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59話 理想と失われた者


 ウルルが狂血熊と激闘を繰り広げている頃、少し離れた屋内で村の長タル―シャは目を覚ました。


 彼女は目を覚ましたばかりだったが、何が起こったのかは理解していた。


 「⋯⋯また、守れなかったねぇ」


 

 彼女は今は生死の分からない⋯⋯いや、今は亡き村人達のことを想った。


 彼らは、意地汚かったり弱い者を見下したり不正をやったりと悪と言っても過言ではない者達だったが、彼女にとっては守る対象であった。


 自分が努力すれば彼らはきっといつかは正しい方向へ進んでくれる、分かり合えると信じてここまでやってきた。


 だからこそ彼女は最後までここで村人たちを正しい方向へ導こうと奮闘した。そしてそれはから引き継いだものでもあった。


 はこの村を正しい方向へ導こうとした。


 最初は彼女は反対した。



 それなら、もっと良識ある人々を更に導く方がよいのではないかと。



 しかしはこういった。


「確かに、その方が簡単だろう。しかし、世界を良くしていくには悪い部分を改善するために動くべきだ」


 彼女には最初は良くは分からなかった。いや、分からなかったわけではないが別にこんなひどい村じゃなくてもいいんじゃないかと。


 彼はこう答えた。


「人間一人にしても、いい部分と悪い部分、長所と短所がある。確かに長所を伸ばすのは良いことだ。けれど悪い部分を改善しなければ意味がない。どれだけ頭が良くても、その人が他人を見下すような人物ならその人物は善い人物とは言えないだろう。世界だって同じだ。どれだけいい人たちがいても、悪人がいることで人々が平和で幸福な暮らしを送れないならいい世界とは言えないと思うのだ」


 の言葉は現実的ではない理想論だ、彼女はそう思った。それに良識ある人を導き救っていけばいつかは良識ある人々にとっては平和が訪れると思った。それでいいじゃないかと。


 しかし、彼女はの真っすぐな言葉とそれに負けないような真っすぐな瞳に感銘のようなものを受けた。



 そして、彼女はがこの世を去った後もの夢物語を叶えようとしていたのだ。




 「けど、それももう終わり⋯⋯かね」


 

 もう、村は壊滅。導くとかそういう問題ではない。


 勿論他の村に行ってという方法もあるだろう。しかし、もう無理だということもわかっていた。


 もう、歳だし何より気力がもうなかった。ショックが強すぎたのだ。



 そして、そのうちのアデルのことを思い返す。


 彼は、いい子に育ってくれた。こんな環境の中、ここまでしっかり育ってくれたのは彼女・・の夢には遠く及ばずとも奇跡であり最初の一歩だと思った。しかし、そこで彼の兄が死に事態が変わった。


 その悲しみから彼は変わってしまった。彼の芯の部分は変わらないだろう。今まで、いやさっきまでも心は優しいままだっただろう。しかし、彼は捻くれてしまった。悲しみと憎悪で。


 けれど、まだ時間はある。彼には自分にはない時間がある。これから、いくらでも幸せな人生を歩もうとすることが出来る。そう思っていたのだ。


 しかし、一つの災害と彼を取り巻く憎悪、復讐心はそれさえも、変えてしまった。


 彼から、可能性を奪ってしまった。



-------------------------------------------------------------------------------


 あたしは、馬鹿だった。


 考えてみれば当たり前のことだった。家族を奪われ、悲しみにくれた彼が仇に恨みを持つのは当然だった。そして、仇と思われる相手が現れれば復讐に走ることも。


 「よくもよくも俺の兄さんをっ!」



 「お前だな!!俺の兄さんを殺したのは!!」


彼は兄の仇に向かって走っていった。そこに戦略とかはなく、今後のことなど考えていないようだった。いや、考えていないのだろう。彼にあるのはかたき討ち、復讐だ。


 「アデル!はやくこっちにおいで!!」


 あたしは叫ぶ。アデルだけでも生き残って欲しいと。しかし、彼には届かなかった。


 「くっ⋯⋯!?」


 彼がブラッドベアに跳ね飛ばされる。それだけで彼の身はボロボロだ。


 そこからはもうほとんど何もおぼえていなかった。


 憶えているのはブラッドベアからの攻撃の余波で体が動かない中、彼が死んでいったことだけだった。


 深い悲しみだけだった。



 あたしには、復讐心を燃やすだけの気力がないかわりに悲しみが心を覆った。



 あぁ、そういえば旅人の人がブラッドベアに攻撃を与えて、彼を助けずに撤退したことも憶えている。


 しかし、それに対しては何とも思っていない。あの旅人に彼を救う理由はないし、何よりこれは彼が決めたことだ。彼が旅人に手出しをするなと言ったのだ。

 

 助けることも出来なかったあたしにいえることなんてない。


 


 そして彼が死んだショックであたしは気絶したのだ。


 そしておそらく、あの旅人が運んでくれたのだろう。


 こんなことが起こっているのにあたしを運ぶ⋯⋯あの旅人は優しい人物なのだろう。


 だからというわけではないが⋯⋯


 


 ――――――願わくば、関係のない彼が命を落とすことはありませんように



 そう願うことが、今のあたしには精いっぱいだった。



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