第十話 全ての始まりは人造人間、そしてドクロマークのTシャツは彼女を救う
おはようございます!ホークス優勝おめでとう!!
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翌日、神島家の道場でここ最近寝泊まりしている俺は窓から入ってくる朝日に目を覚ます。
「もう朝か」
昨日の戦いにより疲れ果てた身体は本当に自分のものだろうか、と思うほど思い通りに動かない。まるで関節に鉛でも流し込まれたのかと思うほどだ。
時計を見ると、朝7時半。いつも通りの夏休みのこの時期なら間違いなく寝ていたことだろう。疲れすぎて逆に眠りが浅くなっているのかもしれない。難儀なものだ。
道場に配置されている鏡を見る。そこには二足歩行の狼が映っていた。
間違いなく俺だ。昨日は薬を飲まずにそのまま寝たから、人狼のままの状態だったのだ。この状態でうかつに人に近づけば、食人衝動に駆られる危険があるため、探偵からは梓さんたちに会うときは必ず薬を飲むように言われていた。だが、昨日はもう夜遅く、これから梓さんに会うこともないだろうとそのまま倒れるように道場に倒れこんだのだった。
「お目覚めかい」道場の入り口から探偵が入ってきた。
「ああ、絶好調だよ」
「そいつは結構」
眠たそうに欠伸しながら探偵は道場に寝転がる。踏み潰してやりたい。
「今日は1日、イメトレしてなさい。スナイプの血液は飲んだんだろ?」
「....ああ寝る前にな。でも、スナイプの許可を得てないのに本当に良かったのか?」
「ああ、ごめん、言い忘れてた。今朝、スナイプの目が覚めたと、キングから連絡が入った」
「そうか。それは良かったよ」
本当に良かった。あの危険な状態から最悪、死んでしまうんじゃないか、と心配していたのだが、ひとまずは安心だということに胸を撫で下ろした。
「それで彼女から君に伝言だと」
「え?俺に?」
「そう君にだ。ありがとうだってさ。何に対しては自分で考えなさい」
何に対してか。普通に考えたら大神と戦ったことだろう。だが、寧ろ彼女は大神とずっと戦いがっていた。だとしたら、戦闘に乱入した俺に感謝するのはおかしいはずだ。だが、それ以外でお礼を云われる覚えは特になかった。どちらにせよ、ありがとうと言われて嫌な気分になるわけでもないので、快く受け取っておくことにした。
「...スナイプの刻まれた『呪い』は目に影響を与えるものだ。まあ、百目や魚眼とか、そういった類だろうさ。彼女の驚異的な反射神経はそのおかげだ」
「じゃあ、俺にも?」
「今回はイメージしやすいから、すぐに使えるはずさ。だが、相手はキングだ。どこまでいけるかはわからないよ」
「そんなに強いのか?キングは」
「あの四人の中ではぶっちぎりさ。昨日も言ったが、大神よりも強いよ」
「...なあ、ならどうして組んでいるんだ?一人で大神より強いならチームを組む必要なんかないはずだろ?」
「それも昨日言ったじゃないか。彼が誰よりも人間だからだよ」
人間。それが何を意味しているのか。彼がその言葉にどんな意味を込めているのか。それを俺は昨日のキングの行動の一つ一つから何となく察していた。スナイプを抱きとめた時の表情、リッパーの頭の元で黙祷を捧げていた時の背中。そこには外見からは伺えない彼の性格が垣間見えた。
「....人間っていうのは、孤独であることを恐れる。一人でいることを本能的に拒むんだ。遺伝子的に誰かにそばに居て欲しいものなんだよ。どんなに強くたってそれは変わらない。詳しいことはキングが話してくれるかもしれないが、彼の出自的に彼は特にそれが強いんだよ」
「出自?」
「ああ、彼は『呪い』を刻まれたんじゃない。『呪い』そのものだ」
「え?どういうことだよ?」
彼はハンターだ。そんな彼が狩られる側だというのはおかしくないか。それではいつ互いが味方が敵になるのかわかったものではない。
「別に珍しいことではないよ。『呪い』がなんらかの理由でハンターになるっていうのは。『呪い』っていうのは人間の裏みたいなものだからね」
「...じゃあ、キングは何の『呪い』なんだよ?」
「フランケンシュタイン。正確には彼の創作した怪物そのものだ」
フランケンシュタイン。言われてみれば納得できる風体だ。身長3メートルはあろうかという巨体、頭にはネジ。そして、圧倒的な怪力。イメージするフランケンシュタインそのものといった感じだ。
小説の怪物はフランケンシュタイン博士に向けて自分と同じ伴侶を作ることを望んだ。結果的にそれが叶うことはなく、彼は北極の地に消えていったのだが、実際は未だにハンターとして生きていたようだ。
「あの小説は1800年頃に創作されたものだが、彼はそのモデルだね。ざっと、1700年頃から彼は生きている。300歳のおじいちゃんさ」
「....映画しか見たことないけど、全部実話だってことか?」
「いや。勿論、脚色はあるさ。でも、彼が伴侶を求め、そして、それが果たされず、失意の余り見た目通りの怪物と成り果てたことは本当さ」
怪物は博士に伴侶を造ることを拒絶された怒りの余り、彼の大切な人々をその手にかけた。そして、最後、北極まで逃げた博士は息絶え、それを知った怪物は失意の内に姿を消したという。
「人間っていうのは、そういう意味か...」
誰よりも孤独を嫌い、誰よりも仲間を望む。確かにそれは人間そのものだ。リッパーの事は詳しくはわからないが、あの四人の仲で一番人間だという探偵の言い方に納得がいった。
「...なんで、大神を狙ってるんだろうな」
「それは僕にもわからないよ。其処まで親しくはないしね」
「そうなのか?」
「ああ、僕は根っからのはぐれ者だからね。生粋のハンターからは疎まれてるのさ」
生粋のという事が何を指すのか聞こうとするが、探偵は説明するつもりはないようで、話を続ける。
「まぁ、何にせよ、今は彼と戦う事だけを考えた方がいい。彼が戦う理由も戦いの中でわかるかもしれないだろ?」
テンタコルと戦った時、彼女のツルに噛み付いた事で彼女の記憶が頭に流れ込んできた。探偵が言うには彼女の『呪い』と俺の中の大神の血が共鳴したからだという。なら、キングとの戦いの中で彼の記憶を見る事だってあるのかもしれない。
それに、初めてキングと会った時のことも気になる。
彼には俺への殺意が全く感じられなかった。最初は気のせいかと思っていたが、戦闘を重ねていく内にそれは気のせいでも何でもなく、事実だということに気づいた。
でも、何故、殺意も敵意もないのに彼は俺と戦う事を選んだのだろう。戦う気がないのに何故、殺し合おうとするのか。俺には敵意を向ける必要もないってことなのか。何か目的があるのか。
何にせよ、探偵の言う通り、今は戦う事に集中しなければ。疑問を心の隅に押し込め、修行を始めた。
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戦う場所は以前、ハンター四人に狙われた山奥を選んだ。あそこならいくら暴れたところで、被害が出ることはないと考えたからだ。それを探偵に伝えたが、大して興味なさげにそうかい、と言っただけだった。何か言われるか、と思ったので少し拍子抜けした。
当日の昼間、意外なお客が俺を訪ねてきた。
「スナイプを倒したんだってね、生意気に」相変わらずの憎まれ口を叩くお客。「ま、アタシの力を奪ったんだから、当然よね」
「...一週間ぶり、テンタコル」
「ふん」
今日はローブを纏っておらず、ホットパンツにドクロマークの描かれたTシャツとやたらとラフな格好だった。『呪い』から解放された以上、もう肌を隠す必要がないのだろう。
「アンタ、本当はそういう顔だったのね」道場にズカズカ上がりこんできたと思ったら、ど真ん中に偉そうにあぐらをかくテンタコルはジロジロとこちらの顔を見ていきなりそう言った。今は夜に備えて探偵から貰った薬を飲んでいるので人間の姿になっていた。
「なかなか、可愛い顔してるじゃない」
「そいつはどうも...で、何しに来たんだよ?」
いくら、最後に和解したとはいえ、殺しあった仲だ。互いに進んで会おうと思うような仲では断じてないはずだ。特にテンタコルからしたら、俺は彼女から願いと力を奪った男だ。仲良くなるような余地はないだろう。
「...探偵から聞いたわよ。今日、キングと戦うんでしょ?」
「初めて襲われた時の山でね」
「懸命ね。キングが本気で戦ったら街一つ吹き飛ぶわよ」
「そんなに凄いのか?」
「台風か津波と戦うようなもんよ」
「災害じゃないか」
「人災よ、人災。馬鹿な科学者が産み出したんだから」
当然、彼女もキングが『呪い』であることは知っているようだ。でも、それはテンタコルにとって納得できることなのだろうか。
「なあ、嫌な事聞いていいか?」
「嫌よ...と言いたい所だけど、アタシもあんたに頼みたい事があるから特別に聞いたげる」
頼みごととは何だろう、と疑問に思い先に聞こうとするが、それをテンタコルから先に言いなさいよと制される。
「...『呪い』であるキングとどうしてチームを組んでいたんだ?」
彼女の記憶を覗いたので、彼女がこの世の化け物を全て殺してやるという願いを持った経緯を知っている。大神という『呪い』から全て奪われた彼女。そんな苦い記憶を持ちながらどうして彼女はキングに背中を預けていたのだろうか。
「本当に嫌な事聞いてくるわね...」テンタコルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「嫌なら別に言わなくていいぞ」
「...いえ、丁度いいから。私の頼みごとと重複してるし。話してあげる。...と、その前にそこで隠れてる奴でてきなさいよ」
「おや、ばれてたかい」
道場の襖が開かれ、探偵が姿を表す。どうやら、話を盗み聞きしていたようだ。
「当たり前でしょうが。あんたの気配なんて2km先にいてもわかるわよ」
「ハハッ!そんなに僕の事が好きなのかい?」
「違うわよ!馬鹿ッ!!次言ったらねじり殺すわよ」
「そいつは怖い、怖い。...まあ、冗談はここまでにして、僕も君の話を聞いていいかい?」
「ったく、好きにしたら...どうせ、断っても聞かれるだろうし」
「よくわかってるじゃないか」
「せめて否定しなさいよ」
飄々とした相手に弱いのかテンタコルは、はぁ、とため息をつくと仮にも家主である探偵の方を見ず、話し始めた。
「...最初はね...拒絶してたのよ.....いくら、最強のハンターだからって、『呪い』とチームを組むなんて真っ平ご免だってね」懐かしむようにテンタコルは遠い目をする。
「でも、そんな事考えるのが馬鹿らしくなる程、あいつは筋金入りのお人好しだった。まるで、私たちを家族のように接してきてくれたの。拒絶しようが、否定しようがあいつには関係なかったのよ。そりゃ、そうよね、あいつにとってそんなのは日常なんだから。...ねぇ、この服似合ってる?」
「え?...あぁ、似合ってるよ」
活発な印象を与える彼女に、ドクロマークの入ったパンクなTシャツとホットパンツは良く似合っていた。
「そ、ありがと。これ、キングが用意してくれたの」
「え!?そうなのか!?」
「『呪い』から解放されたんだから、これからは女らしく生きろって渡してくれたのよ。ったく、アタシの事何歳だと思ってんだか」
言葉とは裏腹に彼女の表情は今まで見た事のないような優しい表情を浮かべていた。最愛の人を殺され、復讐の道に走った彼女であったが、決して血まみれな人生でなかったということがその表情から伺えた。
「...まぁ、これが私がキングとチームを組んでた理由よ。全く、恥ずかしいったらありゃしない」
「いや、恥ずかしくなんかないよ。話してくれてありがとう」
ここ一週間ほど、凄惨なものばかり見てきたせいか、テンタコルの話は心に幾らかの平穏をもたらしてくれた。
「...そ。じゃ、今度はアタシの頼みごと聞いてくれる?」
「ああ、俺にできる事なら喜んで」
俺がそう快諾すると、テンタコルは少し嬉しそうに口角を上げ、微笑むと立ち上がり、なんとこちらに頭を下げてきた。
「お願いします。キングを止めてください」
「え?」
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夜。虫の声をBGMに、一人、細い山道を登っていく。人狼の状態なので街灯のない道ももうすぐ満月である月の光だけで何も問題なく登ることができた。
この道を抜けた先にはキングが待ち構えているはずだ。俺と戦うために。だが、果たして戦いというものになるのかどうか、一抹の不安が募る。
キングの強さを知るテンタコルは彼を災害のようなものだと称していた。ヒーローだって津波や地震には勝てない。ましてや人狼の俺が勝てる道理などないというものだ。
それでも、歩みを止める訳にはいかない。ここで止まってしまうことは全てを捨てる事と同義だからだ。
それは駄目だ。それだけは駄目だ。
それでは自分にも助けてくれた人や願いと能力を託してくれた人たちにも顔向けできない。
山道を抜け、広場に出る。その中央にキングは立っていた。月明かりに照らされたその姿正に仁王が如し。
3メートルはあろうかという巨体にネジの刺さった頭部、丸太のような二本の腕、その巨体を支える像のような脚。そして背負うは彼よりもさらに大きな巨大な十字架。全てが規格外。
ハンター・キング。フランケンシュタイン博士の創りだした怪物そのものである。
「来たか」低く唸るような声が夜の空気を振動させる。「準備はできているか」
「ああ...」
彼の言葉に応じ、早々にいつでも動けるよう態勢を整える。
「...月が隠れたら、勝負開始だ」キングも背負っていた十字架を握る。
月は丁度、雲に半分覆われていた。雲の流れからしてあと30秒といったところだろう。丁度良いので、戦う前に彼に確認することにした。
「...どうして、戦うんだ?」
テンタコルから聞いた彼の真意が正しければ、もう彼は戦う選択なんてする必要ないはずだ。それなのにどうして、彼はまだその十字架を振るうのか。
「....無論、自分の為だ」彼は語る。自分に言い聞かせるように。「大神を殺すという我が悲願、貴様にくれてやる筋合いはない」
「....そうか」
そうか。自分で気づいてないのか。彼は自分の事を未だに怪物だと思っているんだ。だから、戦う。戦わなければならない。そう思い込んでいるんだ。
気づかせなければ。彼に。彼の願いはとうに叶っていたのだと。
自然と勝てないという不安が心から解けていく。この戦いの勝利条件が俺の中でキングに勝つということから彼に自分の本当の願いを気づかせる事に変わったからだ。
月が隠れるまで後、10秒。スポットライトのように広場を照らしていた月明かりはその範囲を徐々に狭めていく。
最初にキングがスポットライトから退場し、その巨体を闇に溶かす。
次は俺の番だ。
5、4、3、2、1、
0。
月が完全に隠れ、闇が俺の身体を包む。
瞬間、戦いは始まった。
狼男VSフランケンシュタイン。
B級映画も真っ青な舞台が今、幕を開けた。
読んで頂きありがとうございました!!!




