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サラリーマン 須々木

 JP3-004 Ryouzi Suzuki



 須々木は別に元ヤンキーという訳でもなく、なんらかの武道を習っていたわけでもない。


 高校時代に授業で剣道はあったが、防具越しにですら殴られるのが嫌であった。

 地味に痛い上に、この経験が何らかの形で自分の未来に役立つとも思えなかったからだ。


 格闘家やら、肉体労働に従事するなら、多少は身になるのかもしれないが、須々木の第一志望は公務員で、時点で冒険の少ない職を望んでいる。


 そこそこ真面目ではあるが、平凡な社員と自他ともに評されていた。


 後の調査でも明らかになるが、中学時代は運動能力も平均的であり、漫画の影響でサッカー部に入ったが運動量に一か月せぬ内に退部。成績も悪くはないが性格も容姿もあか抜けず、今一つぱっとしない男というのが、異能研究の第一線を走る研究者たちの印象だった。


 今年で33歳になるが、昇進の話などまるでなく主任止まり。

 その主任という立場だって、上司の一声がなければ縁のない言葉だっただろう。


 須々木は典型的な平のサラリーマンである。


 なので突然上の階から床を突き破って会議室に落ちてきた仔馬ほどはありそうな角の生えた狼的な何かに、茫然としていた。


 異変をかぎつけ、犬と対峙していた同僚の大城が吹っ飛び、可賀という新人が襲われているという眼前の怪事件に対して逃亡を図ると思われた。


 いつもの須々木ならば。


 窓が割れ、机が倒れ、滅茶苦茶になった会議室で、火災報知機のベルと逃げ戸惑う同僚達の悲鳴を聞きながら、放り出された書類がひらひらと舞うのを現実感もなく眺めていた。


 ここ数日、家にも帰らず会社に泊まり、須々木が徹夜同然で仕上げた書類である。

 彼の目の下は、高校受験以来の濃いくまが浮かんでいる。



 資料を集めるだけでも、どれくらい徒労したのか、この巨大な犬はわかっていない――――否、わかるまい。



 世間の不景気を浴びた中小企業は半ブラックといっても過言ではなかった。

 そんな中で社運を賭けてもいいといわれる企画を捻りだすのに、どれほど試行錯誤をしたか。

 おまけに、これは自分の首がかかっている。


 今までこれほど、入れ込んだ仕事があっただろうかと思うほどだ。


 十年近く苦楽を分かち合った同期の大城が巨大な犬の爪で顔と肩から胸をやられ気絶しているし、上司の岡野が太腿ら血を流して身を縮こまらせているし、新人の可賀は足を噛まれて悲鳴を上げている。


 不景気の煽りで、新入社員は数えるほどだ。


 可賀は同新入社員で玉山ほど優秀ではないが、持ち前の人柄の良さと努力と粘り強さで仕事をカバーできているし、今時の若者にしては珍しく根性があった。


 いつのまにか須々木の方が感化されて、可賀に負けぬ様に努力し続けた。

 可賀ほどの人柄も良くないから余計に。 


 まだ入社して一年弱だが、可賀は今回の企画にどれほど尽力してくれたか。


 昨日だって定時を過ぎ、終電が無くなるからと帰してやろうと思ったが『大丈夫です、須々木主任!替えの服持ってきてますし、三丁目のネットカフェはシャワーもついてます!』と夜中の二時まで頑張ってくれた。


 須々木は一度トイレで可賀の優しさに泣きそうになった。

 大げさかもしれないが、うるっときた。


 真面目に主任として慕われているんじゃないかと、錯覚するほどだ。


 忙しいはずの同僚の大城など、自分の体験を生かして、あの上役は重箱の隅をつつくような人だから細部まで作りこめとか、上役は年の人が多いから書類は文字大き目でとか、プレゼンのアピール方法を伝授してくれた。体育会系のくせに、よく回る気遣いには頭が下がる。

 

 上司の岡野など幾度、弁当を差し入れてくれたことか。

 切羽詰まった状況でも、けして岡野はせかしたりしないし、自腹で役員を接待したり、様々な各方面に融通をきかせてくれたのを密かに須々木は知っている。

 彼の人望のお蔭で、ほとんど面識のない社員まで、ちょっとした情報やら、資料まで持ってきてくくれるほどだ。


 たった十数枚程度の書類だが、ぎゅっと須々木の苦労と努力が凝縮されたものだった。


 その甲斐あって、会議開始十五分で上役の好感触をそこそこ掴んだというのに。



 こ の 犬 が 。



 なぜか須々木の脳裏には走馬灯のように、子供の頃に犬に噛まれて四針縫ったが為に、楽しみにしていた数日後の海水浴に行けなかったことを思い出していた。


 それから須々木は、基本的に犬が嫌いだった。


 続いて、巨大な犬が四本脚で無慈悲に書類を踏みつけているのが目に入って、生命の危機より先に頬が引き攣るほどの激しい怒りを覚えていた。 


 幽鬼を思わせる様な緩慢な動作で、須々木はどこぞの上役が倒して逃げたパイプ椅子を無造作に掴んで掴みやすいように畳んだ。

 

 足の部分を両手でしっかり掴むと、巨大な犬に全力で振り下ろしていた。




「か――――がぁを離せや、犬っころがぁあ!!!どれだけ可賀がぁ!!今回の企画の為にぃ!!頑張ってくれたとぉ!!思ってんじゃああ!!マジ、ぶっ殺すぞ!!大城のアドバイスのぉ!お蔭でぇえ!書類もぉ!!会議もよぉ!!好感触でよぉ!!岡野係長がぁあ!どれくらい頭下げてぇえ!!根回ししてくれたのぉ!!しってんのかよ!!今回のぉお!!企画会議はぁ!!企画会議はなぁ!!皆の為にもぉお!!絶対に通さなにゃ!!ならんのによぉおおおおおおおお!!!!!」


 

 

 間髪入れずに、鬼気迫る須々木は巨大な犬に対して、何度も何度もパイプ椅子を叩き込んでいた。

 幾度か反撃されてボロボロだったが、須々木の腕は止まらない。


 パイプ椅子の原型すらなくなると、火事場の馬鹿力なのか、なぜか軽々と片手(・・)で持ち上がる会議室の長机で殴っては粉砕させていた。


 残った金属部分で、原型が無くなるまで叩き付けていた。

 


「…き!須々木!!やめろっ!!もう、そいつ死んでる!おい、須々木!!逃げ遅れちまう!」



 目が覚めたらしい大城が腕を掴む感触で、須々木は我に返った。

 そういえば、結構前から背後で大城の声が聞こえていたような気がする。


 けたたましい火災報知は未だに鳴り響いており、かすかに何かが燃えているような匂いと、巨大な犬から放たれる生々しい血臭が漂っている。


 巨大な犬は絶命しており、ピクリとも動かない。



「す、すず、き、しょに…上の階からっ、火がでてるっ、みたいでっ、早く逃げ、てくださっ」

「な、なんだと!にげ―――――…」



 しゃくりあげながら、真っ青になって涙でぐしゃぐしゃの可賀だが、立ち上がる気配がない。


 可賀の脹脛にはハンカチのようなものが巻いてあるが、血染めで真っ赤だった。

 隣に呻いている岡野は己の太ももにネクタイを巻き付けたようだが、やはりそれも同じく赤く、脂汗を流しているのに青ざめていた。



「――――いいいいい、いい、いいよ。私はここに残るから!いきなさい!可賀くんをつれて!早く!」

「で、ですが!係長!」

「なな、なに、大丈夫さ!す、すぐに消防士か救命士がくるよ!」



 肩と腹部をやられている大城も五体満足とはいえず、歩くたびにぽたぽたと血液が床に滴るほど、出血しているため、足元は頼りない。


 一番、須々木が五体満足だが、やはり交戦中に腕と脚が巨大な犬の爪に掠っている。


 会議室以外の、このメンツ以外、すでに社内の人間は退避している。

 

 どうしてビルの警備員すらいないのかと思ったが、この巨大な犬のようなものを見て逃げ出したのかもしれないし、火事は管轄外だとでも思ったのか。


 出来の悪い自分を他の部署から引き抜いてくれた恩のある上司。

 なにかと気にかけてくれた同期入社の同僚。

 日が浅いとはいえ、入社してから面倒を見ている努力家の新人。


 たぶん須々木は交流のない他の社員ならば、見捨てたかもしれない。

 だが今ここにいる誰一人、見捨てられなかった。



「ちょっと待っててください」



 須々木の行動は早かった。


 足にローラーのついている椅子を、すかさず近隣の部署から椅子をかっぱらってきた。


 二人分を岡野と大城を乗せて椅子の背を引っ張り移動し、一番軽い可賀を背負い、しがみ付かせた。

 運動不足のはずの須々木ではあるが、可賀を軽々と持ち上げることができた。


 ただすぐに行動は行き詰った。


 エレベーターで降りればいいかと思ったが、火災の際はエレベータが止まっているのだ。

 岡野の話では、社内の避難訓練でも階段での避難するのだという。


 そういえば昼時間が自由なのがいいことに外食して仕事していたので、真面に参加していたことがないかもしれない。


 怪我人を歩かせ16階を下るのは無理。

 17階は火災で、いつ火の手がこちらにくるかわからない。


 巨大な犬の出現から、どれくらい時間が経ったのかわからないが、遠くでサイレンの音がするので、消防車か救急車が来ているのだろう。


 置いていけないから背負って下りると主張し、強引に持ち上げようとする大城と、可賀だけ背負って自分は置いて行けという岡野の押し問答を聞きながら、メタボ気味の上司の岡野を抱き上げた。


 背中に可賀を背負っているというのに、やはりさしたる重みは感じない。


 巨大な犬と戦闘中、そして可賀を背負った時、やたらと力が増しているような気がしていたが、ここまでとは本人も思っていなかっただろう。


 その異変に驚愕の顔をしている三人であるが、たぶん一番、須々木が吃驚している。


 どちらかというと須々木は細身で、この中でこんなことができる可能性があるのは体育会系の大城であるが、さすがに小柄とはい50キロ弱ぐらいであろう可賀と、90キロ以上かもしれない岡野である。



「いけるのか?須々木」

「火事場の馬鹿力、舐めんな!」

 


 できるだけ不敵に笑って須々木は2人を担いで、3階当たりで須々木を見るや否や目を白黒させた消防士とバトンタッチするまで階段を下り続けていた。

 

 その後ビルの外に出て、市内の上空の魔法陣のようなものに、初めて須々木は気が付いた。



 異能発生者:須々木 亮二 Case:JP3-004 

 異能脅威ランク:E-【20××年5月7日改定版ランク】

 異能:身体強化系統、筋力特化。身体能力が全体的に上がったのも計測済み。

 異能経緯

 第一波に手負いの魔物(フォルズ)角狼(ホーンウルフ)と交戦。

 目撃者の話だと、会議室の長机を片手で持っていたとのこと。

 戦闘勝利後(もしくは戦闘中?)に異能を発生したと思われる。

 SFD設立時の第一期生に勧誘に成功。SFD戦闘部隊【アイリス】に配属。

 備考欄

 【20××年1月6日追記】

 SFD日本支部の特殊施設にて総合格闘技取得。

 射撃の腕はD。異能の恩恵はなし。

 戦闘時の腕力に武器が耐えれず、毎時破壊傾向にあり。武器開発中。

 20××年現在、近年開発されたFRS石加工の硬化チタンの試作品の拳保護のナックルを使用。

 【20××年9月12日追記】

 第五波時の戦闘にて、狂戦士(バーサーカー)のような状態で能力の上昇。

 軽自動車を持ち上げて投げたという報告あり。

        

 異能発生者:大城 哲郎 Case:JP3-078

 異能脅威ランク:H+【20××年5月7日改定版ランク】

 異能全容:補佐系統の威嚇、鼓舞。団体行動に補正。元々身体能力が高く、上昇したかは不明。

 異能経緯

 第一波に手負いの魔物(フォルズ)角狼(ホーンウルフ)と交戦。

 目撃者の話では、彼の発する気合いの入った声に角狼(ホーンウルフ)の動きが鈍るということが多々あったとのこと。

 同現場のCase:JP3-004の能力を応援することで後押ししたのではないかといういわれている。

 異能発生が弱く、団体行動条件下の発動という限定であったため、発見が遅れ、一般人として第五波まで放置されていた。

 SFDの第三期生の勧誘に成功。Case:JP3-004との交流関係、及び能力の相性

の良さからSFD戦闘部隊【アイリス】に配属。

 備考欄

 【20××年2月7日追記】

 SFD日本支部の特殊施設にて総合格闘技取得。元々空手の黒帯であるため取得月日は一か月と才覚を見せる。

 射撃の腕はE-。異能の恩恵はなしだが、接近戦の勝率93%。

 なおCase:JP3-078の鼓舞後の周囲の人物(個人差有、信頼度の違い?XI機関

で研究中)の射撃命中率5%前後上昇が報告されている。

 【20××年12月1日追記】

 鼓舞能力かは不明であるが、配属先のSFD戦闘部隊【アイリス】から脱落者0名。

 Case:JP3-078の配属時から戦闘員の生還率89%。


       

 異能発生者:岡野 崇 Case:JP3-149

 異能脅威ランク:G+【20××年5月7日改定版ランク】

 異能全容:超感覚系統?相手が異能者かどうかがわかる。該当率84.5%。

 異能経緯

 第一波に手負いの魔物(フォルズ)角狼(ホーンウルフ)にてCase:JP3-233を庇い、負傷。

 以後、巻き込まれた一般人として放置されていたがCase:JP3-78との交流にて、微弱であるが異能者と発覚。

 SGGの第六期生の勧誘に成功。

 測定にて戦闘能力皆無が発覚し、SFDの人材発掘部隊【コスモス】に配属。

 備考欄

 【20××年4月22日追記】

 異能者ランクF-、Case:JP3-153の発見、スカウト成功。

 SFD戦闘部隊【アイリス】から、20××年4月、SFDオペレーションシステムへ転属。

 【20××年8月6日追記】

 異能者ランクE-、Case:JP1-101の発見、スカウト成功。

 SFD人命保護部隊【ローズ】配属。20××年9月、分隊長昇格、翌々年4月小隊長昇格。

 【20××年10月2日追記】

 異能者ランクD-、Case:JP2-118の発見、スカウト成功。

 SFD特殊部隊【ラベンダー】配属。20××年4月、班長へ昇格。

 【20××年11月30日追記】

 異能者ランクC-、Case:JP3-174の発見、スカウト失敗。

 異能者ランクの高さから、レベル3の監視体制。 

 ■■■の■■■にて、調査結果■■■■。同年8月12日に■■■■発覚、■■■■にてB認定。

 世界でもほとんど確認されていない■■■■■系統の■■■である可能性あり。

 ――――――A級機密保持事項につき、以下閲覧不可。

 【20××年1月10日追記】

 Case:JP3-149の指揮の元、数名の異能力者と人材発掘部隊【コスモス】による【JP47battle project】計画を提示、翌年小規模開催。

 人材発掘に大きく貢献。

 計画において、異能者ランクC-、Case:JP3-170を発掘。スカウトに失敗。

 【20××年1月24日追記】

 Case:JP3-170のスカウトに成功。

 SFD救護部隊【ライラック】に配属。通称【黒髪の歌姫】としてSFD広告塔化。

 ―――――――――以下、Case:JP3-149のスカウト経歴は別資料参照。

     


 異能発生者:可賀 優芽 Case:JP3-153

 異能脅威ランク:H-【20××年5月7日改定版ランク】

 異能全容:超感覚系統探索?魔物(フォルズ)の方向や場所が大まかにわかる。

 異能経緯

 第一波に手負いの魔物(フォルズ)角狼(ホーンウルフ)にて負傷。

 以後、巻き込まれた一般人として放置されていたがCase:JP3-149により、

 異能により異能者であると発覚。スカウトにてSFDの第7期生の勧誘に成功。

 Case:JP3-153の熱烈な志願により、SFD戦闘部隊【アイリス】へ配属。

 備考欄

 【20××年7月4日追記】

 SFD日本支部の特殊施設にて総合格闘技取得したが、最低ライン。

 射撃の腕はB-と優秀だが、異能の恩恵はなし。

 【20××年9月27日追記】

 第十四波の負傷後の精密検査により、妊娠発覚。

 同年11月に、Case:JP3-004と結婚、SFD戦闘部隊【アイリス】を除隊。

 【20××年6月15日追記】

 異能者同士の子供、7例目となる。現在異能であるかは不明。

 ――――――c級保持事項、経過別紙参照。

 【20××年4月1日追記】

 復職。SFDオペレーションシステムへ配属。

             

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