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■不明瞭 ~ Manxome


 プレザンスさんのおかげで、松戸美園の情報は集まりつつあった。


 松戸の父親が経営する病院の状況や、議員である叔父の最近の動向、さらに中学時代まで遡って彼女の周囲を調べてもらっている。


 病院自体はそれほど黒い噂もなく評判も悪くない。さらに市議会議員の叔父も、仕事は真面目にやっているようでそれなりの実績は残していた。ただ、多方面に顔が利くらしく、県警の警察官との親密な接触があるのが気になるくらいか。


 さらに中学時代の松戸美園だが、俺の予想通り、昔は直接いじめに関わっていたようだ。それがとある生徒の自殺以来、松戸が表立っていじめを行うことはなかったという。


 その自殺した女子生徒の名前は流山ながれやま空美ひろみ。同じ中学に姉も通っていたという。


 自殺とされているが不審な点も多く、最大の謎は屋上の扉の鍵を持っていなかったことだろう。もちろん、まったくの密室というわけではないので、屋上へと上る方法はいくらでもあるが。


 とにかく松戸への疑惑が深まる事件でもあり、実際彼女を疑うネットでの書き込みもあったらしい。が、すでに消されているようだ。そこらへんもプレザンスさんは掘り起こして知らせてくれていた。


「どう思う?」


 風呂上がり、部屋で髪の毛をドライヤーで乾かしながら有里朱に問いかける。目の前のPC画面にはプレザンスさんが集めてくれた情報ファイルが表示されている。htmlで作られたらしく、画像とテキストとリンクがwebサイトのように整然と並べられていた。


『孝允さんの推理が当たってそうですね。けど、許せないです。自殺に追い込むのもよくないけど、人を殺しておいてなんの反省もしないなんて……それにどうして警察は黙認しているんですかね?』

「決定的な証拠はまだないから断定できないけど、例の松戸の叔父が警察内部の人間と結託していたら厄介なんだよね。だからこそ、あまり警察には頼りたくないんだけどさ」

『でも、万引犯にしたてられそうになった時とか、宮本さんの時とか、警察に頼ってなかったっけ?』

「万引の件は松戸が直接手を下してないし、宮本の時は話はコンビニ店長までで止めている。実際に警察は呼んでないからね」

『そっか』

「松戸本人が直接関わる件は注意した方がいいと思うよ」


 事件をもみ消すなんて話は、昔からよくあることだ。


『つまり松戸さんを警察が直接捕まえても無罪で釈放される可能性が高いってこと?』

「確証はないけどね。たかが市議会議員にそれほどの力があるとも思えないけど、調べきれていないから、まだまだ裏があるのかもしれない」


 藪をつつき過ぎて大蛇が出てこないといいのだけど。


『慎重に行動しないと危険かもね』

「ああ、ちょっと調子に乗りすぎたところもあるからな」


 その時、メール着信を知らせるピコンという音がPCから鳴る。


『プレザンスさんからだね。新しいことがわかったのかな?』


 メールを開封すると、松戸と同じ中学出身の宅女の生徒一覧のデータだった。その中によく知る名前を見つける。


「鹿島さんも松戸と同じだったんだ。話を聞くにはちょうどいいかもね」



**



 放課後でも良かったのだが、情報収集はなるべく急いだ方がいいだろうとの判断で昼休みに鹿島みどりの教室を訪れる。


「鹿島さん。ちょっと話があるんだけどいい?」


 学食へでも行くのだろうか、ちょうど席を立ってこちらに向かっていた彼女にそう問いかける。


「ん? いいけど。美浜さんも学食行く?」

「ちょっと込み入った話だから、購買部でパン買って部室行かない?」

「いいよ。どうしたの? 急に」

「話は二つあってね。一つは鹿島さんの呼び方。もう知り合って一月以上経つし、鹿島さんって呼び方も飽きてきたからさ」

「飽きてきたのかよ!」


 予想通りツッコミを入れてくれてありがとう。


「まあ、飽きてきたのもあるけどさ。うちの部活で鹿島さんだけ苗字呼びだから、違和感がね」

「あたしは別にどうでもいいけど」

「どうでもいいってことは好きに呼んでもいいのね?」

「え? まあ、いいけど」


 軽く驚いたような顔。「どうでもいい」という言葉をポジティブに解釈したのが予想外だったのかもしれない。


「じゃあ、あなたのことはミドリーと呼ぶわ。アクセントは頭のミに付けて」

『それ却下だから』


 有里朱の声が聞こえる。おまえ関係ないだろ……いや、関係あるか。将来的におまえがミドリーと呼ぶことになるのか。まあ、それもいいんじゃね?


「ミドリー……うふふ、なんか外人みたいね。そういや稲毛さんのこともナナリーって呼んでたっけ」

「そう。面白いでしょ? いいかな?」

「そうだね。面白いけどセンスないね。小学生が安直にニックネーム付けるみたい」


 ぐさりと心に何かが刺さる。歯に衣着せない物言いは彼女の最大の特徴だ。毒舌に傾いていないだけマシと見るべきだろう。思わず乾いた笑いがこぼれてしまう。


「あはは」

『だから言ったのに』


 有里朱も苦笑いで反応。


「けど、いいわ」

「いいのかよ!」


 思わずツッコミを入れてしまう。いかん脊髄反射してしまった。


「その代わり条件がある」


 なんだこれ? ナナリーの時に状況が似ているな。


「あたしもあなたの事をニックネームで呼んでもいい?」


 鹿島さん……ミドリーはいたずらっ子のような目つきで笑う。 何を企んでいるのだ?


「う、うん。いいよ」

『……わ、わたし不安なんだけど』


 そして有里朱の不安は的中する。


「あなたは『ありすぅ』ね」


 ミドリー……おまえ、もしかして同人系の弾幕シューティングマニアだったか? いや、どちらかというとコメントが流れる動画サイトに入れ込んでいた口か、その若さで!


 そんなくだらない話をしながら部室へと到着する。


「ね、訊きたいことは何?」


 ソファー席に座ったミドリーの隣に俺も腰掛ける。パンを開封して食べるかどうか迷いながら横の彼女を見つめる。


「ミドリーって、あの松戸美園と同じ中学だったでしょ? その時の情報を教えて欲しいの」


 食べるのは話が一段落終わってからにしよう。


「ああ、そのことね。基本的に今も昔も変わらないわよ。女王様気質ってのは。けど、高校になってから確かにおとなしく感じられたかな。あたしも最近まで、松戸が同じ高校だってのを忘れてたし」


 そりゃクラスも違うし、いじめの実行部隊は彼女の配下だから、松戸自身が目立つことも少なかったのだろう。自分がいじめられていなければ注目する人物でもない。


「流山空美さんって知ってる?」

「うん。いじめられて自殺したって子でしょ?」

「そう。彼女をいじめてたのって、やっぱり松戸?」

「うーん……あたしはクラスも違ったからね。そこらへんの詳しい事情は知らない。あたしは自殺した子の姉と同じクラスだったくらいかな?」

「姉? あれ? 一つ違いとか二つ違いじゃないの?」


 同じ学校に姉が通っていたことはプレザンスさんからの情報で知っていた。だが、同年代ということは初耳だと思う……。


「ううん。流山さんは双子だよ。うちのクラスにいたのは姉の方だって言ってたよ」

「双子なら、仲良かったんじゃないの。二人でいつも一緒にいたとか」

「いや、一卵性の双子でそっくりなんだけど、性格が違くてさぁ。うちのクラスにいた姉はいわゆる陽キャで、松戸と同じクラスの妹が陰キャだったみたい。それもあって、二人は別々に行動していたよ。学校でもほとんど話さなかったし」

「へー、そうなんだ」


 珍しいな。一卵性の双子で別々の行動なんて。でもまあ、中学生にもなれば思春期でいろいろあるのだろうか。


「当時の話を知りたいのなら姉に聞くのも手だけど、話してくれないだろうね。明るいんだけど、何考えているかわからない性格だったし」

「そう、残念ね。ミドリーと仲良ければ紹介してもらおうと思ったのに」

「でも、ありすぅのクラスに今、その姉がいるよ。知らないの?」

「へ?」


 俺は机に置いてあるスリープ状態のPCを起動し、プレザンスさんからのメールを再確認する。


「あ……ちょっと待って」


 松戸と同じ中学出身者の一覧には流山海美という名前が有り、その横に備考として空美の姉と書かれていた。


 ミドリーの事に気を取られて見落とした感じか。


 とはいえ、顔が思い出せない。わりと地味なタイプだったっけ?


『流山さんなら窓際の前から三番目の子かな。よく青田さんと一緒にいるところを見るよ』


 有里朱が補足してくれた。この手の情報はありがたい。あとで、教室に戻った時に確認しておくか。



**


 昼休みの時間を目一杯使って、ミドリーからはだいぶ有益な情報を得られた。


「じゃあね。ミドリー」

「ありすぅ、また放課後」


 つい一時間ほど前に決められた愛称だというのに、長年の友のように違和感なく呼び合えていた。ただし、有里朱は未だに不満を抱いている。


『みどりちゃんでよかったのに』

「なんでも『ちゃん』をつければいいって問題じゃない」

『それを言うなら、語尾を伸ばせばいいって問題じゃないと思うけどなぁ』

「かなめは伸ばしてないじゃん」

『伸ばす気だったでしょ?』


 そういや『カナメー』って最初提言したんだっけ。


「いいじゃん。その方がかっけーし!」

『格好良くないし、かわいくもないよ。それに……あれ?』


 その言葉とともに、ドクンと有里朱の心が警鐘を鳴らすかのように震える。


「どうした?」

『さっき、角を曲がった三人組がすごく嫌な雰囲気がした』


 根拠も何にもない有里朱の第六感。だが、意外と敵の察知には役立つこともある。俺は、その三人組を追跡すべくその方向へと向かった。


 胸ポケットを探ろうとして、スマホが今校内に持ち込めないことに気付く。何かあったら撮影しようと思ったが、それはできない状態である。ある意味、能力を封じられた異能持ちの主人公のようだな。よし、逆境こそチャンスだ!


「ま、いっか」

『スマホは朝、校門で回収されちゃうもんね』

「ん? うん、そうなんだよな」


 部室に行けば、スマホではなく小型の隠しカメラがあったのだが、戻るにしても時間があまりない。


「とりあえず不穏な空気があったら、それを調べる方が先決だ」


 角を曲がったところで、三人組の女子が美術室へと入っていくのを確認する。後ろ姿なので顔は見えなかったが、上履きの色から二年生だということがわかる。


『次の授業が美術なのかな?』

「いや、それはないぞ」

『孝允さん、他のクラスの授業も覚えているの?』

「他クラスの時間割までは覚えてねえよ。あのな。美術室は北校舎側の東側にある。非常階段の近くだから、屋上へ行くのに生徒たちの出入りを把握する必要があるんだ。だから、人がいない時間を知っているだけだ」


 文芸部室が使えるようになるまでは、屋上にいろいろ道具を隠していた時期もあったからな。


『そうなんだ。――ってことは、もしかして』

「あいつらが何か悪さするのであれば、そのひとけのない時間を知った上での行動ということだ。しかも、もうすぐ昼休みも終わるからな。今からそこへ向かおうという人間はほぼいないだろう」


 俺は美術室の扉を少しだけ開けて中を覗き見る。


 すると、部屋の後ろに飾ってあった絵に三人組は落書きを始める。なにやら楽しそうにキャッキャウフフと油性ペンで書きなぐっている。


 たしか、そこに貼ってあるのは、美術部員が描いた絵だったと思うが……。


 自分の絵に修正を加えているようには見えない。あきらかに第三者の絵に嫌がらせをしているように思えた。


「あいつら知ってるか?」

『ううん。知らないよぉ。二年生だし』

「美術部に知り合いはいるか?」

『いないよ』

「じゃあ、俺らには関係ないな」

『関係ないって……そんなぁ』


 不満げな有里朱の声。俺の言葉を冷たいと思ったのだろう。


「言ったろ。俺たちは正義の味方じゃないんだ。基本的に降りかかる火の粉を振り払うだけだ」

『余裕がないのもわかるし、状況がわからないから助けてあげてって言えないけど……けど、見て見ぬフリなんてモヤモヤするよ』


 確かに、放っておくならあいつらの後を追うべきではなかった。彼女らの行動を覗いている時点で関わってしまっていることになるだろう。


「まあ、俺も理由がわからない状態じゃモヤモヤする。とりあえず、後でこの部屋にも隠しカメラをしかけておくか」

『うん。ごめんね。孝允さん』


 なんだかんだいって、俺はお人好しすぎるのが欠点か。こういう部分を敵につけ込まれると最悪なんだけどなぁ。


 こんな時は優先順位を決めておくといいだろう。


 まずは何が何でも有里朱を優先的に助けるべきであり、次に文芸部のメンバーである。それらの安全が確保できるのなら松戸に対する復讐と封じ込め対策を行うべきだ。


 そこでさらに余裕があれば、虐げられている者を救済するという有里朱のオーダーを受ければいいだけ。


 うん。考えるだけなら簡単だ。だが、実際に行動に移すともっと複雑になるんだよなぁ。



**



 教室に戻って、窓際の前から三番目に座る少女をさりげなく確認する。


 赤いセルフレームのメガネをかけたショートカットの女の子がいた。レンズ部分が反射して表情が見えにくいが、後ろの席に座る栗毛のボブカットの子と楽しそうにぺちゃくちゃ喋っている。噂通りの陽キャタイプか。


『メガネの子が流山さんで、ボブカットの子が青田さんだよ』


 有里朱の解説を聞き流しながら、視線を自然に彼女たちから離す。じっくり見過ぎるのも不信感を抱かせるし、逆に急に目線を外すのも同様だからだ。


「有里朱はどれくらい彼女のこと知っているんだ。同じクラスってことは虐められたんだろ?」

『わたし、あの人には虐められたことなかったな。ま、無視はされたけどね』

「積極的に関わってこなかったってことか? ま、そりゃそうだよな。興味がなければ虐めるのだって無駄なエネルギーを使う事になる」

『直接的ないじめはほとんど高木さんたちだったよ』

「あ、悪い。つらいことを思い出させちったな」

『大丈夫だよ。もう、わたしは一人じゃないし、ぜんぜんへいきだよ』


 真っ直ぐな有里朱の声。少しまだ弱気なところはあるが、それでも強くなろうとしているのは感じられる。


「虐められてないなら、普通に話もできそうだな」

『うん。その前にかなめちゃんにも訊いてみようよ。流山さんのこと』

「そうだな。何か知っているかもしれないからな」


 すぐにチャイムが鳴ったので席に着く。かなめには『お昼ご飯を一緒に食べられなくてゴメン』という意味で、小さく両手を合わせて頭を下げて謝っておいた。


 すぐに『気にしなくていいよ』と口だけが動き、優しく微笑んでくれる。まさに天使の笑顔。


――ドクン。


 有里朱の心とシンクロする。なんだこの感覚。


 彼女が反応したのは、かなめに対してではない。


 どこからか、冷たい視線を感じたのだ。それが有里朱の鋭敏な感覚を刺激する。いつも感じるピリピリしたものとは別格のおぞましさだ。


 なんだこれ……。


 誰だ?


 誰がそんな目で俺たちを見ているんだ?



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