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ついてくる

作者: 甘木智彬
掲載日:2013/06/21



 ぺたぺたぺた。


 夜は遅くの帰り道、女はふと足を止め、怯えたように振り返る。


 ぺたっ。


 音が止む。

 しばしの沈黙。耳に痛い静けさ。

 気味悪げに、肩を震わせた女は、家路を急いだ。


 ぺたぺたぺた。


 ずっと、足音もついてくる。

 しかしこれは妙である。非常に妙である。


 ぺたぺたぺた。


 まるで裸足の音ではないか。

 こんな夜半に裸足で外を出歩く者が居るのか。

 いや、居るには居るかもしれないが。

 その者はまっとうは人間であろうか。


 考えるまでもないことだ。

 先ほどから後をつけてきている時点で、お里が知れるというものだ。


 ――早く、早く家に帰ろう。


 自然と、女の足が速まる。鞄のひもを握る手に力がこもった。


 速足で行く。

 こつこつと、女の靴が音を立てる。

 ぺたぺたと、足音がその後を追う。


 不気味だった。


 足音が、ゆっくりと、ゆっくりと、しかし確実に、近づいてきているような。

 そんな予感。

 脂汗が滲んでくるような重圧だった。

 しかし女は決して駆けださなかった。


 自分が走れば、足音も走って追いかけてくる。


 そして、もし走ってこられたら、追いつかれてしまうと。

 そう、半ば確信していた。


 ぺたぺた。


 近い。

 足音が近い。

 足を止め、振り返る。

 しかし、誰もいない。


 ――その者は、まっとうな人間であろうか。


 ――そもそも、其れは、"人間"であろうか。


 肝が冷えた。

 しかし、それでも、女は駆けださなかった。

 追いつかれると、ろくでもないことになるのは、目に見えていた。

 理性は依然として、恐怖を抑えつけていた。




 どれほど歩いたか。

 長く長く感じられたが、実際のところはいつもの家路である。

 そう長くは歩いていない。

 家の明かりが見えてきた。


 しかしここで、女は不安に駆られた。


 ――このまま家に帰っていいものか。


 背後の足音は、既に、本当に近づいていた。

 このまま手を伸ばせば、届いてしまうのではないかと思われるほどに。

 しかし、振り返っても、誰もいない。


 妙なものを後ろにくっつけたまま、家に帰るのは憚られた。

 入ってくる、とは、思いたくなかったが。

 どうするか。


 とうとう、家の玄関が見えてきた。


 ぺたっ。


 近い、心なしか、自分のすぐ背後に、何者かの息遣いすら感じられるような。


 あと数歩。


 数歩で、家の中に入れる。


 しかし、――追いつかれる。その数歩のうちに。女は確信していた。


 どうすれば、あと、その数歩を稼げるか。

 半ば絶望しかけながら、立ち止まった女は、考える。

 そこでふと、妙案を思い付いた。


 その場で、靴を脱ぐ。


 「――どうぞ、使ってください」


 そう言って、一歩歩いた。


 足音は、無かった。


 さらに、一歩。


 足音は、無い。


 ――やった。


 女は笑う。


 背後の何者かは、今、靴を履いている。

 その時間を、稼いだのだ。

 残りの数歩、女は扉を開け、家の中に入った。


 安堵のため息とともに、家の鍵を閉め、その場にへたり込む。




 こつん。




 扉の外。


 ヒールが地面を打つ音が、響いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 視覚以外の情報から恐怖を煽るというのは、ジャパンホラーの真骨頂ですね。 なんとか逃げながら扉の外に靴音が響くのが、今後の想像を掻き立てられて非常に良かったです。 やっぱ…
2014/09/07 00:14 退会済み
管理
[良い点] ぺたん という音が湿ったいやらしい恐怖感を煽りますね。 [気になる点] 主人公がやけに冷静に対処法を思いつく所に違和感を感じました、周りに助けがないことを説明した上で恐怖に屈して助けを請っ…
[良い点] こつん。 [気になる点] こんな時間に読んでしまったので、めっちゃ怖いです…。 [一言] こういう間接的に感情を揺する表現、いいですね。
感想一覧
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