第三話 少年の目から見た世界
――ビーッ!ビーッ!
――……中央区、第一高等学校一年C組に『烏合族(Dusk)』が出現。
生徒二名が被害に遭っています。
一人の生徒は左胸鎖乳突筋を捕食され死亡。形象崩壊までおよそ二分三十一秒。
もう一人は左橈側手根屈筋を捕食され負傷。出血多量の模様。形象崩壊までおよそ十五分十九秒。
殲滅部隊は至急応援願います。
繰り返します。
先程、十四時十七分に、中央区、第一高等学校一年C組に『烏合族(Dusk)』が出現……
緊急の出動要請がかかり、和やかな雰囲気に包まれていた『血統族(Dawn)』極東本部が一瞬にして緊張にエディットされた。
司令室に室長が入ると、ARで索敵や諸々の作業をしていたオペレーターや作業員が一旦作業する手を止め、立ち上がり、室長である玄道 昌隆に敬礼する。
昌隆が無造作に、払うように手を振ると、皆各々の作業に戻っていった。
「現状は?」
昌隆は指令を下す司令室の中央まで歩くと、一瞥もくれずに先に到着していた参謀の九条 則継に端的な質問をした。
「先程の緊急コールと変わりはありません」
「そうか。では、殲滅部隊が現地に到着するまでに予想される被害は?」
「私見で構いませんか」
「構わん。続けろ」
「はい。では、恐らくこの中央区第一高等学校に出現した『烏合族(Dusk)』は長い期間『化けていた』と思われます。人間を捕食するのに一切の無駄が見受けられませんでした」
「なるほどな」
「ですので、予想される被害は、最低でも教室にいる者の全員捕食でしょう。それも、『感染源』だけの被害想定ですが」
「………」
昌隆は顎に手を当て黙り込んだ。
"最低でも教室にいる者の全員捕食"。
しかも『感染源』のみの被害想定ときた。
***
一度でも『烏合族(Dusk)』に捕食されると、捕食被害者は『烏合族(Dusk)』へと変貌し、加害者となる。
仮令一度死んでいたとしても、その身体がこの世に残っている限り、だ。
つまりは、『烏合族(Dusk)』の殆どが見せる習性の、人間を跡形もなく喰い尽くすと言うのは、皮肉にも『烏合族(Dusk)』に『感染』する者を減らす事に繋がっているのだ。
だがしかし、生来からの『烏合族(Dusk)』と、途中で『烏合族(Dusk)』つまりは『感染源』に捕食され、『烏合族(Dusk)』になったモノとの間には、決定的な違いが生じる。
それは、『自我の形成』である。
生来からの『烏合族(Dusk)』には、人間と遜色ない自我が生まれている。
だからこそ、人間と『烏合族(Dusk)』は見分けがつかないのだ。
勿論、『烏合族(Dusk)』だと判明したモノを捕え、非合法な手段で人体実験や解剖が行われた事が、あるにはある。
しかし、遺伝子レベルで解明してみても、人間と『烏合族(Dusk)』の違いは、未だに発見されていない。
***
今から殲滅部隊が出撃ゲートから出撃しても、最短で五分。
先程の救援コールから既に十分以上経過している。
今回出現した『烏合族(Dusk)』は、『烏合族(Dusk)』へと意識をコンバートした後にも少なからずの知性を兼ね備えている様だ。
非常に厄介な事に、捕食した二名の総てを喰い尽くす気はないらしい。
殲滅部隊が現地に到着する前に、捕食された二名の生徒は『烏合族(Dusk)』へと成り果てるだろう。
人口が少ない場合には、ざっくばらんな言い方だが、どうにでも対処出来た。
しかし、今回の出現場所は、学校と言う、非常に人口密度の高い場所。
訓練を受けた者でもなければ『血統族(Dawn)』でもない一般市民など、直ぐに餌食にされてしまうだろう。
感染爆発は避けられない。
そうなると、更なる被害が予想される。
最悪、中央区を封鎖しなくてはならないかも知れない。
となると、残された手は――。
「司令、どうなさいますか」
隣で昌隆の黙考を静観していた則継だったが、しかしここで判断を仰いできた。
そろそろ、決断せねばならない。
極東本部が所有する数ある衛星の内の一つに搭載された、最も威力は低いとは言え、着弾地点から半径三kmを焼き尽くすレールガンで、中央区第一高等学校を砲撃し生徒を総て犠牲にする事を――。
しかし。
昌隆がその決断を下す事はなかった。
何故なら。
『血統族(Dawn)』が現れたから。
その日、『血統族(Dawn)』極東本部の司令室、並びに戦闘準備を終え、昌隆がレールガン『流星軍』の発動要請をしなければ後は出撃するのみだった『血統族(Dawn)』の極東本部精鋭部隊、『リアクト』の面々は、コネクトした現地の監視カメラから送られる映像をAR網膜や、モニタで見ながら、戦慄していた。
中央本部司令室室長玄道 昌隆は、モニタに目を釘づけにされながら、貫禄のある声でぼそりと呟いた。
「これが……神話の……予言が指し示した……人類の」
――最後の希望の光。
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最初の印象は、『凄ぇ冷めた目をした奴』だった。
まあ、どうしてあいつが冷めた目をしていたのか、俺が分かったのは小学校三年生の時だったんだけど。
取り敢えず、俺とあいつは、小学校一年生の時に、同じクラスになった事がキッカケで友達になった。
まあ友達になるタイミング的には良くあるタイミングかも知れないけど、これも後で理由が分かったけど、この時の俺は、何故か言い様のない疎外感を抱いていて、友達作りに躍起になっていたんだ。
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中央区第一小学校、一年D組で、俺――藤野 峻也――は、人生で一番緊張していた。
なんてったって、この『学活の時間』と言う稚拙極まりないネーミングの授業に開催される自己紹介で、俺のこれからの人生が決まってしまうのだ!
俺の持つ崇高な目的の第一段階は、『マジで友達百人出来るかな』だ。
そして百人友達を作りまくった後、『親友』と呼ぶに値する人間を誰か一人でいいから作りたい!俺の最終目標だ!
と言う訳で、俺はそんじょそこらのやつとは一線を画す並々ならぬ意気込みでこの自己紹介に臨んでいるのだ!
そうそう。友達を百人作るに当たってまず必要になってくるのは、相手を喜ばせる事だと俺は考えている。だから、俺はこのクラスのクラスメート全員の顔と名前を今日中に覚えるのだ!
そしてどんどん声をかけていく!
一度しか自己紹介してないのにいきなり名前を覚えていてもらった時の嬉しさったらないだろう!
我ながらいい事思いついたもんだぜ…。
――キーンコーンカーンコーン
――キーンコーンカーンコーン
入学式の時に校長先生と形式的ではあるが、代表生徒が行った入学登録によって、新入生全員がこの、中央区第一小学校のサーバに一定の個人情報を登録した。
それによって受けられるサービスの内の一つ。
個人の所有するAR網膜が、予鈴を耳朶に打つ。
そして、その予鈴が鳴り止んだ瞬間に、恐らくは俺達の担任の先生であろう、若い女の人が教室に入ってきた。
「はーい。皆さんこんにちは。
今日から皆さんのクラス担任のなった……」
先生が『黒板』に字を書く。
「先生の名前は、佐々木 祐香と言います。これから宜しくお願いしますね」
「「宜しくお願いしまーす!!」」
おおお。皆意外と元気!気さくなやつが多そうなクラスだ!
と言うか先生の名前は佐々木 祐香って言うのか。
タブレットにメモっとかないと。
「では、先生の自己紹介はこれくらいにして、皆さん。自分の自己紹介をしましょう!
タブレットに自己紹介のスライドを作ってきた子がいたら、『黒板』を自由に使っていいですからね」
「先生~」
「はい、なんですか?」
誰かが早速祐香先生に質問する。
「ぼくタブレットじゃなくてAR網膜にスライド作ってきちゃいました~」
「あらあら。義務教育の期間中は、校内でのAR網膜の使用は禁止になっているんですよ。
でもまあ、今日は仕方ないから特別に許可します。次からは気をつけて下さいね」
「はーい」
そう言うと、その質問をした男の子は、机に内蔵されたコンソールにAR網膜に保存されたスライドの情報を移行し始めた。
あ〜、そうだよなー。現代っ子にAR網膜使うなって方が難しいもんなー。
「せんせー、初めていいですかー?」
男女混合の五十音順で席が決められているから、最初のあの女の子はあ行かなー。
よし!名前と顔を覚えるぞー!
「はい。いいですよ」
「はーい」
返事をした女の子がタブレットを操作すると、『黒板』にスライドが展開された。
「じゃあ、始めます。
初めまして、私の名前は――」
>>>
「――宜しくお願いしまーす!」
――パチパチパチパチ
何人目かの自己紹介が終わる。
えーと、次は――。
――ガタ
「わーかっこいー…」
「ホントだ~やばーい」
お?なんだなんだ?
この女子達の異様なざわめきは。
心なしか男子もぼーっとしている様な…。
って、やばっ!
教壇の立ったそいつは、作り物なんじゃないかと見間違う程綺麗な顔をしていた。
濡れる様なストレートの黒髪。
程良い色白の肌に、小学一年生にしてはスラリとした身体。
非の打ち所のない、人間味の欠落したやつだ。
でも、一番俺の印象に残ったのは、そいつの冷めきった瞳だった。
達観している様でもあるし、諦観している様でもある。
とにかく小学一年生がする様なそれではなかった。
「っ!?」
目が、あった…。
けど、そいつは直ぐに俺から視線を外した。
別になんて事はないはずなのに、俺はぎくりとしてしまった。
あんまりにも人間味のない綺麗な顔をしたやつに見られたからってのも、勿論ある。
けど、一番の理由じゃない。
目が合ったあの一瞬、あいつが目を眇めたあの時。
何かを暴かれた気がした。
そして、一瞬にして教室中の視線と、恐らく話題をかっさらっていたそいつは、おもむろに口を開いた。
「――澄丈 維沙弥…です。宜しく」
それだけ言うと、そいつはさっさと席に戻って行ってしまう。
――パチパチパチパチ
皆陶然としていたし、呆気に取られてもいたが、思い出した様に拍手をした。
「あ、じゃ、じゃあ次の人、どうぞー」
祐香先生も流石に動揺している。
きっと、二重の意味で。
一つは、皆と同じで、澄丈 維沙弥と言う少年があまりに人間離れして美しかったのと、その自己紹介の短さ。
就職難だった昔に生まれた皮肉な習慣で、自己アピールする術が激増した現代で、あの短さはある意味異常だ。
そして、もう一つは。
祐香先生も、あいつに目を眇められたのだ。
>>>
皆一通り自己紹介を終え、それと同時くらいに学活の授業は終わった。
俺は自己紹介で皆の笑いを取る事に成功し、このままいけば、全員と仲良くなれるクラスのお調子者と言う立ち位置を確立出来るだろう。
それが俺の目標だから、俺はいいスタートを切ったと言える。
この休み時間の間に俺がすべき事は、きっと輪を作って皆と会話し、更にそれを盛り上げる事なのだろうが、しかし俺はその、言うなれば俺が定めた小学校生活の進路を逸らしてまで、興味をそそられる事を実行しにいこうとしていた。
そう。
それは、恐怖や気味の悪さに繋がらず、興味に繋がったのだ。
それとは、勿論澄丈 維沙弥と目が合い、感じた感覚の事だ。
興味だけではないナニカを引き連れ、俺は澄丈 維沙弥の席に近づき、前に立った。
女子ならともかく、男子も遠巻きに俺達の事を見ている。
「お前、澄丈 維沙弥って言うんだよな。
さっきも自己紹介したけど、俺の名前は藤野 峻也。よろしくな!」
「………」
澄丈 維沙弥は、俺のテンプレな挨拶が聞こえたのか聞こえなかったのか、顔をこちらに向けはしたが、何の反応も示さない。
うおう…。
なんかじっと見られてる…。
その時の俺は、単純にそう思った。
気づかなかったんだ。
維沙弥は、じっとこちらを見ていたのではなく、じっとこちらを『探していた』事に。
『捜していた』でなく、『探していた』と言う事に。
「俺の顔、何かついてる…?」
維沙弥が何をしているのかなど全く分からなかった俺は、これまた良くある言葉を投げかけた。
「……なあ」
ようやく、澄丈 維沙弥が口を開く。
「ん?何?」
俺はこの後の言葉は、きっと『なんで俺に話しかけるの?』みたいな、一匹狼的なやつが言う台詞を言うもんだと、勝手に思ってた。
別に維沙弥は一匹狼なんかじゃないってのに。
でも、第一印象が一匹狼って言う感じがあったから、俺は誘導でもされたみたいにそう言うんだと思った。
だから。余計に。
その後の維沙弥の言葉は、強烈な衝撃を俺に与えた。
「あんたさ―――」
「――え?」
俺は、この言葉を聞いて、やっぱり維沙弥に恐怖とか不気味さとかは抱けず、更に興味を持った。
別に孤立したい訳じゃないし、特段目立って孤立していた訳でもないけれど、それでもなんか、他人を寄せつけない雰囲気を持つ維沙弥に、俺がずっと一緒にいる様になった理由。
俺達の出会い。