あめのふるひ
使わなくなって洗い落とされたいろんな色の絵の具が混ざって、黒く澱んだ水の入ったバケツを逆さまにひっくり返したような、なんだかきたない空の色だった。いつものように、靴箱から消えた靴を探して、焼却炉に放り込まれた通学鞄を回収して、ようやく家路についた途端、狙ったかのように、激しい雨が降ってきた。
冬の冷たい空気も相まって、雨は急速に体温を奪っていく。いつもなら、そのまま家に帰ったんだろうけど、今日はなんとなく、雨宿りをした。
バスの待合室には運よく誰もいない。ドアすらない簡素な掘立小屋だが、壁があるだけまだましだ。人がいないのをいいことに、ベンチの端で、膝を抱えた。
肌に張りついたシャツが、冷たいし気持ち悪い。濡れたのは少しだけだったのに、寒さで体ががたがたと震える。風邪をひいたらどうしてくれるんだ。愚痴を零しても体が暖まるわけではないし、雨が止むわけでもない。それでもなんだかやるせなくて、ずどん、と、落ちてきそうな雲を睨みつけた。
祐は、雨に濡れずに帰っているのだろうか。考えて、虚しくなってやめた。彼のことだ、どうせ、雨に降られても平気だろうし、何より、彼には傘を貸してくれる友人がいる。僕が心配する必要など、どこにもない。それに彼だって……と、学年の違う、目つきも素行も、おまけにガラも悪い男を思い出した。僕の周りは、あんなにも温かそうなのに、どうして僕はこんなにも――体の震えを抑えようと、膝を抱える腕に力を込めた。
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ぴしゃん。突然、目の前の水たまりを見覚えのあるスニーカーが踏んだ。ゆっくりと顔をあげると、湿気のせいでいつもより跳ねた猫っ毛の彼が立っていた。なにしてるの、綾人くん。そう言おうとしたら、それよりも先に彼が口を開いた。
「こんなところで、何してんだ」
「雨宿り、だけど」
「うわ、氷みてえ」
風邪ひくぞ。そう言って頬に触れる彼の手は、温かくて気持ちいい。
「なに。放っといてよ、雨が止んだら帰るから」
「ちょっと待ってろ。すぐ戻ってくるから」
子どもをあやすみたいに、頭をくしゃっと撫でて、綾人くんは待合室から出て行った。僕の話聞いてよ。行き場を失った悪態が、むなしく地面に落ちる。寒い。風向きの変わった風が、頬に残った彼の温もりを奪い去っていった。
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「悪い、遅くなった」
これ飲んで温まれ。ズボンの裾を濡らして帰ってきた彼が持っていたのは、コーンポタージュの缶。
「いらない」
口から出るのは、いつだって嘘ばっかりだ。ぷい、と顔を背ける。素直になれない自分が、どうしようもなく嫌だった。いっそこんな僕なんか嫌いになって、早くどこかへ行ってくれたなら。
「飲まなくていいから、これ持ってろ」
「うあっ」
コーンポタージュの缶を押し付けられる。冷え切った頬には十分すぎるくらいに熱い。
「あつい!」
「それからこれ着てろ。雨足が弱まったら帰るぞ」
相変わらず話を聞かない彼が、乱暴に上着を寄越す。文句の一つでも言おうとしたけれど、また頭を撫でて笑った彼の優しい顔に安心して、何も言えなくなってしまった。