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1 うた

 タン、タン、タン。


 森の中に、太鼓の音が響き渡る。

それは、一定のリズムで刻まれ、まるで命あるものの鼓動のようであった。


我が住みしところ

 黒き大地 緑の森

 青き湖沼 白の峰


其は雲の上

 大いなる樹 世界の頂き

 青きテングリ その彼方……


 音に乗って、声がした。

歌声にも聞こえるそれは、草原にある、明かりの灯された、白い天幕から聞こえていた。


我が故郷よ

 広大なる 大地のへそ

 天に霞む 山の上

 一本の巨木 聳え立つ

 その梢は三層の天を貫き

 その根は地の底深く這う


我が歩きしところ

 樹の根元 泉のほとり

 川のせせらぎ 陽の光


其は楽園

 大いなる樹 人々の夢

 緑の葉 甘き果実

 夢は現実 現実は夢

 生命満ちし 其は楽園……


 光が満ちていた。

 天上高き山の頂、そこが彼の者の住処であった。

山の頂とは言うが、計り知れない程の広さを持ち、森や泉をも有していた。

 森には緑の葉が生い繁り、陽の光を受けて艶やかに輝き、泉からはこんこんと水が沸き出で、やがてせせらぎとなり、果ては膨大な量の流れとなって、山肌を駆け下りて行く。

大空高く天には鳥たちが飛び交い、木々の梢には昆虫が舞い踊っていた。

 そして山の頂の中心に、それはあった。

 途方もない大きさの樹だった。

これは世界を支え、天と地を結ぶ大いなる樹と呼ばれた。神々と人々を繋ぐものでもあると。

 彼の者は樹を世話していた。

 舞散る木の葉を一つ一つ取り除き、熟した果実を鳥たちに分け与え、糧となる水辺を綺麗に保つ。

一日をかけてそれらをこなし、陽が落ちれば己の樹に戻って眠りにつき、また翌日、同じ事を繰り返す。

 その毎日であった。

 彼の者にとっては、それが全てであり、世界であった。


 だが、ある日それは一変した。

 まず、果実が熟さぬまま落ちた。水は澱み、落ちる木の葉も日に日に増えた。

鳥たちは木の洞にその身を隠し、昆虫も葉の裏にいることが多くなった。

 地の世界で何か変動が起きたと分かったのは、それから間もなくだった。


 神々の声がした。

 お前の樹に戻るがいい。

 お前は次代を紡ぐもの。

 眠りにつき我らが呼ぶまで待つがいい。

そうして、彼の者は眠りについた。

己の樹の洞の中、深い、深い、眠りの海に。

 いつか、目覚める、その時まで。


 タン、タン、タン。


我は洞に眠る

 使命受けし その時まで

 長き時間を 天と共に

 神が我をお呼びになるまで……


 太鼓の音が、止んだ。

 天幕の中には、二つの人影が見える。

「それから、どうなったの?」

 男が、口を発した。

「あとは、あなたの知っている通りよ」

 太鼓を持つ女が、にこりと微笑んだ。

 かまどの火が、二人の姿をぼんやりと浮かびあがらせる。

「オイラ、知りたい。君のこと、テングリのこと」

 寝床に寝そべり、男は大あくびをしながら、そう言った。

「続きは、また明日、ね?」

 女は太鼓を傍らに置き、眠そうな顔をしている男の頭を撫でてやった。

「明日……」

 襲い来る睡魔に抗えず、男の目がゆっくりと閉じられた。

「今夜は少し冷えるみたいね、温かくして寝ましょう」

 暖かなフェルトを男にかけ、女はかまどの火を絶やさぬように、灰を被せる。

「おやすみ」

「おやすみなさい、あなた」

 天幕のてっぺんから、煙が細く、たなびいていた。

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