何かが始まりそうな主人公のエピローグ
いつもの作品(投稿はしていない)とは違った短編をリハビリ程度に書いてみました。この前は二次創作しか書いていなかったので、ある意味処女作。
俺は雨の日はあまり好きじゃない
ポツリ、ポツリと幾何学模様のアスファルトに雨が染みを作る。「傘を差すべきか、差さないべきか」そんな下らない問の答えを出さ無いまま、俺は少しずつ降り始めた雨を駅のエントランスからぬぼーっと見続けていた。
これが時間の無駄だとは分かっている、だが俺は雨宿りをしながら何かを始めることも、雨の中を歩いていくことも出来なかった。思春期特有の謎心理、謎行動である。とはいえ、やっぱりあほらしい事をしていると自分でも分かっていた俺はやっとこさ、重い腰をあげることにした。
少し強くなった雨の中を傘を差しながらゆっくりと駅前のスーパーへ牛の如く歩を進めた。
今日も特別、何かあったわけではなかった。怠惰で学校へ通い、多少真面目に勉強し、授業が終われば帰る。少しだけいつもと違う所を挙げるとすれば、今日は学校で課題をやってから帰路に着いたから、いつもより駅に着いた時間が遅いことくらいだろうか。既に辺りに日は落ち、夜の帳が降りてきている。
歩きながらそうこう考えを巡らしていると、ふと肩を叩かれる。「八音のカードを作りませんか?」いつの間にかスーパーの前まで来てしまっていたらしい、積極的な従業員のおばちゃんに捕まってしまった。いつもは軽く躱せるのだが、今日は自分の世界に入りすぎてしまったからだろうか。ガッツリ捕獲されてしまった、次からはもう少し気をつけなければ……
まぁ、数秒時間を食うだけで実害はないんだけどな。
おばさんの口撃を既の所で躱しながら営業スマイルを振りまいて、親に頼まれた牛乳を買うために真っ先に乳製品コーナーへと向かう。さっきまで時間を浪費していた人間が言うことではないが、買い物は素早く済ませるのに限る。自分へのご褒美として安い炭酸飲料を1本買っておくのも忘れない。100円にも満たない飲み物1本くらい、おまけで買っても許されるだろう。
牛乳を両手に1本づつ、加えて無理やり500ml炭酸飲料を指2本で持ちながら無人レジの列に並ぶ。手提げを腕にかけているせいか、意外にきつい体勢なので早くレジを空けて欲しい。急ぐ気持ちのままに列の前の方を眺めると、見覚えのあるような顔が目に止まる。頭を殴られたような衝撃というのはこんな感じなのだろうか。俺は驚愕を隠せずに見間違いかと思って2度見してしまった。しかし見れば見るほど知っている顔である。
彼女とは会わなくなってからもうすぐ2年が経つ。中学校時代の友達でいわゆる同中と言うやつである。
2年も会ってなかったからだろうか、やはり少し大人っぽくなったかもしれない。高校の制服姿は始めて見た俺にも違和感がないほどだし、3年も一緒にいたものの、横顔は見慣れないけれど幼さが残った顔は俺が知っている面影がある。中学の頃は校則で長かったスカートも多少短く折っていて、続けているであろう陸上部で鍛えあげた細く引き締まった脚を際立たせている。
そんな彼女は同じ中学校出身で、俺の「好きだった人」である。別に特段美少女であった訳では無いけど、俺はその屈託なく笑う顔が好きだった。いつもは弄ってくるくせに、いざという時に優しいところとか、喜怒哀楽が激しくて見てて面白かったところとか。
今もThe・ボケっとした顔でレジを待っている。俺は彼女がするマヌケ顔に少し笑いがこみあげて来た。しかしこちらに気づく様子は一切ない。少し寂しい気もするが、いつもしっかり者の彼女の違う側面を見れて嬉しくもあった。
俺は彼女を「好きだった」と過去形で言ったが、別に嫌いになったとか、冷めたわけではない。ただ、違う高校に通うようになって、気持ちが少し風化しただけ。よくあることだろう?
ここで声を掛けるべきか掛けないべきか、俺はそんな事で悩んでしまった。別に気まずい訳では無い。変な別れ方をしただとか、こんなことですら悩んでいるチキンな俺は当然告白だとかはしてないわけで、振られたわけでも、まして付き合っていたというわけでもないからだ。
どうせなら、向こうから話しかけてくれないかなぁ。こっちから話しかけて、別人だったら嫌だしなぁ。周りの人に迷惑を掛けたくないなぁ……
どこまでもチキンな自分に俺は怒りを覚えた。が、俺の中での葛藤なんて彼女が知るはずもなく「あーだ、こーだ」と俺が無駄な論争を脳内で繰り広げている間に彼女の番が来てしまった。こっちの気も知らないでさっさとレジに行ってしまう彼女をみながら俺は「まぁ、会計が終わったからでいっか」と何処までも楽観的に考えていたのだった。
当然そう上手くは行かないもので、俺の急ぐ心と裏腹に中々順番が回ってこない。1人でも終われば自分の番なのに……
★ ★ ★
結果から言うと俺が彼女に追いつくことはなかった。焦る気持ちが加速してしまったのか、手提げを計 りに置くのを忘れレジが止まったところを店員さんに再起動してもらい、買った商品にシールを貼ってもらうハメになり、余裕のない手提げには牛乳2本と炭酸飲料は多すぎて入らない。糞ッ、炭酸なんて買わなければよかった。
予想以上に時間がかかってしまったが、何とか会計を終わらせた俺は急いで出口に向かう。彼女に会えると信じて。
雨は強くなっていたが、傘も差さずに飛び出した。当たりを見渡すが彼女の姿は見当たらない。少しだけ心と息を落ち着かせて、傘を開く。しかし落ち着いたのは束の間で、必死に有りもしない影を追って足を急がせる。もう居ないことは薄々感じているのだが、辺りを見渡しながら未練たらしくスーパーの周りを探す。居ないことを確認した俺は駅の反対側にある駐輪場を目指す。この時点で親に迎えに来てもらうという選択肢は既になく、自転車でただ雨に打たれたい気分だった。
自転車に乗った俺は傘を片手に駐輪場を後にした。傘を差したまま自転車に乗ろうか迷ったものの、とりあえず閉じて右手で強く握りしめた。雨はまだまだ強くなってきている。
信号が赤になったのを確認してまたゆっくりと傘を開く。折り畳み傘は既にくしゃくしゃになっていた。傘を再度差した俺はまた、思考の海に身を委ねた。
ーーー今の自分を中学生の頃の自分が見ればどう思うだろうか、あの頃の俺は何事にも一所懸命に足掻き、努力していた。笑われても罵られてもへこたれなかったし、挫けなかった。
どうしてこうなったのだろう。いつからこんなに無気力になってしまったのか。将来の夢なぞ無く、ただ日常を繰り返すだけ。大学受験に勤しむわけでもなく、遊び呆けて夜を明かす訳でもない。何かを求めるも、それが何かは分からないまま、1日1日とすぎて行く。はっきりいって、高校生活は全然楽しくない。
今の俺は空っぽで無個性、無感情な「人間のような何か」だった。ーーー
ここまで思考を進めて俺はふと気づく。彼女と話せなかったことで落ち込んでいる自分がいることに。彼女の存在を必要としている自分の存在に。彼女を好きだったとは言えど中坊のガキの戯言、どうせすぐ冷めるものだと思っていた。というか、会うまで半分忘れていた。それなのに蓋を開けてみたらどうか、話しかけられなかっただけで直情的になっている自分がいる、もう一度会えたらなって思っている自分がいる。この短時間で迷って、悩んで、恋焦がれて……
本当に忙しいやつである。2年分の感受性を発揮したんじゃなかろうか。
だけどそれもここで終わったのだ。俺の人生はラブコメではない、次があるわけないのだ。また同じ日常に戻っていくだけ。ただ、彼女のおかげで少しだけ前を向ける。そんな気がした。
信号が青になると同時にペダルを強く踏み込む。無性に叫びたかった。退屈な日々をぶち壊すように、彼女への思いを断ち切るように、自分の何かが変わるように。
感情が高ぶったせいか、俺は傘を差したままトップスピードで自転車を漕ぎ始めた。何もかもから逃げ出して、今だけは日常から抜け出すために。
が、それもそう長くは続かない。いきなり力強い風が吹いてきて、俺の傘を煽った。突然の風にバランスを崩した俺は、何とか傘が折れないように体勢を立て直そうとするが、時すでに遅し。左に重心が傾き、即座に自転車が倒れる。右手の傘に神経を集中していた俺がコケるのはさも当然のことだった。
車道に身とを投げ出された俺だったが、幸い自動車は走っていなかったため轢かれることは無かった。とはいえ足をを擦りむき、腕を強打して血が滲んでいる。本当に痛い。
「ほんとカッコつかないな……ッ」
思わず口に出てしまった自分への気持ち。どうしてこう決まらないのか、ここくらいは颯爽と帰りたかった。何故、自分の無力さを感じた後にまた痛感しなければならないのか。もういいじゃないか。自分の弱さを感じて、明日から頑張ろう、ってところだっただろうが。
しかし、本当に辛いと思ったのは転んだこと自体ではない。自分の弱さと運を生かせなかった自分のヘタレさに怒っているのだ。2年越しの思いを伝えられなかっただけでこれなのか、こんなに失恋というのは辛いのか?勝手に張り切って勝手に自滅しただけだろ?どうしてこんなに苦しいんだ?
1粒の雫が頬を伝う。が、これは雨だ。人肌の温度でも、目から出てるとしてもこれは雨d「大丈夫ですか?」あ?
後ろから女性に声をかけられた。鈴を転がすような安心感を与えてくれる声だった。
こんな姿を見られては恥ずかしいと思い、急いでバッグを拾って自転車を起き上がらせて、声の主の方を振り返る。
「転んだだけですので大じょb……え?」
「その声は、もしかして芥川?……」
声の主は彼女だった。彼女が傘を差して、ハンカチを差し出したまま、心配そうに上目遣いで此方を覗き込んでいる。くそっ。可愛くなったな、おい。直視されると恥ずかしい。
「お、おう。そうだけど?横山ぁ?」
「やっぱり芥川じゃん!元気してた?」
こっちの気も知らないで呑気なものだ、と言いたかったが、声に出ない。嬉しさと驚きと何かがごちゃ混ぜになって筆舌につくし難い気持ちが心を満たす。しかし何故かこの気持ちは心地よい感じがした。
「まぁ、ぼちぼち。横山は?」
「私はねーーー
俺のことを放っておいて、彼女は自分の話に花を咲かせ始める。そんなを彼女を見つめられることがとても嬉しい。彼女と向かい合って話すのが心地良い。この心地良さに身を任せてしまいそうになる。彼女に寄りかかりたくなる。だが、この絶好の機会に俺は彼女に言わなければならない。彼女にこの想いを伝え無ければならない。この機会を逃したらまた、後悔するハメになりそうだから。俺は変わりたいと思ったから。
俺は彼女の話を遮って宣言する。心臓の高鳴りが酷くうるさいし、顔も熱い。人から見れば滑稽な顔をしているんだろうな。こんなことを言わずに逃げてしまいたい。彼女ともっと話していたい。いろんな思いが溢れてくる。
でさー。やっぱり清水先生はダメだと思うんだよねーそうは思わない?『横山!』」
「ふぇっ!?いきなりどしたの?!」
俺がいきなり真剣な顔をしたからだろうか、さっき以上に真面目な顔でこちらを見つめている。おかしくて笑ってしまいそうだが、俺も変わらないくらいおかしな顔をしているのだろう。では言おう。
息を吸って……
「横山、俺はお前が……
★ ★ ★
このあとの話は俺からは語らない。恥ずかしいし、照れくさいから。だからここからは自分の好きな続きを想像してみて欲しい。だが、これを機に俺が雨の日を好きになったという事だけは言っておきたい。
fin
最後まで呼んでくれてありがとうございます。
この作品の半分くらいは実話で、当時を思い出しながらノリと勢いで書き切ったので、クオリティが少し心配です笑
次はいつになるかわからないけれど、次の作品で会いましょう