5.少女との学園生活の変化
フィナは学園生活をそれなりにうまくこなしていた。フィナが学園の生徒に心を許している様子はなかったけれど、それでもフィナはワイズマン公爵家の娘として学園で一目置かれていた。フィナは美しく、そして優秀だった。
フィナは完ぺきな少女としてそこに君臨していた。フィナをよく思わないものも少なからずいたが、それでもフィナは学園内で上位の存在であったし、何より同じ公爵家の婚約者であるレーインがフィナを大切にしていたからこそ何も起こることはなかった。
フィナは人に心を許していなかった。でもそれなりに充実した日々を送っていた。
レーインはフィナを大切に思っていて、その思いがフィナに伝わればフィナだってレーインと仲良く夫婦をやれるだろうって安心していたのだ。
でも、当たり前に続くものなんてありえなかった。
俺はそのまま続いていくと思っていた。フィナにとっての平穏な学園生活が。
それは、決して少しの変化が訪れたからといって壊れるものではないと思い込んでいた。
だけど、それはすぐに壊れていくことになったのだ。
はじまりはそうだ。
フィナの異母妹が学園に入学してきたことだった。
フィナの妹は、フィナとは雰囲気が違った。なんというか、愛されて育ってきたのだとわかる、人を疑うことを知らないような少女だった。
雰囲気から近づきやすくて、公爵家の娘だというのに近寄りがたい雰囲気はない。常に笑顔を浮かべていた。
そんな異母妹は、フィナに近づいてきた。
お姉様と呼んで。会いたかったといって。
……異母妹は、父親がフィナをどれだけ疎んでいるのか、どれだけ嫌っているのか、知らないのだ。知らないままに、自分の中の常識を口にする。
お父様を困らせちゃダメからはじまり、フィナが悪いとでもいう風に言う。
異母妹にとっての世界の中で、父親というものは優しい存在なのだろう。どこまでも優しくて、悪いことなどしない公爵。公爵とフィナが仲良くない原因に公爵が含まれているわけがない――異母妹はそう思い込んでいた。
「……フィナ、異母妹、勘違いしているけど」
「いっても仕方ないわ。あの子にとってあの男は立派で優しい父親だもの。それより、ゼノ。ゼノはあの子をはじめてみたでしょうけど、どう思った?」
「ん? どうも何も……あれがフィナの異母妹かってしか思っていないけど」
「そう。なら、いいわ」
フィナと寮の自室の中で話していたのだが、フィナは何考えているのかよくわからない所が結構ある。なんでご機嫌になって、本来の姿に戻っている俺の体に顔を埋めてもふもふを味わっているのだろうか。
フィナは異母妹のことを全然気にしていない様子だった。半分は血がつながっているはずなのに、フィナにとって異母妹という存在はあくまで他人でしかないのだろう。血の繋がった家族とそんな風に関係が希薄であるフィナ。俺は前世の記憶があるから、そんなフィナをかまい倒そうと思う。フィナを愛するべきフィナの家族がフィナを見ないのだから、フィナと他人としての関係しか築けていないのだから、俺が代わりになろうと。
フィナは異母妹を放置していた。どうでもよかったらしい。俺としても下位魔獣のふりをしているから、言葉をしゃべる気もなかったし、フィナが気にしていないことに口出す気も特になかった。第一、たった一人の存在が現れたぐらいで、フィナの暮らす世界が壊れていくなんて俺はちっとも考えていなかったのだから。
だってそうだろう? たった一人がそれだけ影響力を持つなんて考えられないじゃないか。
そもそもの話、フィナの学園での生活が明確に壊れだしたのはレーインの感情の変化が原因である。レーンはなんか最近フィナのもとへ来ないなって思っていたら何故か異母妹の隣にいたのだ。
正直それを知った時の俺の感想としては、あいつは何をやっているんだ? の一言である。というか、お前、フィナを大好きって感じじゃなかったっけと。
フィナは気にした様子もないし、んーっとなんとも言えない気分になっていた。
正直前世は人間だったから人間の気持ちは少なからずわかるけれど、今の俺はあくまで魔獣で。そもそも百年以上魔獣として暮らしているから魔獣としての感覚のほうが強いし、そのレーインの心変わりにどう動くべきなのかとかさっぱりわからなかった。
「ゼノ、おいしい?」
というか、フィナが普段通りに過ごしすぎていたため、俺としてはレーインが少し異母妹のそばにいることが、それがその後どんな影響を与えるかとか、どれだけ大事になるかとか考えきれていなかったのだ。
魔獣として生きてきて、人間としての感覚が薄れていたし、そもそも貴族社会なんてわからないから楽観的だったのだ。
で、そんなこんなしているうちにフィナの世界はどんどん変わっていったのだ。俺がよく理解していないうちに。