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電車は海辺を走る

作者: 砂糖いづみ

山もオチも意味もないです。

ふたりの関係性もふたりの目的もわかりません。

ダークなようなダークじゃないような散文です。


電車は海辺を走る。

俺と君は海に背を向けて座っている。

雲に覆われた空は白く明るい。秋と冬の間、少し冬寄りの海の青は深く冷たい。

薄汚れた水色のリュックを膝の上に置いて、君はまどろむ。君の頭がくらりと揺れて、俺の肩に触れそうになって、はっと気づいて君は顔を上げる。首を振って、眠気を払う。けれど、君はやっぱり重たい目蓋に抗えない。


電車は海辺を走る。

そのえんじ色の座席は、日に焼けたせいか、何度も服に擦れたせいか、座面が橙色を帯びている。銀色の窓枠は、砂と埃と油が混じった黒い汚れを、隅にほんの少しだけ溜めている。車内の電灯は弱々しく黄色い光を落とすが、雲と窓をすり抜けた白い光に敵わない。

君は壊れたメトロノームのように、ゆっくり不規則に頭を揺らして、何度も俺の肩をかすめて、その度に顔を上げて、またうとうとと眠る。


電車は海辺を走る。

今、猿の形の岩が窓の外を横切った。

一番前でも一番後ろでもない車両の中は空いている。客は、男か女かわからない小さな老人と、自分の携帯電話に没頭している男と、眠る君と、俺だけだった。この世界で目を覚ましているのは俺だけなのだと、何の脈絡もなくそう思った。

車内は静かだった。君の寝息が聞こえそうなほどだった。電車の音も揺れも、貝殻が海の音を覚えてしまうように、俺の身体に染み込んでいた。

ふくらはぎに吹き付ける温風が熱い。君の柔らかい髪の毛が俺の肩をくすぐる。君の髪はいつもより少し茶色く見える。

君がまた身体を揺らして、危うく眠っていた。俺は君の寝顔を眺めた。少しだけ頬に赤みが差していた。

そうしているうちに、俺はふと思い立って、君の肩にそっと触れて、俺の肩に君の頭を寄りかからせた。

思えば、最初からこうすれば良かったのだ。最初から、君を抱き寄せてしまえば良かったのだ。どうせ俺以外、誰も目覚めてなどいないのだから。

努めて優しく、君の身体を動かす。ひとりでに笑みがこぼれた。


そして、君は従順に俺の肩に重みを預けた


り、しなかった。


ーーーーまだ、つかないの?

君は、俺の肩に頭がついた途端ーーいや、つくその一瞬前に、目を覚ました。

君はかすれた声で、とろんとしたまなざしで、俺に尋ねた。俺は答えず、君の頭を撫でた。甘いシャンプーの匂いがした。

君はあくびをして、薄汚れた水色のリュックに顔をうずめて、また眠ってしまった。

絶望のような、安堵のような、小さな暗がりがゆるやかに俺の中を流れて、俺は一人でまた笑んだ。

君は俺の隣で眠っている。

俺はズボンのポケットの中の薄い封筒の輪郭を指先でなぞった。


電車は海辺を走る。

まだ、次の駅には着かない。


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