第四話 全ての始まりは触手若しくは薔薇
三連休が終わる(血涙)
5
「どうして、学校に向かうんだよ?」
現在、俺たちは我が母校、神城学園に向けて、絶賛下山中だった。明かりは夜空に輝く星空と月のみ。俺は探偵が服用した薬の効果が切れ、元の人狼の姿に戻っているので、夜目は効くが、普通の人間であるはずの探偵は平然と足場の悪い山道を下駄をカランコロン鳴らしながら、進んでいく。出会ってからというもの、未だにこの男が何者なのか、見当もつかなかった。
「どうしてって、戦うためさ」
「え!?大神ともう戦うのか?」幾ら何でも早すぎやしないか。覚悟を決めたとはいえ、こちらは戦闘のど素人なのだ。時間があるに越したことはないだろう。
「いや、戦うのはさっきの四人だよ」
「は!?何でだよ!どうして、俺がまたあいつらと戦わなくちゃならないんだ!?」
探偵は言っていた。俺は大神を殺すための『銀の弾丸』なのだと。ならば、保護されることはあれ、戦う理由なんて全くないはずだ。それにあの山奥での戦いを切り抜けた時点でもう四人は説得したものだと思っていた。
「説得したんじゃないのかよ?俺が大神を殺すために必要だ、って」
「ああ、したさ。だが、長年、彼らは奴と戦ってきた。みんな、大神を自分の手で殺すためにね。それなのに、ぽっと出の切り札が見つかったから、お役御免なんて、納得できる訳ないだろう?だから、僕は説得するためにある提案をしたんだ」
「どんなだよ?」
「君が彼らと一対一で戦い、そして、勝つ事」
「な!?」驚きの余り、俺は口を開け、呆然としてしまう。何を勝手な約束をしているんだ、この男は。そんなの当人の了承なしにしていい提案じゃないだろ。
「勝てば君は晴れて『銀の弾丸』と認められるが、負けた場合は君は殺される。それがキングが呑んでくれた条件だよ」
「そんな無茶だ」
「無茶でもやるしかないんだよ。死にたくなければ、ね」探偵はひどく陰険な声で言う。「それにこの条件を取り付けなかったら君はあの山奥で殺されていたんだぜ。それを考えたら生き残れる可能性があるだけこちらの方がマシさ」
「...それはそうだけど」
あの山奥で殺されそうになった俺を助けてくれたのは確かにこの神島という探偵だ。彼がいなければ、僕は今頃、木々の養分になっていたことだろう。だから、本来、文句を言える立場でないことは重々承知だ。でも、こちらも命がかかっているんだ。簡単に二つ返事で了承するわけにはいかない。
「...本当にやらないといけないのか?」前を向いたままの探偵に聞く。
「ああ。彼女らを納得させるにはそれしかないね。仮に彼女らを無視して大神と戦い、勝ったとしよう。それで人間に戻れたとしても、君は反感を買い、殺されるだろうよ」
君は海岸でお弁当をかっさらうとんびみたいなものだよ、とさらに軽口を叩くが、突っ込む気にはなれない。例え話はともかく、探偵の話は全て事実だからだ。彼女らにとって、俺は獲物を横からかっさらう邪魔者なのだ。その時は良くても、後から刺されても文句は言えないだろう。
「それにこのまま大神と戦ったところで意味はないよ。今度こそ殺される。折角、見つけた切り札をそんな適当に扱うわけにはいかないんだ、こちらとしてはね」
探偵はこちらを向き、葉巻の煙をこちらに吹かす。思わず、ゲホゲホとむせながら、探偵を睨むがどこ吹く風で彼は葉巻を吸い続ける。
「戦闘経験は血が教えてくれるんじゃないのか?」
「それにだって限度がある。教えて貰ってからじゃどうしたって防戦一方になるし、血だけじゃ大神は越えられないさ。プラスアルファ、何かを加えないと」
「...どういう事だよ?」
「それは勝ってから説明する。だから、勝ちなさい。死にたくないんだろ?」
見透かしたように探偵は言うと、まるで俺に関する情報など全て知っているよ、といった風に。この男は一体、何者なのだろう。さっぱりわからない。だが、今、それは関係ない。仮に彼らと戦う事を拒絶し逃げ出したとしても、どうにもならない。身体だけでなく心まで獣と成り果てるか、絶望の果てに死ぬか、のどちらかの選択肢しかない。だから、生き残り、なおかつ人間に戻るには探偵の口車にのるしかない。それがどんなに苦痛を伴う茨道だとしても、再びあいつらの所に戻り、あいつの笑顔を見るにはその道を突き進むしかないのだ。
だから、悩むのは止めよう。今、ここで何を考えたって、意味はない。時間を使った分だけ、俺に潜む食人衝動が暴走するかわかったものではない。そのための一番の近道は今の所、知っている限り目の前を歩く探偵についていくことだ。そう信じて、俺は彼の後に続く。
6
「遅かったじゃない。逃げたのかと思ったわ」
俺と神島が学校、神城高校に到着し、校庭に向かうとそのど真ん中でテンタコルが仁王立ちで立っていた。俺を襲った時と同じ赤いローブを纏い、つり目がちな目を猫のように爛々と輝かせている。
「約束通り来てくれてありがとう、テンタコル」探偵が言う。
「全くよ!なんで私がこんな事しなくちゃなんないのよ」テンタコルは不機嫌に顔を歪めると、俺を睨みつける。「探偵、あんた、こいつが負けた時の約束覚えているでしょうね?」
「ああ、勿論だよ、君との約束は確か...はて、何だったけ?」
「覚えてないじゃない!?財産よ!あんたの全財産!!」
「なんの話だよ?」
俺が負けたら、俺が死ぬだけじゃないか?それだけでなく、探偵にも何らかのペナルティが入るということなのだろうか。
「...そんな心配する必要ないよ。なぁに、僕の財布が平たくなるだけさ」ヘラヘラと探偵は笑う。
「いや、笑えないよ...」
何で、この男は自分の全財産を賭けておいて、こんな風に笑えるのだろう。俺が戸惑いの表情を浮かべていると、テンタコルがこちらを見て、心底、うんざりしたように顔をしかめる。
「...ご愁傷様。こんなのがアンタの救世主なんて、アンタも不幸ね...」
「お、敵の心配とは優しいね、テンタコル。だが、心配は無用だよ」
「...いや、アンタの事言ってるんだけど...まあ、いいわ。...5分後始めましょ」
テンタコルはそのまま、プイッとそっぽを向いて、再び校庭のど真ん中へと戻っていく。彼女の今までの行動から見て、直ぐに戦闘になると思っていたが、意外と冷静な性格なのかもしれない。
「...準備はできてるね?それと覚悟も」
探偵は言外に聞く。俺に人を傷付ける覚悟はあるのか、と。恥ずかしい話、俺は今まで、殴り合いの喧嘩をしたことがない。単に機会がなかったと言えば、それまでだが、今、思えば、逃げていただけなのだろう。人に俺の意思を押し通すのが、ただ怖かった。それで相手が俺の心に塗り替えられる。それをとても恐ろしく感じた。だが、そんな心を探偵は見透かした。自分の意思を押し通す。そうでなければ、君は死ぬのだ、と。生きたければ、他人を貪れ、と。
「ああ、わかってるよ」だから、俺は覚悟を決めた。「俺は戦う。戦って、勝って、人間に戻る」それが他人の願いを思いを踏みにじる事になったとしても。
「なら、いいさ」探偵は俺の肩を軽く叩き、下駄を鳴らしながら、校舎へとそのまま入っていってしまった。不法侵入など気にも止めない様子に苦笑いしながら、俺は前へと向き直る。
「5分たったわ。始めましょうか?」テンタコルが猫のように目を爛々輝かせる。「ああ、」それに短く、応え、彼女を見据える。赤いローブが不気味に蠢く。先ほどまでの気だるげな様子は感じられず、狩人のそれと化していた。だが、それにおじげづくわけにはいかない。こんな所で死なないと決めたのだから。
彼女同様に本能の告げるように構えを取る。獣のように前かがみとなり、両手を地面につけ、いつでも飛びかかれるようにする。探偵が服用してくれた薬の効果は切れた。一匹の獣となり、全てを貪り尽くせという本能が呼び覚まされる。
食べたい。喰べたい。喰べたい!!
吠え、それに呼応するかのように一直線にテンタコルに飛びかかる。小細工無しの最短距離を新幹線よりも早く、猛進していく。相手がまともな人間であれば、それだけでこちらの勝利が確定していただろう。
だが、
「ハッ!!丸見えなんだよ!!」テンタコルがそう叫ぶと同時に、彼女の身につけているローブから無数の触手が飛び出してくる。それらは彼女を守るように一纏まりになり、俺を阻む壁と化す。
「ドラァァアア!!!」だが、それに構わず拳を握り、触手の壁へと叩きつける。
壁が崩れ、視界が良好となる。だが、そこにテンタコルはいない。周囲を見渡し、直ぐに気づいた。
「死にさらせ!!」頭上5メートルから、触手の雨が迫り来る。「クソッ!?」直ぐにその場から横っ飛びし、何とかそれをかわす。いや、かわしきれなかった。右足に一本だけ絡みついているのに気づく。慌てて切り取ろうとするが、遅かった。引っ張られたかと思うと、足が地を離れものすごい速度で空中へと投げ出される。ほぼ同時に切り取ったために触手は取ることができたが、それで終わりでないことは明白だった。
(まずい....!!!)
山奥での戦いを思い出し、背筋が凍りつく。無闇に空中に飛んではただの的だ。今回はスナイプがいないため、銃での攻撃はないだけまだマシだが、無数の触手が地上から襲い掛かってくる。先端を見ると槍のように鋭くなっており、串刺しにしようという意思が見て取れた。
しかし、血が告げる。この窮地を凌ぐ方法を。それに従い、めい一杯息を吸い込み、そして吐き出す。イメージとしては『三匹の子豚』に登場する狼が近いだろうか。彼は子豚の住む家を自慢の肺活量でもって、吹き飛ばしてしまった。今の俺はまさにその狼だった。迫ってくる無数の触手を自身の息でもって、吹き飛ばしていく。俺の息は地上にいるテンタコルにも届いたようで、彼女は吹き飛ばされないように、触手を地面に杭のようにして、身体を支える。その隙に地面に着地すると、その勢いで、再び、彼女へと突進を開始する。
ただ直進していても、テンタコルには届かない。だから、今度はジグザクに進みながら、襲いかかる方向を読めないようにする。
「舐めんじゃないわよ!」テンタコルが怒鳴る。ジグザクに進んでくる俺にどこからでも反応できるように、触手を波状的に展開し、壁を造る。
だが、それが俺の(というよりは、大神の血だが)狙いだった。守る範囲が広がれば、一つ辺りの守りは薄くなる。だから、全力でこちらから見て彼女の右側へと突進する。その際に息を思いっきり吸い込むことは忘れない。触手を突破するのに拳は使わず、映画で外から窓ガラスをぶち破るように頭を抱えて突っ込む。
「ウゥゥォオオオオオオオオ!!」
ブチブチッと触手が切れる音が耳元で聞こえる。そして、そこにいるはずのテンタコルへと突風をお見舞いする。そのつもりだった。
「狙い通り、かしらん?」
「ゴホッ!?」折角、吸った空気が吐き出す血液とともに霧散していく。
触手が腹を貫いていた。その触手は先ほどまでの細いものとは比べものにならない程太く、そして、無数の棘が側面に生えていた。それはまるで薔薇のツルのようで、傷口を惨たらしいものにしていた。
(さっきの触手の壁はこれを隠すためか....!!)
やられた。こちらの作戦通りだと思っていた事は全てこの女の手の平の上だった。先ほどの波状的に展開していた触手は切り札を隠すための一手。決して守りを固めるための防壁ではなかった。そうとも知らず俺はまんまと特攻を仕掛け、串刺しとなった。
「私の勝ちね」テンタコルが背中から二本目の巨大な触手を出現させる。「今、降参すれば、次で殺してあげる」
「...生かしてはくれないのか?」
「当たり前でしょ?アンタは化け物で、ワタシはハンター。だったら、決まってるじゃない。殺すか殺されるか、ワタシたちの関係はそれだけでしょ?」
俺の心の中に疑問が一滴垂れる。そう言う彼女の目は先ほどまでの獲物を狩るハンターの目からうって変わって、何故かひどく辛そうな目をしていた。自分にそう言い聞かせるように、自分にそう思い込ませるように、彼女は言葉を紡いでいるようだった。
(なんでだ?何故、そんな目をしている?)
つい先ほどまでは嬉々として、こちらを殺しにきていた。それなのに今の彼女はまるで俺を殺すのに躊躇しているようだった。このちぐはぐさは何だ?どうして?
「...なら、違うな」考える時間が欲しい。だから、今はこの場を脱しなければ。
「...何がよ?」
「俺は人間だからさ...そんなの関係ないよ」煽るように軽口を叩く。「...は?」テンタコルは目を見開く。思った以上に効果覿面だった。俺は笑う。もちろん強がりだ。そんなのは目の前の女もわかっているだろう。だが、それで十分だった。一瞬の隙をつく。息を吸い込むことはできなくても、この距離なら関係ない。
「ウォォォォォオオオオオゥウウウンン!!!!」
「!?」
思いっきり吠える。腹の傷に響くが気にしている余裕はない。人狼の声量でめい一杯吠えたので、テンタコルの触手が怯む。その隙をついて、腹を貫く触手を鋭い爪で引き裂く。割と簡単に切れた。すぐに彼女から離れて、態勢を整える。
「こんのぉ!!逃がすか!!」二本目の太い触手が俺を追いかけてくるが、それを抱えるようにして、掴む。それに負けじとさらに無数の小さな触手が突撃してくる。避ける事はできなかった。文字通りの突き刺すような痛みが全身を襲う。痛みで腕の力が弱まり、掴んでいた巨大な触手が暴れだす。それを噛み付くことで何とか押さえつける。
突然、視界が暗転した。
幕間
「ロゼッタ、気をつけてな」あの人は私が任務に出かける時、いつもそう言ってくれた。私はそれが嬉しくて、あの人に抱きつき、キスをした。
幸せな毎日だった。ハンターである私を受け入れてくれた彼は普通の企業人にも関わらず、化物のような力を持つ私を当然のように受け入れてくれた。彼は私の正体を知っても何一つ態度を変えることなく、彼は私の頭を撫でて、頑張ってたんだね、と一言だけ言って抱きしめてくれた。嬉しさのあまり泣いてしまった事は思い出すだけでも赤面ものだが、あの幸福感を私は未来永劫忘れない。
彼は裕福な家の生まれだが、両親は彼が小さい頃に死んでしまっていた。そのため、小さい頃から彼は数少ないお手伝いと共に、大きなお屋敷で暮らしてきた。私はそこにお嫁さんとして嫁いだ。
結婚して、最初の朝、私は彼お気に入りの中庭に連れて行かれた。薔薇でいっぱいのその庭は朝日に照らされて、赤く、淡く、鮮やかに彩られていた。
「わぁ、キレイ!!」私は思わず、感嘆の声を漏らす。「素直だね、君は」そんな私を見て、嬉しそうに彼は目を細める。
「な、何よ...?」照れ臭くて、彼をジロリ、と半目で睨む。
「いいや、なんでも」彼はからかうように笑う。
「フンッ!バッカみたい!!」私は頬を膨らませ彼の元に詰め寄り、ポカポカと彼の胸を叩く。「ハハッ!!ゴメン、ゴメン!!君が可愛いからつい」彼はそう言って、私を抱きしめてくれる。
暖かい。朝日が眩しい。薔薇の匂いがする。これが幸せか。この景色が、この温もりが、この匂いが私の幸せの原風景。ここが私の故郷。血みどろの私ではない、幸せを知るもう一人の私の生まれた場所。
「お、アンタの家だったか、ここ」
その故郷を大神はぶち壊した。
庭園は赤く染まっていた。だが、それは薔薇によるものではない。辺りに飛び散る血、それと炎。轟々と燃え盛る業火が私たちの幸せを地獄に連れていく。その中心に大神は座っていた。横たわる彼の上に。
彼に首から上はなかった。
「いや、人を探すのにクセェからさ、この家、怠いから火ィ付けちまった」悪い、悪い、と大神は下品にその大きな口を裂くように笑う。
燃えていく。燃やされていく。私の心が。私の幸せが。叫ぶ。これが私の声か。こんな憎悪に満ちた怒声が、私の声だというのか。
「お、いい顔してんじゃねぇか、俺好みの」
私はどんな顔をしているのだろう。彼の前では決して見せなかった狩人の顔だろうか。それとも、夫を失った絶望からくる未亡人の表情だろうか。大神がどんな好みが好きなのか知った事ではないが、おそらくその二択だろう。でも、そんなのはどうでもよかった。
ただ、殺したい。目の前の化け物を串刺しにしてやりたい。そんな気持ちに呼応したのか、燃えていた薔薇の蔓が私の周りに集まってくる。
「なんだぁ、そりゃ、オモシれぇな」相も変わらず軽口を叩く大神に向けて私は突進していく。「よし、じゃあ、始めるか、殺し合いを」
私は気がつくと焼け落ちた屋敷の中庭に一人、横たわっていた。もう大神は何処にもいなかった。私は殺す価値もなかったということだろうか。周囲を見渡し、首の無い彼の遺体を見つける。遺体はほとんど喰われていて、原型を留めていなかった。遺体というよりは最早、肉片といった方が近いかもしれない。
その肉片は彼だった。
私の幸せだった。
膝から崩れ落ち、臆面も無く泣き叫ぶ。そこにハンターとしての矜持は無く、ただ、一人の女として、私は彼のため、いや、自分のために泣いた。私が彼と出会ったから、こうなったのだ。私なんかと出会ってしまったから彼はこんな目にあったんだ。
そう、私のせいだ。私が悪いんだ。化け物の血液で染まった身体で人並みの幸せを願った私が悪いんだ。
私は立ち上がり、空を見る。朝焼けが眩しい。橙色に染まった中庭で、私は誓う。「化物」を殺す。一匹残らず。そして、大神。地の果てまで追い回して、絶対になぶり殺す。
その決意に呼応するかのように燃えたはずの薔薇の蔓が私の背中で動いた。
読んで頂きありがとうございました!!




