即座に椅子から立ち上がり、アマトたちに深い敬礼と、
王太子陛下と王女殿下には、通常の去礼をし、扉から出て行く。
レティア王女は、それと音響障壁の揺るぎなきを、確認したうえで、
義兄カウシム王太子の方を向き、深く頷く。
「じゃ、アマト。わたしも、ちょっとアピスとお話があるから。
ラファイア、あんたも付き合いなさい。」
「やれやれですね。ただ、アマトさん。結界は張っておきますので。」
ラファイアの言葉のあと、伝説級のさんにんの妖精の姿も消える。
それを見届けて、カウシム王太子は、話し出す。
「それで、アマトくん。あなたの望むものは、みつかりましたか?」
アマトは、ひと息ついて、いくつもある選択肢のなかから、
現在の心持ちを、正直に話すことを、選択する。
「まだ、わかりません。ですが、ぼくの目の届く範囲の人たち、妖精さんたちが、
不幸に、闘いに巻き込まれないようにしたいという、思いはあります。」
妖精さんたちの不幸とアマトが語ったことに、気付いたのか気付かないのか、
カウシム王太子は、話を続ける。
「アマトくん。病弱であった、わたしはね、昼寝でもしているうちに、
人生の幕が下りればと、いつも夢見てました。」
「なぜだか、わかりますか?」
「いいえ。」
「傍流とはいえ、武国の王族の血を引いていたからですよ。」
「・・・・・・・。」
「つまりは、生きていること自体が、だれかの生死に関わるんですよ。」
「だから、病弱のまま、一生 終わるのもいいかと、思っていました。」
「けどね、アマトくん。義兄として、最低レティアを護ろうと思いました。
そして、この世界の禁忌、アピスさんとの契約です。」
「もはや、部屋の中に引きこもることは、できなくなりました。」
「それからわたしは、人生の最適解を選択し、生きたはずでした。
しかしそれは、修羅の道だったんです。」
「わたしは、本心から、やはり傍流だったマイチ義兄上に、武国を渡し、
その褒美として、終生 好きな絵でも描く時間をいただこうと
思っていたんですが・・・。この、ありさまです。」
カウシム王太子は、肩をすくめてみせる。
「アマトくん。この先も、やはり修羅の道だとしても、
わたしは、武国王の役を演じなければなりません。」
カウシム王太子の目が光る。
「武国王としての戦略から言うと、新帝国といつの時期か、
ぶつからなければならないと、思っています。
おそらく、イルム執政官も、同じ戦略を考えていると、思いますよ。」
「そんな・・・。」
アマトは、カウシムの話が理解できないでいる。
「だが、安心して下さい。わたしは、イルム執政官がいる限り、
新帝国と戦争するのは、最大限、避けようと思いますし、
自惚れさせていただけるなら、イルム執政官も同じ考えでしょう。
アマトくんが持ってきた書状から、その人となりをはかるとね。」
「そして、その二ヶ国なかで、歴史を揺らす変数があります。」
「まさか、それがぼくだと・・・!?」
「さすが、わが友です。」
カウシム王太子は、年下の友人に微笑んでみせる。
「それは、なぜですか?ラティスさん、ラファイアさんのような伝説級の妖精が
契約しているといっても、ぼくは世界を望んだりしませんし、
たとえ仮に、ぼくがのぞんだとしても、ふたりともそっぽを向くでしょう。」
「わたしも、そう思います。けれどもそれは、わたしが、きみという人間をみて、
そして、話しているからです。」
「・・・・・・・・。」
「この世界で、伝説級の妖精の契約者と公開しているのは、きみだけです。
新帝国を走り出させるのには、仕方がないと思いますけどね。」
「それで、アマトくんは、まわりの人間から、畏怖と恐怖、これは当然ですけど、
それ以上に、嫉妬、ねたみ、やっかみが、凄いのでは!?」
「・・・・・・・・。」
「けどね、今、そういうことをしている人間は、精神性が低いんですよ。」
「だが、もしきみが、ふたりの伝説級の妖精の契約者と知られたら、
精神性が高い人間が、いや髙ければ高いほど、きみの排除をしようと、
試みるでしょう。」
「アマトくんが いなくなった新帝国なら、わたしは武国王として、
攻めなければならなくなる未来が、容易に想像できます。」
「・・・・・・・。」
「しかし、偽りの平和の時代のほうが、純粋な戦争の時代より、
いいと思いませんか。」
アマトは、カウシム王太子の熱い想いに、けれども理解に苦しむ心の裡を、
瞳に浮かべていた。
第175部分をお読みいただき、ありがとうございました。
あわせて、複数の方が、全部分をお読みいただいたことに、
お礼申し上げます。
カウシム王太子会合編というようなものになっていますが、
当初は、書状のやり取りを書いて終わる予定で、
アマトくんとカウシム王太子の話は、
カウシムとの密約とか、武国王即位式とかいう部分で、
挿入するつもりだったんですが・・・。
また、筆に任せて、内容が変わりました・・・。




