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第三話 能力テストⅠ

ペーパーテストを終えた維沙弥が地下の訓練場のモニタールームに行くと、丁度紗羅と翔が訓練を開始するところだった。先にモニタールームに行っていた陽翔が手を挙げて挨拶してくる。


「よ!お疲れさん。こっち来いよ」


言われるがまま陽翔の隣に行き、眼下に視線を移す。

高等学校に入学して以来訓練場に仮想敵(エネミー)をAR網膜に投影しての訓練が実施されていたが、今回は『リアクト』のメンバーと手合わせするらしい。


「さて。それじゃあ紗羅ちゃん始めるぞー」


則継と良く似た――分け目以外は本当にそっくりで、双子かと思う程だ。ちなみに、則継が真ん中分けで、翔は左目が隠れがちだ――翔がストレッチをしながらそう言った。


「はい。宜しくお願い致しますわ」


紗羅は今までの仮想敵との訓練で余程自信がついたと見える。表情に余裕がある。


「ほいよー」


紗羅が翔に向かって丁寧にお辞儀をすると、翔が軽く手を振って応える。

そして、モニタールームに目を向ける。印象的なエメラルドグリーンの瞳がある人物を捉えた。


《隊長〜。操作よろしくー》


翔が見上げたのは維沙弥を連れ立ってモニタールームに入ってきた一虎だった。翔の言葉を受け、一虎が手元で何かの操作を始めた。するとその刹那、紗羅と翔のいる真っ白な訓練場の、対峙している二人の頭上に二人の名前と制限時間を表示したホログラムが展開された。


「ルールは簡単なんだよ」


維沙弥がそのホログラムを見ていると、一虎が眼下を見下ろしながらそう言った。維沙弥が一虎に振り返る。


「相手の武器(クロニクル)を弾き飛すか、相手を戦闘不能にすれば、勝ち」



***



血とは、『血統族(Dawn)』の定義に於いて、人間が生きてきた総て――経験・知識・感情――を蓄積したモノとされている。それ故に彼らは他人の血を微量でも口にすると『人間』と言う『真理』に呑まれて心身共に文字通り破壊される。

『血統族(Dawn)』が持つ能力。自身の血を体内に取り込むことで発動する能力。自身の総てを受け入れ、発動せしめる能力。これを、ギリシャ語の時間・時代と言う意味のクロノスと呼ぶのは、それに由来している。

そして、彼らは能力(クロノス)を体内で変換して外界に具現化して得る武器を、クロノスが由来とされる、年代記の意味を持つクロニクルと呼んでいる。また、『守護者(ガーディアン)』の発動させるシールドもクロニクルとされているが、便宜上そのままシールドや防御と呼ばれることが多い。

そして、『血統族(Dawn)』の一人ひとりが持つ固有の能力もクロノスと呼ばれる。



***



「簡単でしょ?」


「ルールは簡単ですね」


「あはは」


「始まりますよ」


維沙弥と一虎の会話は朔のその一言で中断となった。二人共眼下に向き直る。


「よし。じゃあ武器出していいぞ」


翔がそう言うと、紗羅が左手の人差し指を噛み、流れ出た血を飲み込んだ。すると、紗羅の周りが淡く輝き、ゆっくりと武器が形成されていく。彼女が具現化させた武器は大きな鎌の形をしていた。美しい銀色の鎌は白い空間で乱反射している。


「『銀』色…」


紗羅の大鎌を見て維沙弥が思わず声を漏らす。


「武器の生成時間は約十秒、か」


維沙弥の小さな独り言に反応した人物がいた。一虎だ。


(武器の『序列(ランク)』のことも、『生成時間』のことも知ってるのか…)



***



武器序列(クロニクルランク)とは、生成した武器の色で判別することが出来る。一番強いとされる武器の色から、

緋>黒>蒼>白・銀>翠

となっている。

高ランクと呼べるのは緋と黒の二色であり、主に『裏条家』にこの色が現れやすい。しかし、最高ランクの『緋』は『砦』の中でも一虎しか発現していない。昌隆は『黒』であり、彼が最高司令官であるのは、統率力の高さ故である。ちなみに則継の発動させるシールドの色は透明な『黒』である。

この色は血の色に近い色ほど武器自体の強さが高い。

そして、序列が高い武器ほど生成に要する時間が短いのだ。

武器の色は『血統族(Dawn)』の強さとイコールであり、生涯覆すことはできないが、研究段階である十三眷属がその法則に当てはまるかどうかは明らかになっていない。



***



一虎の意識は一昨日の中央区第一高等学校に出現した『烏合族(Dusk)』の討伐命令が下った時に遡っていった。



<<<



――……中央区、第一高等学校一年C組に『烏合族 (Dusk)』が出現。 生徒二名が被害に遭っています。 一人の生徒は左胸鎖乳突筋を捕食され死亡。形象崩壊までおよそ二分三十一秒。 もう一人は左橈側手根屈筋を捕食され負傷。出血多量の模様。形象崩壊までおよそ十五分十九秒。 殲滅部隊は至急応援願います。 繰り返します。 先程、十四時十七分に、中央区、第一高等学校一年C組に『烏合族(Dusk)』が出現……


「市街地に『烏合族(Dusk)』…!?くそ、索敵班は何やってるんだ…!」


『砦』に緊急コールが入り、すぐさま司令塔に辿り着いた『リアクト』の中で、まず声を上げたのは九条 翔だった。通常なら『烏合族(Dusk)』の出現には特有の周波数が生じる為――『血統族(Dawn)』が能力を発動させる時も特有の周波数が生じる――索敵班がいち早く察知し、『捕食』を未然に防ぐのだが、今回はそれよりも早く『烏合族(Dusk)』が現れてしまったようだ。

どうやら相手の『烏合族(Dusk)』は長いこと人間に『化けていた』らしい。『人間』と『烏合族(Dusk)』を何度も行き来していると自我を取り戻す事に『慣れ』てくるらしいのだ。


「落ち着け。さっさと準備していつ出撃命令が出てもいいようにするんだ」


苛立った翔を冷静な声で諭したのは一条 怜央。喋りながら既にほとんど準備を終えている。


「なんで司令は直ぐに出撃命令を出さないんだ!?」


「……『流星軍』を使用するかどうか判断しているんだろ」


「!?」


怜央の言葉が正しいと重々承知していた翔は手早く準備を進めながら尚も苦渋の表情を浮かべていた。そこに翔の頭を一気に冷やす言葉をかけた者がいた。一虎だ。


「あまり軽率な発言をするな」


人を射殺しそうな冷たい瞳で翔を見つめる。


「……ッ。……すまない」


「分かればいい。黙ってろ」


「……了解」


「出撃命令があったら協力して『烏合族(Dusk)』を討伐しなくちゃいけないんだからあんまり空気を重くしないでねー」


殺伐としていた空気を少しながらも和ませたのは三条 彩姫。準備は終わったようで、戦闘服に身を包んでいる。


「そうよ。全く、直情バカはここの空気も悪くしてどうするのよ」


彩姫の後ろから呆れた声を上げたのは五条 涼。名前の通り涼やかな声で更に空気を柔らかくした。


「……だから悪かったって」


翔も些かいつもの調子を取り戻し、口を尖らせてそう言った。

そんな隊員のやり取りを見て、一虎は瞳を閉じると短く息を吐いた。


「……ふーっ。皆揃ったな。じゃあ出撃命令が下ったなら、フォーメーションAで行くぞ。いいな」


一虎が隊長然とした口調でそう言うと、隊員全員が敬礼で応えた。


「了解!」


だが、結果として『リアクト』に出撃命令が下る事はなかった。何故なら、『血統族(Dawn)』が現れたから。史上五人目の『第十三眷属』。

モニター越しに観たその『血統族(Dawn)』は、人間とは思えないほど美しい姿をしていた。


「……!?」


しかし、『リアクト』のメンバーは彼の出現以外でも、彼に驚かされることとなった。


「『緋』い…刀身…だと…?」


そう、現れた『第十三眷属』が具現化させた武器の色が、武器序列最高ランクの『紅』だったからだ。『砦』には一虎しかおらず、『第十三眷属』には一人としていない『緋』の武器の持ち主。


「それに…なんて禍々しい色してやがる…。まるで…」


一虎が漏らした言葉に翔が続く。



――まるで、生きてるみたいだ。



彼の持つ武器は『緋』が脈動していた。まるで、心臓から血液が全身に循環しているかのように。


モニター越しの美しい殲滅者はひらりと跳ぶと、『感染源』の前に降り立った。


《………》


無表情に『感染源』を見つめていたかと思うと、そのまま流れるような動作で『感染源』の首を刎ね飛ばし、『感染者』の首も刎ねた。


赤黒い血を浴びて一層強く脈動する『緋』の刀身の持ち主は血を払うと武器を胎内へと戻した。

一連の流れを見ていた彼のクラスメイトの一人が呆然と、そして畏怖の念を込めて言葉を発した。


《なんなんだよ、お前は……》


少年が言葉を発した人物に振り返り、背筋が凍る程美しい、妖艶な笑みを浮かべた。


その『瞳』は総てを見透かす。


『人間』の醜さを。

『人間』の愚かさを。

『人間』の過ちを。


『人間』がどれだけ救いようのない存在なのか()っていても、それでも『彼』は。


『緋の瞳』の『彼』がゆっくりと口を開く。


《唯の『人間』さ》



――結局『人間』でしかないのだ。



>>>



(事情聴取の話を聞く分に、維沙弥は齢五歳の時から自分が『血統族(Dawn)』であることを理解している。なのに何故あの時自分を『人間』だと言ったんだ?維沙弥の喋り方が僅かに変化したのが関係しているのか…?それに、あの瞳の色…)


一虎が思案に耽っている間に。

紗羅と翔の組み手は早々に決着が着いていた。


「よし、武器出したな。んー、まあその生成時間じゃあ直ぐに殺されるな」


そう言うと、翔は手早く自身の左手の母指球に歯を立てた。そして血液を呑み込んだと同時に武器が生成され、彼の手に握られていた。『黒』く光る戦斧。デザイン重視の半円形斧頭とは違い、相手を切断することに長けた両刃状斧頭。武器の大きさは紗羅と同じくらいだ。どちらも所有者の身長より高く、リーチが長い分高威力だが重く、動きを大振りにせざるを得ないため、隙が出来やすい。


と、思っていたが、翔は武器の重さなど感じていないかのように戦斧を片手で一回転させた。


「うし、じゃあ始めるぞ〜」


まるでその一回転が準備運動だったかのようにそんな掛け声をかけると、翔は長い柄を間隔を開けて両手で握り、自身の斜め後ろに戦斧を構えた。


「紗羅からどーぞ」


余裕綽々の笑顔でそう言われて些か気分を害したのだろう。紗羅が少しむっとした顔になった。重心を低く構え、翔に向かって駆け出した。大鎌が重いのか、地面に接触しそうだ。そのまま間合いまで進入すると、腕に力を込めて大きく振りかぶる。全力で水平に薙ぎ払った大鎌はしかし、空気を裂いただけだった。


「遅い!」


という翔の声は、紗羅の頭上から聞こえた。


「っ!?」


紗羅の振りかぶった大鎌より大きく跳躍した翔が、そのまま紗羅の大鎌の上に乗り、地面に固定する。


「よっ」


紗羅の大鎌を踏んだ状態からノックバックしたかと思うと、自分の身長よりも大きい戦斧を片手で容易く操り、身体の回転を活かして紗羅の大鎌の柄を跳ね上げた。


「はい、終了〜」


紗羅の眼前に着地した翔は時間差で落下してきた大鎌をキャッチしそう言った。


「……っ」


紗羅があっさり負かされたことに羞恥したのか顔を赤らめ肩を震わせた。


「無理だよ。今のお前じゃ俺には勝てない」


「……何故ですか?」


「うーん。敗因を上げるとキリがないけど?」


「………」


翔の言葉に絶句した紗羅の様子を見て、翔が方を竦めた。そして、不意に表情を消したかと思うとぽつりと呟いた。


「『驕りすぎ』」


「……っ!」


翔のあっけらかんとした口調の言葉が余程図星だったのだろう。紗羅の顔がみるみる赤くなっていく。先ほどから震えている肩が完全に怒りを表している。


「……分かったような口を聞かないで頂きたいですわっ!」


大声を張り上げキッと翔を睨みつける。しかし、翔はその瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに言った。


「分かるさ。お前と俺は似てる」


「……え?それってどう言う……?」


「だから一虎はお前と俺をペアにしたんだろう。全く――」


「全く…?」


「……。いや、なんでもない。うし、交代するぞー」


何かを言いかけた翔だったが紗羅の声にはっとしたのか、口を噤んだ。


「………?」


紗羅は翔の言葉の続きが気になったようだったが、これ以上は何を訊いても答えてくれないと判断したのか、渋々翔に続いて訓練場を出た。


次は亜貴乃と怜央の手合わせだ。聞くところによると怜央の武器は狙撃銃(スナイパー)で亜貴乃は槍らしい。


怜央の合図で二人が武器を生成する。

怜央は一瞬で。亜貴乃は十五秒程かかった。怜央の武器は『黒』で亜貴乃の武器は『翠』だった。


紗羅と翔の時のように二人の頭上にホログラムが展開された。


「僕の合図で攻撃開始だ」


「はーい」


怜央が生真面目に説明するのを、亜貴乃は例の如く身長よりも大きな槍をいとも容易く操りながら聞いていた。

武器の強さは本人の強さに完全にではないが比例している。先ほどの紗羅が良い例だ。大きな鎌を扱い切れていなかった。それは彼女が自身の武器に不慣れという事ではあるが、彼女自身の身体能力も武器同様、言い方は悪いが翔よりかなり劣っているという事でもある。むしろそちらの要因の方が大きい。

ならば紗羅よりランクの低い武器の亜貴乃が何故こんなにも武器の扱いに長けているのか。それは、紗羅よりも武器の使用年数が長いというだけではない。もっと大きな原因があるのだ。武器のランクと身体能力がアンバランスなのには。

それはおいおい語るとして、ようやっと怜央から合図が出た。


亜貴乃が怜央に正面から突っ込む。それだけ見ると紗羅と何も変わらないように見えるが、彼女の場合は周囲の空気の変化にとても敏感だった。目にも止まらぬ速さで狙撃銃を構えた怜央をしっかりと捉え、撃ち出される高速の弾丸を必要最小限の動きで避けた。


「……!」


モニタールームに戻って来た紗羅、考え事から我に返り訓練を眺めていた一虎、亜貴乃の相手をしている怜央、待機していた『リアクト』の他のメンバー全員が驚嘆した。

よもや『翠』ランクの人間が攻撃をかわすとは思わなかったのだろう。彼女の動きは『黒』ランクと同等だった。


「………」


怜央が更に多くの弾丸を射撃する。


「おお、多い〜」


それを亜貴乃は楽しげにその瞳に捉え、避けられるものはステップを踏むように避け、避けられないものは『第十三眷属』だけが持つ攻防一体能力、すなわちここではシールドを展開して防いだ。

彼女のシールド展開は、槍の先端に、これまた必要最小限の範囲のシールドを展開するというものだった。攻撃の手を止めずに防御もするスピード系。これは隙が出来ればそこを突かれてお終いだが、隙など作らず器用に槍を操っている。さながらそれは洗練された演舞を思わせた。


「………」


攻撃を防ぎながら徐々に怜央との距離を詰める亜貴乃。このままでは間合いに入られてしまうだろう。そうなればどちらが勝つかなど皆目検討もつかない。訓練前ならばたとえ間合いに入られても勝つ自信のあった怜央だが、今ではどうなるかは自分でも分からない。ただ、目の前の少女は確かに驚嘆すべきほどの身体能力を有しているようだが、彼女の様子は今のこの状況を楽しんでいるようにしか感じられない。本当の闘いを知らず、あまつさえ相手を信じ、相手が奇を衒うことなど微塵も考えていない。もっと言うと、今の事を考えすぎて後先を考えていない節がある。ならば……。


――ギィンッ


「……ほへ?」


後もう少しで怜央の間合いに侵入出来る所まで来ていた亜貴乃だったが、しかし怜央に武器を弾き飛ばされた。彼女は最初何が起きたのか分からなかった。見切れる弾が大量に飛び交う空間で、快感にも似た感情を抱き、重い衝撃と共に目前の障害物を取り除いていっていたはずなのに、全て排除していたはずなのに、彼女の武器は彼女の手から離れていったのだから。


「………」


瞬間、彼女の心の中に『懐かしい』黒く渦巻く、否、黒すぎて渦を巻いているのも分からない、沈殿している気もする『負』の感情が膨れ上がってきた。


(なんであたし負けたの?負けてるの?あたし弱い?だから『あの時』あんなことに――)


「……?『あの時』っていつのことだっけ?」


亜貴乃はことりと首を傾げた。


「今何が起きたんだ?」


一人状況についていけていないらしい陽翔がそう言った。彼の疑問に答えたのは順番待ちの朔だった。


「弾を二発撃ったんですよ」


「?それならさっきまでみたいに防げたはずだろ?」


「先ほどまでの怜央中佐の射撃は、言うならば『奇を衒うことのない防ぎ易い優しい弾』でした」


「あんなに連射してたのにか?」


「ええ。毎回違う箇所に着弾するように撃っていたんですよ。それはつまりは弾が見切れる限りは防げる、という事です。弾が見えていれば防げるのです」


朔の説明を聴き、首を傾げながらも頷く陽翔。


「うーん。まあそうだな、見えるなら防げるよな。見えなきゃ防げないけど…」


「そうです。それですよ」


「へ?」


朔の説明を反芻するように呟いただけだったが、朔から思わぬレスポンスが来た。


「ですから、怜央中佐は有賀が『見えない弾』を撃ったんですよ」


「見えない弾って…」


「別に物理法則を無視した弾を撃ったと言っている訳ではありません。二発、連続で撃ったのですよ。音も被るほどの高速で。そして同じ弾道を描くように」


「か、簡単に言うと…?」


段々話が難しくなってきたのだろう。陽翔が汗を浮かべながら待ったをかけた。


「………」


朔が陽翔を憐れみの目で見やる。こんなことも分からないのかと。

しかし、短い溜め息の後、陽翔にも分かり易いであろう例え話を始めた。


「そうですね。例を挙げるならば…正面から人が歩いてきたとして、果たしてそこには一人しかいないと断言出来ますか?」


「?出来るんじゃないか?だってその口振りからだと一人しか見えてないんだろ?俺から」


「ええ。ですが、その一人の後ろにもう一人歩いている可能性は?」


「は?」


「全く同じモーションをして、正面から見る分には一人しかいないように見せることは可能ではないですか?」


ここまで言って、陽翔はようやく先ほどの亜貴乃と怜央の訓練の結末の意味が分かったようだ。


「あ、なるほど」


「そうです。有賀には一発撃ったようにしか見えなかった。だから彼女は一発分の防御しかしなかった。だから後から来た二発目に武器を弾かれたのです」


「はー、難しいことやってんなぁ。アイツただのバカじゃなかったんだな」


陽翔がこれまた何気なく言葉を口にする。


「それが、一番不思議なんですけれどね」


「え?」


「最古参の貴方なら嫌というほど知っているでしょう。武器のランクが身体能力に比例することを。中には体術を極めてそれを補う方もいますが」


「そうだな。一虎さんの武器がここじゃあ一番強いし、事実『砦』の最高戦力保持者は一虎さんって言われてるくらいだし」


「有賀のあの動きは『翠』ランクでは有り得ません。どれだけ鍛錬を積んでもあそこまで洗練された動きは出来ないでしょう。いえ、たとえ出来たとしてもあの武器の強さで『黒』ランクの攻撃は防げないはずです」


「そうなのか?」


「ええ」


二人がこんな会話を展開している時、『リアクト』でも議論が展開されていた。


「おい、おかしくないか?なんでアイツあんなに動けるんだよ」


「そうね。保護されたのは紗羅より前だったけれど『覚醒』は同時期だものね」



***



『覚醒』とは、『血統族(Dawn)』の中等部入学時に行われる『血』に対する儀式の事を指す。この儀式を執り行う事で『血統族(Dawn)』は初めて『血』、すなわち『能力(クロノス)』を行使出来るようになるのだ。

例外としては、維沙弥、陽翔、朔は能力が覚醒した状態で保護されたため、この儀式を受けていない。亜貴乃と紗羅は『第十三眷属』の可能性を見出されて保護された。亜貴乃は十二歳の時に。紗羅は十三歳の時に。亜貴乃は他の『血統族(Dawn)』と同じく中等部入学時に儀式を受け、紗羅は保護されて直ぐに儀式を受けた。両者の間に時間的な差はほとんどない。



***



『リアクト』のメンバーが顔を突き合わせて討論している横で、陽翔と言葉を交わす朔。未だ訓練場で虚空を見つめ、首を傾げたままの亜貴乃。そんな状況を遠巻きに見ていた紗羅は、ふと維沙弥が見当たらないことに気づいた。


モニタールームを出て、維沙弥の姿を捜す。すると、廊下の途中の何もない所で空中を見上げてぼんやりしている維沙弥を見つけた。


「維沙弥さ……」


紗羅が維沙弥に声をかけようとした時、維沙弥がぼそりと言葉を発した。


「……分かってる。ちゃんと、終わらせるよ」


「……?」


「俺のせいだから。……終止符を打つのも、俺じゃなきゃ」


(通話中かしら……?)


紗羅はそう思い、邪魔をしてはいけないと、モニタールームに引き返していった。

彼女は、忘れていた。

そして、気づかなかった。

この地下空間は情報漏洩防止――訓練時に特殊能力を発動した場合、情報が漏洩し戦力を把握されるのを恐れて――のために、仮想投影以外のAR網膜の機能がジャミングされていることに。


そして、彼の瞳が『緋』だったことに。


本当は維沙弥の訓練(彼が最後です)まで書くつもりだったのですが…。思いの外字数が多くなってしまったので、ここで切ることにしました。

更に言うと維沙弥の前まで前の話で書くつもりだったのですが…。これまた字数が多くなってしまいましたので…。

訓練の話が終わってからが本番なのですが(笑)

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