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■初詣 ~ Cheshire Cat III


『拳銃って、あ、あのヤクザ屋さんが持っている?』

「なんでヤクザに『屋』と『さん』を付けてるんだよ」

『孝允さんこそ、なんでそんなに落ち着いていられるの?』


 有里朱が無駄に焦っている。そこまで大げさなことじゃないんだけどな。


「よく考えてみろ。女子高生がどうやって拳銃を手に入れるんだよ?」

『そ、それは……うーん。どうやって?』


 質問しているのに逆に返された。なんか、お笑いっぽい展開だなぁ。


「それこそヤクザと親しくなって、才能を見いだされない限り拳銃なんか渡さねーよ!」

『才能?』


 そっちに反応したか。説明するのが面倒くさいなぁ。


殺し屋(ヒットマン)だよ。まあ、それこそ映画とかドラマの世界だけどさ」

『うわぁー、それ怖いよ』

「んなわけあるかぁ!」


 思わず漫才のツッコミのようになってしまう。


『え?』

「どうせモデルガンだよ。玩具のやつ。もしくはエアガンとかそっち系かな」

『おもちゃ……そ、そうだよね』

「マジで本物と思ってたの?」


 そんなくだらないやりとりをしている間に一つ目の神社へとたどり着く。ここは大きな木々の森に囲まれた神社だ。


 わりとこじんまりした場所だが、十二時を過ぎたこともあって人はそこそこ来ている。


「ねぇねぇ、神社のハシゴって良くないって言う人もいるよね?」


 ナナリーがそんなことを聞いてくると、かなめが記憶を呼び覚ますように、ちょっと首を斜めに向けながらそれに答える。


「叶えたい願いがあるなら一箇所に集中した方がいいとも言うよね。でも、ダメって話は聞いたことないよ」


 俺はかなめの答えに補足する。


「神社をハシゴしても神様は喧嘩しないからね。もしダメだったら千日参りや七福神めぐりができなくなるじゃん」


 神様なんか信じない俺でも、神社に祭られる神には悪い印象はない。わりとアバウトだし、押しつけがましさを感じないのがポイントか。初詣もイベントや観光感覚で回れるのがいいところだ。


「じゃ、願い事は最後にしない。ここは新年の挨拶というか抱負語る場所ってことで」


 ナナリーのその意見に俺もかなめも賛同する。もちろん有里朱も。


「まず、鳥居をくぐる前に軽く会釈するんだよね」

「かなめちゃんの言う通りだよ。参拝はここから始まっているからね」

「こんな感じかな?」


 ナナリーがかわいくちょこんという感じでお辞儀する。さすが三次元で萌えを再現する少女。


『か、か、かわいいぃぃっ!』


 有里朱が壊れかけていた。まあ、誰に見られるわけじゃないから、十分に堪能しろや。


 その後、俺たちは手水舎で手を清めて賽銭箱の前で軽く会釈をして五円玉を投げ込み、鈴を鳴らして「二拝二拍手一拝」の作法をとる。


 拝んでいる最中は今年の抱負。


『今年は孝允さんに頼り切りにならないように頑張る』


 頑張るといっても自分で動けるわけじゃないから、俺への『お願い』を軽減するくらいだろうか。


――今年も全力で有里朱へのいじめを排除する。


 その抱負は自動的だ。俺が有里朱のいじめを解決するのは彼女に同情したから。でも、いつの間にかその行動は自動的となっている。


 そこに俺の意思なんて介在しないかのように。


「次行こ!」


 ナナリーが愉しそうだった。もちろん、かなめも行動は落ち着いてはいるものの、ずっと笑みを絶やさない。


 二つ目は公園が併設された、わりと大きめの神社だ。境内の外には祭祀の遺跡が残されている珍しい場所である。巫女人形の納め所としても有名だ。


 ここは屋台が多く出ていて人が賑わっていた。温かいたこやきを一つ買って、大きな御影石のあるところで三人で休憩する。


「あひひっ……へどおいひぃ!」


 猫舌のナナリーがたこ焼きを一個は丸ごと頬張りながら奇妙な声を出す。あ、「おいしい」って言ってるのか。


「身体が温まるよね」


 かなめは落ち着き払ったように、フーフーと冷ましながらちびりちびりかぶりついている。


『あはは……おいしいね』と有里朱。味覚を共有しているのだから当たり前か。


 三者三様。夜食にはぴったりの食べものであった。


 ピコンとかなめのスマホが鳴る。聞くと父親から連絡が入ったらしい。


「乗せてってくれるって」


 最後の神社は少し距離がある。大宮駅の近くなので歩くと一時間半ほどかかる距離なのだが、かなめの親父さんがどこかへ行く用事があるとかで急遽乗せてってくれることになったのだ。


 かなめからの申し出がなければ、近場の三つの神社を回るつもりではあったので、テンションがかなり上がってくる。これから行く神社はそれなりに有名なので参拝客も多い。


 もちろん、神社の規模と御利益は関係ないとは思うが。


「行こ!」


 ナナリーが嬉しそうに立ち上がる。そんな彼女を優しげな瞳で見つめるかなめ。その視線は有里朱に対してのものと似てきていた。かなめにとっては、妹が二人もいるようなものなのだろう。




 大宮駅の近くにあるその神社は、その前の神社よりもさらに大きい。ターミナル駅の近くともあって、参拝客はさらに多かった。ここまでくると最初の神社のこじんまりした感じが懐かしくもなる。


 ぞろぞろと鳥居へ向かう人混みに紛れ、三人迷子にならないようにとかなめが俺の……有里朱の手を握る。彼女の反対側の手にはナナリーを握っていた。こういう場所でも保護者っぽいお姉さんのような立場のかなめであった。


 ようやく賽銭箱の前について三人で顔を見合わせる。


「ね、何をお願いするの?」


 俺の……有里朱の問いに二人は首を振る。


「言っちゃったら面白くないでしょ」

「そうそう。叶えたいからこそ、誰にも言わないのよ」


 ここでは願いごとを言おうと決めていたが、ナナリーもかなめも教えてくれない。


 まあ、無理矢理聞くものじゃないしな。


 賽銭を投げ入れ、柏手を打つ。


『みんなが幸せになれますように』


 有里朱はそんなささやかな言葉を唱える。相変わらず彼女らしい願いだ。昔の有里朱だったら『世界が平和になりますように』なんて願ったかもしれない。


 けど、俺だって有里朱と同じだ。この三人が幸せになってくれればいい。ハッピーエンドなんて物語的な願いではなく、永遠に続く幸せを願ってしまう。その願いはただ待っているだけじゃダメだ。


 自ら動かなければ手に入らない。



**



 家に帰ってくるとベンチコートをハンガーに掛けてイスに座る。手は勝手にPCの電源を入れていた。


 もう日が昇っている時間だが、不思議と眠気は感じない。夕方あたりに昼寝したのが効いているかな。


 起動画面を見ながら、さきほどまで三人でいられた幸せを噛みしめる。些細な日常だけど、守らなければならない大切な時間だ……なんて言ってるとフラグが立ちそうだな。


 Tvvitterのタイムラインを表示させると「最近のハイライト」に底辺ウーチューバーのつぶやきが目に入る。何か新しい動画を上げたようだ。


「つまんないけど観に行くか」

『あはは……時間もったいないけどね』


 【マジ卍】のウーチューブチャンネルは頭の弱い高校生が承認欲求のためにやっているだけに、内容は自己満足的なものが多い。何か流行るとそれに乗っかることも多いが、大抵は劣化した内容なので面白さは半減どころか百分の一程度だ。有里朱の言う通り時間の無駄である。


 だが、宅女の情報を得るという意味では見ないわけにはいかない動画でもあった。


 そんな彼女らのチャンネルを登録し、毎回観に行くユーザーなど俺くらいしかいないのではないか? というくらい再生数は上がっていない。ある意味同情したくなるような目も当てられない状況である。


 が、今回はちょっと様子がおかしい。


 サムネから再生数を覗いた時点で、四桁台を示していた。


「お、今回はなんか視聴者のツボにハマるようなことをしたのかな?」

『それでも、鹿島さんの動画の十分の一くらいだね』


 鹿島さんというのは、前に猫騒動の時に助けた同じ宅女の少女だ。あっちの方はコンテンツ力は高く、チャンネル登録数はマジ卍の比ではない。


 というわけで、四人組の動画を観たわけだが、途中から顔が引きつるどころか怒りさえ湧いてきそうな内容だった。


 彼女らは、新年の決意として「人の為になることをやります」と宣言したのだ。そこまではいい。


 そこで近所の人にインタビューを行い、野良猫に迷惑しているとのことを聞き出し、自らその駆除に買って出たのである。


 エアガンを誰から借り受け、それで近所の野良猫を撃って追い払うという陳腐な内容だ。


『た、孝允さん……これ、かわいそう』


 たしかに野良猫で迷惑を被っている人間もいるだろう。だが、無差別に攻撃していては通り魔と変わらない。


 それどころか動物愛護条例に違反することになるだろう。


 だが、動画のコメント欄は【動物愛護派】と【迷惑だからもっとやれ派】での議論、というより喧嘩が行われており、異常な伸びを見せている。


 別ウインドでブラウザを開くと、いくつかのまとめサイトでこの動画は話題となっているようだ。


 動画の最後の方には俺でさえぶち切れそうなものが映っていた。それは、あの鹿島みどりが可愛がっていたチェシャが撃たれる場面だ。


 前足に当たったらしく、その足を引きずるように逃げていくのを笑いながら追いかけていく四人組。


『止めないと!』


 有里朱が叫ぶ。


「そうだな。これはヤバイな」


 俺は立ち上がると再びベンチコートを羽織る。玄関に向かいながら、鹿島みどりへと連絡を取る。教えて貰った電話番号へと直接かけた。今は緊急事態なのだ。


「……出ないな。マズいかも」

『え? あれ? あの四人組を止めるんだよね?』


 よく理解していないのか有里朱がそんな疑問を口にする。


「違うよ。最優先事項は鹿島みどりだ。あいつをガチで怒らしたらマズいって」

『え? なんで鹿島さん?』

「チェシャがやられたんだぞ。冷静でいられると思うか? おまえさ、もしかなめが誰かにケガを負わされたらどうする」

『そ、そりゃものすごく怒るけど。でも、わたしじゃ何もできないから、どうにもならないよ』

「そりゃおまえにはあの四人に対抗できる力がないからだよ」

『けど、鹿島さんだって、ただの女の子でしょ。いくら相手が女の子でも四人を相手にするのは無理だよ』


 有里朱は一つ忘れている。鹿島みどりのチャンネル『ぐりーん・でぃあ』が何を得意にして動画を撮っているかを。


「コイルガンって知ってるか?」

『え? こいるがん?』

「ぐりーん・でぃあチャンネルで拳銃みたいなの自作してただろ?」

『でも、あれって失敗作なんじゃ? 孝允さんだって笑ってたじゃん』


 電磁石のコイルを使って弾丸となる物体を加速・発射する装置を彼女は自作していた。動画では失敗に終わっていたが、あれはフェイクだろう。


 もし完成していたら、その威力は……。


「拳銃なみの威力はないけど、その気になれば人を殺せる。だから、わざと失敗作を見せたんだ」

『じゃ、じゃあ、鹿島さんもしかして……』

「そうだ……アレを使った復讐もありえる」



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