7月、タイムマシン、その日常。
少年の、早すぎる挫折感。
それを、ひそかに包み込んで守ってあげたいという、少女の本心。
私たちは、そこをタイムマシンと呼んでいた。
桜の大樹の下。
大きな木々の鼓動が聞こえる。
その新緑が深呼吸するのを感じ取れる。
まるで、入学したての児童のような初々しさ
なぜ、タイムマシンというのかと言うと、
私、むつきという少女と、幼馴染のやよいという少年が、夢の話をする場所であったから。
いつか、叶えるための夢。
「僕はね、マスコミの人になって世界を変えてやるんだ。もちろん、世界中を飛び回る記者さ。」
これはやよいの夢。
「私は、作家になってみんなを感動させたいの。漫画家もいいな」
これは私の夢。
2人は、暑い夏の日、アイスクリームを食べながら真剣に、でも無邪気に夢について語り合っていた。
「大好き。」むつきは、夢をキラキラ語るやよいのことをそう思っていたのだ。
大丈夫。あなたは、私が想う初めての人だから。
きっと夢は叶うよ。
ここにある、大樹の咲かせる桜の木を20年後も一緒に見たいな。
・・・なんて欲張りなのかな?
やよいの、夢みる姿が愛おしくてたまらなかった。
毎月読んでいる、漫画のワンシーンみたいにそっと歩み寄り、口づけをしてみたいと思ったこともあった。でも、そんな勇気はなかった。怖かったから。
二度と会えなくなってしまうかもしれない。
そんなことをしてしまったら、それがきっかけとなり、やよいは私を嫌いになるかもしれない。臆病ものの私だ。
育ってきた環境。
私と、やよいの家はお隣同士だ。
だから、いつでも会えたし家族ぐるみの付き合いもしていた。
いつも、昨日や今日の話をする私たち。
「お母さんがさ」
とか、
「おじいちゃんてばね。」
とか。
たわいのない日常の物語がつらなっていた。
それは、起きた。
夏の終わりのある日。
やよいは、目を真っ赤にしていた。
泣いていたみたい。
「どうしたの?」私が訊くと、
黙って、うつむくやよい。黒のランドセルを、地面に置く。無造作に。
涙が、その可愛くふっくらした頬をつたう。
少し、日焼けした少年は漫画みたいな量の涙を零す。
悲しくなった。
やよいが泣くと、私も笑えないよう。
初めて見た、やよいの泣き顔。
ナマイキしか知らないと思っていたやよい。
笑顔しか知らないと思っていたやよい。
夢を嬉しそうに語るやよい。
それが、壊れていくような感覚に陥った。
「どうしたの?」
やよいは、しばらく黙って泣いていたけれど、ぽつりと話しだした。
「お母さんやお父さんが、僕の夢は叶わないと言った。」
私の胸は、とても苦しい。
「う・・・・ん・・・。」
「お父さんが「やよい、マスコミってのはキツイ仕事なんだぞ。そんな覚悟あるのか?
それに、なるのはとても難しいんだ。旧帝大卒の俺でも無理だった夢だから、息子のお前もきっと無理。」って言った。」
「お母さんは、「お嫁さんを泣かすぐらいに、そばで、いつも微笑んであげられないぐらいに365日忙しいのよ。覚悟はあるの?」って。2人揃って「覚悟」「覚悟」って何だよ!」
いっそう、激しく泣くやよい。
「僕の夢は叶わない。」
やよいが言う。
わたしは、木の下で、うつむいてかがんでいるやよいのそばに、あと5cmという距離まで歩み寄る。
高鳴る、私の鼓動。
「大丈夫。わたしが、大丈夫って言えば大丈夫なの!やよいは、きっと世界中を駆け回る記者になるの。ちゃんと、中学にも高校にも行って、いい大学にも行く。アルバイトをしてお金もためて留学もするよ。バイリンガルってやつ?何か国語も話せるようになる。何にだってなれるし、どこにでもいけるよ。
たとえ、ダメになっても、いつだって私が守ってあげたいから。やよいのこと。」
こんなに長いことばをしゃべったのは、久しぶりだった。
泣きながらも、絶叫していた。
大人たちが、私たちが泣いているのを興味津々に見つめている。
いいんだ。気にしない。
私に2cm近づくやよい。
私は、頭が真っ白になった。
近い・・・こんな近くにいるの?
やよい?
やよいの呼吸を愛おしいと感じていた。
やよいは?
今どういう気持ちなのかな?
風が吹く。
はらり・・葉っぱが舞い降りる。
私の前髪の上に、
「ちょっと、目を閉じて」
「うん」
気がついたら、やよいの唇が私の唇に重なっていた。
どうしてなの?
嬉しいはずなのに、なぜか涙がとまらない。
ああ、ありがとう。
「私は、作家になれなくてもいい。ずっとやよいのそばにいて、ずっとやよいの夢を一緒に追いかけるから。何にもできないかもしれないけれど、ずっとやよいのことを守ってあげるから。守ってあげたいから。」
これって、大人の言う、誓いのキスってやつなのかな?
やよいは、どういう気持ちなのかな?今。
やよいのハートは、崩れ落ちそうに見えるけれど。
私のハートは、満タンなんだ。
・・・自分にとって都合の良い解釈をしてしまう。
自己満足のこの感情。
今の口づけ、一生忘れないよ。
ここは、都会の、夜景が窓の向こうに見えるマンションの一室。
都会のネオンに負けた星たち。
でも、お月様は少しだけ微笑みながらも丸々と、ふくらみかけている。
満月まであと一歩の夜。
「やよい・・・お帰り。茄子の白和え出来たよ。一緒に食べよう。」
___3月の風、2つ分の並んだ影法師。
「ずっと一緒だよ。」
「本当に?」
影法師は、1つに重なり、桜の大樹の木々が育てた清々しい葉と、薄紅色の花びらが織りなす葉桜たちの祝いの唄
。
それらからは、魔法の笛のようなざわめきが聴こえる。
ララ・・・ラ・・・。
ご感想ありましたら、ご気兼ねなく。
酷評でもなんでもお待ちしていますので。