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第一話 邂逅

まだ世も夜も開けぬ明朝。

寝静まった世間に紛れるように活動を開始する二つの影があった。


「それじゃあ、出発しましょうか」


一虎がにこやかに笑って言う。


「はい」


維沙弥は、一虎が着ている軍服と良く似たデザインの、黒を基調とした紅いラインの入ったブレザーに袖を通していた。胸ポケットにあるエンブレムは、一虎と同じく、紅い巣を張った蜘蛛のデザインだ。ただ、一虎のエンブレムは蜘蛛の背中に『ReAcT』と刺繍されて、維沙弥のエンブレムは蜘蛛の背中に『13th』と刺繍されているが。

それはさておき。維沙弥がこの制服を支給されたのは、あの墓参りの後の事だった。



<<<



「ああ、そうだ。忘れるところだった」


墓参りも終わり、自宅への帰路に着いたところで、一虎が突然そんな事を言い出した。


「いやね?君に渡さなくちゃいけない物があった事をすっかり忘れてて…」


そう言うと、中空に手を掲げ指先で虚空を撫でた。どうやらAR網膜のアプリケーションで何事かを送信しているらしい。それから数分と経たない内に、『血蜘蛛の契』のイメージカラーである黒と紅を、黒をベースにセンス良く紅を配置したオートメーション・システムが搭載されたEV(Electric Vehicle)――電気自動車――が静かに一虎の横に着いた。一虎がまた中空で指を動かすと、ロックが解除される音が鳴る。見た所、この車はAR網膜で遠隔操作が可能な車種のようだ。

トランクを開けた一虎は、何やらごそごそとまさぐる様子を見せ、それからブレザーの制服を取り出した。


「君は明日から…って、もう今日か。今日から『血蜘蛛の契』の『血統族(Dawn)』養成学校――『東亰領域(とうきょうエリア)高等学校』に通って貰います。そこで、『血統族(Dawn)』であると言う自覚と誇りを持って貰う為に、この制服を着て貰います。まあ、そう言うのは建前で、ただ単に着て貰わないと人間と区別が付かないんだよね。だから、『東亰』以外に公的な目的で行く場合はこの制服を着る事を義務とします。もちろん、『東亰』にいる間は学校がなければ私服で構わないからね」



***



『東亰』とは、『東京』と区別する為に『血蜘蛛の契』が定めた水中都市の名前である。

『東亰領域高等学校』とは、『東亰』にある『血統族(Dawn)』養成学校の高等部の名称で、日本には他に『大阪領域(おおさかエリア)高等学校』と『仙台領域(せんだいエリア)高等学校』がある。『血統族(Dawn)』養成学校が存在するのは、『血蜘蛛の契』の本部や支部が設置されている領域のみである。

また、『血統族(Dawn)』養成学校は幼・小・中・高まで存在し、大学は存在しない。その理由は、『血統族(Dawn)』は高等学校までで『血統族(Dawn)』としての勉学、修練を修了し、その後人間を『烏合族(Dusk)』の脅威から護るため軍に配属されるからである。ここで言う軍とは、『血蜘蛛の契』の事であり、そのデータベースに正式に名前を記載される事で、初めて遠征に征き『烏合族(Dusk)』と闘う事が出来るようになるのである。



***



「分かりました」


維沙弥が一虎の説明に端的に応じ、一虎が持っていた『東亰領域高等学校』の制服を受け取る。冬服と夏服が既に用意されており、ブレザーとワイシャツの胸ポケットには黒い蜘蛛が紅い蜘蛛の巣を張っている。サイズがぴったりな所を見ると、どうやら『血蜘蛛の契』本部の内部に設置された監視カメラから身長や体格などを演算したらしい。

維沙弥が制服を見ながらそんな事を考えていると、ふと視線を感じた。それは当たり前だが一虎のモノで、彼の瞳は何故か、深い共感の色を帯びていた。


「どうかしたのですか?」


一虎の瞳の色の理由が気になり、維沙弥はあまり深く考えず、脊髄反射のように問うていた。


「ん?ああ…」


一虎が維沙弥の言葉に鈍く反応する。どうやら自分が維沙弥を見詰めていると言う自覚がなかったらしい。もう一度押し黙ると、静かに口を開いた。


「君は、多分『血蜘蛛の契』に行ったらしばらく鮮烈な好奇の目に晒されることになると思う」


その一言で。ああ、と。維沙弥は一虎が言わんとしている言葉の意味を理解した。

一虎は、こう言おうとしているのだ。『血蜘蛛の契』に行く事は、居心地が悪いものだと。辛いものだと。血筋がない『十三眷属』は畏怖の念で見られる事が多い。気味の悪いと思う者もいる。一虎は、それを危惧しているようだ。

しかし、維沙弥は緩く笑う。


「大丈夫です。その手の視線には慣れていますから」


「……え?」


(それは、君の容貌の事?)


一虎はそう思い維沙弥をまじまじと見詰めたが、維沙弥がそれ以上語る事はなかった。

確かに、一虎が想起した事は間違っていない。しかし、それだけではないのだ。維沙弥が人の好奇の目に晒される事に慣れているのは。


まあ、それは後に語る事として――。


「………」


今度は、維沙弥が一虎を見詰める。


「ん?」


一虎が首を傾げているが、維沙弥は一人で得心していた。

それは、一虎の瞳の色の理由が分かったからである。一虎の瞳が深い共感の色を帯びていた理由。それは、一虎も経験者だからだ。一虎は名乗った。『佐内 一虎』と。彼は『裏条家』ではない。『裏条家』でなく特殊部隊の隊長を任されると言う事は、一虎が凄まじい能力の持ち主であると共に、『異質』である事も示している。そんな彼はきっと今までに幾度も羨望や憎悪の眼差しを向けられてきたに違いない。


「変な事に慣れてしまいましたね。お互いに」


維沙弥が視線を逸らせ、闇夜を眺めながらそう言うと、一虎は一瞬目を見開いた後、直ぐに破顔し、肩を竦めてみせた。


「ほんとにね」


こうして、夜が更けていった。



>>>



小型リニアモーターカーから降車し、シアンと幾何学模様が織り成す空を見上げる。


前を歩いていた一虎が振り返り、鷹揚に両手を拡げてみせた。


「改めまして」


――ようこそ、『東亰』へ。


そして、二人は歩き出す。『東亰領域高等学校』に向かう為に。

ルートは途中までは昨日と同じく、まずは『血蜘蛛の契』本部に向かう。そこで昌隆と則継と合流する手筈になっている。これは、維沙弥が『十三眷属』と言う希少価値のある存在である為、念の為に案内はこの三名で行う事になった為である。

ややあって、『血蜘蛛の契』本部に到着する。どうやらここまでの道中では先遣的に人払いが行われていたようだ。しかし、ここから先はそうもいかない。ここにいる『血統族(Dawn)』の生徒達も勉学に励まねばならないのは言うまでもない事であるし、それが維沙弥来たからと言って崩れるわけではない。詰まりは通学路に生徒達がいるのは当たり前で、それを人払いする事は流石に出来ないと言う事なのだ。


『血蜘蛛の契』本部では、昨日と相も変わらず昌隆が腕組みこそしていないが威圧的な仁王立ちで立っており、その斜め後ろに則継が姿勢正しく控えていた。そう、昨日と何ら変化はない――。


「……?」


しかし、そこで維沙弥は違和感を憶えた。二人に対してではなく、則継に対して。


(……まさか)


昨日――正確には今日だが――想起した事が再び思い起こされる。


――あの人、『逸脱』してる。


維沙弥がまんじりともせず則継を見詰め、思案に耽っていると、その視線を感じた則継がふとこちら見た。維沙弥の表情から――恐ろしい事に――総てを察したらしい彼は刹那の間、硬直した。しかし、直ぐに何時もの飄々とした雰囲気を取り戻すと、秀麗な顔立ちでその仕草をすれば何人の女性を落とせるだろうかと本気で考えたくなるような濃艶な表情で――どうやらその表情は作為的ではなく自然的なものらしい。九条 則継、恐ろしい男だ――唇に人差し指を当て「しーっ」と言ってきた。それを受けて維沙弥は無言で頷きを返すと、自然に視線を逸らせた。


この二人のやり取りの意味も、後程語るとして。


二人が一瞬で交わした短い会話(言葉はなかったが)に昌隆と一虎が気付いた様子はなく、一虎は昌隆の前まで歩いていくと、ピシッと立ち止まり、敬礼をした。


「佐内 一虎大佐、澄丈 維沙弥を連行致しました」


「ご苦労」


短く応えた昌隆の視線が維沙弥に向く。制服を来た彼を見てふむ、と頷く動作をみせると、そのまま踵を返す。


「では、これより『東亰領域高等学校』への案内を開始する」


そうして一行は再び歩き出した。


学校に近づくにつれ、道を歩く『血統族(Dawn)』の数が増えてきた。そして、一虎が言ったように、全員が全員維沙弥を好奇の眼差しで見詰めてくる。何やら小声で会話を交わす者もいた。それは維沙弥が『十三眷属』であると言う情報が一夜にして『東亰』に流れたが故の眼差しである事に違いはなかったが、それに加えて維沙弥の人間離れした美しさと、『砦』の最高指揮官やその参謀、そして『血統族(Dawn)』の部隊のトップである『リアクト』の隊長が勢揃いすると言う珍しさも少なからず加味されていた。


しかし、そんな視線など気づいていないかのように、歩きながら淡々と昌隆が則継に命令を下す。


「則継、澄丈にこれからのことを簡潔に説明してやれ」


「承りました」


則継はそう言うと、昌隆の後ろについていた歩調を少し緩め、維沙弥の横に並んできた。


「それでは、これからの事を簡潔に御説明します」


完全な事務口調で則継は説明を始めた。


「貴方はこれから『東亰領域高等学校』の『十三眷属』専用の養成所に配属されます。貴方の他に発見されている『十三眷属』は四名。全員貴方と同学年です。男女比は貴方を含めて二対三です。また、『十三眷属』は我々通常の『血統族(Dawn)』の持つ唯一の欠点、『特殊能力』を除いた場合、攻撃か防御のどちらかしか『烏合族(Dusk)』への対抗手段持たないのと違い、攻防どちらも『烏合族(Dusk)』へ対抗する手段を有しています。よって、通常の養成方法、つまりは攻撃と防御で『血統族(Dawn)』を区分けし、それぞれ専門の教官に指導を請う事が叶いません。そこから、『十三眷属』の指導を担当するのは原則『リアクト』のメンバーがローテーションで行います。ローテーションを行うのはあくまで座学であり、格闘術や各種の攻防の指導は『リアクト』のメンバーが一人ひとりにマンツーマンで指導に当たります。今日の所は『十三眷属』と佐内大佐を除く『リアクト』メンバーと対面して頂きます。以上です」


つらつらと何かのカンペでも見ているかのような正確さで則継が説明を終える。すると、ふと、空気が動いた気がして維沙弥は前方に視線をやる。維沙弥の位置からは窺い知れないが、どうやら則継の応対に昌隆が苦笑を洩らしたようだ。


「相も変わらず堅いな」


先程までの声よりもやや柔らかい口調で、後ろを振り返らずに昌隆が言った。則継は鷹揚に肩を竦めると、


「仕事に私情は持ち込まないようにしてるんだ。大事なことだよね?」


と、何故か維沙弥に話を振ってきた。しかも、口調がガラリと変わっている。どうやら仕事とプライベートの線引きがかなりシビアなようだ。今は仕事とは関係がない会話と判断し、喋り方がかなりフランクだ。


「そうですね」


維沙弥は淡々と返答する。

もしかしたら先程のアイコンタクトについて念を押してきたのかとも考えられ、やや固くなってしまった。それを違う方向に解釈したらしい昌隆がにやにやと笑いながら則継に振り返る。


「ほら、お前のせいで澄丈が緊張してしまったじゃないか」


顔立ちや喋り方から鑑みると昌隆は年齢が則継よりも歳上に見えるが、この打ち解け具合を見るに、同年代なのかも知れない。


「いやいや、元々昌隆の喋り方が威圧的なのがいけないんでしょ」


「これは生まれつきだ!」


「生れた時からその喋り方の人はいないと思うけど?」


今度は則継がにやにや笑いながら昌隆に反撃を開始する。


「お前はなんでそうつらつらと屁理屈が思いつくんだ!」


「え~。直ぐに出てこない昌隆がどうかしてるだけなんじゃない?この前だって――」


二人が維沙弥の緊張(していると思われている)を解こうとしてか、もしくは普段通りか、他愛もない会話を展開している。

そんな二人を眺める維沙弥に、彼の左隣(右隣は則継)にいた一虎が耳打ちしてくる。


「則継さんあれでもだいぶ砕けた方なんだよ。昌隆兄さん曰く、昔はプライベートも仕事も関係なくフル敬語だったらしいんだ」


耳打ちしてくる彼が話題にする二人の呼称に随分な親しみが込められているのが分かった。特段、昌隆とは関係が良好なようだ。


「則継さん、前までは普通に昌隆兄さんと喋ってたみたいなのに、昌隆兄さんが上司になるって分かった途端態度が急変したらしいんだ。昌隆兄さんも随分戸惑ってたよ」


その言葉を聞いて、維沙弥は先程感じた事を一虎に訊ねてみる事にした。


「あのお二人は同年代なのですか?」


「え?」


それを聞いた一虎は一瞬訝しげな顔をしたが、直ぐに維沙弥が言わんとしている事を察したらしい。

昌隆と則継は歳が離れているように見えると。


「あはは。やっぱりそう見えるよね、うん。あの二人は同年代、と言うか同級生だよ。歳は――」


一虎は皆まで言わず口を閉ざす。先程まで穏やかに微笑んでいた顔からは表情が抜け落ち――否、正確には、警戒の色を帯びた。視線を維沙弥から外し、ある一点を見詰める。

気がつくと、昌隆と則継も雑談をぴたりと止め、一虎と同じ方向を凝視している。もちろん、維沙弥もそちらを見つめていた。しかしそれは付き添いの三人の視線を追ったからではなく、維沙弥も『それ』に気がついたからだ。

『それ』とは、『視線』だ。『東亰』に到着してから向けられてきた羨望や色めき立つ視線や声音とは打って変わって、その『視線』に込められているのは強烈なまでの『憎悪』だった。

全員、直ぐに視線の主が誰なのかを把握した。視線の主が隠れようともしなかった為だ。平均的な身長に、平均的な顔。瞳が『憎悪』に充たされていなければ誰もが景色として見逃してしまうような、少年。彼は維沙弥を見ようと集まった群衆の中に堂々と立ち、維沙弥を睥睨している。

昌隆が則継に短く訊ねる。


「あいつは?」


則継はAR網膜でデータベースを確認するでもなく、スラスラと答えた。


久城(くじょう) (あつし)。十七歳。『分家』の中では上位の成績を修めています」



***



『血統族(Dawn)』は人間を遥かに凌駕する身体能力や頭脳を有しているが、これには個人差がある。この個人差とは、簡単に言ってしまえば『血の濃さ』だ。初代『血統族(Dawn)』、『東亰』で言えば第三使徒と第九使徒の血を、どれだけ濃く受け継いでいるか。

『血統族(Dawn)』はかつては己の純血を誇りとしていたが、増え続ける『烏合族(Dusk)』に『血統族(Dawn)』が対処し切れなくなっていき、遂には人間との交配を決断した。人間との交配により、『血統族(Dawn)』となる者と、人間として産まれてくる者が現れたが、この方法で『血統族(Dawn)』はその数を増やしていった。しかし、ここでもまた問題が起きた。それは、人間との交配によって産まれた『血統族(Dawn)』と、『純血』との間に埋め難い大きな能力の格差が生じた事だ。これを解決する為、とある実験が行われたのだが、それは失敗し、暴走し、凍結された。

ここで言う『分家』とは、『純血』の『血統族(Dawn)』、つまりは『裏条家』の次に血が濃い『血統族(Dawn)』の事である。彼らは奇数の漢数字と『条』を名乗る事を禁じられている為、音だけが同じくなるような名字を名乗っている。

こうした事から考えてみると、『裏条家』でない者が『砦』の上層部にいる事が如何に異常なのかが良く分かる。



***



「ふむ」


昌隆が顎に手を当て考える動作をする。その久城 篤と言う少年がこちらに特段の危害を加えてきた訳ではない為、対処に困っているようだ。しかし、それも数瞬の逡巡。昌隆は直ぐに決断を下した。


「気にしていても仕方がない。ああ言うあからさまに敵意を向けてくる奴もいると言うだけだ」


この時の昌隆の決断は、その場の対処としては最適解だった。

しかし、後に昌隆は悔いる事になる。それは、一虎が維沙弥の『綻び』と言う発言を聞き逃してしまったのと同じ理由で――。


決断を下した昌隆は、さっさと篤から視線を外すと、つかつかと『東亰領域高等学校』に向かって歩を進めた。則継と一虎もそれに続く。維沙弥も当然それに続いたが、彼は篤から視線を逸らす刹那、すっと『目を細めた』。そして、ぼそりと呟く。


「物騒な学校だな」


それは彼の視線に対しての感想だったのか、はたまた重大な事に気がついたが故の発言だったのか、誰にも拾われなかったその声は、静かに空気に霧散した。



>>>



そして、ようやく。

一行は『東亰領域高等学校』に到着した。眼前に高く聳える二つの高層ビルは、第三・九眷属それぞれ専用の養成塔らしい。

『血統族(Dawn)』は、第三・九使徒が交配したことにより産まれた眷属である為、本来ならば眷属は一つになるはずなのだが、ここでは防御専門の『血統族(Dawn)』を第三眷属、攻撃専門の『血統族(Dawn)』を第九眷属と言う。

第十三眷属は片方の性質(防御か攻撃)しか保有できない従来の『血統族(Dawn)』とは違い、両方の性質を持つ為、養成塔は独立している。その塔とは、この二つの高層ビルの更に奥にあるらしい。

学校の敷地内と言う事も相まって先程よりも多くの視線を感じるが、それを気にするような四人ではない。完全に無視して奥へと進む。すると、そこには先刻目にした高層ビルの半分の高さのビルがあった。装用はどのビルも同じく最新鋭のモノだ。恐らくこのビルには第十三眷属と指導者を担当する『リアクト』しか駐在していない為、ビルを大きくする必要がなかったのだろう。


「これより貴方の当施設の利用権限を開放します。重要な施設では生体(バイオメトリクス)認証が採用されていますが、大方は今から発行するパスでセキュリティを解除出来ます。尚このパスは個人を識別する為に個々人で異なっておりますので、紛失等なさいませんように」


そう言った則継はAR網膜を操作すると維沙弥のAR網膜にパスを送信してきた。パスの紛失とは、物理的なパスが喪失した現代ではパスのデータを消去しないように、と言う意味が含まれている。実際、パスを利用する施設の利用者が誤ってパスを消去してしまい、再発行する事も出来なかった為その施設を利用出来なくなったと言う事例もあるのだ。


「では行こうか」


維沙弥がパスを正常に受理した事を確認した昌隆が権限のパスを使用しビルの中に入って行った。そして、全員同じ動作でビルに進入した。

ビルの中は純白に統一された静謐で洗練された建物だった。靴音がやけに響くのはデザインではなく侵入者の発見を早める為か。

何はともあれ、代わり映えしない、自分がどこにいるのか分からなくなる程全く同一のデザイン(これも侵入者対策と思われる)の校舎をしばらく進むと、昌隆が足を止める。


「ここだ」


昌隆が近づくと、プレートも何もない教室の扉が静かに横にスライドした。教室の内装は、恐ろしい程純白に統一されていた。ちかちかとして目に光が乱反射しそうだ。


そこには、維沙弥と同年代と思しき少女が三人と、少年が一人。全員与えられた席に着いている。そして、一虎と同年代と思しき女性が二人と男性が二人いた。彼らは教壇の上に立っている。そして、女性の一人には見覚えがあった。昨日の事情聴取室にいた五条 涼と名乗った(正確には紹介された)女性だ。


「まずは自己紹介からだな」


昌隆がそう言うと、教壇に立っていた全員がこちらに向き直る。


手前にいた青年から自己紹介を始めた。


「『リアクト』の一条(いちじょう) 怜央(れお)中佐。第九眷属だ。宜しく頼む」


簡潔な自己紹介をした青年は、一虎と同じ軍服を身に纏い、やや青味がかった黒髪と瞳をしていた。研ぎ澄まされた空気にぴったりの理知的な顔立ちをしている。


「『リアクト』の三条(さんじょう) 彩姫(さき)。第三眷属。同じく中佐です〜。よろしくね〜」


女性用の同じ軍服を着てにっこりと微笑んだその女性は、ウェーブのかかった色素の薄い髪を背中の中間まで伸ばし、茶色の瞳をしていて、とてもおっとりとしている。


「『リアクト』の五条(ごじょう) (りょう)。第九眷属。君には昨日会いましたね。同じく中佐です。宜しく」


涼が自己紹介を終えると、次は教壇の一番奥に立っている青年の番だ。

青年の顔は、誰かに似ている。


「『リアクト』の九条(くじょう) (しょう)。第九眷属。同じく中佐。よろしくな」


茶色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。彼は、則継に良く似ていた。口調はやや違うものの、フランクな喋り方や笑い方も似ている為、恐らく則継の弟だろう。


「これで『リアクト』の自己紹介は済んだな。では、次」


昌隆が教団から座席の方へと視線を向ける。すると、見た目からして活発そうな事が窺い知れる顔立ちの、茶髪に髪よりも色の薄い茶色の大きな瞳を携えたセミロングヘアーの少女が勢い良く立ち上がった。


「じゃあまずはあたしからー!はじめまして!あたしは有賀(ありが) 亜貴乃(あきの)!ハルくんの次に保護されたから、なかなかの古株です!よろしくね〜!」


嵐のように一気に喋った少女はこれまた嵐のように自己紹介を終え、にこにこしながら席に着いた。


「おいおい、コイツまだ誰の名前も知らないんだからそれじゃ伝わんねーよ」


亜貴乃の左隣に座っていた少年が呆れたように言葉を発する。亜貴乃が「あっ!ほんとだー!」と大きな声で言うのを聞いて苦笑いしたその少年は、立ち上がって自己紹介を始める。


「俺の名前は佐倉(さくら) 陽翔(はると)。さっき亜貴乃がハルくんって言ってたヤツな。俺は一番最初に発見された第十三眷属だ。ここには俺しか男がいなかったからお前が来てくれて本当に嬉しい!」


そう言うと、陽翔は赤錆色のくせっ毛と同じ色の瞳を細めて喜色満面の笑みを維沙弥に向けた。彼の雰囲気が『親友』と似ていて、維沙弥は思わずまじまじと陽翔を見詰めてしまった。


「ん?」


陽翔が快活に笑いながら首を傾げる。維沙弥はそれでようやく自分が陽翔を凝視している事に気づき、目を瞬いた。


「次は私ですね」


そう言って陽翔と入れ替わりで立ち上がったのは、雰囲気としては怜央に似て冷静沈着な嫌いのある少女。長い黒髪を低い位置で一つに纏めている。


「私は二条(にじょう) (さく)です。この中では一番最後に保護されました。これから宜しくお願いします」


(『二条』…?二条って事は『条家』の人間から『血統族(Dawn)』が出現したっていう事か…)


維沙弥は朔の名前を聞くなりそんな事を考えた。無論、彼女は『条家』の人間である。『二条家』とは、『砦』で言うところの『九条家』と同じ立ち位置で、政界の参謀を多く輩出する名門だ。しかし、『二条家』は古くからの慣習を重んずる家であるが故に女子の立場が低いとも聞くが――。


何はともあれ、教室の一番奥に座っている少女が自己紹介を始めた。


「私は結城(ゆうき) 紗羅(さら)。亜貴乃さんの直ぐ後に保護されましたの。これからよろしくお願い致しますわ」


最後の少女はお嬢様が使うような口調の典型的なそれだった。やや金髪がかった髪は毛先を軽く巻いていて、ハーフアップに結い上げた髪には大きな赤いリボンをしている。しかし、このメンバーの中では一番背が低いようだ。声も甲高い。しかし、先程則継が言った事から鑑みるに、彼女も維沙弥と同い年のようだ。


「これで全員の自己紹介は終わったな」


昌隆が言う。すると、則継が首を傾げて昌隆に問う。


「澄丈 維沙弥本人の自己紹介は良いのですか?」


「ん?ああ、そう言えばまだだったな。昨日こちらから新たな第十三眷属が保護されたとの通告をしておいていたから自己紹介が済んだ気になっていた。澄丈、自己紹介を頼む」


「はい。澄丈 維沙弥です。これから宜しくお願いします」


維沙弥は第十三眷属とリアクトのメンバー両方に挨拶する為、やや砕けた言い方で簡単に自己紹介を済ませた。あらかたの情報は先に流れているのだろう。でなければ今日の群衆に説明がつかない。


そして、軽くお辞儀をした後、つと、一人の人物を、見詰める。彼の顔に浮かぶその表情は『愛憐』か、それとも『哀憐』か。それは、彼にしか分からぬ事だが、とにかく彼は、その人物を見詰めている。


「………?」


維沙弥に見詰められた人物が、首を傾げる。しかし維沙弥はそんな事など視界に入っていない(視界には入っているのだが、認識していない)かのように、見詰め続ける。

維沙弥に見詰められている人物が、何故こちらを見ているのかと問おうと口を開きかける。だが、維沙弥が先行して言葉を紡ぎ、その人物は、何故維沙弥がこちらをまんじりともせず見ていたのか、理由を知る事はついぞ叶わなかった。


彼は、呟く。

自身が犯した『罪』を。



「……当たり前か」

今回はたくさん新キャラが登場しましたね(笑)

一気にキャラクターが増えた事と、なんだかそんなつもりはないのに伏線のようになってしまった昌隆と則継の年齢。名前と年齢だけここに載せておきたいと思います。


澄丈(すじょう)維沙弥(いさや)(十五)

有賀(ありが)亜貴乃(あきの)(十五)

佐倉(さくら)陽翔(はると)(十五)

二条(にじょう)(さく)(十五)

結城(ゆうき)紗羅(さら)(十五)

佐内(さない)一虎(かずと)(二十)

一条(いちじょう)怜央(れお)(二十)

三条(さんじよう)彩姫(さき)(二十)

五条(ごじょう)(りょう)(二十)

九条(くじょう)(しょう)(二十)

玄道(げんどう)昌隆(まさたか)(二十五)

九条(くじょう)則継(のりつぐ)(二十五)


となっています。また、今回『大阪(おおさか)領域(エリア)高等学校』と『仙台(せんだい)領域(エリア)高等学校』の名前が出てきましたが、現段階で考えている話の流れでは恐らく実際に登場する事はないと思われます。


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