表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/239

ⅩⅣ アバウト学院編 中編

第1章。弓は張られて

第2章。退学上申書

第1章。弓は張られて



 講義が始まって1週間がたった。午前中2コマ・午後2コマ・夕方1コマ

のカリキュラムで行われる。

 午前中は座学⦅魔力・妖精学、戦略学、帝国史学、統計学、経理学、帝国法学⦆

 午後は実技⦅魔力攻撃学、魔力剣学、魔力障壁学、魔力結界学、魔力移動学

      魔力探知学⦆

を中心に行われる。

夕方は風・地・火・水のエレメントに分かれての実技(魔力攻撃学)の補習で

居残りで夜1コマの実技を加える事も可能だ。


 正規生のほとんどは、将来は、騎士位、出来ればできれば爵位を目指す。

帝国本領では、6世に従った爵位・騎士位のすべての者達が、降伏により

位を剥奪されている。

位を目指す者にとって、帝国開闢以来の好機と言えるだろう。

悲しい事に、その多く機会は戦場に集中している。

 王国連合との戦も噂される中で、学院の3年間で少なくとも

生きて帰る可能性があるレベルまで実力を引き上げる必要があるのだ。

教える方も、教わる方も、熱が入る。

手を抜けば、生死の狭間で後悔するだけだから。


 聴講生は、午後は魔力剣学(杖・槍)と魔力攻撃学(視学のみ)の

2コマのみで、

講義の用意・正規生が使用した教室の清掃・事務職の補助にまわる。

聴講生の中からも、アマトやセプティに話をかけてきた級友ができた。

名前はフレイア。長身、緑色の瞳・金色の短髪・凛々しい容貌、

魔力剣では、ジンバラ講師と何合かは剣を合わせる事ができる程の剣の腕前、

儀仗(ぎじょう)兵希望だそうだ。

アマトは入学早々に、現実を見せつけられ、儀仗(ぎじょう)兵になる未来を断念した。


・・・・・・・・


 午前中の座学を終え、アマトとエリースとセプティが、

団欒(だんらん)室兼食堂で昼の休憩をとっている。

周りにいた男子院生が、チラ、チラとエリースを盗み見る。

その鬱陶(うっとう)しさに、エリースは機嫌が悪い。


「なんなのよ。座学だけでも()()きしてるのに。」


さすがに、見るだけの相手に、緑光電撃を浴びせるわけにはいかず、

エリースにしては、ジッと耐えてはいたが、そろそろ限界がきて、

額から火花が飛び散るかと思われた時、


「アマト君、セプティさん、そちらはエリースさん?

相席構わまいかな?」


長身の級友が声をかけてきた。フレイアの後ろに橙色の髪・紺碧色の瞳の

2人の女性が一緒に立っている。


『後ろの2人はたしか正規生、背の高い方の人は入学式で

総代をしてたよな。』


と思いつつ、アマトはセプティ・エリースの2人の顔を見渡す。

否定の色がない事を確認して、代表して返事をする。


「どうぞ、フレイアさん。」


「ありがとう、アマト君。悪いけど、こちらのふたりも

相席させてくれないか。」


「背の高い方がアストリア、そしてエルナ。2人は姉妹で、

私の幼馴染(おさななじ)み。」


「どうぞ、どうぞ。」


「僕はアマト、そして、セプティ、義妹のエリースです。」


アマトは、手のひらで示しながら、3人に紹介する。


「「よろしくね。」」


「「よろしくです。」」


・・・・・・・・


香茶を飲みながら、フレイアが話し出す。


「そういえば、こうやってゆっくり話すことはなかったわね。」


「私たちはみんな、帝都の出身、セプティさんも帝都の出身と

聞いてるけど。アマト君達も帝都出身なの?」


「いえクリル大公国のガルスという辺境の街の出身です。」


「大乱後、一家で引越してきたわけ?」


「そうですね。職を求めて、今年(義)兄弟3人で引越してきました。」


「義父が5年前、傭兵(ようへい)で行ったきり帰ってきませんでしたので、ガルスの街に

残っても食べていけなくて。」


と、いつわりの理由を、それらしく話すアマト。


「・・・それは、失礼なことを聞いた、ゴメンね。

けど、アマト君達のお義父さんも、戦で亡くなったんだ。」


「アストリアとエルナそれに私の父親も、大乱中に戦死してしまった。

だから3人とも、ノープルとかの他の学院とかはとても行けずに

2年間は、私とアストリアはいろんな仕事の手伝いとかをしていたわ。」


「運がいいことに、去年、帝都警備予備隊ができたので、1年間は

私とアストリアは、短期の準騎士補佐の職を得て、

エルナも短期窓口受付の職を得て、

3人でそこに勤めていたの。」


「お父さんは気の毒に。」


セプティが顔を曇らせて言う。


「しかたないわ、軍にいるという事はそういうことだからね。」


「それで、剣裁(けんさば)きが、(すご)いんですね。」


と、エリースは講義でのフレイアの動きを思い出しながら、話の水を向ける。


「帝都警護予備隊で訓練されたかという事?違うわ。」


「もともと、ジンバラ老とは同門だからね。」


「同門?」


「ジンバラ老の弟弟子のリウスという人が、魔力剣の私塾を開いていて

私とアトリアは7年間、エルナも5年間、通っていた。」


「道理で。」


「ま、男・女関係なしの実戦的な塾だったからね、痛い目に合わないためには

強くなるしかなかったわ。」


アマトは気になっている事を尋ねる。


「僕もセプティも、魔力の発動が出来ないので、

聴講生を選ぶしかなかったですが、

フレイヤさんは違うでしょう。」


「お金の問題だよ。聴講生の方が安いからね。」


「他の学院みたいに、奨学生をつくったらフレイア姉さまも、正規生

になれましたのに。」


エルナが悔しそうな声を出す。


「ほんと、フレイアは塾で比類なき天才と言われていたのよ。」


と、アストリアも話に加わる。


「なにを言いますか、入学式の新入生総代が。」


「あれは、ジンバラ老が、見てくれのいい奴をという事で、無理やり・・・」


「へえ~、アストリア。自分で自分の事を美人というんだ。」


「・・・・・・・・」


2人は、互いに軽くにらみ合う。


「けど、アストリア。私を天才というのは違うわね。ここにいるエリースさんの

真空刃斬の見込み射撃を見た時、これが本当の天才とおもったわ。」


「エリースさん、妖精契約をして、たぶん1年にもならないでしょう?」


「はい。」


「アストリア、帝国大公国3軍の中で、だれもできないレベルの事を、

ごく簡単に普通の事として行ってしまう。これが天才というものよ。」


6人で休憩時間いっぱいまで、色々話す事になった。

同年齢と思っていたエルナも、アマト達の1歳年上という事だった。

先の大乱は色々なところに影を落としている。


・・・・・・・・


その日の講義が終わり、セプティと2人で帰宅途中、考え込みがちだった

エリースが(つぶや)く。


「セプティ、フレイアさんとアストリアさんが近づいてきたのは、

たぶん義兄ィの監視じゃないかな。エルナさんは違う気がするけど。」


「アマトさんの監視ですか?」


「そうよ、セプティ。」


「けど何故?あ、暗黒の妖精ラティスさんの契約者だからですか。」


「そう。」


「しかしそれは、ノリアさんとロンメルさんしか知らないはずでは。

公表するとアマトさんのためにならないと、緘口(かんこう)令がしかれている

はずです。」


「ここではね。しかし前にいたノープルでは割と知られた事実だから、

ノープルから帝国本領に情報がきたのかもしれない。」


「けど帝国警護予備隊が、一人の人間を監視するなんて。」


「セプティ、アマト義兄ィは、1回死にかけた事があるの。」


「ノープル学院の試験中よ。その大公国から刺客が送られるなんて、

誰も考えないわ。ラティスでさえ、完全に油断していた。

あの時、ラファイアがいなかったら、

義兄ィは死んでいた。」


「本当ですか?それは(ひど)すぎます。」


セプティの顔は、怒りで真っ赤になる。


「ありがとう、セプティ。けど、しかたないのよ。

暗黒の妖精は存在そのものが、大禁忌(きんき)だからね。

だから、妖精に手を出す事ができないなら、国家が契約者の方を

どうにかしようと考えるのは。」


「アマトさんかわいそう。」


「暗黒の妖精と契約するという事は、そういう事なの。」


「しかし、ラティスが義兄ィと契約を結んでくれなかったら、私たちは

ガルスの街で、火あぶりになっていたか、逆に私が殺戮(さつりく)者になったか。

ラティスには(うら)みはないわ。むしろ感謝している。」


友の言葉がないので、顔を(のぞ)き込むエリース。


「え、セプティ、泣いているの、(おど)してゴメン。」


「本当に、私の思い過ごしかもしれないし。」


友の涙に、エリースは慌てながらも、その優しさに感激していた。


☆☆☆



 それから1ヶ月、フレイヤとアストリアのアマトへの態度は、

ほとんど変わらぬものだった。女子同士の話合いで盛り上がり、

アマトが気を利かせて(というか耐えられずに)席を外しても

2人とも、ほとんど気にしない様子だった。


 アマト達個人がそんななかでも、講義は順調に進み、一流の講師たちが、

学院生を鍛えたので、学院生の能力の進捗は、ありし日の

アバウト学院以上の結果をもたらしていた。


 順調に進んでいる学院教育だったが、人間の組織である以上、

やはり(よど)みが出来てくる。

アバウト学院の(よど)みは、先の大乱の敗北によって爵位・騎士位を

はく奪された(旧支配階級につらなる)

旧上流帝国民の学院生達。


 実力主義を唱える学院の教育方針に、彼らは正面でも影でも異を唱えだし

それが叶わぬと知ると、≪新聖会≫なる学内組織を結成し行動しだすように

なってきた。


そしてこの月、3大公国の連名で、帝国本領の6世に与した貴族・騎士の

旧位への、無条件復位は、未来永劫(みらいえいごう)ないという声明に反発するように、

活動は表面化していった。


☆☆☆



 アマトは荒い息をついている。手に持つ模擬剣の切っ先が震えている。


「アマト学院生。ここだ。ここの急所を突け!」


アマトの前に毅然と立つ、講師のジンバラが叱咤(しった)する。

先程から繰り返されるこの訓練に、義妹のエリース、友人のセプティ達以外の

正規生・聴講生の眼差しは冷たい、一部の者には侮蔑(ぶべつ)の色が浮かぶ。


『このような(くさ)れ男と戦場で組んだなら、己のみならず、部隊全員の

命が亡くなる。』


周りの学院生の自分に対する激しい怒りを、アマトは十二分に感じていた

しかし自分の意思に反して、自分の肉体と心は悲鳴をあげて、持ち主に逆らう。

また、アマトの一撃が急所を明らかに外した時、


()れ者が!!!」


天を撃つが(ごと)き、(すさ)まじい殺気を(ともな)ったジンバラ老の太刀風に、

アマトの意識は、完全に刈り取られる。

アマトは、ゆっくりと地面に倒れていく。


 「大丈夫か、アマト君!?」


 これはやばいと感じた、フレイヤとアストリアが、アマトの元へ駆け寄る。 

すぐに、略鎧(りゃくよろい)がはずされ、水の妖精契約者のアストリアによって、

ヒール(回復魔力)とあわせて、顔に冷たい水がかけられる。

全身を確認していたフレイアが(つぶや)く。


「どこも折れたところはないようだ。全く外傷はない。」


やや遅れて駆け寄ってきていた、エリースやセプティの顔色が戻る。


「ジンバラ老。いくらなんでも秘太刀を使うとは、やりすぎです。」


とのフレイアの指摘に、ジンバラ老は、


「フレイア、これはわしのミスじゃ。アマト君、つい本気になってしまった。

許してくれ。」


深々と頭を下げ、アマトに謝罪した。


アマトは、ジンバラ老の殺気のこもった本気の一太刀を受けた事に、

目を見開き、全身で震え、話すことさえできない。

彼は担架(たんか)にのせられ、救護室に運ばれていく。


・・・・・・・


 目を見開いたまま意識を取り戻さないアマトを、エリースとセプティが

ベッドの横で心配そうに見つめている。

アマトの右手をエリースが、左手をセプティがしっかり握っている。


そこに、調子っぱずれた美しい声が重なって、扉の外から聞こえてくる。


「ラティスさん、ちよっとはアマトさんを心配しましょうよ。」


「ラファイア、私たちが契約解除されてないんだから、生きているわよ。

アンタにしたって、この私にしたって、アマトの心臓が動いているんだったら、

どうにかできるでしょう。」


(とびら)が開く、セプティが信じられないという顔をして、ラティスを見つめている。


「ねえ、エリース、アマトの具合はどうなの?」


「ジンバラ先生の秘太刀を受けてこの調子。ラティス、どうにかならない?」


「秘太刀って?」


「フレイアさんが、心を刈り取る一撃だって言ってました。」


セプティが、泣きそうな顔でラティスに説明する。


「ま、水でもぶっかければ、存外(ぞんがい)気付くんじゃないですか。」


アマトの顔をしげしげと見つめていたラファイアが、ハアッと一息ついて

ぶっきら棒に話す。


「ラファイアさんも、ラティスさんも、アマトさんが苦しんでいるのに

ひどすぎます。」


2人の妖精を(にら)みつけるセプティの両目から、涙が(あふ)れている。


さすがに、セプティの真摯(しんし)な思いに気まずくなったのか、ラティスが


「ラファイア、アンタの見立てをセプティとエリースに説明してやって。」


「もったいぶって秘太刀と言っていますが、切られたという心の(すき)を利用した、

瞬間精神支配ですね。」


「普通はもう目が覚めていると思うんですが、アマトさんの生きたいという

意思よりも強い何かを支配しようとしたためか、アマトさんの心がこちらの

世界に戻ってくるのを拒否しているというか・・・。」


「精神支配ならラティスさんの得意分野でしょう、早く引き上げてみたら

どうです。」


「なら確実な手段をとるわよ。ラファイア、あんた聖ラファイスの

イメージをつくって私に見せて、

それをアマトの精神の深淵(しんえん)に送り込むから。」


「ラファイスのイメージを使うんですか。あんまりいい気持ちは

しないんですが。」


「はいはい、イヤだの・ダメだのは子供が言うセリフよ、ラファイア。」


光折迷彩を解くラファイア、そこにはラファイアと似て非なる

白光の妖精が降臨する。


『聖ラファイス様!!』


五芒星を胸の前で描きたい欲求に耐えるセプティが見たのは、

幻想的な光景だった。


ラティスの全身も光りだし、聖ラファイスの姿に変化していく。

2人の聖ラファイスが創り出す、白銀と白金の魔法円が優しくアマトを包む。

全身を光りに満たされた、アマトの顔の表情が柔らかいものに変化し、

呼吸が落ち着いていく。見開いていた目が閉じられていく。


光が消えていき、本来のラティスとラファイアの姿に戻った時、

セプティだけではなく、エリースも、アマトがやさしい眠りについているのを

感じていた。


・・・・・・・・


 翌朝、アマトはベッドで昏々(こんこん)と眠っている。通学の準備を終えた

エリースとセプティはやや心配そうに、アマトを見つめている。

 ユウイはきのうから眠らずに、ベッドの脇でアマトの看病をしている。

きのう、アマトが担ぎこまれた時に、ひと騒動を起こしたユウイに、

誰もが声をかけらずにいる。


「ラ・ティ・ス・さん、今日の朝には、目が覚めると言ってましたよね。」


声の響きまで無表情のユウイに、さすがのラティスも、反応ができない。

ユウイの目から、涙がスーッと流れる。


「ユウイさん。あの時の回復魔力には、私も行いましたし、ま、間違いなく私達

妖精のできる最高レベルの処置はしました。」


ユウイの涙に慌てながらも、ラファイアがめずらしく、ラティスを(かば)う。


「ユウイさん、しばらくの間、ラティスさんと私で看病をかわるから。

少し休んだら。」


キョウショウも、ユウイを慮って、やさしく声をかける。


「ラファイア、アマトに変化して。学院での行事の方はお願い。私はアマトに

一日中付き添うから。」


「わかりました、ラティスさん。本当に問題はないと思いますので、

エリースさん・セプティさん、とりあえず学院にいきましょう。」



第2章。退学上申書



 ラファイアの変化したアマトが、開講時間間際に教室に現れ、席へついている。

男子学院生からは、

『きのうあれだけの恥をさらしたのに、よく来られたな』という目で

みられているのだが、一方女子学院生からは、

『今日のあいつどうしたの、透明感が半端ないんじゃない』と思われたようで、

チラ、チラ、と盗み見られている。


無論本来のアマトも、女性の目に写らないという意味での透明感は

半端ないのであるが、ラファイアの変化したアマトは、人間にあるまじき

静謐(せいひつ)感が半端ないのである。

 

講義はつつがなく終了していく。休憩時間に、フレイア・アストレア・エルナへの

お礼とお()びを、アマト(ラファイア)は(なめ)らかにこなす。

その残念すぎる容貌から、昨日まで感じられなかった品格が感じられる事に

3人は、打ちどころが悪かったんではないのかと、

本気でアマトを心配した。


・・・・・・・・


午後からの、エリース達の魔力結界学の準備を終えるアマト(ラファイア)、


『アマトさんのこととなれば、怖いですねユウイさんは。』


と思いながら、契約者アマトへに向けられる愛情に対しては、無条件に嬉しい

ラファイアである。


『それにしても、セプティさんは遅いですね。何か問題でも?

ここは、慈悲と博愛の白光の妖精は迎えに行くべきでしょう。』


鼻歌がでるような機嫌の良さで、セプティが講義の用意している教室へ足を向ける

ラファイアであった。


☆☆☆



 ジンバラは、講義時間の最後で一人ずつ自ら相手をする事により、

学院生の魔力剣使用の長所・短所をあぶり出す講義を行っている。

正規生には自らが受太刀(防御側)・聴講生には仕太刀(攻撃側)となる。

今は4巡目に入っている。


正規生は、入学前から、最低の(たしな)みとして、魔力剣を学習しているものも多い。

なかには、エリースのように強大な魔力を有しているが、魔法剣に関しては

全くの素人もいるが・・・。


 その中で、全くどうしようもない学院生がいた。アマトである。

剣筋自体はいい師匠に手ほどき受けたようで、(くせ)はあるが、

見込みは(かろ)うじてある。

しかし、打突の最後で無意識に、相手の急所を外してしまうのである。


 これは、個人としても、部隊の一人としても、

致命的な欠点であった。また商人としても、街の外に出れば、

盗賊・魔獣・妖魔が跋扈(ばっこ)している現実を考えれば、

相当な危険があるだろう。


万が一に期待をかけて、秘太刀を彼に振ったのである。生命の危機を感じれば

彼の硬く固まった無意識の壁を破る事ができるかもしれないと。


しかし、その思いは無残な形で裏切られた。


ジンバラ老は、断腸の思いで、ロンメル代理理事長に、アマトの退学上申書を

したためる決意をした。


・・・・・・・・

 

 ロンメル代理理事長は、ジンバラ老が提出した上申書に頭を抱えている。

無論、実力主義をとる、新アバウト学院の方針としては、アマトに対して

退学通知を出せば済む話である。学院生の一部に発生してる、復古主義を

抑制するためにも、有効な措置だろう。


アマト個人に対する処置としては、(すご)穏当(おんとう)なものに思える。若ければ

若いほどやり直しがきくのだ。自分達が悪者になればいい。


しかし、暗黒の妖精の契約者のアマトとしてはどうなのか?

もはや自分の判断できる(ことわり)を超えている。

2人の御老体を、代理理事長室に呼ぶことにしたロンメルであった。


☆☆☆



 ガラッと講義室のドアを開けるアマト(ラファイア)、セプティが黒板の前で

媒介(ばいかい)石を持って固まっている。


『媒介石?エーテルは十分に感じます。点ける消すは確かアマトさんのような

無エーテルの人でもできましたよね?』


不思議に思うラファイア。一群の学院生が、セプティに声を浴びせる。


「早く点けろよ。黒板が見えないだろう。」


慌てて、媒介石を光らせるセプティ。別の一群の学院生が声を浴びせる。


「なんで点けるんだ。黒板が(まぶ)しくて見えないだろう。」


媒介石を消すセプティ。


「何回言わせるんだ。暗くて見えないだろうが。」


両方の一群の学院生は、ニヤニヤと笑っている。


『そういう事ですか!』


セプティ=聴講生・初級妖精契約者・魔力なし・実家の力なし・残念な容貌、

いたぶるには充分な理由なんでしょう。おそらく自分達より力を持つ者が来れば、

手の平を返して、


【僕たちは真面目で正義感(あふ)れる人間です】

という態度をとるに違いない。



「セプティさん、次の用意があります。いきましょう。」


セプティの手を握り外へ連れ出そうとするアマト(ラファイア)。


「ちょっと待てよ。正規生が心地よく授業を受けられる環境をつくるのが、

君達、聴講生の役割だろ。規定にも書いてあるだろう。」


と、片方の一群の中心に座る正規生(名前はヌスト)が

いやらしい笑みを浮かべながらアマト達を(とが)める。


「規定には急ぎの事案があったら、それを最優先せよ、

との規定もあったはずです。」


ラファイアは、契約者であるアマトの記憶から、その一文を拾う。


「自分達で相談して、媒介石を光らせるなり、消すなりして下さい。」


媒介石をセプティの手からもらい、講師の教卓に置いて、

セプティと出て行こうアマト(ラファイア)。


「待てよ、それをそこに置いていくなよ。」


と、片方の一群の中心に座るにこやかな顔の正規生(名前はスリト)が

声をあげる。


「あなたが、取りにきたら、いかがです。」


アマト(ラファイア)は半分切れかかっている。


「なんで僕が?僕は講義を受ける準備をして座っているんだ、

何で立たないといけないんです。」


向こうから飛び込んできたネズミだ逃がさんぞというネコのように、

見かけは極めて上質の笑いを浮かべる正規生(名前はスリト)。


「ラ、アマトさん、あの人たちは、準侯爵家や伯爵家・子爵家・男爵家・

上級騎士の家柄の人達です。これ以上すると、アマトさんが学院で・・・・」


「私が(あやま)りますから。」


「それは違いますよ、セプティ。(あるじ)を裏切り降伏して尻尾をふって没落した

元準侯爵・元伯爵・元子爵・元男爵・元上級騎士の家に生まれただけの、

生物ですよ。」


正規生達のせせら笑いの中に、《少しは抵抗してくれないと、いたぶりがいがない

と思ってたら、無謀にも反抗しやがった。》

と面白がりと憤怒(ふんぬ)の感情が入り混じる。


「貴様、僕たちを愚弄(ぐろう)するのは構わないが、生家を馬鹿にするのは許さん。

名誉にかけて、貴様に決闘を申し込む。」


棒読みで物語る正規生(名前はスリト)。


双方の一群より大爆笑が起こる。


「さすがスリト君、貴族の鏡。」


と合の手を入れる正規生(名前はゴウト)。


「いいでしょう、受けましょう。古礼にのっとって。明日朝7時闘技場で、

双方武器は自由、そちらの助太刀は無制限。

立会人は、当校最高顧問暗黒の妖精ラティスさんに

お願いしましょう。」


アマト(ラファイア)が良く通る声で宣言する。


☆☆☆



 夕方、事務長室を訪れるジンバラ、その品のいいドアを開くと、

代理理事長兼事務長のロンメル以外に、見知った2人の老人が、

彼を待っていた。ジンバラが席に座るないなや、


「ジンバラ老、午前中にいただいた、アマト学院生の退学上申書の件だが・・・。」


とロンメルが話し出す。


「撤回せよというなら、ワシを首にして下さい。」


ジンバラは、覚悟を決めてきたせいか、そっけない。

次の言葉に詰まるロンメルに、


「そう言うなジンバラ。ロンメル坊主が困っているじゃないか。」


と、魔法攻撃学の大家バレン老が(いさ)める。


「アマト学院生が、単なる重症のヘタレと言うだけならワシもバレンも

ここにはおらんさ。ロンメル、早く3人を集めた理由を、ジンバラに言わんか。」


「はい、ハイヤーン老。」


「ジンバラ老、アマト学院生は()()()()()の契約者なのです。」


「馬鹿な!あの学院生からは、エーテルの欠片(かけら)も感じんぞ。」


ジンバラ老も、ロンメルのその言葉に、日頃の冷静さを失い声を荒げる。


「暗黒の妖精ラティス殿にとって、エーテルの入手に人間の仲介は必要ない

という事だろう。」


「ワシは生涯にわたって妖精を研究してきた。その結論は超上級妖精以上の力を

持つ妖精などおらんという事だった。」


吟遊(ぎんゆう)詩人が(うた)うサーガの中に出てくる、極上級や伝説級と言われる妖精など

虚構よ とな。だが、あの暗黒の妖精がこの学院を一夜でなした事、バレン老、

どの程度の力があれば、できると考える?」


「ハイヤーン老には悪いが、一夜にして行うとしたら、最上級妖精の頂上クラス

4体。余裕を見れば5体ですかな。」


「単独でなしたとすれば、極上級、伝説級の妖精は、いるという事でしょう。」


「無論ラティス殿が、命令できる妖精を従えているというのなら、

力の有無から計れば、やはりラティス殿が

超上級妖精以上の力を持たれているのは、間違いないですな。」


「そうよ、つまりは、ワシの生涯をかけた研究の結論は間違いじゃった。」


「ワシは若い頃、帝国の最後の超上級妖精契約者、矛の英雄ギウス伯に

お会いしたことがある。極めて穏やかな方だった。

それを思い出したのじゃ。」


「どんな巨大な力を持つ妖精でも、妖精契約者が力を求めん者だったら、

その力を具現させることはないという事を。それは、一見格下の力しか

持ち合わせておらんように、周囲には見える。」


「もし、アマト学院生が普通に急所を打突(だとつ)できる人間になったら、

高い確率で、我らは超強大な破壊者を帝都に誕生させる事となる。

それこそ、オフトレ並みの血にまみれる妖精契約者に

なるかもしれぬ。」


「で、退校の件は我等も同意する。ジンバラ老の顔を(つぶ)すことになるが、

アマト学院生をワシの内弟子として、拾いたい。」


「そのような事なら、何回でもわが顔をお潰し下さい。」


と、ジンバラも同意する。


その時であった。ノックもそこそこに、ノリアが飛び込んでくる。


「代理理事長、ああ良かった御三方もいらっしゃいましたか。」


「なんだ、ノリア。失礼だぞ。」


「非礼は承知です。決闘のための、闘技場の使用許可の申請書が

古式礼法に(のっと)って出ています。」


「決闘はアマト学院生と、ヌスト・スリト・ゴウト他10人以上の学院生、

後者の方は、助太刀ができるというので、まだまだ増えるかもしれません!」












第14部分をお読みいただき、ありがとうございます。



(作者からのお願い)


本作品も、令和3年12月末で、100部分まですすんでいます。

当初から勢いだけで、書き進んでいきましたが、だんだんそのエネルギーも

摩耗してきています。

こういう状態ですので、ブックマークをいただけると、励みになります。


作品を続ける、新たなエネルギーとなりますので、

本小説を、今後ものぞきにきてもいいよというのであれば

ブックマークの登録、よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ