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アリスの二重奏 ~ 転生し損ねた俺が、女子高生になっていじめ問題を解決してやる!  作者: オカノヒカル
第三章 終わりの始まりと非共感の共感

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□泣き虫 ~ Jabberwock VI 【稲毛七璃視点】


 七璃は昔から泣き虫だった。


 弄られやすいキャラというのもあって、幼い頃から、からかわれたりいじめられていた。その度に七璃はびーびー泣いていたのである。


 絵を描き始めてからは、ネットを通じて同好の仲間も出来たりしたが、基本的に彼女は孤独であった。


 友達が欲しいという気持ちは人一倍あったであろう。


 ゆえにその心を、あの松戸美園のグループにいいように弄ばれて、七璃の心は壊れかかる。


 そんな彼女を優しい言葉で助け出してくれたのがアリスだ。


 稲毛七璃はまだ、アリスに恩返しをすることもできていない。それだけがずっと心残りだった。


 互恵関係という、本来なら相手にも恩恵をもたらせるべきなのに、七璃はそれすらもできていない。アリスに甘えっぱなしで助けられてばかりだ。


 彼女は自分が弱いのを理解している。だからこそ、自身の役割もわかっていた。



**



 七璃が目を覚ますと身体に違和感を覚える。


 腕と足の自由が利かず、ソファーのような場所に座らされていた。手足を縛られているらしい。顔を動かして辺りを見回すと、散らばったガラスの破片に、隅の方に乱雑に積み上げられたオフィスデスクが見える。


 どこかの廃墟のようだ。


 目の前には前面ガラス張りのローテーブルがあって、その上には缶ビールやら、吸い殻のいっぱい詰まった灰皿がある。


 そして、彼女のすぐ右側に二十才くらいのチンピラ風の赤に染めた短髪の男がいてスマホで何か連絡を取っている。


 ほどなくして、目の前の扉が開き、一人の少女と数人の男たちが部屋に入ってきた。


「お目覚めのようね。稲毛さん」


 少女がそう問いかけてくる。彼女は七璃と同じくらいの高校生のようにも思えた。けど、彼女には見覚えのない顔でもあった。ショートのボブカットで、目鼻立ちのくっきりした美人さん。ただ、目の下にクマができているのは疲労のせいだろうか。七璃はそんな印象を抱く。


「あなたは誰?」

「私は青田涼香。美浜有里朱のクラスメイトと言えばわかるかしら?」

「有里朱の……もしかして、あなたが【J】?」

「残念ながら私は【J】のトモダチでもあり、共犯者でもあるの」


 【J】本人でなかったとしても、少女は黒幕側の人間だ。今までさんざん人の心を弄んだことは、けして許されるものではない。


(けど、それならなんで名乗ったり、顔をさらけ出しているの?)


 七璃は一つの考えに行き着き、恐怖にじわじわと支配されていく。


「うふふ、『どうして顔も名前も隠さないのか?』って、疑問のようね。簡単だよ。だって、あなたはここで死ぬんだもん。いいこと教えてあげる。あなたは美浜有里朱に見捨てられたのよ」

「あ、アリスがそんなことをするはずがない!」

「かわいそうに、事実を受け止められないのね。あなたはね、選ばれなかったのよ」

「選ばれなかった?」

「そうよ、若葉かなめと比べてあなたは助ける価値もないって捨てられたのよ」

「そうかぁ……相手はかなめさんかぁ……それなら仕方ないね」


 七璃がそう運命を受け止めていると、青田涼香はそれが気に入らなかったのか言葉が苛つき始める。


「なに、納得してるのよ! 悔しくないの? あなたが美浜有里朱のオトモダチじゃなかったら、こんな目にも合わなかったんだよ。それなのに助けにもこない。あなたは裏切られたのよ」

「七璃はね。アリスも大好きだけど、かなめさんも大好きなんだよ。アリスが、かなめさんを助けに行ったことを聞いて七璃はほっとしているの」


 それは七璃の本心でもあった。だって、彼女は文芸部のみんなが大好きなのだから。


「なんでよ。悔しがりなさいよ! 泣きわめきなさいよ! 助けてくれって懇願しなさいよ!」

「七璃ね、ちょっと前に本当は死ぬはずだった……けど、アリスに助けられたんだよ。それからすごく楽しかった。あの子には、すごい感謝している。ずっとあの子に恩返しをしなきゃって思ってたけどさ……七璃の命でそれが返せるなら七璃は後悔しないよ」


 七璃は目を瞑り、笑みを浮かべていた。それはとても穏やかな顔でもあった。これから殺されるとは思えないほどの。


「なにいい話に持って行ってるのよ。あなたは美浜有里朱に見捨てられたのよ!」


 青田涼香のヒステリックな声だけが部屋に響き渡る。


「あなたは七璃の泣き叫ぶ顔が見たかったの? それはご愁傷さま。あなたなんかの為に泣いてやらないんだから!」


 身体の自由が利かない七璃の唯一の対抗手段。それは、相手の思い通りにならないこと。


 いじめでも一緒だ。自分が苦しむ姿を見て、相手は悦びを感じるのだから。


「もういいわ。あなたがこれから何をされるか教えてあげる。柏先生って知ってる? 宅女で倫理を教えていた先生。ま、二年生じゃあんまり知らないかもしれないけどね。その先生が殺されたってニュースは聞いたでしょ? あれ、私がやったんだよ」


 ニタァっと笑う青田涼香の表情に、七璃の背筋がぞくりとくる。彼女はさらに言葉を続けた。


「遺体の状態は一般には知られてないけど、あれ、生きたまま解体されたんだ。証拠はあるんだよ。だって、その状態を動画で撮ったんだもん」


 テーブルの上にスマホを置き、中の動画ファイルを再生する。


「画面ちっちゃいよ。よく見えないんだけど」


 七璃が強がってそう言うと、青田涼香はスマホを手に持ち、顔に近づけてくる。


「あなたもこんな風に解体されるのよ。そうなったら強がってられないわね。泣き叫ぶ姿を無様に晒すのよ」


 左手で頬を覆い、目をトロンとさせ恍惚の表情を浮かべる青田涼香。周りの男たちは、若干苦々しい表情となっている。年下でもある彼女を、恐れているような感じだ。


「狂ってる」


 動画の中では、人体が解体されていく。それは、肉体に刃物を切りつける度におびただしいほどの血しぶきが上がる。そして柏英重朗と思われる人物の身体は、呻りながらビクンビクンと動いていた。


 生体解剖というのは本当らしい。リアルでグロテスクな動画が流されていく。


 ここで七璃が目を瞑ったり、騒いだり、怖がったりしたら相手の思うつぼ。


 彼女はそれを絵描きの脳に切り替えて観察する。感情的にそれを見るのではなく、あくまで冷静に物体をデッサンするようなかたちだ。


 模写をする場合、自分の感情を込める場合と切り離す場合がある。


 前者はより芸術的に、後者は写実的になる。ある程度描き慣れてきたら感情を込めた方が個性が出やすいだろう。だが、成長過程であるならば「物を正確に見る」というやり方が必要となってくる。


 もちろん、この場合は感情と切り離さないと意味がない。七璃は絵に関してはそういう訓練を行っていた。だから、その映像を見ても動じることはなかったのである。


 七璃が絵描きでなかったのなら、心にかなりのダメージを負っていたであろう。


「あれれ? 意外と平気なのね。あなたもこういうのに興味があるのかなぁ。残念。解体する側にはなれないよ。あなたもこうやって生きながら切り刻まれていくんだから」


 七璃が正気を保っていられたのは、動画を冷静に観察できただけではない。後に自分が同じ目に合うというのであれば、普通の人間なら心の平衡を失うことになる。


 では、なぜか?


 それは、有里朱がかなめを選んだということだ。迷って決めかねているのではなく、すんなりと決めたようである。だから目の前の青田涼香は「見捨てた」という言葉を強調したのだろう。


 それが唯一の七璃の希望だった。今までのアリスなら何の策もなく動くことはない。行動したってことは、もうすでに準備が整っているということだ。


 動画を見ている最中に、外が騒がしくなる。怒号が飛び交い、何かが破裂するような音がする。


 そして、すぐにそれは静まった。


「なに? あんた外見てきて」


 青田涼香が側にいた男にそう命令する。と、その男がドアを開けようとしたところで、外から一人の男が入ってきた。


 青田涼香が首を傾げる。どうやらその男は仲間の一人だったようだ。だが、少し様子がおかしい。


 両手を肩辺りまで上げている。誰かに脅されているようなホールドアップの状態だ。


「おい、野々下。どうしたのよ?!」


 青田涼香が声をかけると同時に、バチッと電気がショートするような音が鳴り響き、入ってきた男が前のめりに倒れる。


 その後ろには鹿島みどりと田中央美の姿が。


「ミドリン! プレさん!」


 七璃がほっとしたように声をあげると、すぐに数人の男たちが反応して入り口にいる彼女たちへと向かっていく。


「おう! 舐めたマネしてくれんじゃん」

「女二人で何ができるってんだよ!」


 だが男たちの威勢のいい言葉と足がすぐに止まる。


 というのも、みどりがローテーブルの上にある飲みかけの缶ビールに向かって何かを発射したのだ。


 それはパシュッという軽い音とともに、缶を貫通する。と同時に、中の液体が零れてきた。


「全員ホールドアップだ! こいつは殺傷能力もある銃の一種だよ。当たったら痛いどころじゃ済まないからね」


 みどりが部屋にいる全員を睨み付ける。手に握るのは、彼女が昔作ったというコイルガンだった。話では有里朱に没収されていたはずだったが。


 央美が近づいてきて、七璃を拘束しているロープをナイフで切ってくれる。


「ありがとう、プレさん。アリスとかなめさんは?」

「二人はまだ無事だ」


 七璃との会話で注意が逸れたプレさんに、男の一人が襲いかかる。


 が、バチバチっと火花が散ったような音がして、男はうずくまってしまった。央美が手に握っていたのはスタンガン。七璃が前にアリスから見せてもらったようなハンドメイド感はなく、きちんとした作りでどこかのメーカー品のようだ。きっと海外から取り寄せたのだろう。


「キミは死にたいのか? そこの彼女が引き金を引いていて、当たり所が悪ければ死んでいたのだぞ?」


 央美が呆れたように呟く。


 みどりが撃たなかったのは、央美が対応できたとわかっていたからだろう。殺傷能力の高い武器をそう簡単に使うはずもなかった。あくまでも抑止力。使うのはあくまでも最終手段なのだろう。


「もう! 手間かけさせないでよ。全員、手を後ろに組んだ状態で壁の方を向いて! そのまま壁にくっついて」


 みどりの指示にしかたなく応じる配下の男たち。だが、青田涼香だけは動かない。


「なんでよ? ……美浜有里朱が選択してから、まだ三十分も経ってないのよ」


 そう呟きながら呆然としていた。


「そもそも、ボクたちは、カナメとナナリの居場所を知っていたからな。キミは、その子がスマホ以外にタブレットを持っていたことに気付いていたか? 電源さえ入っていればGPSで居場所は簡単に特定できる。鞄だけじゃなくて、きちんと身体検査したのか? キミたちが素人でほんと助かったよ」

「だからって、美浜有里朱は誰とも連絡をとっていないはずよ」


 青田涼香は「信じられない」と言いたげな顔でいる。


「だからぁ、アリリンもスマホとタブレットの二台持ちなんだって。スマホの通話はそのままタブレットを通してあたしたちに聞こえていたわけ」

「だとしても美浜有里朱の選択からそれほど時間が経ってない……ここは学校からかなり離れた場所なのよ」

「あたしたちは【J】がアリリンにヒントを出した段階で、こちらに向かっていた。あの子が選択しそうな答えはわかっていたからね。カナリンを選択するって信じて行動したの。まあ、はじめはタクシー使おうと思ったけど、車の免許取りたてででウキウキのゆり先輩にここまで乗っけてってもらったんだ。おかげで、予想以上に早く着いたんだよ」


 今度はみどりが飄々とネタばらしをする。すべてはタイミングよく運べたおかげだったようだ。


 央美は青田涼香に近づくと、その両腕をひねり、相手の力が抜けたところで、大きめのケーブルタイでその手を縛って拘束する。これなら縛る手間はかからない。


「【J】にこちらが制圧させられたことが知られるのはマズいからな。しばらくこのままでいさせてもらうぞ」


 その後、七璃も手伝いながら、部屋の男たちを全員拘束し、騒がないように口にはガムテープを貼り付けた。青田涼香を除いて。


 全員を拘束した後、プレさんは青田涼香の持ち物らしい鞄を探り、中から瓶に入った錠剤を出す。


「あった」


 と、ほっとしたようにプレさんが呟く。


「それって、例のクスリ?」


 七璃がそう聞くと、「そうだよ」と答えて、そのまま青田涼香の前まで行く。


「青田さん。クスリを飲んだのは何時間前? 朝に飲んでると思うから、そろそろ離脱症状が出ているんじゃない? 顔色がすごくなってるよ」

「それがどうしたのよ?」


 彼女の額には脂汗のようなものが浮かび、目がうつろになってきている。薬物依存患者に起こるような症状でもあった。このまま酷くなれば過度な興奮と、幻聴や幻視が起こりうる。


「央佳もキミほど酷くなかったけど、離脱症状が出て大変だったんだ。キミの場合は、かなり服用しているんじゃないか? でなきゃ、こんな酷いことできないだろうしね」


 プレさんは、ローテーブルの上にあった、動画が再生されたままのスマホを一瞥する。そこにはグロテスクな動画とともに、青田涼香の狂気じみた表情も映り込んでいた。


「警察に通報しないの?」


 七璃がそう聞くと、央美は首を振る。


「そんなことしたら、かなめの命が危ない。ボクたちの目的は、キミの救出と、【J】をあざむくことだ」

「どういうこと?」


 さらに七璃はそう問いかける。


「【J】はアリスに『究極の選択ゲーム』を仕掛けたんだ。かなめとキミのどちらを選ぶかをね。そして、アリスはかなめを選んだ。本来なら、『選ばれなかった』キミは殺されることになっている」


 そこで、青田涼香が気色悪い声で笑い出す。


「ケケケケ……私から連絡がなければ若葉かなめも死ぬわ」

「そうだな、それは想定しているよ。だからこそ、キミと取引しようと思う」

「取引?」

「キミはもうすぐクスリが切れる。離脱症状で正常な判断ができなくなるだろう」

「それがどうしたのよ」

「だから取引だよ。【J】を……流山海美を一時的にあざむいてほしい」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「今のキミならそう言うだろう。けど、クスリの切れたキミに同じことが言えるかな?」


 央美が瓶の蓋を開け、中身をローテーブルにぶちまける。全部で二十錠ほどだろうか。


「何する気!?」


 青田涼香が拘束されたまま無理矢理に身体を動かそうと暴れる。


「キミが協力してくれないなら、今からこのクスリを一粒ずつ失うことになる」


 央美は灰皿に入った吸い殻を床に捨てると、その中に紙くずを入れてライターで火をつけた。


 そして、錠剤を一粒その中へと投げ込む。


「やめなさいよ!!!」


 青田涼香が狂ったように大声で叫ぶ。


「協力する?」

「できるわけないでしょ……あの子は私の大切なトモダチなのよ」

「あ、そう」


 そう言って央美はさらに一粒追加で火の中に投げ込む。錠剤は炎の中でじゅわっと気泡を吐くようにドロドロと溶けていった。


「やめなさい! それを精製するのにどれだけかかると思ってるの?」

「はい。追加でもう一粒」

「やめて!」


 プレさんは冷笑を浮かべながら冷徹にその作業を行う。これではどちらが悪者かわからない、そんな印象を七璃は抱いた。


「協力する?」

「そんなの……」


 さらに一粒放り込まれ、火の中で溶けていった。完全に攻守交代。散々七璃をいたぶっていた彼女は、央美にいいように弄ばれている。


「やめて……」


 青田涼香はだんだん疲弊していく。そして、クスリが切れた事による離脱症状も出始めていた。


 陥落するのは時間の問題だろう。


 そしてそれが、アリスたちを救う時間稼ぎにもなるのだ。


**************************************


次回 非共感


アリスとジャバウォックの戦いに終止符が打たれる!


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