第九話 全ての始まりは大男、即ち、人間か?
いざ、ドラフト!!!
12
「そこまでにしておけ、まだ貴様ら二人が戦うには早すぎる」
そう言って、俺と大神の拳を丸太のような両手で防いだのはキングと呼ばれていた大男だった。彼は痛みに顔を歪めることもなく平然と俺たちの拳を受け止めた。
「そこどけや!!!!デカブツが!!!」戦いに水を差された大神が怒声をあげる。
「そうはいかん。この男にはまだ死なれては困るからな」
「は?どういう意味だよ」
「自分で考えろ」
キングはそう言うと、大神に向けて軽く手を払う。それを察知し、大神が後方へと避ける。
「...なんで、助けてくれんだ?」
キングが俺を助ける理由なんてないはずだ。むしろ彼にとっては邪魔者でしかないはずだ。俺は彼らの願いを横取りする存在なのだ。
「あんたにとって、俺は邪魔者でしかないだろ?」
「...貴様のためではない。スナイプの為だ。勘違いするな」
キングは倒れる彼女に向けて、歩いていくと彼女を抱える。その目には憐れみの色が浮かんでいるように見えた。スナイプに既に意識はなく、かなり危うい状態であることが見てとれた。
「....だが、感謝する。スナイプの前に出てくれたことだけは。貴様が奴と戦わなければ、スナイプまで死んでいた」
「.......」予想外の感謝に言葉が出ない。まさか、自分の身体をぐちゃぐちゃにした男から感謝の言葉が向けられるなんて思いもしなかったからだ。何とか、言葉を出そうとするがそれは汚い憎悪によって、遮られる。
「相変わらず、デカイ図体にデカイ態度だなぁ、キングさんよぉ」大神がその殺意の籠った目つきでこちらをいや、正確にはキングの方を睨みつけていた。
「図体は見ての通りだが、態度は貴様ほどではないぞ、大神よ」
そんな殺意に対して、平然とキングは冗談を返す。見ての通りの大物ぶりである。
「久しぶりに愉しんでたのに、何邪魔してくれてんだよ。テメェが相手してくれんのか?」
「いや、私は戦わない」
「あ!?じゃあ、どうしてくれんだよ!!この中途半場さはよ!!そこら辺の女、百人食い荒らさっても足んねぇぞ!!」
「帰れ。帰って暫し待て」
「待てるわけねぇだろ!!!しばかれてぇのかよ!!!!」
「待てば、お前を殺せる相手に巡りあえるぞ」
空気が変わる。
大神の怒りが丸ごと相殺されるかのような沈黙が周囲を包む。
沈黙。
沈黙。
そして、爆笑。
「ギャハハハ!!」
聞いたこともない下劣な声で。
見たこともない残忍な笑顔で。
思ったこともないような感情で。
「ハァ、ハァ、ハァ。嗚呼、笑った。何を言うかと思えば、俺を殺せる奴だぁ?いるわけねぇだろうがよ!!そんな奴!!!」
一通り笑ったあと、大神は再び怒鳴る。感情が二転三転して、奴が本当は何を考えているのか見当も付かない。
「いるさ。目の前に」キングがチラリとこちらを見る。「お前を殺す『銀の弾丸』が」
「.....は?」大神が目を見開く。
『銀の弾丸』。大神を殺す事のできる唯一の方策。
目には目を。歯には歯を。血には血を。
大神を殺すには奴の血を持つしかない。
奴の眷属になるしかない。
「.....ああ、そうか。お前、俺の眷属か...」急に妙に冷静になった奴は納得したかのように頷く。「...そうか、そうか、.....」
「だから、もう少し待て。そうすれば全力のこいつと戦えるぞ」
「....わかったよ。いつまで待てばいい?」
「一週間」
「長ぇな、おい。...まぁ、いいや。それまで、遊ぶとするか」
そう言って、大神は気怠げに踵を返すと、ダラダラと歩いて行ってしまう。その背中をキングと俺の二人で見送る。
姿が見えなくなると、キングは、ふぅと息を吐き、彼の腕で意識を失っているスナイプを見た後、地に転がるリッパーの頭を見ると、悲しそうに目を細める。
「...すまなかったな」
彼はそう言うと、スナイプを一旦地べたに優しく寝かせ、リッパーの頭の元で屈むと彼の見開いた目を閉じてあげた。暫くの間、彼はその場に留まる。キングが何を考えているかはわからないが、彼が出す雰囲気には見かけによらない優しさが溢れていた。
俺はそれを黙って見守るしかない。
「...イワトだったな。...貴様、覚悟はあるか」やがて、キングが静かに口を開く。彼の表情は見えない。
覚悟。キングのいう覚悟が何を指すかなんて言われずともわかっている。
戦う覚悟だ。
でも、それは奴とただ戦うだけの覚悟ではない。
最初は自分の為だけの覚悟だった。
でも、それはやがて、他の誰かの為にというものに変わっていた。
奴に否定された全ての人のために。
「あるよ。俺はあいつを殺す。自分の為に...他の誰かの為に...あいつに否定された全ての人の為に...俺はあいつと戦う。戦って勝つよ」
こちらを見ないキングをしっかりと見据えて、覚悟を示す。キングはそれを聞いて、こちらを振り向くと
そうか、と一言言うと、こちらへと蓋のされたフラスコをこちらに一本投げる。
「....これは?」それを両手で受け止め、聞く。フラスコの中には血液が入っていた。
「スナイプの血液だ。貴様はスナイプに勝ったからな」
「でも、スナイプは負けを認めてないぞ」
「...どのみち、スナイプはもう戦えん。....それにもう此奴には休ませてやりたいんだ」
「....わかったよ」
俺はスナイプの記憶をテンタコルの時のように見ていないから、彼女の過去に何があったかは知らない。
でも、大神に向けて彼女が言い放った『お前を殺して、私は感情を得る』という言葉から相当に辛い過去があったのだろう。
「....3日後だ」
「え?」
「3日後、俺と戦え。そこで示してみろ、お前の力を。場所は任せる」
キングはこちらの返事を待たずに歩いていってしまう。NOと言う言葉など返ってくるはずがないと確信しているのだろう。勿論、こちらだってそのつもりだ。
テンタコル。スナイプ。戦ってはいないがリッパー。三人の願いと意志は受け継いだ。
残るはキングのみ。彼に勝たねば、俺に未来はないのだ。
13
建築現場を出て、暫く待つと、目の前に黄色いフィッアットが止まる。誰が運転しているのかと思えば、運転席から顔を覗かせたのは探偵だった。
「やぁ、お疲れ様。大変だったね」
「他人事みたいに....」
「そんなことないさ」
「じゃあ、お前、大神が乱入してきた時、どこにいたんだよ....」
「.....それについては謝るしかない。僕の力が足りなかった」
「どういうことだよ?」
「まぁ、助手席に座りなさい。話はそれからだ」
言うことを聞かないと何も話してくれそうもないので大人しく彼の指示に従う。助手席に座るとそれを確認した探偵は車を走らせる。
「...大神が乱入してきた理由は何だと思う?」
「そりゃ、あんだけドンパチやってれば、大騒ぎに....あれ?」
「そうだ。あんな戦いが起きれば、町中で今頃大騒ぎになっているはずだろ?」
テンタコルと戦った日といい、今日といい、あれだけ戦えば、警察やら何やらが嗅ぎつけてくるに決まっている。それなのにそんな気配は微塵もない。
「何でだ?」
「前も言ったかもしれないが、結界だよ。陰陽道の十八番と言ってもいい。それを君らが戦う周囲に張って、中の状況を外からは感じられないようにしているんだ。普通の一般人ならこれで、何の問題もないはずだったんだけど」
「大神には効くのか?」
今日のように乱入されたということは奴には効かないということではないか。それなら、またキングと戦う時にも乱入されかねない。
「多少はね。テンタコルとやった時は乱入しなかっただろ?」
「ああ、でも、今日は駄目だったな」
「前回は僕と助っ人の二人で上手く誤魔化せたんだけどね。今日は運の悪い事にリッパーが奴に喧嘩をふっかけてしまったんだよ。それで空間に齟齬が生じ結界が破壊されてしまった」
リッパー。彼とはほんの数分の仲のうえに殺されかけた側と殺しかけた側という最悪の関係ではあったが、ああも無残に殺された首だけの死体を見ると、何ともいえない気持ちになる。
「...どうして、リッパーは喧嘩をふっかけたんだ?一人では勝てないってのはわかっていたんだろ?」
これまで、複数人で戦ってきても倒すことのできなかった相手に何故一人で挑んだのか。戦ったところで、勝てはしないということはわかっていただろう。
「...わかっていただろうさ。それでもやらなければならない戦いだった」
「どういうことだよ?」
「彼は大神に殺されそうになっていた娘を逃す為に奴の前に立ったんだよ」
探偵はこちらを見ず、真っ直ぐ前を見据える。運転に集中しているように見せかけているが、腕は震えていた。
「...」
沈黙するしか術はない。彼を見た目や言動で判断していた自分が情けなくなる。ただの一回の出会いで勝手に思い込んで恥ずかしい気持ちで一杯だ。
「....まあ、あれだ。あれは彼の戦いだった。結果がどうであれ君が気にすることではないよ。だから、今は次の勝負に集中しなさい」
「...おう」
車が止まる。前を見ると、信号が赤になっていた。
「キングは強いよ」
「え?」
「キング。あの大男、単純な強さなら大神よりも上だ」
それを聞いて納得する。俺と大神の拳を軽々と受け止めた様子から下手をすれば大神よりも強いんじゃないかと思っていたからだ。だが、それでも奴は殺せない。強いだけで奴を屠ることはできない。
「だが、あいつはもう大神を殺す事を諦めている。表には出さないがね」
「どういう事だよ?」
「奴はあの四人の中で一番人間なんだよ」
「え?」
聞こうとするが、探偵はこれ以上答えるつもりはないようで、車を再び走らせてしまう。仕方ないので、窓から街を見つつ、意味を考える。
人間。
人間と化け物の差異はなんだ。
どこからが人間でどこからが化け物なのか。
見た目か。
心か。
ならば、今の俺はなんなのだ。姿は化け物だが、心はまだ間違いなく人間のそれのはずだ。
それでも、街を歩く人が見れば、俺を化け物と罵るだろう。
悪意なく、人は自分と違うものを拒絶する。だが、それは逆の事も言える。
化け物は自分と違うもの、つまり、人間を拒絶する。
キングは一体、どちらなのだろうか。見た目は普通の人間のそれではない。
では、心は?
一体、彼はどちらなのだろう。
答えなき問いを考え続けた。
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