短編小説 家族のような存在
私の知り合いには、渋川という人物がいる。
彼は数学者であるが、島の様々な仕事の管理を行う。
「この仕事は、後回しにしたほうがよいでしょう」
渋川は、博士に助言する。
「うむ。ならば、この件はどうする? 」
博士は、マル秘と書けた書類を手に取り、渋川にきく。
「そうですね。くまさんには、生きていてもらわないと・・・・・・ 」
「まずは、最近、移住してきた優秀な人材を排除しなければな」
「優秀な人材ですか・・・・・・ 。まあ、彼は真実を知りすぎていますからね」
博士は、不気味な笑いをした後に、その書類に「実行」の印を押したのであった。
私は、自分の部屋で、今後の人生について考え事をしていた。
移住してからずっと、この島のブラックな現状を目の当たりにしてきた。
私は、このような問題に関わるために移住してきたのではない。
新しい土地で第二の人生をはじめたいと考えていたからである。
このままでは、いろんな人が恐れている「裏の組織」という死神に殺されるかもしれない。
ならば、この島から出ていくのも一つの案であると思うが、身の危険がなくなるわけではない。
どうすればよいのか。
そんなことを考えていると、ピンポーン、とインターフォンが鳴った。
「誰ですか? 」
「渋川です! 」
声の主は、渋川らしい。
私は、玄関へ行き扉を開けて、渋川を中に入れたのであった。
「どうしましたか? 」
「いや、君と私は近所であるから、少し話そうと思ってね」
渋川は、頭をかきながら言った。
渋川とは、近所であるのは真実であるが、このようなことを言うのは、はじめてのことであった。
「珍しいことを言いますね。何かありましたか? 」
「そうなんだ・・・・・・ 」
渋川は、晴れない顔をしていった。
この様子から良くない仕事の依頼であるのは明らかであった。
「実は、君はこの島の情報を知りすぎたと、博士が処分するように命じたのだよ」
予想外の渋川の言葉に私は驚いた。
「ならば、私を殺しにきたのですか? 」
「いいや」
渋川は、端的にそう言った。
そして、私の両肩に手をあてて、言った。
「君は、家族のようなものだ! 」
渋川の言葉に、うつむきながら言った。
「しかし、あなたは、博士から仕事を任命されたのでしょう」
「そうだ。だから、どうしたらよいか困っているのだ」
渋川は、悲しそうな顔をしていた。
彼は悪人であると思っていたが、どうやら、そうではないらしい。
「あなたには、くまさんと同様に親切にしていただいたのに、どうして? 」
「私にできる最後のことは、君に危険を知らせることである」
「私は、どうしたらよいのですか? 」
「明日、裏の組織から殺し屋が派遣されるらしい。だから、それまでに身を隠せ・・・・・・ 」
私は、自分の身が危険になっても、家族のように考えてくれる渋川に対して、涙した。
そして、渋川は、去った。
それから、私は必要最小限の荷物をまとめて、この島から出る準備をしていた。
役場の仕事で使ったノートをカバンに入れて、最後に港祭りの時の写真を眺めた。
写真には、全島民が写っており、皆が笑っていた。
「(短い期間であったけども、いい思い出を、ありがとう)」
私は心の中で、そのように一人つぶやいた。
この「ありがとう」をお世話になった、皆に言えないことは、一番の悲しみであった。
それから、誰にも気付かれないように、森の中を通った。
気付かれないはずであったが、思わぬ人物に出くわした。
「おお、君か? 」
私が驚いて、その人物をみると、大熊とネコバーであった。
「どうして、いらっしゃるのですか? 」
「ここは、キャンプ場への道でもあり、散歩道でもあるからだよ」
「そうなのですか・・・・・・ 」
大熊の言葉になるほど、と思った。
「大熊さんたちはデートですか? 」
「いやね。お年寄りのお散歩よ」
私の言葉に、ネコバーは、照れながら言った。
「それより、君がキャンプとは珍しいね。テントがないようだけども・・・・・・ 」
大熊は、不審そうに私を見た。
「野宿のキャンプですよ」
「そうか・・・・・・ 」
私と大熊は、黙り込んだ。
そして、何かに気がついたネコバーが言った。
「もし何かに困っているならば、ネコばあさんに、悩みを相談しなさい」
ネコバーは鋭い言葉を言った。
「あなたは、顔に出やすいのよ。今のあなたは、この島を出て行こうとしているみたいにみえるわ」
「そうなのか? 」
大熊は、私の顔を見て、ことを察した。
「そうか。ならば、カフェに行こう! 」
大熊は、私を元気づけるように言った。
「さあ、行きましょう。困った時こそ仲間で助け合うのよ! 」
ネコバーはそう言い、私のカバンを持ってくれた。
私たちは、大熊書籍の地下にあるカフェへ行くことにした。
私は、カフェに着くなり、渋川に言われたことを言った。
すべての話を聞き終えると、大熊は、言った。
「君は海賊岬で身を隠したほうが、安全かもしれないな」
「海賊さんたちは、受け入れてくれるでしょうかね」
私は不安そうに言った。
「そうだな。それなりの金は必要になるが、我々がなんとかするから心配するな」
「そうですか、それよりも渋川さんはどうなるのでしょうか」
私は、暗い顔をしながらきいた。
「心配するな、私たちの派閥も無能ではない。必ず助け出してみせるよ」
「本当ですか? 」
「ああ、我々にも裏の組織と繋がっている人間がいるからな」
大熊はそう言い、お茶を入れているネコバーを見た。
「いやね。裏の組織ではなく、人脈が広いだけよ」
ネコバーは笑いながら言った。
「お前の広い人脈はすべてきれいなものか? 」
「そうねえ。2割がブラックかしらね・・・・・・ 」
ネコバーは悪そうな顔をした。
「話の内容の2割が、ブラックということだろう」
大熊は、笑った。
「さすがね。名探偵くまさん」
ネコバーも笑った。
私もつられて笑ってしまった。
そして、私たちは15分ほど、静かにお茶を飲んだ後に話し合いを再開した。
「前にネコバーに、君には秘密があると言っていたが、よかったら教えてくれないか」
大熊は、私に静かにそう言った。
私は、自分の秘密を言おうか、迷ったが、正直に話したのであった。
そして、話を聞き終えると、大熊とネコバーは深く頭を下げた後に言った。
「数々の無礼をお許しください」
大熊は、私に謝った。
「あなたのようなお方が、この島の現状を変えてくださいますわ」
ネコバーは、貴族のような言葉づかいをした。
「いつも通りにしてくださいよ」
私は、困ったように二人に言った。
そして、その日の夜に、私は海賊に厳重に守られながら、海賊岬へ身を隠すことに成功した。
今回はこれでおしまい。
続きをお楽しみにしていてください。
終わり