第十六話 全ての始まりは最初から
こんにちわ!!何も、何も来なかったよ.....
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翌日のお昼頃、俺は学校に来ていた。まだ10日程しか経っていないというのに、ここの生徒として学校に来ていた事が遠い昔のように錯覚する。それ程にこの10日間が激動の日々だったということだろう。これまでの価値観を粉々に吹き飛ばす程に。
大神に襲われた時に、台無しになった制服の代わりとして、探偵がどこからか調達してきた新品の制服を着る。袖口に校章のついた半袖のワイシャツに紺のズボン。鏡に写る自分を見て、何だか普通の学生みたいだ、と何とも言えない気持ちになる。
今は薬で人狼化を抑えている為、人間の姿だが、当然のように薬の効果には時間制限がある。制限が切れると人狼の姿へと戻ってしまう。だから、余り学校に長居するわけにもいかない。こんな所であの姿になってしまったらもうこの日常に戻ることはできないだろう。
向かうは我が文芸部の部室。灼熱のグラウンドで元気に駆ける高校球児の掛け声を聞きながら、部室のある特別棟へと足を踏み入れる。中はやたら静かで、人の少なさが気配で感じ取れる。体育会系と比べて、文科系は余り夏休みに活動はしないから当然といえば当然だが。
文芸部の部室は5階の一番端っこ。この学校の中でも辺境の地として名高い場所である。階段を登っていると、3階の踊り場で顧問の設楽先生と出くわした。先生は俺を見た瞬間、幽霊でも見たかのような顔をした後、徐々に目を細めニヤリと笑顔を浮かべる。
「....のこのこといい度胸じゃないか」
「え?」
「何だ、その顔は?10日も部活サボってといて....」
「あ」
そうだった。姉貴と空には連絡を入れておいたが学校に連絡入れるのを忘れていた。
不味い。先生は無断欠席には非常に厳しいのだった。綺麗な顔がどんどん般若の形相と化してきているぞ。
「あ〜〜〜!!先生髪型変えました!?すごい似合ってますよ!!」
「何も変わってないが」
「そ、そうですか...あ!!そのネックレスすごい綺麗ですね!!」
「前から付けてるが」
「そ、そうですか」
静かな校舎が更に静かになった気がする。沈黙が重い。物理的な重さなどないというのに、今にも膝が廊下に付きそうだ。ハンター達並みの圧力を何で一介の高校教師が出せるんだよ。背後に何か良からぬものがいる気すらする。
「.....」
「.....」
「はぁ、空なら部室にいるぞ」
「....えっと、お咎め無しですか...」
「今は、な。先ずは乙女のご機嫌取りが先だ」
「乙女?」
「空に言うなよ。叩かれるぞ」
「言いませんよ。まだ死にたくないので」
「ならよろしい。ま、頑張りたまえ」
そう言って、先生は階段を降りていく。10日前とまるで変わった様子はない。
当然だ。普通の人間がそうそう短期間で変わるはずがない。何かが起きない限りは。
俺には起きた。起きてしまった。それだけの話だ。
先生と別れ、5階にたどり着く。そこから廊下を左に曲がり突き当たりの教室のドアの前で立ち止まる。ドアの窓はカーテンに遮られているので中は見えない。窓はドアの上には文芸部と書かれたプレートが取り付けられていた。俺の日常の舞台。10日前まで毎日のように時を過ごした場所。懐かしさを感じながらスライド式のドアを開ける。
「....」
「あ....」
空が座っていた。いつも通り。たったそれだけの事なのに、胸が締め付けられた気分になる。彼女は突然入ってきた俺を見てその理知的な眼をめい一杯開いて固まっていた。余程、驚いているのだろう。読んでいたノベル本が手から落ちて床に落ちた。その本のタイトルは『人間失格』。一体、何回読むつもりなのだろうか。
確か、小学生の時、本が苦手だった自分にこの本面白いよ、と『人間失格』を勧めてきたから既にあの時には読んでいたはずだ。
「....また読んでのかよ」
このまま突っ立ている訳にもいかないので、落ちた『人間失格』を拾うという名目で部室へと入る。中には以前と変わった様子もなく、いつも通りの光景だった。本を拾い、固まっている空の前に差し出す。だが、彼女はそれを受け取ろうとせずにその表情を徐々に鬼の形相へと変えていく。
「そ、空?」
「どこ行ってたのよ」
「....メ、メールしたろ?ちょ、ちょっと、自分探しの旅に....」
「信じると思う?」
「.................いいえ」
再びの沈黙。今日はこんなのばっかだ。胃が痛い。だがそうは言ってられない。何とかして彼女の怒りを静めなければ。
....どうやって?思えば、空に口喧嘩で勝った事なんて一度もなかった。ついでにいうなら取っ組み合いの喧嘩にも勝った覚えがない。思考を必死に巡らせるが出てくるのは彼女との思い出ばかりだった。
そこで漸く気がついた。生きたい理由に。何で俺が人間に戻りたいのか、に。
いや、昨日の時点で気付いてはいた。だが、確信が持てなかったのだ。当たり前すぎて。
隣にいるのが、いてくれるのが、当然すぎて。
だが、再開した事で漸く自分の気持ちに確信が持てた。
....くそ....探偵....相変わらず見透かしやがって....プライバシーも何もあったもんじゃないな....10日もあれば俺の人生なんて洗いざらいってわけか....俺より先に俺の生きたい理由に気付いてんじゃないよ。
全く、情けないたら、ありゃしない。自分の情けなさに笑いを堪えきれない。
「ちょっ....何笑ってんのよ?」流石の空もその顰めっ面を崩し、突然笑い出した俺に怪訝な目を向ける。「変な物でも食べた?」
「いや、ゴメン、ゴメン。漸く、気付いたのがバカバカしくてさ」
「何をよ?」
「未だ言えない。でも、いつか絶対に言うから」
「本当に?」
「本当だ」
「「.....」」
会話が途切れたので、いつものように彼女の向かい側の席に座り、机に閉まってある文庫本を手に取り読み始める。だが、向かい側からチラチラと視線を感じるのでイマイチ内容が入ってこない。こちらも彼女向かい側へと視線を向けると目が合った。すると、彼女は慌てて目線をずらし、しまった、といった風に頬を赤く染め、もう一度こちらを伺うように視線を投げかける。そんな彼女の様子に思わず頬が緩む。
「何、ジロジロ見てんのよ」
「見てないよ」
「見てたでしょ!」
他愛のない会話が楽しい。もっと話していたい。当たり前の日常を当たり前に過ごしたい。
「チースッ!!お、あれ?あ、岩戸さんじゃないすか!!生きてたんすか!!」
「生きてるに決まってるじゃないか!!この僕が街を見回ってるんだからね!!」
騒がしいのがやってきた。この文芸部の一員の引きこもりの乾とシャーロキアンの江戸川だ。
「乾、レン、うるさい」空が文句を言う。
「お、空ちゃん、二人っきりの時間が邪魔されて怒っちゃったんすね!ごめんなさいっす!!」
「ち、違うわよ、バカ!!そんなんじゃない!!」
「そんな顔真っ赤にして言っても、説得力ないよ、空くん!君が岩戸君がいないと淋しそうにしてるのなんて周知の事実なのだよ」
煩い、喧しい、と思っていたこの日常が今は心地いい。血みどろの戦いに身を投じ、ハンター達の人生を垣間見ただからわかる。
この日常が俺の幸せだった。この部室こそが俺の居場所だったんだ。
キングにとっての居場所があの三人だったように。だから...
「ありがとう、必ず戻るよ」
一言。たった一言小さく呟いた。三人に聞こえていたかわからない。
今夜、決着をつける。大神を殺して人間に戻る、必ず。
心に誓った。
読んで頂きありがとうございました!!




