CXⅩ 星々の順行と逆行編 中編(1)
第1章。夜は明ける
第1章。夜は明ける
遠い山の端に、薄い光の一筆が、輝きを与え始めている。
星々は消えてゆき、ふたつの月もだんだん淡くなり、天空に溶け込んでいく。
皇都は、究極の魔力を持つ妖精の影への畏怖で、治安が引き締まり、
朝も暗いうちから、旅や仕事に出発する人も多い。
だが今朝は、ミカルへ帰国する、レリウス大公やトリハ宰相率いる
その親衛隊の隊列で、ある通りだけ細い光の小川のように見え、
そのさざめきまで聞こえそうだ。
その皇都の上空に、ひとつの孤高の影が浮かぶ。
この影、暗黒の妖精ラティスは、下界の喧騒に、なんの関心も示さず、
足を組んで天空に座っている。
先ほど、自身と白光の妖精の魔力で創造した、己の姿を模した蜃気楼体が、
目線で挨拶をおこない、新たに地図に記載された大きな湖の方へ、
消えていった。
ラティスは、強く寂しい風に、身を律し、微動だにしない。
不意に、暗黒の妖精に匹敵する膨大な圧が、逆渦巻き状に爆発する。
その中央に、紅い髪の勝気な少女の姿が現れる。
≪ふ~ん。よくも化けたものね。その独特な圧さえなければ、
エリースが来たかと、誤解するわ。≫
≪ところで何か用、ラファイス!?≫
沈黙を守る、エリースの姿をしたラファイスに、何かを誤解したのか
ラティスは感情を、波立たせていく。
≪なるほどね、アピスとマジでやり合う前に、同じエレメントの妖精である
わたしと腕試しでも、したいというわけ。≫
≪アンタ。アピスとの本番の前に、消え失せることになるわよ!≫
不機嫌で好戦的な精神波が、白光の妖精に次々に放たれる。
宙に浮く美少女は、エリースのような、けんのある微笑みを浮かべ、
圧を解き放ち、冷静に暗黒の妖精の前に正対する。
≪ふふふ、あいつの影法師と手合わせはしたわ、千年ぶりにね。≫
≪そしてね、アピスは、警告してきたわ。
『わが契約者のまえに、この前のように立ち塞がるならば、
今度は容赦はしない。』そうよ。≫
≪今はアピスとは、やり合わないという事。だったら何の用なのよ?≫
敵意を解消したラティスは、改めてラファイスに問う。
・・・・・・・
≪・・・そのまえに。いいかげん、姿を現わしたらどう!?≫
エリースの姿のまま、ラファイスは、後方に精神波で声をかける。
光折迷彩を解いて、もうひとりの白光の妖精が姿を現わす。
≪いやいや、気付かれていましたか。せっかく、自分以外の白光の妖精と
暗黒の妖精のラティスさんが激突するなら、特等席で見物しようかと思って。≫
全くわびれずに、ラファイアはふたりに精神波で返す。
そして、もうひとりのかくれんぼを続けている妖精に、精神波を送る。
≪リーエさん。今朝はこれで終わりみたいですよ。
姿を現わして、エリースさんのもとに急いだほうが・・・。
遅れたら、護衛の旅の間中、夜の警戒行動は、
禁止になってしまいますよ。≫
風の超上級妖精リーエも、ラファイアの光折迷彩の魔法陣から離脱し、
⦅行ってきます!⦆の、ひとポーズを決め、空中を急降下していった。
≪ラファイア、おまえ、性質は柔らかくなったが、
性格は悪くなったんじゃないか?≫
ラファイスのその口調は、怒りより、なかば呆れている。
≪やはりわかりますか。どうしても影響されるんですよね。
柔らかくなった方は契約者のアマトさんに、悪くなった方は、・・・・。≫
ジッとラティスを見つめるラファイア。ラティスをディスる事に手を抜かない、
極めて勤勉な妖精さんの一面である。
そして、五色の光粒が、ラファイアの周りを乱舞する。
≪・・・・納得した。・・・・≫
いまだ、エリースの姿を維持するラファイスは、大仰にうなずいてみせる。
≪アンタらねぇ~。2対1で相手しても、いいんだからね!≫
ふたりの白光の妖精に、途中からからかわれているのに気付いて、
暗黒の妖精は、精神波を荒げる。
≪ところで、ラファイスさん。ラティスさんだけじゃなくて、
わたしにもご用があったんでしょう?≫
怒りに圧を膨張されていくラティスさんを、全く無視して、
ふたりの妖精は、精神波で会話を続ける。
≪風の超上級妖精リーエの契約者のエリースから、
旅の間中、皇帝候補のセプティの警護を頼まれた。
エリースの姿を借りるので、話を通しとこうと思ってね。≫
≪妙なところで、律儀なんですね。≫
ラファイアが、感心したようにつぶやく。
≪律儀!?お前たち、わけわからん事象に遭遇したら、取りあえずは、
これを破壊しとこうと、魔力をふるうだろうが、
学院のなかでそれをやられたら、たまらん。≫
エリースの姿で、ラファイスは、想像される出来事を断言する。
≪いやだなあ、ラファイスさん。そこは、お前たちじゃなくてお前でしょうが、
言葉使いは、正確にしましょうよ。
他の妖精さん、たとえばエメラルアさんが聞いたら、
わたしを誤解してしまいますよ。≫
≪ラファイア、それはないわね。エメラルアの性格は破綻しているけど、
少なくとも、ラファイアのレベルに比べれば、かわいいものだからね。≫
≪ははは、ラティスさん。わたし、今日はなんか、朝から運動不足なんですよね。≫
≪あら、ラファイア、偶然ね。わたしもそうなのよ・・・。≫
ふたりの妖精の圧が、相手を飲み込もうと、急速に膨張していく。
≪やれやれ、バカは死ななきゃなおらないという、好事例だな。≫
精神波の残り香をおいて、ラファイスが消えていく。
≪え、それはないでしょう、ラファイスさん。
ほんと、いつの間にか、当事者になっているし・・・。≫
ラファイアの姿も、後を追って消える。
・・・・・・・・
朝の穏やかな光が、ラティスの浮かぶ空間にも満ちていく。
ふたりの、伝説の妖精の存在が、完全に消えたのを確認して、
ラティスは、さっき考えていたことを思いかえす。
『夜空を覆いつくす、渦巻き状の巨大な星の雲の下、わたしは人間の家畜化に
反対して、白光の妖精ラファイアと闘った。』
『この世界で、人間と係わればかかわるほど、それが間違いであったように
思えてくるわ。』
『超上級以上の妖精は人間に影響され、同族殺しの禁忌まで犯そうとしている。』
『アマト。わたしがやったことは、少なくともあんたの未来にとっては、
正しいことだよね・・・。』
第120部分をお読みいただき、ありがとうございます。
前編で、ある夜の、いろんな国の戦士たちの姿を描いてみました。
同じ時間帯で、どのような事が、それぞれのところで起こっていたかとの
視線で、歴史を俯瞰してみたかったからです。
そして今章では、暗黒の妖精ラティスさんの悩みも、さらっと書きました。
過去、妖精界のすべてを敵にしてもいいと、己の意思を貫いたわけですが、
その決断が間違っていたとすれば・・・。
いつかの瞬間、ラティスさんは、ラファイアさんら他の妖精さんたちと、
また対峙することになるのでしょうか?




