第四話 能力テストⅡ
『リアクト』が亜貴乃の能力のアンバランスさについて結論を出しあぐねていると――通常の『血統族(Dawn)』は儀式の時に発現した能力を飛躍的に上昇させることは出来ないし、その能力がアンバランスであることもないが、何分『十三眷属』は存在自体が稀有であり、イレギュラーであり、また未知数であるため、乱暴に言ってしまうと『何でもアリ』と言う感があることは否めないのだ――そこに、則継が現れた。『リアクト』が脊髄反射で敬礼をすると、則継は「仕事で来たわけじゃないから。かしこまらなくていいよ」と言った。そして全員が敬礼を解くのを待ってから、「それで?今はどういう状況なのかな」と端的に問う。今日『十三眷属』が訓練を兼ねた能力テストをしていることは則継も既知のところ故、彼が今言っているのは『テストを中断させる何があったのか』と捉えるべきだろう。
そう判断した一虎は先程までの経緯を則継に話した。情報漏洩の防止を徹底しているためムービーは撮っていない。口で説明するしかないのだ。
「――ということなんです。則継さん」
「ふうん」
一虎の説明を聞いた則継はさして驚きもせずそう返した。そして未だ訓練場で突っ立っている亜貴乃に視線を投げかける。
そして、ぼそりと呟いた。
「まあ、あの子は『抑制』されてるからね」
「抑制、ですか」
「うん。まああの子については今のところ気にしなくて大丈夫だよ。テストを再開しよう」
一虎や『リアクト』の面々は則継の発言の意味を測りかね、もう少し詳細に答えて欲しいと思ったが、『再開しよう』と言われてしまえばそれ以上追及することは出来ない。それは『仕事』でなくとも上官の命令だからだ。則継は『リアクト』の面々がそう言われてしまえば追及出来なくなることを見越してそう言ったのだろうが。
どうやら『今』の『リアクト』は知らなくとも良いことだったようだ。知らなくて良いからと言って、決して些細なことではないのだろうが。
とにもかくにもテストは再開された。次は陽翔と涼の組み合わせだ。二人が準備している間、一虎は則継に、仕事ではないなら何故ここへ来たのかを問うてみた。個人的な理由を則継が教えてくれるかどうかは微妙なところだが、訊くだけなら何も減らない。無駄かも知れなくとも行動を起こすこと自体は無駄ではない。そう思っての行動だ。則継もきっとそれに気づいている。だから、彼が一虎に対して返答をすれば、それは答えても良い質問、且つ真実を語っていると言うこと。逆に彼がおざなりな反応をすれば、それは答えられない、ないしは答えたくないことなのだろう。一虎自身そこまで分かっていて質問をしたのだから、それは自身の質問が無駄にはならないと(則継が答えない場合はそれはそれで一考に値するから)確信していると言えなくもないのだが。
果たして則継の反応は。
「うん。ちょっと気になる子がいてね」
と言うものだった。
これは是。
答えられる質問だったようだ。
ただし、人間が連想する相手のことを話し、且つその相手が近くにいた場合、その相手のことを一瞥してしまうことがままあるが、則継の視線をずっと追いかけていた一虎には、彼の視線の先には眼下の訓練場、もしくは緊急の速報や招集等の情報を流し、且つ防壁の代わりになっている眼前の透明な液晶を眺めているだけだと分かっていたし、その『気になる子』に対してどのようなアクションを起こすつもりなのかを答えていない。しかし、一虎の『どうしてここへ来たのか』と言う質問には充分な回答をした辺り、本当にこの人には隙がないなと一虎は思った。
それともただ自分の訊き方が甘かっただけなのだろうか。
そんな一虎の胸中を知ってか知らずか、則継は、
「まだまだ甘いね、一虎は。俺から情報を引き出したいならもっと上手く言葉を操らなきゃ」
と言った。
「?」
そんな則継の言葉に、一虎は一瞬首を傾げた。それは勿論則継の言った言葉の意味が分からなかったわけではない。今しがた思っていたことをそのまま言われたようなものなのだから。では一虎がどうして首を傾げたのかと言えば、それは則継の言った言葉に対してだった。言葉と言うより単語、しかもその言い方だ。彼が言った『操る』と言う単語。彼がそれを言った時、僅かだが顔を顰めたのだ。一虎にはそれが不思議だった。しかし一虎は直ぐに自分には知る由もないことだと思い直すと、目の前の消化不良の疑問を少しでも晴らすことに思考をシフトする。
「じゃあ、則継さん。その『気になる子』って誰ですか」
と、今度は変に穿った言い方をするのを止めて直球で訊いてみる。
「これはまた。随分と直球できたね」
隣で則継が苦笑する気配がした。しかし一虎はそれを意に介さずこう続けた。
「だって今則継さんは『仕事』でここにいるわけじゃないんですよね。なら俺も『仕事』としてではなくプライベートで訊きます。則継さんを慕う佐内一虎として」
一虎が則継の方を見ずにそう言葉を紡ぐと、則継がこちらを振り向き一瞬動きを止めたのが分かった。まじまじと見られていることも。
そして数瞬後、則継は不意に吹き出した。
「あははははは!!」
元々則継の声は澄んだ通る声質故に、その笑い声は響いた。驚いた数人が思わず振り返る。
しかし則継はそれには構わず一頻り笑うと、目の端に浮かんだ涙を拭いながら切れ切れに言葉を紡ぐ。
「さっき言ったこと…訂正するよ……。くくっ。言うようになったねぇ。一虎。勿論いい意味で。あはははっ!……確かにそう言われたら俺は応えない理由にはいかないねぇ」
――一虎クンに慕われている則継サンとしては、ね。
「………」
確かに一虎は則継がこう言われたら応えずにはいられないと分かった上で先程の発言をしたのだが、まさかここまで笑われるとは思わなかった。
少し恥かしいではないか。
まあ、欲を言えば答えて欲しかったが、則継相手に応えてもられるように仕向けられただけでも良しとしよう。
「それで?何が訊きたいのかな」
まだ笑い足りないようだが、それをなんとか堪えながら則継が訊いてきた。
…少し恥ずかしい思いをした分存分に聞かせてもらうことにする。
「あ、そうだ」
早速一虎が質問をしようと口を開きかけた時、出鼻を挫くように則継が膝を打った。無論、実際に膝を打ったわけではないが。
「さっきもう質問してたもんね?」
「え?」
「ん?俺が『気になってる子』……この言い方だと好きな子の話をしているみたいで気持ち悪いけど、それが誰かって質問したでしょ?」
「え、あ、はい。確かにしましたけど…」
しかしそれは最早情報を総て開示するのと同質であるため、一虎としては先程の殺し文句を言うための布石のつもりで言っただけで、そんな根幹を答えてもらえるとは夢にも思っていなかったのだが…。まさか、答えてくれるのか。それは些か応えてくれ過ぎの気もするが。
まあ何にせよ、教えてもらえるのならば是非とも教えてもらいたい。
「何?聞きたくない?」
一虎が唖然としては固まってしまったため、則継は意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。容姿端麗であるためそんな笑顔も絵になる。
「い、いえ!是非とも聞かせて頂きたいです!」
「そう。じゃあ言うけど、俺が気になる…と言うか、注視しているのは二条朔だよ」
「朔、ですか?」
「うん。まあ能力のデータが欲しいのは勿論ダントツで澄丈維沙弥だけど、二条朔は危険だから」
「………」
「ああ、正確には二条朔の背後、かな。彼女自体は脆弱な小娘でしかない。言葉が悪いけどね」
「朔の背後…」
となると、彼女は。
「気がついたかな?彼女は『二条家』に下知されて、ここの情報を流している蓋然性が高い」
「!」
「だから『テスト』という名の情報漏洩機会を逃すはずがない、と思って。あまり勝手なことはしないように釘を刺しておこうかと思ってね」
なるほど。確かにそれは公には出来ないことだし、また則継くらいに頭の切れる人物でなければその蓋然性には思い至らないだろう。
一虎は則継の説明に納得しかけたが、ふと一つの疑問が鎌首を擡げた。
「あれ、ですが『砦』内から送られるARMには全て検閲がかかっていたはずですが…」
たとえ調査内容を暗号化していたとしても『砦』の幹部がそれを読み解けないはずはないし、もし内容があからさまな情報漏洩だと分かればそれは送信不可となるはずだ。
「ああ、一虎は知らないんだっけ」
「?何をですか?」
「彼女の持っているものがどれくらいの性能なのかは知らないけど…。『二条家』幹部、もしくは幹部補佐クラスの人間に付与されているAR網膜はね」
則継はそこで一旦言葉を切り、朔を視界に収める。
――『制限がない』んだよ。
「制限が…ない?」
一虎は最初、則継の言っている言葉の意味が分からなかった。制限のないAR網膜?どういう意味だ?
「そう。『制限がない』。まあもう少し詳しく言うと、『検閲制限がない』、『アクセス制限がない』、『ジャミングされない』、『ソナーが反応しない』ってところかな。他にも細々したのがあるんだろうけど、取り敢えず俺が把握してるのはそんなところかな」
「な……」
則継があっけらかんとして言った言葉の羅列に、しかし一虎は絶句した。
そんな性能を持つAR網膜など、たとえ持っているのが一人だけだとしてもどれだけ危険なことか。
「あ、でも心配しないで」
一虎が則継の言葉に恐れ慄いていると、則継が訂正を加えた。
「確かに『二条家』は『制限がない』AR網膜を持っているけど、さっき列挙した性能の完全版を持っている人間は一人しかいないから。まあ一人いるだけでも充分危険なんだけど」
「一人だけなんですか?」
「うん。さすがにそこまでのクオリティのAR網膜を造るのは簡単じゃあないみたいだね。コストも相当なものだろうし。一人以外はそれに比べたら相当レベルの落ちたAR網膜を付与されているはずだよ」
――それでも『砦』の検閲なんてあっさり抜けられるんだろうけど。
「……じゃあ、その完全版を持っている一人とは、一体誰なんですか?」
「本来ならば『二条家』現当主、だね」
「そうですか」
(……ん?『本来ならば』…?)
一虎は則継の言葉の言い回しに不穏なものを感じた。
「えっと…。本来ならば、と言うのは?」
「一虎も『二条家』の現状については知ってるよね?」
「はい」
***
『二条家』は十五年前に当主と正妻の間に長女である朔が産まれた後に正妻が身体を壊し、それ以後子宝に恵まれなかった。『二条家』は男女差別的な風潮のある一族故に朔が当主になることはない。しかし男児が産まれていないため相続問題が発生。分家である『丹丞家』は『裏条家』と違い『純血』・『混血』の違いで別れているやけではなく『二条家』に仕えている一家、と言うだけであるため、勿論相続に値しない。そして十五年前に当主が亡くなっているため、今は前当主であった二条 豊永が当主代理を務めている。
***
「……て、あれ?」
そこで一虎は気がついた。
「今『二条家』には正式な当主がいない…?」
「そう。前当主である二条豊永氏も当主であった当時は完全版のAR網膜を使用していただろうけど、それは家督相続した時点で新当主に引き継がれる。まあでも自分が使用していたAR網膜をそのまま他人に付与することは出来ないから、豊永氏は自身のAR網膜を完全廃棄し、レベルの下がったAR網膜を移植し直したはずだ。けれど新たに完全版AR網膜を付与されたはずの新当主は十五年前に突然亡くなっている」
「……ですがそれなら今の『二条家』にはその完全版のAR網膜保持者がいないと言うことなのでは?豊永氏がまた完全版AR網膜を移植し直したならばまだしも」
それが『本来ならば』の意味なのか?しかしそれならわざわざ取り沙汰さなくとも良い気がするが…。
「面白いのはここからだよ。一虎」
「え?」
「実は『二条家』お抱えの研究所の研究記録をハッキングして閲覧してみたらさ。あったんだよ」
「あった、とは…?」
則継がさらっと言ったハッキング能力にも脱帽するしかないが、今はそこに関心している場合ではない。
「完全版AR網膜は十五年前にもう一つ造られてる。しかも当時当主であった二条朔の父、二条 幸司氏が内密に依頼してるんだ。そして、完成した完全版AR網膜は…」
「完全版AR網膜は……?」
「ふふっ。誰かに付与されたのは確実だけど、その人物が誰なのか、真相は闇の中、ってやつ」
「………!」
それはつまり、どんな世界機密にもアクセス出来、しかもそれを相手に追跡させない、情報がものを言う現代社会では恐ろしいことこの上ないAR網膜の保持者の存在自体、隠されていると言うことだ。保持者が分かっていればその保持者自身、あまり軽率な行動は取れないだろうが、誰もその保持者を知らないとなると…。
「すっごい恐ろしい事態だよねぇ。でも『二条家』はその保持者が誰だか知ってるみたいだ。当たり前と言えば、当たり前だけど。いや、当たり前じゃあないか。なにせ当主が隠してたことだもんね。まあ、誰なのかは聞き出せなかったけど」
(……どうして則継さんはそこまで詳しく知っているんだろう)
一虎は則継の情報量の多さに戦慄したが、今度もまたそれには構っていられない。
「…しかし疑問なのは『二条家』が何故それ程の科学力を持っているのか、ですが…」
「ああ、それは簡単だよ」
さすがにこれについては則継も知らないだろうと思い、共に考察するつもりで発した言葉に、あっさりと答えが返ってきた。
「え?」
思わず声を上げてしまう。
「だって奴らは『七条家』の科学力の四割近くを接収せしめたんだから」
――残りの六割は『九条家』が接収したんだけど。
「『七条家』……」
***
『七条家』とは、『裏条家』の派閥の一つである。彼らは中距離攻撃を得意とし、また世界随一の科学力を誇っていた。
しかし、彼らは今から九十五年前に『絶滅』している。
『絶滅』の真相は※貴方のアクセス権ではこれ以上は閲覧出来ません。※
『七条家』はかつて『分家』である『質定家』の一族の血液を一滴残らず搾取し、その血液を使って※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※
『絶滅』した『七条家』の遺した『××××××××』は『九条家』が回収したが、内数機は『二条家』が接収。その際科学技術も盗まれたとされている。
そして、『七条家』の『殲滅』を下知したのは※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※
『殲滅』を免れた『七条家』幹部は※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※
これが『ゲート』が『テレポーテーションスキル』を獲得した経緯である。
また、『七条家』は『クローン人間』の開発に成功。これは※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※貴方のアクセス権ではこれ以上閲覧出来ません※
***
『七条家』の『絶滅』の真相については、一虎は詳しくは知らない。なにせほとんど一世紀も前のことであるし、そもそもアクセス制限が最高レベルでかかっているため、『リアクト』の隊長である一虎をして、虫食いのような状態で閲覧出来る程度だ。幾ら勘の鋭い者でもあそこまで虫食いの状態にされたら続く言葉を連想することは不可能だろう。前に総帥に次いで二番目にアクセス権のある昌隆にどれくらい知っているのかと問うてみたら、なんと一虎の閲覧出来る情報とほとんど変わらなかった。それ程の機密が、『七条家』の『絶滅』に関わっている、と言うことらしい。
「そう、『七条家』。彼らの科学技術は当時の一般的な科学水準を二百年ほど凌駕していたと言われているんだ」
「二百、年…」
「もしかしたら『七条家』は『絶滅』する前にはAR網膜を完成させていて、その完全版のAR網膜の設計も、『二条家』は『七条家』から接収したデータを流用しているだけにすぎないのかもね」
「………」
「きっと彼らは聡明すぎたんだ。気づいてはいけないことにまで、気づいてしまったんだろう。だから『あんなもの』、造ってしまったんだ」
「則継さん?それってどう言う――」
途中から独りごちていた則継が、何か重大なことを言っている気がして、一虎が更に詳しく話を聞こうとしたその時。眼下の訓練場から声がかかった。
《佐内大佐。少々手間取りましたが準備、整いました》
見ると、涼がこちらに顔を向けてそう言っていた。防音効果のある液晶越しのため、スピーカーを通してその声は聞こえた。
「あ、ああ。分かった。それじゃあ……テストを再開しようか」
結局、一虎は則継の言葉の続きを聞くことは出来なかった。
本当は今回で全員分の能力テストが終わるはずだったんですが…。
まさかの一人も進まないという(゜Д゜)
しかも二人の会話だけ…。
というか二人共めちゃくちゃ長い間討論(?)をしていたというのに陽翔と涼の準備が遅すぎる…!
内心この二人はどんだけ準備に時間がかかっているのだとツッコミながら書いておりました(笑)