ⅭⅬⅣ 星々の象意と進行編 後編(7)
第1章。月夜の妖精(2)
第2章。去りゆくもの
第1章。月夜の妖精(2)
山の端から姿を現わしたふたつの月が、なぜか匂いたつような光で、
クールスの廃城の庭を、濡らすように照らしている。
その庭で、エルナは、レウス公女が座った手押しの車椅子の横に立ち、
義理姉と話ていたが、レウスはお話に飽きたのか、
邪気のない寝顔で、倒された車椅子の背もたれにもたれかかり、
すやすやと寝息をたてている。
突然、圧(力)波による突風が、この空間に発生し、さらに風は烈霧を纏い、
長身・藍色の瞳・青色の髪・白雪色の肌、超絶美貌の水の妖精が現れる。
≪「ふふふ・・・。火の妖精ルービスの魔力、いまだ衰えず。
嬉しくもあり、嬉しくもなしと、言うところか。」≫
エメラルアは、今宵は、なぜかシレイアの姿に変化しようとしない。
「エルナ、レウスは?」
エルナは、手押し車の背にもたれかかり、スヤスヤ眠るレウスを見ながら答える。
「月を愛でながら、物語をお聞かせしていたんですが、ご退屈なさったのか、
このとおり、すっかり、お休みになって。」
「すまないな、留守にして。だが、この廃城を使わせてもらう以上、
ルービスにも、礼のひとつも言っておかないとね。」
「すみません。レウス義理姉上のためとはいえ、
嫌なことを、していただきまして。」
「エルナ。わたしもルービスも、礼のひとつで、欠ける誇りは、
持ってはいないわ。」
「だが、互いに、近い未来において、戦う可能性があるときは、
貸し借りは、なしにはしておかないと・・・。」
エメラルアの言葉の最後の方は、エルナに対してではなく、
自分に対してのものだったかもしれない。
「エメラルアさま。やはり、レウス義理姉上は、幼女還りから、
戻られることは、ないのですか?」
エルナは、エメラルアの方を向き、ひとり言のように問いかける。
「わたしの契約者の心が、壊れている。だから、わたしの治癒を
十二分に浴びて、肉体の方は回復しているのに、
心が立ちかえり、肉体が立ち上がるのを、何かが拒んでいる・・・。」
「そうですか!?水のエレメントの頂点におられる、
あなたの魔力をもってしても、義姉の心をよみがえらせることは、難しいと?」
「わたしはできぬものを、できるなどとは言わない。
あるいは、統べる者のふたつ名を持つ、
風のエレメントの頂点に立つリスタルなら、
その魔力を持っているのかもしれないわ。」
「ただ、あの四角四面のしかめっ面の妖精が、今どこに潜んでいるかは、
このわたしにも、わからない。」
「400年前のこともある。会合、即、滅し合いの可能性も捨てられないわ。」
「そうですか・・・。」
この廃城の庭の遥か、遥か、先に、わずかに、エーテルの揺れを、
エメラルアの、その鋭い感覚が捉える。
「ん!?エルナ、レウスを頼むわ!」
水のエレメントの妖精が構築できる、最強・頂点の結界を張り巡らし、
エメラルアは、エーテルの揺れが発生した方向へ跳びだしていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆
エメラルアの麗姿が現れた空間、そこは、冷気が烈風となり、吹きつけていた。
あわせて、青白い氷の中にいるような厚い霧に覆われてゆく。
次の瞬間、百に近い氷の槍が牙をむいて、霧を裂き、
渦巻き状に回転しながら、一斉にエメラルアに襲い掛かる。
それを迎え撃つエメラルアの心は、信じられないほど、高鳴っていた。
『わたしに対して、氷の魔力で挑んでくるとは!』
己の全力の魔力を解き放てる相手なら僥倖と、その顔に笑いが浮かぶ。
エメラルアを中心に、同心円上に構築した複数の防御の障壁が拡大していき、
超高速で飛来してきた氷の槍は、氷の粒子と化し砕け散っていく。
それに対抗しようと、障壁を削る魔力を格段に強めた氷の刃が、
第二弾・第三弾として、再び・三度 姿を現し、攻撃が継続する。
しかし、何の効果さえあらわさない。
≪氷結破壊!!≫
姿を見せぬ者の精神波が、この場に響く。
青色の閃光が爆発・拡大してゆき、森の周りの木々は凍り付き、砕け散っていく。
いや、高さを持つすべてのものが、一端氷色に塗られ、7色の光を放ちながら
粒子と化し、大地へ崩れていく。
大地は、空間は、氷原と吹雪と化し、凄まじい勢いで拡大していき、
エメラルアの障壁に突き当たり、白光の光を放つ。
『ふふふ、大道芸のレベルね!』
エメラルアの感覚が、研ぎ澄まされてゆく。
それに合わせてエメラルアには、自分の時間の感覚が、数百万倍、数千万倍に
引き延ばされ、感覚上の時間の歩みが急制動、いや超制動がかかり、
今や止まってしまう寸前に感じている。
ほとんど歩みを止めた、永遠ともとれる時間軸のなかで、
エメラルアも自身も動きを停止し、それが現れるのを、延々と静かにまっている。
そして、エメラルアの感覚のなかに、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと、
その魔力が降臨する。
≪氷結破壊!!!≫
魔力の名を示す、精神波の叫びとともに、
エメラルアの感覚上の時間は一気に加速し、
元の時間の流れの速さに、復元していく。
この場を余人が見ていれば、エメラルアとその相手の魔力の攻撃が、
ほぼ同時に、交差したように見えたであろう。
その強大な魔力の激突の結果、
濃霧は消滅し、ふたつの月の光を、青白く反射する静謐な氷原に、
全身をフードに包んだ人間がひとり、倒されていた。
第2章。去りゆくもの
≪とどめよ!≫
宙に浮かび、天空にのばすエメラルアの右手に、青金色の光の槍が現れる。
だが、次の瞬間、すべてを焼き切るような激しい白光の稲妻が、
鼓膜を破るが如き轟音を纏って、
エメラルアの全身を貫く。
≪仕留めたか!?クッ、残像とは!?≫
その精神波が発生した、そこから離れた空間に、
攻撃的な青金色の閃光が煌めく。
≪さすがは、エメラルア!この程度の不可視障壁では、だませぬか。≫
その空間の一部が剝げ落ち、白色の髪・冥い瞳・白い肌・赤金色の背光・
超絶美貌の蜃気楼体の妖精が、顕現する。
≪二段がかりの攻撃。ここまでしたのなら、冗談では済ませないわよ、
アルケロン!≫
そのアルケロンが出現した、遥か後方の空間に、
青色の髪・藍色の瞳・白雪色の肌・青金色の背光、超絶美貌の水の妖精が現れる。
≪ふふふ、今日は、お別れの餞別代りに、水の超上級妖精ルコニアを、
おまえにぶつけてみたのだが、その魔力に少しの刃こぼれもないようだな。≫
≪別れ!?≫
≪おまえたち、極上級妖精には関係のない話だが、
わたしは、妖精界で苦しんでいる仲間たち全員のために、
この世界のエーテルを過不足なく用意するには、
やはり人間の家畜化は、必至と考えた。≫
≪どのような誠意ある言葉を重ねても、おまえは、わたしに協力はすまい。
むしろ、わたしが動けば、わたしの行動の妨げを行うだろう。
なぜならおまえは、この世界の人間、特にレウスに、魅入られているからだ!≫
≪・・・・・・・・。≫
≪いったんはよしみを結んだ相手、だから去るにあたって、
おまえを100年程、無力化できればと思ったが、
やはりそれは、無理筋の話だったらしい。≫
≪だが、おまえも、エルナと妖精契約をしてたはずよ。≫
≪ククク、笑止。≫
次の瞬間、白色の輝きと、青金色の輝きが、凄まじい勢いで交差し、
互いの位置を入れ替え、そして白色の輝きの方は、嘘のように消えていく。
『逃げた!?いや去ったのか!』
緊張が解かれ、エメラルアの全身から、青金色の背光が消える。
アルケロンのみならず、大地の上で倒れていた、おそらくは、
超上級妖精ルコニアの契約者だった人間の姿もまた、消えている。
「ふたりのことが気にかかる・・・、まずは戻るか。」
エメラルアの麗姿も、スッと消えていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「レウス(エルナ)!レウス(エルナ)!」
エメラルアがシレイアの姿で、ふたりの前に現れた時、
エルナ(レウス)は、倒れているレウス(エルナ)を揺すりながら、
泣き叫んでいた。
「シレイア、どこにいっていたの?レウス(エルナ)が・・・。」
あとの言葉は、意味にならない。
シレイア(エメラルア)は、急いで駆け寄り、水の妖精として頂点の魔力、
究極治癒を、レウス(エルナ)に注ぎ込む。
あわせて、エルナ(レウス)にも浴びせ、エルナ(レウス)を眠らせる。
「んん・・・。」
レウス(エルナ)は、辛うじてまぶたを開き、
体を支えている、シレイア(エメラルア)を見つめる。
「・・・エメラルア・・・さ・・ま・・。」
その言葉に、エメラルアはシレイアの姿を解除し、本来の姿に立ち戻る。
「どうした、なにがあった?」
「・・アルケロン・・が、どう・・やら、契約を・・強制的に・・解除した・・
ようです・・。」
「あの外道が!」
思わずエメラルアは、吐き捨てる。
「レウス・・さま・・を・・眠らせて・・いただいたの・・ですね。」
「それは・・よかった。・・最後の・・見苦しい・・姿を・・・・。」
乱れる息が、言葉が出るのを、妨げる。
「レウス・・さまに・・、お伝え・・下さい・・。」
「あの苦界から・・、救いだして・・いただいて・・、エルナは・・
幸せ・・だったと・・。」
「最後の・・最後まで・・、お支えしようと・・
思って・・いましたが・・、どうやら・・ここまでの・・ようです・・。」
エルナの姿が粒子化してゆく、エメラルアは、究極治癒を続けるが、
その勢いを止める事ができない。
「エメラルア・・さま・・、レウス・・さま・・を・・・・・。」
「エルナ、あとは任せてくれ。このエメラルアが全力で、レウスを護る!」
その言葉を聞いて安心したのか、エルナの姿は、微笑みを浮かべたまま、
完全に粒子化していき、この世界から去っていく。
・・・・・・・・
そして、しばしの時間が流れる。朝の光がこの庭に差し込んでくる。
「ここは?」
起き抜けに、シレイア(エメラルア)を見てそう尋ねる、レウスの瞳には、
朝の光が反射し、同時に、以前の強い光が浮かんでいた。
第154部分をお読みいただき、ありがとうございました。
作者自体は、読み返してみまして、第153部分と分けましたのは、
正解かなと、思っています。
(補記)
この世界において、妖精と妖精契約をし、妖精と同化した人間は、
その魔力使用と引き換えに、自分の生命の営みが終わった際には、
粒子と化し、消滅するものと、しています。
また、この部分のエルナと妖精アルケロンの間で起きたような現象、
妖精契約を解除された、同化が分離された場合も、同じような現象が起きると
考えていただければ、幸いです。




