74話 「何か」と純粋
「ルル様、依頼達成の確認が終了いたしました」
依頼達成を報告してからしばらくの間、ボクとミーシャは少々ぎこちなさはありながらも二人で話していたが、受付嬢とは違う恐らく事務か何かを担当しているであろう清潔そうな男が呼びに来たため窓口にその男と共に向かった。ミーシャも当然のことながらボクの後ろをてくてくと尻尾を少し揺らしながらついてくる。本人にそんなつもりはないのだろうけどその様子は猫というより犬のそれであった。そのギャップに若干、可愛らしさを感じる。
首輪のついた猫、という時点でギャップは元々あるのだけれど。
「これが報酬です。では、またのお越しをお待ちしております」
窓口では、受付嬢よりもかなり事務的な声色で事務的なセリフと共に報酬が渡された。報酬は銅貨数枚。依頼に書かれていた額よりは多少少なかったが、少し取り方を失敗したのもあったし、簡単な薬草の採集なのでこんなものだろう。
そんなことを考えながら、ボクとミーシャは宿へ戻ろうと扉の方へと向かおうとした⋯⋯けれど、ボクはあることに気づき、ギルドの柱の方へ向かう。しかし、その判断は遅かったようだ。
「⋯⋯あっ!?兄貴!さっきの奴らですぜ!」
聞き覚えのある声がして、思わず振り返りそうになったが、ビクッと震えるミーシャを見てその首を止め、まっすぐ進んでいく。先程はミーシャがボクについてきていたが今回は手をつないで連れて行くような感じで。
このまま、見逃してもらえればミーシャのストレスも少しは緩和されるかもしれないのに⋯⋯本当に厄介な奴らだ。しかし、ミーシャのことを気にしないのならこれは好機。前とは違い見られているか分からない状況ではないため、行動は自然と決定される。問題のない程度に挑発し、相手に攻撃をさせて衛兵に突き出せばいい。周りに証人は沢山いる。
しかし、そんなボクの予定は周りではなく奴ら自身の声で覆された。
「おい、嬢ちゃん達!さっきは本当に済まなかった!」
ボク達に掛けられた声は威嚇などの攻撃的なものでなく、謝罪のものだったのだ。大剣の男は、何故か謝罪を口にした。
「⋯⋯」
思わず、ボクもミーシャも固まってしまう⋯⋯が、すぐにボクは気を取り直して男たちの方に向き直る。
「⋯⋯一体どういうつもりですか?」
いくつかの仮説は咄嗟に思いつけたがどれも確証がない。普通一番に考えられるのは衛兵に突き出されないようにボク達との関係を改善しようとしているか、油断させて仲間と強襲でもするつもりか⋯⋯。
しかし、何となくボクにはそのどれも違うような気がした。彼らには、あの時感じたような黒い感情が見えない⋯⋯気がする。あくまで、同じく黒い感情を持つボクの勘のようなものだけれど。
「いや⋯⋯今更許してもらえるなんて考えてねぇが、俺達とんでもねぇことをしちまったと思って来たんだ。嬢ちゃん⋯⋯本当に、済まなかった」
「俺も、本当に済まなかった⋯⋯」
今度は後ろにいたモヒカン男が謝罪を口にする。
「⋯⋯それは分かりましたが、さっきと態度全然違うじゃないですか。何かあったんですか?」
結局のところそれだ。あんな人権無視するような輩がこんなに突然心を入れ替えるなど考えにくい。
「いや⋯⋯何でかいつも街の外に出るとイライラしちまってな⋯⋯人や物に当たっちまうんだ。俺にもよく分かんねぇが⋯⋯」
そう言って何度も頭を下げる男達。完全に信用するというわけにはいかないが取り敢えずくらいには信じても良さそうだ。
しかし、そうなると不可解なことになるのは明確だ。というのも大剣男一人ならいいのだけれど、モヒカン男の方も同じ理由らしいのだ。
だとすれば、この男たちに影響を与える何かが存在するということになる。そして、その何かが一体何なのか分からない。となれば厄介なことこの上ない。
もしそれがこの街の外に仕掛けられており凶暴化のような効果を及ぼしているとすれば⋯⋯それがボク達に影響を及ぼしていないとは限らないのだ。幸いその兆候はボク達には見られないが⋯⋯。
それに、ボク達に効果がないとしても強い魔物や冒険者に影響を及ぼせば?⋯⋯それはきっとボク達だけでなくこの街を大きく巻き込むものへと発展していくだろう。
⋯⋯これらは全て、ボクの想像。だから、そうなるという保証などどこにもない。
けれど、ボクはそんなバカげているかもしれない妄想を心の底から否定することは出来なかった。
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———その頃、とある薄暗い部屋にて。
「⋯⋯ふふっ。どうやらアレの実行ももうすぐ叶いそうだね」
高い、けれど男とも女ともつかない声が狭い防音処理のされた部屋に響く。その声は心の底から何かを楽しみに思う子供のような、純粋なものだった。
「⋯⋯はい。準備は順調、このままいけばもう少しで作戦を実行可能となります」
それとは別の、低い女の落ち着いた声が響く。二つの声は相反していたが、前の高い声のこだまが低い声と重なって綺麗にハーモニーのようなものを奏でていた。
「⋯⋯君は固いなぁ~もっと笑顔笑顔!幸せになれないよ!」
高い声の持ち主は、そんな女の返答にまた純粋な声で答える。
「⋯⋯私はこれでも笑顔なんですと何度も申し上げているでしょう」
それに慣れた口調で、言葉が返される。しかし、高い声の持ち主はそんなことは耳に入らなかったようだ。
「ふふっ⋯⋯まだかなぁ~まだかなぁ~」
そんな声はこの部屋を超え、外にも響いていく⋯⋯そんな気がするものだった。




