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アヤカシ探偵物語  作者: イサシ
第3章 人狼事件
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第五話 全ての始まりは呪い

こんばんわ!突然ですが、今週の一言。その辺にしとけよ、藤村。いや、ホント、勘弁してください。



 噛みちぎった巨大な触手が彼女の元へと戻っていく。いや、それは触手ではなく、薔薇の蔓だ。彼女の原風景。その象徴。それを彼女は自身の武器としているのだ。


(頭に流れ込んできたのは、テンタコルの記憶...か)


 今では考えられない幸せな笑顔。それを与えてくれた夫。そして、それら全てを彼女から奪い去った大神。

これは紛れもない現実なのだろう。こんな最悪な出来事を彼女は身をもって体験したのだ。自分の最愛な人を殺され、死を侮辱された。おぞましい程の絶望が彼女の脳髄には刻まれている。

 


「アンタ、見たわね?」無数の蔓を引っ込めて、テンタコルがこちらを睨む。

「ゴメン...」

「...いいわよ。私もアンタの見ちゃったし」

「そうか....」


 理由はわからないが、互いの記憶や想いが混線したようだ。ひょっとしたら、探偵が勝ったら話してくれるって言っていたのはこのことと関係しているかもしれない。


「...アンタ、本当に人間だったのね」

「だから、言っただろ」

「そうね、謝るわ。でも、別よ。今更、戦わないなんて言ってくれるなんて期待してないでしょうね?」

「わかってるよ」あんたが嘘をついていることくらい、俺でもわかってる。「...わかってるさ」


 俺を殺そうとした瞬間のテンタコルの目の理由が図らずも彼女の記憶を見てしまったことでわかった。テンタコルが戦う理由。それは全ての化物の根絶。そして、大神への復讐。だから、俺が人間である可能性がある以上、彼女は心の何処かで俺を殺すのを躊躇していたのだろう。それを彼女は強い言葉と荒っぽい口調で誤魔化した。

 彼女は俺を殺せない。いや、殺せるが殺したくない。彼女は心の何処かでこんななりの自分を人間だと信じていてくれた。自分でさえ化物なんじゃないか、と疑っていたにも関わらず、一回殺しあっただけの自分を信じてくれた。

 

 「じゃ、始めましょうか、第二ラウンド」ふざけた口調でテンタコルが言った。「ああ」俺はそれに短く応える。ここから先、まともに戦う気などないというのに。


 薔薇のツルが殺到してくる。それを俺は避けなかった。直立不動のままそれを全て受け止めた。


「ゴホッ!?!!?」

「何してんのよ!?」テンタコルが目を見開く。「何で、何もしないのよ!?」

「...確かめたかったからだよ...」突き刺さったツルを抜きもせず、声を出す。

「な、何をよ?」

「...あんたが俺を殺す気あんのか」俺は一歩ずつ彼女の元へと近づいていく。

「...そんなの、あるに決まってるじゃない!!」

「嘘だよ、だって、一つも急所を狙ってないじゃないか」

「.....ッッッ!!!!」テンタコルの目が驚愕に染まる。彼女自身は気づいていなかった事に驚く。先ほどの避けなかった無数の触手。それらは一つもこちらの急所には当たっていなかった。どれもこちらの四肢を突き刺し、身動きを封じる狙いのものばかりだった。それで確信できた。彼女が俺を殺す事に躊躇しているという事に。


「そんなの、偶然よ!たまたま、急所に当たらなかっただけで...」

「なら、もう一度やれよ、俺、避けないからさ」

「......ッッッッッ....!?.」言葉は矛盾するが絶句する音が聞こえそうな程に彼女の表情が歪んだ。動揺しているのは明らかだった。それを証拠に一歩、一歩、近づいていくにつれ、身体を突き刺すツルが少しづつ抜けていく。そこからかなりの出血が見られるが人狼になったおかげで、痛みこそあれ動けない程ではない。テンタコルは苦しそうに辛そうにひたすら、ツルで攻撃してくる。


「何でなのよ!?何で、アンタ、人間なのよ!?」悲痛な声が夜に響く。

「...ゴメン...」俺は謝りながら、拳を握る。

「それじゃ、殺せないじゃない!?アンタを殺したら私までアイツと同じになっちゃうじゃない!!」


 駄々っ子のように彼女は喚く。それが彼女の本音だった。彼女はハンターなのだ。決して殺戮を好む殺人鬼や人を殺す事を生業にする殺し屋などでは断じてない。彼女はあくまでも大神のような化物から人間を守るためにハンターになったはずだ。最愛の人を殺され、その目的は復讐へと変わったものの、根幹の部分で彼女は変わっていなかったのだ。彼女は人としての矜持を持った誇り高いハンターだったのだ。


 俺はそんな彼女の目の前に立つ。最早、ツルによる攻撃は止んでいた。


「....何で、かしらね」

「何が?」

「アンタみたいなど素人に神が力を与えたことよ」無言でその言葉を受け止める。俺には何も言う資格なんかない。

「...いっそ、私を人狼にしてくれれば、今頃、アイツを殺してやれたのに」膝から崩れ落ちると同時に、彼女の目から涙がこぼれ落ちる。その涙は復讐を果たせなかった悔しさからか。俺への怒りからか。死んだ彼への懺悔からか。...きっと全部だろう。


「勝負あり、だね」背後からカランコロン、と下駄を鳴らし、探偵が校舎からいつの間にか出てくる。

「岩戸くん、君の勝ちだ」

「...ああ」


 俺は勝った。彼女の想いを利用して。勝つというのは自分の意思を押し通すという事。それは他人の意思を押しつぶすという事と同義だ。他人の想いを、願いを、夢を、踏み潰し、前へ進む。世間では真剣勝負と持て囃されるものもこれを言い換えただけに過ぎない。


「テンタコル、悪いが約束通り...」

「...わかってるわよ」


 探偵は座り込んでいるテンタコルに近づいていき、手を差し伸べる。それを彼女は振り払って、立ち上がる。ゴシゴシと目を擦る彼女の目元には涙の跡がはっきりと見えた。俺はそれを見ないようにすることで、罪悪感から逃れる。


「イワト、だったわよね。私のツルに噛み付きなさい。力をやるわ」

「え?何のことだ?」

 俺のそんな反応にテンタコルは探偵を睨みつける。

「...あんた、何も言ってないわけ?」

「言ったら、絶対に集中できなだろう、と思ってね」探偵がチラリ、とこちらを見る。

「...勝ったら教えてくれるって言っていた事か?」


 確か、大神を倒すためには奴の血だけでなく、プラスアルファ何か必要だと言っていた気がする。探偵が隠していたのはその事だろうか。


「まぁ、そうだね。少し長くなるが、君ら、怪我は?」

「ワタシはそもそも、ろくにダメージなんかないわよ」

「血は大量に出てるけど、治りかけてきているから大丈夫だ」


 これが大神の血液のもたらす再生能力。不死身に近い超速再生。改めて、自分自身で体験すると、その凄まじさとこんな能力を持つ奴が敵にいるというのに、恐怖を感じる。


「人狼、というよりは、大神の能力の一つに喰らった血肉の力を得るというものがある。それが鳥であれば、翼を獲得し、魚であれば、鱗を得る。人間であれば、知恵を獲得し、ハンターであれば、彼ら固有の力を得る」

「ハンターの固有の力っていうのは?」

「まぁ、言い方は自由だが、西洋なら魔法、東洋なら陰陽道、漫画なら超能力、要は特殊能力みたいなものだ」

「...ワタシの薔薇のツルがそれよ」テンタコルが言う。

「...じゃあ、俺がアンタのツルを食えば、あのツルを使えるってことか」

「まぁ、姿形は変わるでしょうけどね」


 あのツルは彼女の原風景そのものだ。彼女の記憶を見てしまった俺はそのことを知っている。俺がツルを使ったとしてもああいう形にはならないだろう。


「ま、そういう事だ。君は勝った事で彼女の力を得る」葉巻をふかし、ニヤリ、と笑う。「これで人間に一歩近づいたな」

「...ああ」

「ん?どうかしたかい」納得のいってない顔をする俺に探偵が聞く。

 テンタコルから力を貰う。それはわかった。だが、何処かに違和感を覚える。モヤモヤとした霧が心にまとわり付く感覚が拭えない。


「ワタシの気の変わらないうちにさっさとしなさいよ」急かすようにテンタコルがこちらにツルを伸ばす。

「...なあ、テンタコル。あんたは力をあげて大丈夫なのかよ」

「...何がよ」

「いや、余りに俺に都合が良い事ばかりおきるもんだから、何かおかしい、と思って」


 そうだ。おかしいのだ。余りに都合が良すぎる。まるで俺がこの世界の中心にいるかのようにトントン拍子に進みすぎている。そんな事はありえないという事はこの夜に嫌という程痛感したじゃないか。


「何かペナルティがあるんだろう?探偵。隠してないで教えてくれ」

「...別に悪意で隠していたわけじゃないさ。君にペナルティが生じるわけではないしね」

「そ、ペナルティは私に入るわ」

「は!?なんで、テンタコルに入るんだよ!?」

「そんなに驚くこと?あんた、自分が何になっているか忘れたの?」


 人狼でしょ、とテンタコルは嫌そうに顔を顰める。

 人狼。肉食の獣。捕食者。それが今の俺だ。相手から根こそぎ奪い取る獣だ。冷静に考えて相手から奪うことにペナルティが生じる訳がない。だが、探偵は君に、と言った。ペナルティ自体は存在するのだ。

 じゃあ、誰に?そんなの決まっている。捕られる側、つまり、テンタコルだ。


「やっと気づいたみたいね。大神に力を奪われた者はその力を失う。今までの調べで分かった事の一つよ。まぁ、力を奪われて、生きてた奴自体が少ないから100%とは言えないけど」

「じゃあ、アンタ、もう...」

「アンタに力をあげたら、もう、ハンター稼業は引退ね」

「......」


 彼女の過去を思い出す。あの、幸せを奪われた時の彼女の表情。朝焼けに誓ったあの決意を。俺が彼女から力を貰えばそれを彼女は諦めることになる。

「ま、自業自得だし。アンタが気にすることじゃないわ」彼女はそう言うが、嘘なのはすぐにわかった。

「...ああ。そうするよ」

 だけど、そう言うしか、俺にはなかった。ここでグダグダ言うのは彼女を侮辱することと同じだ。今言うべきことはそんなことじゃない。彼女の想いを、夢を、願いを俺は奪い、引き継ぐ。それにふさわしい者のセリフでなければならない。

「後は任せろ。テンタコル...いや、ロゼッタさん。アンタの願いは俺が叶える」精一杯、胸を張って、格好つけて、そう宣言する。彼女が安心できるように。

「...その名で呼ぶなっての」彼女は一度目を閉じて、クスリ、と笑い、ボソリと呟く。「....頼んだわよ」



 その後、テンタコルが差し出したツルにかじりついた俺は彼女から力を得た。まだ、試してないが、これで俺も触手のような者を扱えるようになるはずだ。次の戦いまでに実践しなければならない。


「あ、そうだ、後の三人には気をつけなさい」去り際、テンタコルはアドバイスをくれた。彼女はどこか憑き物でも落ちたかのように妙にスッキリとした面構えになっていた。

「ワタシみたいな甘ちゃんじゃない。相手が元人間だろうと容赦なく殺してくる奴ばっかだから」

 

 後の三人。確か、キング、リッパー、スナイプという名で呼ばれていたはずだ。皆それぞれ、尋常ではない戦闘能力を秘めていた。まだ、一人倒しただけなのだ。しかも、最後まで戦った訳じゃない。相手の善性につけこんで何とか勝ちを収めただけだ。次はこうはいかないだろう。


「さてと、まずはお疲れ様」校門を出て、第一声に探偵はそう言った。陰気な口調のためわかりづらいが、こちらを労っているのは本心のようだ。

「とりあえず、1勝目だ。おめでとう」

「ほとんど負けみたいなもんだけどな」

「勝ちは勝ちさ。あぁ、そうだ、これを飲みたまえ」懐からカプセルを取り出し、隣を歩く俺に渡す。「人狼化を抑えるクスリだ」

「このまま飲めばいいのか?」

「ああ、さっさと口に放り込みたまえ。人が来たら面倒だ」

「わかってるよ」


 探偵の言葉に従い、大人しくクスリを放り込む。すると、急に頭がぼう、とし、意識が保てなくり、立つのもやっとの状態になる。

「お、おい探偵?」

「副作用だよ、安心して眠りたまえ」最後に聞こえたのはそんな言葉だった。




                     ✳︎✳︎✳︎


「....ん...?」目を開けると、そこは見覚えのない和室だった。ただ、普通の和室では断じてない。なぜなら、本と紙が天井に届きそうなくらいに柱のように何本も積まれていて、人が座れるスペースが殆どないからだ。

「お、起きたかい?」柱の向こうから探偵の声が聞こえる。「ああ」と答えて起き上がり、そちらに向かおうとしたところで、向こうにもう一人いることに気づく。


「そっちに誰かいるのか?」

「ああ。紹介するからそこで座っていなさい。この部屋は素人には危ない」


 部屋を移動するのに、素人も玄人もあるものか、と思ったが彼の言う通りその場にあぐらをかく。しばらく待っていると、柱の間から探偵がひょっこり顔を出した。

「やぁ、お待たせ」探偵はそう言って、俺の正面に持ってきた座布団を敷き、座る。

「あれ、もう一人いるんじゃないのか?」

「ん?あぁ、おーい、何やってるんだい」

「倒れそうな柱を支えているんだ!早くきてくれ!」柱の向こうから、助けを求める男性の声が聞こえてくるが、探偵はあくびをかいて、自分で何とかしたまえ、と他人事のように振る舞う。

「さて、じゃあ話をしようか」

「こんな状態でできるか!?」のんきな探偵を見かねて、立ち上がると、声のする方へと向かう。

「大丈夫ですか!」

「ん!?君が岩戸くんか!すまんが助けてくれ!」

 柱の向こうに行くと、そこには今にも倒れそうな本の柱を必死に支えているスーツの男性がいた。歳は探偵と同じ30代くらいで、黒い短髪に精悍な顔つきはいかにもできそうな営業マンという印象を与えた。


 言われた通りに柱を支えている彼の元まで行き、柱を一緒に支える。そして、倒れないように慎重に下から元の安定した状態へと戻していく。

「いやはや、助かった。ありがとう。岩戸くん」柱が元の状態に戻ると、男性はこちらに手を差し出してくる。手の形から握手を求めているようだ。「俺は泉だ、よろしく」その手に応じようとすると、やめておけ、と探偵の声が聞こえた。

「そいつは刑事だ。仲良くするものじゃないぜ」

「おいおい、深夜に呼びつけといてそりゃないだろ」

「それはこの間の貸しでチャラだろう」


 刑事。それを聞いて、身体に緊張が走る。今は薬が効いているおかげで人間の姿だが、いつ、人狼の姿に戻るかわかったものではない。もし、彼の目の前で元に戻ってしまったら、今、街で騒ぎになっている人狼事件の犯人だと思われるかもしれない。


「ん?ああ、気にしなくていいぞ。知ってるから」

「え?」

「君、人狼になってしまったんだろう?学校の戦い見てたぞ」


 見られた、あの戦いを?俺が人狼だと知っているのか。じゃあ、なんでこの人はこんな平然と話せるんだ。普通の人間があんなものを見たら、恐怖でまともに話せるはずがないだろう。

「...怖くないんですか?」

「怖いさ、でも、もう慣れた」

「慣れた?」

「こいつと一緒にいたら、嫌でもそうなるさ」泉さんは背中越しにいる探偵を振り向かずに指差す。

「おいおい、面倒事を持ち込む癖に何を言っているんだい。君が僕を巻き込むんだろうが。まぁ、その話はいいや。岩戸くん、今度こそ、これからの話をしようか」


 探偵がそう言うので、彼が座っている方に向かうと、いつの間にやらちゃぶ台が用意されいてた。座布団はなかったので、適当に探偵の向かいに座ると、泉さんが俺の横に座った。

「岩戸くん、彼は協力者だ」

「協力者?」

「そう、昨日の偽装工作や人避けやらやってもらってるんだよ」

「まぁ、偽装工作は殆ど、もう一人の方だけどな」泉さんが苦笑いを浮かべる。「あの人は相変わらず、得体が知れないな」

「彼は世捨て人だからね、仙人みたいなもんさ」

「誰なんだよ、それ?」

「喫茶店の店長だよ」

「は?」

「得意な料理はナポリタンだ」

「いや、それは聞いてないけど」そのもう一人が何者なのか全く説明になってない。これなら、下手に情報を得ない方が良かった。余計気になってしまう。


「何にせよ、君は一人で戦っているわけじゃない。それは忘れるなよ?」探偵が急に真面目な口調になる。彼の場合、ただでさえ低い声が真面目になるとさらに凄みが増すので、聞く身としてはいらない緊張をしてしまう。

「...ああ、テンタコルからも貰ったからな」

 彼女から力を貰った。いや、力だけではない。その力の礎となった彼女の願いを俺は一緒に貰ったのだ。それを大神を倒すまで俺は引き継いでいかなければらない。


「...俺、テンタコルと戦うまで、ただ人間に戻りたいから大神を倒そうと思ってた。自分のためだけに俺は戦おうとしていたんだ。でも、今は違うよ。テンタコルやその旦那さん、大神に殺されていった人たち、それにここにいる泉さんや、喫茶店の店長?だっけ、そういった人たちのためにも俺は奴を倒すよ」

 俺が探偵の名前を外したのはただ照れ臭かったからだ。出会ってからまだ数時間しか経っていないのに、何故だかこの男に素直に感謝の気持ちを伝えるのは嫌だった。そんな気持ちを知ってか知らずか探偵はニヤリ、と笑い、葉巻を吸い始める。

「うん、いい心がけだ。だが、心構えだけで勝てる程、キング達や大神は甘くはないよ」

「それは俺も同意だな。今日の戦いを見てたが、ヒヤヒヤしたぞ」

「...う...面目無い」


 今日の戦いを振り返っても、我ながら酷いものだ。攻撃は結局、一撃も当てることができず、起てた作戦は逆に利用され、殺されかけ、挙句の果てにはわざと相手の攻撃を受けるときた。見ているほうからしたら、終始、勝負を有利に進めていたのはテンタコルの方だっただろう。


「だから、ここからは修行編だ。テンタコルに貰った力、存分に使いこなさないとな」泉さんがまるで探偵のように、ニヤリと笑う。顔も印象も全く違うのに笑い方はそっくりだ。

「修行...ですか?」

 修行。少年漫画ならお決まりの展開ではあるだろうが、実際に自分がやることになるとは思いもしなかった。掌からビームを出したり、分身を作り出したりできるのだろうか。いや、これからやり合う相手ならそれくらいやってきてもおかしくはないのだが。


「テンタコルの力はツルを自分の身体から生やしてそれを操るものだ。残念ながらそれは彼女の身体に刻まれたものだから、同じように君が力を扱うことはできない」探偵は吸っていた葉巻を指で灰皿に押しつぶし、一冊の本を隣の柱から取り出す。


「じゃあ、どうすればいいんだよ?」

「それが君の修行だよ。今から、次の戦いまでひたすらイメージしろ。自分がツルを操るイメージを」

「え?そんなんでいいのか?」

「あぁ、イメージしておくだけでいい。いいか、本番までは絶対に使用するなよ。戻れなくなるぞ」

「戻れなくなるってどういう事だよ?」

 俺が聞くと、探偵が先ほど取り出した本を開き、それをこちらに見せてくる。そこには見開きで大きく、『呪い』と書いてあった。

「何だ、これ...?」

「ふむ、まずはここからだね。この項にある『呪い』は、一般的な意味のものではない。人狼、吸血鬼、蛇神、窮鼠、まあ、要は化物の総称だよ。古今東西、あらゆる「奴ら」を僕たちはこう呼んでいる。『呪い』は人間とは桁外れの力だったり、常識外の力を持つ。それを人間である僕たちが持つことは本来できないんだ」


「でも、お前らは持っているじゃないか」泉さんが聞く。彼もハンターだと思っていたがどうやら違うようだ。

「ああ、だから僕らはデカイ犠牲を払ってきたよ。岩戸くんはテンタコルの記憶を見たならわかるだろ?彼女は小さい頃に『呪い』を埋め込まれたんだ、実験台としてね。そのおかげで彼女はハンターとしての力を得た。本当に覚醒したのは夫を大神に殺されてからだがね」

「ん?でも、記憶の中にそんな代償のようなものなんてなかったぞ」

 俺が見た記憶は主に大神に関することだったからかもしれないが、覚えている限り、彼女が代償を払っている様子は見られなかった。

「...彼女、ローブを着てたろ?あれは素肌を見せない為だよ。彼女の身体はね、もう人間と言えるものではなくなってるんだよ。埋め込まれた『呪い』によってね」

「まさか...」その言葉で彼が言いたい事がわかった。テンタコルはツルを操っていた。あれは恐らく植物に関係している『呪い』を埋め込まれていたことによるものだろう。だが、彼女は最初からその『呪い』を使いこなせていた訳ではない。夫を失った悲しみ、大神への復讐により彼女は覚醒したのだ。それら二つの負の感情が『呪い』を目覚めさせ、復讐心にとりつかれた彼女は力を振るい続けた。その結果、彼女は人間側ではなくなった。

「...使いすぎると『呪い』になるのか?」

「そういうことだ」

「じゃあ、残りのハンター達も?」黙っていた泉さんが久しぶりに口を開く。何か思うことがあるのだろうか。

「多かれ少なかれ、そうなってるだろうね」探偵が何か考えるように襖の隙間から見える庭を見る。ちょうど、鹿威しがコツン、と音をたてた。


「何はともあれ、人間に戻りたければ力を使いすぎるな。気が付いたら身も心も人狼になってたじゃ笑えないからな」


 後悔。この言葉に尽きる。もしこの時の忠告をしっかりと聞いていれば、あんな事にはならなかったのだろう。誰も幸せにならない深い闇の底に沈む事はなかったはずだ。後悔は先に立たずとも言うが、俺は気付いてしかるべきだったんだ。出会った瞬間に。

 

  


 


読んで頂きありがとうございまいした!!

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