ⅭⅬⅩⅨ 星々の天頂と天底編 中編(6)
第1章。デジデロ・エルゴ・スム
第1章。デジデロ・エルゴ・スム
『目の前に佇んでいた姿に、気づけなかったのか、わたしは!』
オベレは、その事実に驚愕する。
オベレ自身、自分の契約妖精(最上級妖精)を偽って生きようと決意したとき、
契約妖精の魔力史を深いところまで、調べたことがあるのだ。
結論としてオベレは、最上級妖精と超上級妖精の魔力差は、
隣り合わせの僅差のものと、考えていた。
だが今、その魔力の片鱗を体験した限り、その溝は、底の見えない深淵だった。
背筋の冷える現実に、自然にオベレの口は開く。
「わたくしは、今は滅亡したギチャム王国と帝国との国境の、
名も無き村の出身でした。」
「その当時、わたしの村は、王国連合が強い時は、ギチャム王国に、
帝国が強い時は帝国にというように、服従先を変えておりました。」
「だが、そのような二股膏薬的な姿勢は、
戦乱帝と呼ばれた、帝国の4世王帝には、許せぬ行為だったみたいで・・・。」
「同じ姿勢をとってきた他の村や町への、見せしめのためもあったでしょうが、
あの日、わたしが、妖精との契約を行う当日、帝国親衛軍が侵入し、
村は焼き払われ、わたし以外の村人は全員虐殺され・・・、
そのときに、わたしの父母も、とくに妹は、わたしの目の前で殺されました。」
≪ククク、で、帝国への復讐のための剣として、ラスカ王国を利用しようと・・。≫
蜃気楼体の妖精アルケロンは、さも可笑しそうに、精神波を放つ。
≪アルケロン、邪魔をするな。話がみえなくなる。≫
陽炎のように、佇んでいた戦士の精神波が、その場に響く。
オベレは、それから歴史の隠れた事実を、なおも肉声で語る。
「わたしも、6世が即位した頃には、武器商人として、力を蓄えていました。
そこで、ファン・ウィウス侯爵一族に近づき、内部から腐敗させる企てをし、
それは成功し、あとは王国連合が侵攻すれば、
一気に帝国を滅亡させれたのですが・・・。」
≪しかし、王国連合は、王国連合の方で、
出兵する兵の数や、戦後の領土の分配で、
王国間の妥協ができなかったと・・・。≫
「アルケロンさま。残念ながら、その通りです。
そうしてるうちに、〖暁の改新〗が起こり、レオヤヌス大公・レリウス大公
そしてファウス妃と、歴史に名を残す傑物が出現、いえ認識され、
王国連合も、さすがに戦意を失くしてしまいました。」
「わたしも、もう長くはありません。出来るうちに、打てる手は打っておこうと。
罪の意識が、わたしを苛むのです。いまだ、帝国は存在していると。
あの日、目の前で、火だるまになった妹の仇を討ててないと。」
≪それが、おまえの隠していた大事か。なるほどな。≫
≪だが、そこでこの・・・≫
アルケロンは、全身を外套で隠した超上級妖精の契約者に、視線を送る。
超上級妖精の契約者は、蜃気楼体の妖精の精神波が途絶えた理由を察し、
精神波で返答する。
≪呼ぶ名がないと、不便か、アルケロン。では、シリューとでも呼べ。≫
その名を聞き、蜃気楼体の妖精は軽く笑い、精神波での会話続ける。
≪・・・シリューが、ラスカ王国のクラテス子爵に合力したところで、
王国連合と、帝国が戦争するとは、限らないのではないか?≫
アルケロンは、おもしろそうに、オベレに尋ねる。
「アルケロンさま。世界の片隅で、一頭のチョウが羽ばたくと、
世界の中央で嵐が起こるとの寓話がございます。」
「帝国が実質分裂状態にある今、地図上の位置から言うと、その世界の片隅は、
ラスカ王国になると、わたしの生涯の経験を通して、そう結論しています。」
≪ラスカ王国が振動を始めると、王国連合各国は主要動し、
やがて帝国を襲う嵐に、変化をするか。≫
≪そもそも、王国連合内の、王侯貴族らの後継者達の領地が不足しているのは、
否定できない事実だしね。≫
シリューが、追加の見解をアルケロンに示す。
≪それでオベレ、クラテス子爵が提示した、超上級妖精契約者に対する報酬は?≫
オベレは、サッと胸元から書状を取り出し、自分の顔の前で広げ、
文面を、ふたりの超絶者の視線に晒す。
≪そのうえで、クラテス子爵様から徽章を預かっております。
超上級妖精契約者と出合うことができ、わたしが合力を依頼できたら、
その証として渡すようにと!≫
≪参入しただけで、準爵位と黄金。王国を簒奪した暁には、侯爵位と領地か。
豪気よなあ。≫
≪シリュー、超上級妖精ルコニアの魔力は、まだ完全でないとはいえ、
まあ、闘いにおいて、まず後れを取ることはなかろう。
向こうに、わたしのような規格外がいない限り。≫
≪・・・・・・・・。≫
≪こ この報酬の件に関しましては、
わが組織、われらの組織の全力をあげて、
クラテス子爵さまに履行させますので・・。≫
≪どうする、シリュー。子爵クラテスのもとに、行ってみるか?≫
≪アルケロン、わたしは心のおもむくままの生き方をするために、
おまえの誘いにのり、だいじな人、友をも裏切り、故郷も捨てた。≫
≪落ちゆく先が、ラスカ王国という名の地獄でも、一興の理はあろう。≫
その精神波が終わるや否や、シリューの身体が、淡く青色の光を纏う。
それに応じ、青色の髪・青色の瞳・白い肌・超絶の美貌の蜃気楼体の妖精が、
シリューの背後に顕現する。
≪先にいくぞ、アルケロン!≫
シリューの姿は、風と消えていく。
それを確認した蜃気楼体の妖精は、右腕を天に掲げ、
≪デジデロ・エルゴ・スム。≫
と精神波で詠唱をつぶやき、魔力を解放する。
劇のため描かれた壁絵のような風景が、
みずみずしく、生気のあるものに戻っていく。
その際にオベレは、目の前の妖精の、一瞬の冷たい笑顔を偶然に視野に写し、
なぜだか、この妖精の抱えている闇の深さを感じ取り、
ふたたび、背筋を凍らせていた。
第169部分をお読みいただき、ありがとうございました。
やっと、総文字数70万文字を、超えました。
これも、この作品を追いかけて頂いているみなさまのおかげと、
あらためて、感謝もうしあげます、




