3章 人狼事件 一話 全ての始まりは血の臭い
暑いですね!今回は夏休みの頃の話です。よろしくお願いします!
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狼の遠吠えが聞こえる。この街に狼がいるわけもないのに。いや、そもそも狼は絶滅したはずだ。
では、なぜ、私の背後から、その遠吠えが聞こえてくる?なぜ、腐臭と血が混ざったような臭いがする?
なぜ・・・それ以上の疑問を頭に浮かべる余裕は暗闇から聞こえてきた唸り声で消失した。
後ろを見ずに全力で夜道を走る。この街はひとつ道を間違えると、もう田舎道で、電柱もろくに立てられていない。なので、頭上でやたら大きく見える三日月だけが道を照らしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」息切れも気にせず、全力で走り続ける。
だが、足音は確実に後ろに迫ってきている。一体、何が迫ってきているのだろう?どうすればこの状況を打破できるのか?
私は必死に走りながら、無い頭を急速回転させていく。だが、普段ロクな事に使っていないのに、こんな緊急事態で使えるはずもなく、思考は疑問一色に染まっていくだけだった。
突き当たりをスピードを落とさずに左に曲がる。曲がる際に履いていた靴が脱げるが気にしている余裕はない。あと、少し走れば我が家だ。お父さんとお母さんがきっと助けてくれる。その思いで今にも燃えそうな痛みを発する足を動かす。
だが、急に視界が揺らぎ、バランスを失った私はそのまま地面へと倒れてしまう。何かがおかしい。燃えそうな痛み?そもそも走っているときはアドレナリンがでて、筋肉痛程度の痛みは気にならないはずではないか?不思議に思い、足元を見る。
足が無かった。両足とも。
「え?」私は思わず口から、間抜けな声を出す。
私の足はどこ?
突然、視界が真っ赤に染まり、意識が急速に消失していく。
五感で感じるもの全てがまるで自分のものではないかのように感じられた。
何が起きているのだろう?私は何をされているんだろう?わずかに残った視界で辺りを見渡す。
目があった。その目は真っ赤に染まり、爛々と不気味に輝いていた。
人間?いや、違うこの目は人間などではない。獲物を捕らえ、喜ぶ肉食獣のそれだ。
だが、なぜだ。どうして、獣の獣の唸り声とともに人間のような下品な笑い声が聞こえてくる?
その疑問を解消するには余りに時間がなかった。ブシュ、という何かが切れた音が聞こえた瞬間、私の意識は完全に途絶えた。
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夏休み。学生にとって至福の毎日となるこの期間、どう過ごすかはそれぞれの勝手である。部活に励む者、勉強に勤しむ者、端間、恋に生きる者、無為に過ごす者、人それぞれだ。
では、自分はどうか。
「あ〜、暇だ」欠伸とともにそんな言葉が漏れる。
ここは神城高校西校舎の5階特別棟の端の端にある部屋。すなわち、我らが文系部の部室だ。普段は俺と空くらいしか使わないこの部屋に今日は珍しくもう二人追加されていた。
「だったら、お出かけでもすればいいじゃないすか、岩戸くん!狭いんすから!」
「たまにきた奴が偉そうにしてるんじゃないよ、乾くん!」
「それはアンタもでしょ。レン」
「.....はぁ」
憩いの場を返して頂きたい。いつもは俺と空くらいしかいないというのに、なんで今日はお馬鹿二人が追加されているのか。
俺の名前を読んだやつは乾 雛。僕と空と同じ2−3の女子生徒で、背は140㎝と低く、ろくに整えた様子のない長い茶髪が今にも床に届きそうだ。顔は可愛らしい顔立ちをしているが、ソバカスやらで、肌も手入れしている様子はない。そんな彼女は引きこもりだ。ただし、出席日数を緻密に計算し、週に1回は登校するという先生も苦笑いの問題児で、これをみかねた担任の設楽先生が我が文芸部に引き入れたのが、きっかけで話すようになった。
「お前ら、何しに来たんだよ?」
「決まっているじゃないか!部活だよ!」
このうるさいのは江戸川練。オールバックに面長な顔立ちで、一見爽やかな好青年に見えなくもないが、口を開けば残念なことしか言わない愛すべき馬鹿だ。筋金入りのシャーロキアンでもあり、この間、架空の武術のはずのバリツを練習し始めたとか。
「いや、夏休み中は休みだって言ったろ?」
「え?そうなんすか?」乾がとぼけた声を出す。
どうせ、幽霊部員ばかりだったので、一斉メールでその旨を伝えただけだったのがまずかったらしい。きょとんとした顔をしているレンを見るに、彼も知らなかったと見える。
「.....というか、仮に知っていようが、知っていまいが、結局、週に1回も来てないじゃないか、お前ら」
今日は8月10日。夏休みが始まって、二週間が経とうとしている。夏休みが始まってから、乾とレンが来たのは今日が初めてだ。
「それもそうっすね!」
「開き直るな!」
その後もグダグダと不毛なやり取りをしていると、ドアが不意にノックされ、「はい、どうぞ」、と空が礼儀正しく受け答える。
「失礼するよ」ドアを乱暴に開けて入ってきたのは、担任兼顧問の設楽先生だった。相変わらず美人が台無しながさつな行動が妙に似合っている。
「ん?なんだ、今日は乾と江戸川もいるのか」
「ウイース、先生」
「どうも!」
それぞれ、パソコンにかじりつきつつあいさつしたり、お辞儀をして、勢いよく机に額をぶつける二人に彼女は苦笑いを浮かべる。
「.....相変わらずだな、お前らは。まあ、丁度いいか」
「何が丁度いいんですか?」彼女のつぶやきが気になり聞いてみる。
「ん?ああ、これだよ」そう言うと、設楽先生は持っていたプリントをこちらへ手渡す。
「なんですか、これ?」
「最近、物騒だからな、学校で安全講習会を開くそうだ」
「へー、いつですか?」
「今日」
「今日!」思わず、声が裏返る。
「随分、急ですね」と、空が僕の気持ちを代弁してくれる。
「ああ、何でも、昨日決まったことらしくてね。ほら、あれだ。昨日、郊外でも何かあっただろ」
「人狼事件のことですか!」急に江戸川が大きな声を出して、先生へと詰め寄る。
「あ、ああ。私はよくわからないが、会議ではそんなことを言っていたな」
「何?人狼事件って」
「風山さんは人狼事件を知らないのかい!宜しいならば教えて進ぜよう!事件が起きたのは先月の15日。駅の女子トイレで遺体が発見された。その遺体にはね、おかしなところがあった。何だと思う?おっと、どうせ、ネットで知っているであろう乾さんは答えないでくれたまえ!」
江戸川がクイズ番組の司会者のように大げさにこちらに質問してくる。
「.....狼の紋様が体につけられていたとか?」
そんな江戸川の態度に腹を立てることもなく、空は真面目に考え、答えを言う。
「残念!ハズレです。.....聞いて驚かないでくれよ、その遺体には身体中に食われた跡があったんだ」
「.....食われた跡?」
「ああ、頭から足の爪先に至るまで、身体中に犬に噛まれたような跡があって、遺体は食いちぎられてボロボロだったらしいんだ」
「野犬にでも噛まれたんじゃないのか?」
「野犬が駅のトイレに人間を引きずりこめる訳ないでしょ」
「それもそうか....」
だが、そうなるとそれは一体、どういうことになるのか?人間一人をボロボロになるまで、食いちぎったうえで、それをトイレに放置するなんて芸当とても人間業だとは思えない。
「しかも事件はそれで終わりじゃない。それから、一月近く経って、被害者は昨日で10名を超えたって、警察の発表にはあったよ」
「やっぱ、全員食われていたのか?」
「イエス」江戸川がこちらにウインクしてくる。無駄に様に会うのが憎たらしい。
「人狼事件ってのは、ネットで付けられた名前っすね。2ちゃんねるはお祭り状態っすよ」
「全く、悪趣味な名前だな。狼男なんているはずなかろうに」
先生はため息をつくと、これでも文芸部部長である俺に指令をくだした。
「....というわけでだ、うちもその人狼事件の安全講習会を開くことになった。まあ、形だけでも対策はしましたよ、という姿勢を見せたいのだろう。校長は」
「身も蓋もない・・・」
「それでだ、うちからも誰か一人でなければいけないんだが、誰か出たい者いるか?」
挙手しろ!と先生は言うが、もちろん誰も手を挙げる者はいない。
「できれば、女子が行った方がいいんじゃないかい!」江戸川が言う。
「は!?レン君押し付けはよくないっすよ!」
「いや、だって、被害者は全員女性じゃないか」
「え?そうなのか?」
「そうなんだよ、全くロクでもないにもほどがあるね」
それを聞いて、空が少し怯えたような顔をする。昔からの仲だが、相変わらず、気は強い癖に臆病なのは変わってないようだ。普段は頼りになるのだが、こういう話になると弱いところを彼女は昔から見せてくれる。いつもは迷惑掛けっぱなしなので、こういう時くらいは力になりたかった。
「空、講習会出たらどうだ?」俺は思い切って提案してみることにした。何もしないでいるよりは、そういう講習会に参加したほうが安心できると考えたからだ。
「え?でも.....」
「そうっすよ、少しは気が紛れるっすよ!」
「じゃあ、お前が出たら、どうだ、乾?」
「いやぁ、私は見たいテレビがあるんで・・・ヘヘッ」
「全く、調子の良いやつめ・・・」やれやれ、と先生は頭を掻く。
「....乾は置いといて、俺も行くから参加しようぜ」
「アンタがそういうなら・・・」空はなぜか顔を赤らめて了承してくれた。なんだか、見てるこちらも恥ずかしくなってくる。
「ハイハイ、いちゃいちゃは二人きりの時にしてくださいっす」
「お前ら、私への当てつけか?」
「ふむ、気温が2度くらい上がったようだね!』
三人にからかわれ、空は違います!とゆでダコのように顔を赤くする。
「何でこんなのといちゃいちゃしないといけないんですか!?」
「こんなのって・・・」酷い言われようである。
「....じゃあ、二人ともよろしく頼むぞ」
俺が一人悲しく落ち込んでいると、先生が話を締めにかかった。
「はい、わかりました」
「あ、終了は19時くらいになるから、岩戸しっかり、風山を送るんだぞ」
「わかってますよ」
「ならよろしい」そう言って、先生は出て行った。
「いやぁ、いいっすねぇ、私も見送ってくれる男が欲しいっすわ〜」
「乾、うるさい」空が声を荒げて持っていた本で、乾を叩くと、ウガッ!?と色気もへったくれもない奇声を乾が挙げると、それがツボに入ったのか、レンが大声で笑い始める。
誰もが笑っていた。俺も憎まれ口を叩きながらもこの瞬間を楽しんでいるのは間違いなかった。この日々は少なくとも神城高校を卒業するまでは続くものだと思っていた。それが大きな間違いだということを俺はまだ知らなかった。
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「すっかり、遅くなっちゃったね」空が座りっぱなしで肩が凝ったからか、大きく背伸びをする。
部活後、安全講習会に参加した僕らは自転車を仲良く並走させて、下校していた。現在時間は19時半。予定よりも、30分延長された安全講習会は特に得るもののないものだった。では、なぜ延長されたのかというと、定番というかなんというか、校長が話しているうちに興が乗り始めたのか、若い時の武勇伝を語り始めたのが原因だった。
「ったく、あの校長・・・話しだすと、本当見境ないな」
「大地寝てたじゃん」
「・・・面目無い」
一緒に参加しとくと言っておきながら、睡魔に負けて、開始30分で爆睡した情けない俺を空がクスクスと笑う。普段は余りクールな表情を崩さないせいで、大人びた印象を感じるが、こうやって笑う時は年相応に感じて、ドキリとする。
三日月が僕らの行く道を照らして、導いてくれる。すれ違う車も人もおらず、静かな闇の世界で二人仲良く自転車をこぐ。特に話すことはなかったので、二人とも黙ったままだった。でも、気まずさはなく、部室でいつも互いに別のことをしているにも関わらず柔らかい雰囲気に包まれていた。
特に何事もなく二又の別れ道までたどり着く。右に行くと、俺の家に着き、左へ行くと、空の家が直ぐそこにある。
「ここまででいいよ」空が静かに言った。
「そうか?まあ、直ぐそこだしな」
「うん」
「ああ、それじゃあ」手を振って空を見送ろうとするが、彼女に動く気配はない。
「どした?」
「・・・・・まだ、お礼言ってなかったなって思って・・・」
「何のお礼だよ?」
「今日、講習会に誘ってくれたお礼・・・」
気恥ずかしそうに空は顔を赤らめる。普段から一緒にいすぎるせいでいざ、こうして感謝を伝えようとすると、変に意識して、素直に感謝できないようだ。それは俺も同じで顔を赤らめる彼女を見ていると心臓が早鐘のようになりあ響くのを感じる。
「.....あ、ああ。気にすんなよそれくらい」上手く空の顔を見て話せず、そっぽを向いて当たり障りのないことを言う。
「・・・うん、それでも、ありがとね」彼女はいいというのに、それでも感謝を伝えてきた。
「おう」ぶっきらぼうにそれに応える。ここで気の利いた返事ができていたら今頃、彼女の一人や二人いたことだろう。
「「・・・・・・」」
沈黙が二人の間を包む。さっき自転車を漕いでいたいた時は、何も話さなくても、特に気まずさを感じなかったにも関わらず、今はその沈黙がひたすら気まずかった。何か話そうとしても、心臓の鼓動音が邪魔をして上手く頭が回らない。手からはなぜか汗が滲んでいた。
「じゃ、じゃあ、帰るね」
沈黙を破ったのは空だった。三日月の光で微かに見える彼女の顔は真っ赤だった。きっと俺の顔もあんな感じなんだろう。彼女はそそくさと後ろを向いて、自転車をこぎ始める。
「おう、じゃあ、またな」自転車を漕いでいく空の後ろが見えなくなるまで手を振る。
「さてと、じゃあ、俺もいくか」彼女の姿が見えなくなったので、さあ、家へ帰ろうと、右の道に自転車を走らせようと、ペダルに足をかける。
背後から遠吠えが聞こえた。
「......?」
何だ、今のは?犬?だが、犬の割には余りにも暴力的でこちらを圧倒させる声質だ。とても飼われている犬が出すような遠吠えではない。ならば、野犬か?そう思ってゆっくりと振りかえろとすると、足音が聞こえた。その足音は靴を履いた人間のもので、街に住んでいるならば、いつも聞いているようなものだった。
だが、ここで普通の足音が聞こえるのはおかしい。なぜかそう思った。ここは田舎とはいえ、住宅街だ。帰宅してくるサラリーマンだっているはずだ。それでも、強烈な違和感を感じる。ゆっくりとその足音はこちらに近づいてくる。その足音を鳴らす者の全貌が街灯の光により徐々に映し出されていく。
「あれ?男か?」「それ」は立ち止まり、最初にそう言った。
「......え?」
現実の光景を脳が拒絶しようと、思考を停止させる。
「まあ、いっか、同じ肉だし」「それ」は舌なめずりをすると、再びこちらへと近づいてくる。それで漸く、目の前の光景が現実のものであることを認識できた。
「ヒッ!!」急いで、目の前に向き直り、自転車を始動させる。だが、遅かった。
「逃げんなよ」目の前に「それ」はいた。
「なっ!?」
「驚くことかよ、これくらいで」
そう言うと、「それ」はニタリと笑う。ここでいうニタリというのは相手が「人間」だったらそう笑っているだろうということだ。
なぜ、そんな注釈を付けるのかって?答えは簡単だ。「それ」が「人間」と呼べる者じゃなかったからだ。黒と灰色の毛並み、獰猛に光る黄金色の眼、犬のような顔の形状、口からはみ出る鋭い牙、それらの特徴が当てはまるような人間がどこいるというのだ。そんなのはもう人間といえない。化物だ。
「お、お前、な、なんなんだよ....?」恐怖で声が震える。目の前にいる「化物」の発する圧倒的なまでの死の気配が人間である俺を容易く包み込み、絶望させていく。
「名前か?俺の名前は大神だ。よろしく」聞いてもいないのに「化物」は名乗る。
「違う!?なんなんだよ、お前は!この化物!?」
恐怖を払いのけようと震える声で無理やり怒鳴る。だが、「化物」は意にも介さず、呆れたようにため息をつくと、それ聞いて意味あるか?と質問を質問で返してくる。
「どういう意味だよ?」
「いや、そのままの意味だよ」だってさ、と「化物」はこちらを指差す。
「お前、もう死ぬじゃん」
「え?」
突然、視界が傾いた。自転車を跨いだまま地面に倒れたのだと気付いたのは、「化物」がいつのまにやらこちらに近づいてきて、その足で腹を蹴られたからだった。
何をされた?疑問で頭がいっぱいになる。だが、その疑問は直ぐに解決した。俺の顔の目の前に俺の両足があったのだ。両足は血にまみれ、もう二度と使い物にならないほどに無理やりに引きちぎられたかのように、ボロボロになっていた。
「痛ってえぇぇぇぇええ!?」
今更、痛みがやってくる。下半身が焼けるように熱い。
「おうおう、いい声で鳴くじゃねぇか」
「化物」は見下ろし、ヘラヘラと笑うと、再び俺を蹴る。
「ごふっ!?」ブルトーザーでもぶつかったのではないかと思うような痛みが身体全体を襲う。
「ま、そういうわけだ。俺がなんであるか、今から死ぬお前が知ったってなんの意味もないってことだよ」
死ぬ。その言葉が現実味を帯び、心臓を締め付けてくる。死ぬ?俺は死ぬのか?死ぬということは遠い未来の話で、考える必要なんてないと思っていた。だが、今、この状態を客観視して見て、俺は果たして、生きていられると思うだろうか。答えはノーだ。俺は死ぬ。今、ここで俺を踏みつけている大神とかいう「化物」に俺は無残に殺される。それは揺るぎのない真実で、覆しようもない絶望的な現実だった。
「.....嫌だ....」
まだ、死にたくない。まだ、生きていたい。また、あいつらとあの部室で騒ぎたい。また、空と一緒に帰って話がしたい。まだ、こんなところで無残に死んでたまるか。
「グッゥゥゥウウウ!!」必死に腕に力を込め、全身を引っ張るように、這って前へ進む。
「ん?いや、無駄だって」それを見た「化物」はどうでもよさそうにそんな俺の抵抗を文字通り踏みつける。
「お前は俺に食われるの!わかったらおとなしくしてろ」
「化物」が踏みつける力を徐々に強めていくと、バキリ、と骨が折れると身体の内側から聞こえた。強烈な痛みが走る。だが、それでも、抵抗を続ける。
「....どけろ」再び腕に力を込める。
「あん?」
「その汚ねぇ足をどけろって言ってんだよ!この化物!」絞り出すように大声をあげ、叫ぶ。
「・・・・・・・うぜぇな」
そんな叫びに「化物」は一言。それだけ言うと、しゃがみ、俺の首筋に噛み付いた。
「がぁぁぁあああ!!!」
「やめだ、やめ、やっぱ全部食うのはやめだ。お前、そのまま死ね」
「化物」は首から口を離し、今度は俺の左腕を毛の生えた太い腕で無理やり引きちぎる。
「!!!!!!!!!」
もはや、声すらでなかった。許容範囲を優に超えた痛みにより、身体は最早、一ミクロンも動いてくれない。唯一、動く眼球のみだが、視界も徐々に真っ赤に染まっていく。そんな視界の中で、イラついたような態度の「化物」が俺の左腕にかじりつく。
「うえっ!?マズ!おやつにもなりゃしねぇ。ったく、おい、お前、何の役にも立ちゃしねぇのな。ん?てか、聞こえてるか?」
人の腕を食っておいて、文句を言いはじめた「化物」は俺の首を掴み、自分と同じ目線まで持ち上げる。改めて、その目を見る。その目は獣そのもので、獰猛に輝き、真っ直ぐと俺の顔を俺を見据える。
「お、なんだ、まだ生きてるじゃねぇか」
「化物」はそう言うと、俺を近くの塀に投げつけた。
「・・・・・」痛みすら感じない。ただ、ひたすらに寒かった。
「じゃあな、人間。精々、犬死しな」「化物」はこちらを心底見下したかのように笑い、唾をこちらに飛ばすと背中を向けて去っていく。奴との距離が離れていく先ほどまでの圧倒的なまでの圧が薄れていく。だが、一息つくことも今の俺にはできなかった。
寒い。8月だというのになんなのだこの寒さは。震えが止まらない。意識が朦朧として、気を抜けば寝てしまいそうだ。このまま寝てしまおうか。ゆっくりと瞼が閉じていく。身体はもう動かない。ただ、自然のままに終わりが近づいてくる。
そうか。死ぬのか、俺は。これが、この感覚が死ぬということか。もうどこも動きはしない。瞼も閉じられ、視界も消失した。わずかに残る意識ももうすぐ消えてなくなるだろう。そうなれば、岩戸大地という一人の人間はこの世からいなくなり、一つの肉袋だけがその場に残されることになるだろう。
嫌だなぁ、死ぬのは。何でこんなことになったのだろう。講習会になど参加せず真っ直ぐ帰っていればよかったのに。今更後悔の念が襲いかかる。だが、そんな思考もいつしか消失し、岩戸大地という一人の人間の人生はここで幕を閉じた。
夏休みは如何お過ごしでしたか?私?休みなんてあったけ(血涙)




