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第ニ話 『君』の『名前の呼び方』

ちょこちょこ些細だったり重大なミスを犯してこの物語を書いています、浮芥彼です。

以前読んだことと違うことが書いてあるなと思った場合は、大方その以前の方が正しいです。維沙弥の元所属クラス然り、一虎の階級然り、翔のルビ然り…。本人も後で気づいてちょくちょく直しています…。大変申し訳ないです。

「それじゃあ自己紹介も済んだ事だし、君に『東亰』のマップを転送するね」


正式に『砦』のデータベースに仮登録――正式に登録されるのは高等学校卒業後だ――された事を受け、則継は維沙弥への言葉遣いを改め、そう言ってきた。

彼は最早無意識でその線引きをしているのだろうが、傍から見ればその分急変ぶりは薄気味悪いだろう。

自分が異様な行動を取っているなど露程も知らない則継は維沙弥のAR網膜にマップを転送してきた。目の前に仮想の『東亰』の全貌が展開される。軽く目を通しただけでもかなり複雑な造りになっているのが分かった。それは、昨日『砦』を訪れて既に感じていた事だったが。内部構造だけでなく建物の配置からして入り組ませているようだ。


「今君の目の前に仮想展開してるのが『東亰』の全貌のマップ。適当な建物をタップしてみて」


維沙弥は則継に言われた通りに一番近くにあった建物をタップしてみる。すると、建物を半分に切ったような図面が展開される。その図面の左側には階数のタグが表示されていた。


「階数のタグをタップするとその階の詳細なマップデータが表示される仕組みね。ああ、後、アクセス制限がかかってる建物とかもあるから気をつけて」


則継の目からは維沙弥のAR網膜の操作は空中を撫でているようにしか見えないはずだが、あたかも見えているかのように絶妙なタイミングで指示を飛ばしてきた。


「?」


そこで、維沙弥は自身のAR網膜にARMが届いている事に気がついた。なんとはなしにそれをタップしてみる。そこに展開されたのは、


――まさかあんな一瞬で見破られちゃうとは思わなかったな。昌隆ですら知らないのに。この事は出来れば内密にしていて欲しいんだ。あまり気持ちの良い話でもないしね。さっきのアイコンタクトで通じたとは思うけど、念の為に、ね。


則継からのARMだった。いつの間に打っていたのだろうか。彼が今まで手元に視線を落としてAR網膜を操作していた素振りは微塵もなかったのだが。もしかしたら後ろ手に操作していたのかも知れない。昌隆と会話しつつこれを打っていたのだとすると、則継の器用さが最早不気味だ。


そして、維沙弥が読了すると同時にそのARMは消失してしまった。時間制限つきに設定してあったようだ。証拠を残さぬように細心の注意が払われている。


「操作はこんな感じかな。マップはアプリケーションとしてARにインストールしておいたからね。――『宜しく』」


(……二つの意味が込められていると見るべきかな)


時間制限つきに設定したと言う事は、則継には維沙弥がARMを読んだかどうかを報せる設定もしてあるはずだ。これから宜しくと言う意味の裏側にARMの内容の承諾の催促も含まれている。


「『分かりました』。宜しくお願いします」


特にバラそうと言う気のなかった維沙弥は素直に返答した。自分の淡白な口調で万が一伝わらないと困る為、少しだけ語調を強める。

それを見た(聞いた)則継がにんまりと笑った。


「うん。上出来」



>>>



維沙弥に『東亰』のマップを転送する事とこれから維沙弥が関わっていく事になる『血統族(Dawn)』との自己紹介が済んだ事で、今日は解散となった。


「では、今日はこれにて解散だ。各自これからの時間は自由に行動していい。澄丈は『東亰』を散策してみるのもいいだろう。『寮』はすまんがそのアプリで捜してくれ。こちらもこれ以上時間を割けなくてな」


それだけ言うと、昌隆は「失礼する」と言って教室を出て行った。それに追従する形で則継も教室を後にする。各々活動を開始したのを見て、維沙弥も単独行動をしようと考え始めた。


(直近で問題になってくるのは校舎の構造と周辺の建物だな…)


起動したままの地図アプリケーションを眺めながらどこから行こうかと考えていると、不意に軽く肩を叩かれた。


「?」


振り返ってみると、肩を叩いたのは佐倉 陽翔と名乗った少年だった。にんまりと満面の笑みを浮かべている。きちんと眺めてみると、やや浅黒い肌の持ち主のようだ。彼の顔立ちから人懐っこさとお節介焼きなのがなんとなく見て取れた。


「よう、『維沙弥』!これから暇か?」


「暇かと訊かれれば…暇かな」


黙考していたところに急に話しかけられ、維沙弥の反応がやや鈍い。


「そっかそっか!なら親睦を深める意味を込めて、これから俺達がお前を案内してやるよ!」


ぴかーと言うSEがしてきそうな笑顔で、陽翔が言った。がっしりと維沙弥の手首を掴んでいなければかなり好感を持てる笑顔なのだが。


「もー!ハルくん強引だよー!『いさやん』困ってるじゃん!」


陽翔の隣に並ぶように現れた亜貴乃はそう言いつつも陽翔とは逆の腕を掴む。


「…そういう有賀も『澄丈』の腕を掴んでいるじゃありませんか。困っていますよ。と言うか、もういつもの珍妙なあだ名を考えついたのですか」


朔が呆れたような声を発した。


「さくさく堅〜い!亜貴乃って呼んでよ〜。それに!ちんみょうなあだ名なんて考えてないもん!」


「まずさくさくをやめて下さい。クッキーじゃないんですから。そして私に文句を言いたいのなら珍妙を漢字変換出来るようになってからにして下さい」


「朔さんがわざわざ突っ込むから亜貴乃さんも面白がってやめないのではなくて?」


「……」


「さらりん!良くわかってるねー」


「……」


紗羅の言葉に朔が黙り、亜貴乃の言葉に紗羅が黙った。


「まあ…私もその珍妙なあだ名はやめて欲しいですけれど」


「でしょう?」


朔と紗羅は互いに顔を見やって肩をすくめた。


「そうか?亜貴乃のつけるあだ名ってそんなに変か?」


陽翔が維沙弥の腕をがっちり掴んだまま首を傾げた。


「おかしいですわよ。ああ、まあ確かに陽翔さんのあだ名は変ではないですわよね。『維沙弥さん』のあだ名も」


「二人ともいじりづらい名前なんだもーん」


紗羅がにやりと笑って陽翔にそう言うと、亜貴乃が大きく頷いて首肯した。それを聞いた陽翔が目を見開く。


「なぬ!?俺と維沙弥の名前はいじりづらいのか!?」


「いじりづらいと言うよりは、変なあだ名にしづらいだけではないですか?」


脈絡のない話が和気藹々と続く。このメンバーの仲の良さが窺える。


「……道案内、よろしく」


彼らの会話と同様になんの脈絡もなく維沙弥がそう言った瞬間、全員が一斉に維沙弥に振り返った。関係ない話をし過ぎて呆れられたと思ったのだろう。しかし、維沙弥の瞳はとても優しい色を帯びていた。


「………」


なまじ顔立ちが異様に整っているため、その表情を見た全員が硬直した。男である陽翔でさえも。


「……?」


維沙弥が首を傾げる。相変わらず両腕をがっちりとホールドされているためやや動きづらそうだが。


「あ、ああ〜…そうだな!案内しよう!」


思わず視線を逸らせて陽翔が言う。


「そうですわね!い、行きましょう!」


「え、ええ…!」


紗羅が頬を朱に染めドアに向かい、それに朔が続く。


「よ、よし!出発進行〜!」


亜貴乃のその言葉を合図に、亜貴乃と陽翔は維沙弥の手を引き歩き出した。


「………」


そして、『その人』は一瞬、苦痛を感じているようでもあり、空虚な感情を(いだ)いているようにも見える顔をした。


「………」


それを、維沙弥は見逃さなかった。



>>>



「まあ校舎内の構造は大体こんなもんだな」


陽翔が達成感に満ち満ちた顔でそう宣言した。

時刻は十一時五十分。九時辺りから始めた校舎案内はようやく終わった。これ程時間がかかった原因は、大きく分けて三つある。

まず一つ目は、そもそもこの校舎が五人の生徒が使用するにはあまりに大きすぎる事だ。一つひとつの設備を鑑みると無駄な設計ではないのだが、何分広大な設計になっている。

二つ目は、その多彩な設備の一つひとつのセキュリティが堅牢である事だ。一人ひとりがセキュリティチェックをパスしなければならない。とは言え『砦』から個人識別番号(パス)を配布されているためさほど時間はかからないのだが。

そして三つ目。これが最大の原因と言えるだろう。彼らの雑談だ。なんの益も生み出さないだろう他愛ない話を延々としていた。役割(?)としては、亜貴乃が突拍子のないことを言ってそれに陽翔が便乗し、それを頭を抱えた朔が突っ込み、紗羅が宥める。と言うものだ。


「はあ…。なんだか通常の校舎案内ではなかなか味わえない程の疲労を感じています…」


朔が額に手を当て、長々と溜め息を吐いた。なかなかに大きい声でそう言ったのだが、それは亜貴乃の更に大きい声によって掻き消された。


「あー!!」


「うおっ。なんだよ、亜貴乃。急に大声出して」


「あ、お腹すいたなぁと思って」


「ん?あー、そろそろ十二時か。つか亜貴乃の腹時計正確すぎるだろ」


陽翔が呆れ気味に亜貴乃を見やると、亜貴乃は頭を掻いた。


「褒めるなよう。照れるじゃないか」


「いや褒めてねぇよ!?」


「はあ、それならばさっさと食堂に移動しませんか。ついでに寮も案内出来ますし」


「おおう!さくさくあったまい〜!」


「効率を考えたら誰でも思いつくと思いますわよ?」


「え〜?だってあたしには思いつかないよ〜?」


「それは亜貴乃さんの効率が悪いだけではなくて…?」


「はあ。有賀の思考回路を検証しても時間の無駄です。行きましょう」


溜め息を連発した朔はさっさと方向転換して校舎の出口に向かって行った。


「あ、待ってよ〜う」


それを全員が追いかける。



>>>



「豪勢だな」


久々に言葉を発した維沙弥の第一声は、それだった。だが、それも無理はないだろう。何故なら、案内された食堂、及び寮は、他の眷属と完全に独立していたからだ。カフェテリアのような相貌の建物が食堂で、その近辺に建っている一軒家が寮らしい。

…そう。一人ひとり一戸建ての家に住んでいるのだ。十三眷属は。

第三・九眷属はマンション型の寮で共同生活を送っているそうだが、なんでも個人個人を正確にモニタリングしたいとかで、十三眷属が使用する施設はほとんどが独立しているのだそうだ。


「それな。一体俺らに幾らかけてんだろうな」


維沙弥の言葉に陽翔が大きく頷いて肯定してきた。これ程の、ある種の隔離は十三眷属を高く買っているのか、それとも…。


「ここの食堂は和・洋・中なんでも選り取りみどりなんだよー!うーんお昼は何食べようかなぁ」


自分が置かれている状況に何の疑問も懐いていないような口振りで亜貴乃が明るく言った。彼女がここまで無邪気であるのはいっそ恐ろしい。

そう思ったのか、朔が溜め息混じりに亜貴乃に言った。


「はあ。ここまでの隔離を見ると、最早監視、危険視されているとすら感じますが、有賀は何も感じないのですか。おめでたい頭ですね。それは最早罪ではないのですか」


亜貴乃に突っ込みを入れていて疲れたのか、朔の言い方が刺々しい。元々淡々とした口調の為、人によっては不快感を示しただろう。しかし、亜貴乃ならこの程度はいつも受け流している。と言うか気にも留めていない。だから今回もそうなると誰も(維沙弥以外)がそう思った。

しかし、朔に振り返った亜貴乃の表情に、朔が息を呑んだ。


嗤っているが、瞳が嗤っていない。


亜貴乃はおもむろに口を開いた。


「確かに『無邪気』も『無知』も罪だね。でもさぁ…何も知らなければ、何も怖くないんだよ」


「……っ」


亜貴乃の急変ぶりと、心胆寒からしめる表情に、さしもの朔も言葉を詰まらせた。全員(維沙弥以外)が青い顔をして絶句した。


「………」


そこで動いたのは、維沙弥だった。

亜貴乃の前に進み出る。

彼女の空虚な瞳は誰も写していない。


(何も知らなければ何も怖くない、か)


「おい、維沙弥…?」


(それは……でも、俺は……)


陽翔が上擦った声を絞り出した。しかし維沙弥は陽翔の呼びかけには応じず、頭によぎった想いをゆるりと掻き消すと、伏せていた瞳を上げ真っ直ぐと亜貴乃を見詰めた。おもむろに右腕を亜貴乃の目の前に掲げたかと思うと、突然指を打ち鳴らす。


すると、周辺の人間が気づくか気づかないかの、微かな『歪み』が生じた。


『歪み』と同時に造り出された波紋が亜貴乃に到達した瞬間、亜貴乃は何度か瞬きをした。その瞳に維沙弥が映る。そして、


「おろ?」


とても不思議そうな顔をした。


「あたし、何してたんだっけ?」


「憶えていないんですの…?」


喋れなくなってしまった陽翔と朔の代わりかのように紗羅が疑問を口に出した。


「えぇ?ここに来るまでの記憶はあるんだけどぉー…そっから先が思い出せない…ううーん……うう、お腹空いた…」


唸ること一秒。早々に考えることを放棄した亜貴乃はお腹を抑えて呻いた。


「も、戻った…?」


朔が呆然と、しかし『興味深そう』に亜貴乃と維沙弥を見詰めた。



>>>



「はあー!お腹いっぱい!満足満足〜♪」


食堂で散々おかわりした亜貴乃は箸を箸置きに置くと手を合わせて「ごちそー様でしたっ」と言った。


「相も変わらずの大食いですわね…。太らないのが羨ましい限りですわ」


亜貴乃の目の前に積み上げられたお椀やお皿の山を見て、紗羅が呟いた。


「なーんかいっぱい食べないとすーぐお腹空いちゃうんだよねぇ」


「いっぱい食っても直ぐ減ってるだろ」


「でへ」


「照れんな。褒めてねーよ」


「でへへ」


「………」


「ごっほん。お腹を充たされたことですし、維沙弥さんの寮を案内して差し上げませんこと?」


陽翔がなんとも形容し難い顔で固まってしまったのを見て、紗羅がそう言った。口調は高飛車な気がしてしまうが、どうやら彼女が一番周りをよく見ているようだ。


「そうだねー!ここって広いから今日は寮を案内したらお開きにした方が良さそうだね〜」


「お、亜貴乃にしてはまともな考えだな」


「でへ。お昼寝したいんだ」


「………」


「……亜貴乃さんの言う通り、ここ『東亰』は広大なので今日は寮までしか案内出来ませんわ。荷解きもあるでしょうし、寮の案内が終わったら解散と言うことで宜しいかしら」


紗羅が維沙弥に身体を向けてそう言った。


「ああ。と言うか丁寧な対応で正直驚いてる。ありがとう」


維沙弥の瞳がやや優しげな光を宿し、紗羅を真っ直ぐと見詰める。


「……っい、いえ。どういたしましてですわ」


「……?」


パッと視線を逸らせた紗羅の頬がやや赤みを帯びていた気がして、維沙弥は首を傾げた。



>>>



「………」


目を開けると、見慣れぬ天井と目が合った。


「………」


〇コンマの合間に状況を思い出した維沙弥はそのまま上半身を起こした。視界左上のウィジェットを確認すると、時刻は午前四時四十三分。いつの日かと同じようにアラームより先に目覚めてしまった。

スプリングの効いたベッドから抜け出し一度大きく伸びをする。

『東亰』に来てから初めての朝は、快眠のお陰か清々しく迎えることが出来た。

亜貴乃たちに自分の住むことになる寮――と言っても一戸建てなのだが――に案内して貰い、そこで彼女たちとは別れた。そのまま一人で『東亰』を散策することも出来たが、地図アプリケーションで『東亰』の建物は把握出来たため、百聞は一見に如かずというが、それをするのは今度にしようと決めて、寮に入ったのだ。寮の中に入ってみると玄関口に数個のアタッシュケースが置いてあった。維沙弥が自宅で荷造りした物だ。普通の引っ越しならば、衝撃吸収剤で出来た板状の物を包む物の大きさに合わせて組み立て使用するが、どうやら維沙弥は重要人扱いらしく、生体(バイオメトリクス)認証付きのアタッシュケースに荷物を入れるように指示された。家具は備え付けらしく、持っていくものは必要最低限の物で良かったため、数個のアタッシュケースで済んだのだ。これなら一日で荷造りしろと言われたのも納得がいく。荷解きはアタッシュケースの中身を移し変えるだけの簡単な作業だが、昨日は環境の変化が激しかったのか、寮に着いて着替えた後直ぐに眠ってしまったため、部屋着を取り出したアタッシュケースと残りのアタッシュケースが寝室に転がったままだ。


「……ん?」


二階にある寝室から出てシャワーを浴びようと階段を降りていると、ARMが一通届いていることに気がついた。受信時刻を確認すると、昨日の午後七時半。差出人は陽翔だった。


(そういえばアドレスを交換したんだっけ)


今までは、個人的に交換したのは峻也のアドレスしかなかったため、殺風景だったアドレス帳だが、昨日で一気に増え、スクロールしなければ総てのアドレスを把握できなくなった。


「………」


随分と賑やかになったアドレス帳を微笑ましく眺めていたが、ふと峻也のアドレスに目が留まった。


(……消す気には、なれないな)


いつもは届いたARMは直ぐに消去してしまうが、峻也から最後に届いたARMは消去できていない。


(後悔は、していない。俺が望んでしたことだから。だって、俺には『それ』しか出来ないから。でも…時間が必要だ。心の整理をつけるには…)


「……と。届いたメッセージを確認しないとな…」


一瞬暗い感情が頭をよぎったがゆるりと頭を振ると、陽翔からのARMを開く。


《夕飯に来てなかったけど具合でも悪いのか?大丈夫か?皆心配してたぞー。まだ慣れない環境だろうけど段々慣れるだろうからさ!これから宜しくな!》


「………」


思わぬARMに維沙弥は絶句した。

峻也以外の人間に心配されたのは初めてだったためなんだか面映ゆい。


「……仲良く、やっていけそうかな」


十三眷属に関してだけで大きな不確定要素は『二つ』あるが、なんとかなるかも知れない。そんな根拠のない自信が湧いてくる。


「お礼、言わないとな…」



>>>



寮を出て食堂に向かう途中で、維沙弥は背後から呼び止められた。


「お!維沙弥!昨日はどうしたんだ?」


声の主は、振り返らずもがな、陽翔だった。やや心配そうな色が瞳に宿っている。


「ああ…。昨日はどうやら疲れてたみたいで、あのまま寝ちゃったんだ。メッセージ見たよ。心配してくれてありがとな」


「そっか。やっぱ来たばっかだし慣れないよな〜。でも良かった。何でもなくってさ」


維沙弥の返答に安心したのか、陽翔がにかっと明るい笑顔を見せた。


維沙弥と陽翔が並んで歩いていると、前方に、紹介してもらった通りならば亜貴乃の住んでいる一軒家の玄関の前に、朔と紗羅が立っているのが見えた。二人共大声で何かを言っている。


「あーあ。またやってるよ」


「?」


「あー、いや。亜貴乃ってさぁいっつもはしゃいでるクセに朝に超弱くってさ。毎朝あの二人に起こしてもらってんの。本人の認証がないと寮の中には入れないから、あ〜やって外から大声で呼んでんだって。電話のコールじゃうんともすんとも言わない強敵らしいぜ」


「それは…大変そうだな」


「なー。朔は朝からめっちゃ疲労を感じるって言ってたぜ」


「亜貴乃さーん!朝ですわよー!」


近づいてきたことで、二人が何を言っているのかが聞き取れるようになってきた。


「貴女はまた遅刻する気ですか!そして私たちも遅刻させる気ですか!」


二人共息も絶え絶えに声を張り上げている。


「あいつ全然起きねぇなぁ。おーい、おはよう。今日も苦戦してるな」


「陽翔さん…。そう思うなら貴方も手伝って下さらない?」


「そうですよ。あの珍獣を私たち二人で扱うのには限度があります。そもそも貴方も最初は有賀を起こしていたじゃないですか。何故途中で放棄したのですか」


余程亜貴乃を起こすのに手こずっているのか、朔が饒舌かつ早口に苦言を呈した。


「えー。だって一虎さんの遅刻の罰則きついんだもーん。女子より男子のがきついんだぜ?」


「男でしょう。それくらい乗り越えてなんぼですわ」


紗羅がやけくそになってきている。


「………」


この時間を浪費していくだけの時間の中、進み出たのは、またしても維沙弥だった。


「維沙弥?」


陽翔がきょとんとした表情で維沙弥を呼んだ。昨日とは違って、維沙弥は今日はきちんと言葉を返した。


「いい案がある」


それだけ言うと、三人の一番前に歩いていった。そして、特段大きな声を出すわけでもなく、普段の喋る時の声の大きさで、こう言った。


「起きないとご飯抜きになるって」


――ばたばたばた!


「………」


――ガチャッ


「………」


全員が黙って見守る中、激しい足音が聞こえた一秒後に、玄関のドアが乱暴に開いた。

そこには服装も髪型も完璧に整えた亜貴乃の姿があった。


「ご飯食べる!!」



>>>



「じゃあ今日は抜き打ちテストをします」


教室に辿り着いた途端、既に教室にいた一虎が開口一番そう言った。とてもにこやかな顔で。


「うぇぇぇ!?」


「なぬっ!?」


亜貴乃と陽翔が身体を仰け反らせて大袈裟としか言いようのないリアクションを取る。


「あ、心配しなくても大丈夫。陽翔と亜貴乃の嫌いな科目テストじゃないから。そう言う考査は第三・九眷属と同じ時期にやるからさ」


「な、なんだぁ…びっくりさせないで下さいよ一虎さぁん」


「ホントだよぉ…。ビックリしてお腹すいちゃった」


「おい」


陽翔がこれまた大袈裟なリアクションで胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべる。いちいちオーバーリアクションで表情もころころと変わる。これは亜貴乃にも言えることだが、二人の表情筋はどうなっているのだろう。維沙弥はそんなことを思った。まあ、彼はここからそう遠くない未来で陽翔のオーバーリアクションの原因を知ることになる。亜貴乃のそれは天性ものなのだが。それはさておき。


「あはは。コンビみたいだね、君たち二人。まあ本当は維沙弥の学力レベルを確認しておきたいところではあるんだけど、それは今じゃなくてもいいからさ。早急に確認しなくちゃいけないのは、普通の学校では確認しないこと」


「?」


陽翔が首を傾げる。亜貴乃も同様に首を傾げている。


「はぁ…。大方『血統族(Dawn)』に関する知識の確認と、戦闘能力のレベルを見る為のテストでしょう」


首を傾げたまま頭から湯気を出しそうな二人に代わって朔が答える。亜貴乃を起こす為に余程労力を使ったのか、溜め息を吐くのが昨日より早い。


「あ!なるほど!」


亜貴乃が合点が行ったようにぽんと手を打った。陽翔はしばらく朔が言った言葉を繰り返したかと思うと、


「戦闘能力テストと『血統族(Dawn)』の認識テスト…ふむふむ…って、結局ペーパーテストはあるんじゃん!」


「えーこれはペーパーテストのうちに入らないでしょ。どちらかと言えばアンケートだよ。というか、そのペーパーテストを受けるのは維沙弥だけ。陽翔は今更受けても仕方ないでしょ」


「あ、そっか。じゃあ今日は身体を動かすだけでいいんすね?」


「うん」


「よっしゃ!」


一虎が頷くと、陽翔はガッツポーズを作って我が意を得たり、と言う顔をした。


「維沙弥には他のメンバーが戦闘能力テストをしてる間にこのペーパーテストに答えてもらいたいんだ」


そう言いながら一虎は腕を掲げて握っていた手を開く動作をした。それとほぼ同時に維沙弥のAR網膜にARMが一通届いた。「まだ開かないでね」と一虎から指示が飛ぶ。


「はーい。じゃあ君たちはとりあえず動きやすい服に着替えて来て。そうしたら紗羅から地下の訓練所に来るように」


「分かりましたわ」


そう言うと紗羅は踵を返して教室から出て行った。それに続くように他のメンバーも教室を出て行く。陽翔と亜貴乃は出て行きざまに「維沙弥 (いさやん)ファイト!」と言って出て行った。


「いやぁ相変わらず騒がしい連中だね」


四人が完全に教室を出て行ったのを見届けると、一虎は肩を竦めてそう言った。


「大丈夫?あいつらといて疲れない?あ、適当な席に座って」


穏やかな笑みを浮かべ、一虎は維沙弥に向き直る。維沙弥は近くにあった席に腰を下ろしながら、


「大丈夫です。自分はあまり賑やかな所にいた事がないので新鮮です」


「そう。なら良かった。…じゃあ早速だけど始めちゃおっか。あいつらが準備してる間に終わると思う。これから共闘していくわけだから、君にもあいつらがどれくらい動けるのか見てもらわないと」


「分かりました」


「うん。じゃあ……始め!」


その合図と同時に、維沙弥はARMを開いた。



***



以下の問題は『血統族(Dawn)』と『烏合族(Dusk)』についての問題である。全て記述で答えよ。


第一問

『血統族(Dawn)』とは何か。


答え

人間と同一の姿形をしながらも記憶能力、身体能力共に人間を遥かに上回る存在のこと。人間は『血統族(Dawn)』を人間と考えているが、『血統族(Dawn)』は人間とは別の生物であると考えている。断言出来ない理由は、『人間』・『血統族(Dawn)』、『烏合族(Dusk)』を含め、見た目に差異がなく、科学的にも違いを見つけられていない為である。

『血統族(Dawn)』は防御系の『守護者(ガーディアン)』と攻撃系の『破壊者(デストロイヤー)』の二タイプに分けられる。しかし、個々人で異なる特殊能力の発動により、攻防一体を手に入れている者もいるが、その特殊能力は戦略級であるため、非常時以外の使用は禁止されている。


第二問

『血統族(Dawn)』の分布、及び『使徒』と『眷属』の意味を答えよ。


答え

ブラジリアに第四・十眷属。 モスクワに第五・十一眷属。キャンベラに第六・十二眷属。ワシントンD.C.に第ニ・八眷属。そして『東亰』に第三・九眷属。

『使徒』とは世界創造の折に神に創られた最初の十二名の人間を指す。俗に『ノアの一族』と呼ばれる『使徒』は『大洪水』を『ノアの方舟』で乗り越え、人類を発展させてきた。発展の途中で『烏合族(Dusk)』が突如として発現。成す術もなく蹂躙されていく『我が子ら』を救うため力を欲した『血統族(Dawn)』は神に力を与えられ、『烏合族(Dusk)』を殲滅していった。『眷属』とは『使徒』の子らであり、『純血』と『混血』とがいる。


第三問

『血統族(Dawn)』に第一眷属と第七眷属がいないのは何故か。


答え

『烏合族(Dusk)』を殲滅した際に世界規模で張られた結界を安定させる為に、結界中央部分で人柱となったから。その場所は『聖域』として扱われ、誰も立ち入ることは出来ない。この結界は潜在下に『空腹』と『衝動』を眠らせ『烏合族(Dusk)』と認識されていない『烏合族(Dusk)』の発現を抑制する為のものだったが、近年その効力は落ちつつある。


第四問

『烏合族(Dusk)』とは何か。


答え

人間と同一の姿形をした『ナニカ』。分かっていることは、普段は人間と同じように自我を持って生活しているが、何らかの拍子で『空腹』と『衝動』を抑えきれなくなり人間だけを喰らう。『烏合族(Dusk)』は基本人間を跡形もなく喰らうが、稀に『食べ残し』をすることがあり、その者は人間から自我を持たない『烏合族(Dusk)』へと成り下がる。『感染源』の『烏合族(Dusk)』は人間を喰らい満腹を感じると再び自我を取り戻すが、『感染者』の『烏合族(Dusk)』に自我が戻ったという前例はない。


第五問

感染爆発(パンデミック)』とは何か。


答え

『感染者』は『空腹』と『衝動』が弱いのか人間に総て喰らわず人間の一部のみを喰らう。傾向として、『感染者』が喰らう部位はそれぞれ異なるが、同一の個体が喰らう部位は同じであるという。そうして『感染者』は次々に更なる『感染者』を増やす。この現象を『感染爆発(パンデミック)』と言う。稀に『感染源』が『感染爆発(パンデミック)』を実行する場合もある。



***



「終わりました」


維沙弥がそう言い、一虎にARMを送信する。すぐさまそれを開いた一虎は目で文章を追う。三十秒も経たぬ内に顔を上げ、


「うん。満点です。随分と詳しいね」


と言った。


「これだけ基礎がしっかりしているなら問題ないかな。何かこの問題以外で質問があれば受け付けるけど」


一虎が柔らかく微笑みながらそう言うと、維沙弥が一虎から視線を逸らせた。基本ずっと相手の目を見ている維沙弥が視線を外したことに違和感を感じ、維沙弥の視線を追う。すると、維沙弥は一虎の胸元のエンブレムを見ていた。


「では、一つだけ。『リアクト』のメンバーの胸元のエンブレム。大文字と小文字が混在した『ReAcT』の表記は、それが略称だからですか」


維沙弥の視線が再び一虎に向けられる。静かな水底のような瞳には一虎の姿だけが映っている。


「…それに気づく人は、ほとんどいないんだ。皆『反応』と言う意味の『REACT』だと思って疑わない。この表記はデザインだと思う人が多いんだ」


「………」


一虎のこの言葉に、維沙弥は何の反応も示さない。一虎の今の発言が、次の発言を整理するためだと分かっていたからだ。


「我々が所属する『ReAcT』の正式名称は、」


――『Reconquest Acme Tactic』


――『再征服極地戦略』


「必要とあらば同胞(はらから)も躊躇なく殺す本物の殲滅部隊だ。だから…」


そこで一旦言葉を切り、一虎は維沙弥を真っ直ぐと見詰める。


「だから、君たちが危険分子だと判断された場合は、覚悟していて欲しい。それが、『ReAcT』が君たちを監視する一番の目的だ」

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