序章
夏風恋歌
序章
八月十日、夏休み真っ盛り。
太陽の日差しが容赦なく照らし、セミの鳴き声が響き渡る中、守山直助は走っていた。
白い粉で引かれただけ線で区切られた地面の上を。 ただひたすら走っていた。
目指すは、平行に引かれた白いラインの上に一本、平行線を遮るように引かれたゴールライン。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
息を切らし、ゴールラインへ走る守山。
それを見守るようにゴールラインの横に立っている背の低い、赤色のジャージ姿の少女。
髪を後ろに二つに分けくくっており、黒いデジタルのストップウォッチを力強く握っていた。
「せんぱーい! あとちょっとです、頑張ってくださーい!」
守山は少女の元気良い応援を受けつつ、最終コーナーを走り、ゴールラインまで走りきった。
徐々にスピードを落として、トラックからはずれ、地べたに大の字に横になる。
すぐさま、少女はタオルと水が入ったヤカンをもって守山のもとへ駆けつけた。
「水・・・・・・水!」
「はい、先輩、水です」
「サンキュ、駒木」
水に飢えていたかのごとく、駒木が持ってきたヤカンの水を一気に喉に流し込む。
汗まみれの頭にもかけると、駒木からタオルを受け取り、滴る水をぬぐう。
「タイムは?」
「12.04秒です」
駒木は横になっている守山にしゃがんで座りながらタイムを読み上げた。
「くそー・・・・・・あとちょっとで12秒切れたのになぁ」
「でも自己ベスト記録更新ですよ、凄いじゃないですか先輩」
守山は起き上がると、タオルを肩にかけて水場に向かった。 駒木も守山の後を付いていく。
「しっかしまぁ、よく俺の頼みを聞いてくれるよなぁ、駒木は。 ほんと感謝でいっぱい」
ヤカンの水では足りなかったのか、水道の蛇口に頭を突き出し、水をかけながら言った。
「いえいえ、これも先輩のためならばお手伝いしますよ」
「まぁ、普通なら夏休みだから、プールやら避暑にどこか涼しいところに旅行なりするがな」
夏休み真っ盛りの今日、学校には守山と駒木以外、生徒は誰もいない。
守山は陸上部に所属しており、駒木は陸上部のマネージャーだ。 部員は十名で男子が九名、女子は駒木だけだ。
駒木はいつも汗だくになった部員たちの世話をして忙しい毎日を過ごしているが苦ではなかった。
今回は守山が独断でタイムを計りたいとの要望に、駒木が快く了承してくれたので、涼しい時間帯の午前中からここに来ている。
校舎の時計はまもなく12時を告げようとしていた。
「あ、もう12時か。 早く感じるな」
「そうですね。 先輩頑張ってましたし」
「そろそろ着替えて、どこかに昼飯食いに行こうかな。 駒木はどうする?」
「私も行きます!」
「じゃあ着替えたら校門の所で待ち合わせな」
「はーい」
守山と駒木はそれぞれの更衣室へ向かった。
着替えを済ますと、守山は校門へ向かった。
先ほどまで走っていた運動場を横切り、駐輪場の隣を通り、校門にたどり着いた。
そこにはもう駒木の姿があった。 もともと長いのをひざ位までの長さに短くしたスカートと上は半袖のカッターシャツ、フレームがおしゃれなメガネをかけており、
スポーツバッグを肩にかけて待っていた。
「せんぱーい」
「おう、お待たせ」
駒木はこちらへ向かってくる守山を手を振って迎える。
「さて、何を食べようか。 リクエストある?」
「えーとですねぇ・・・・・・おそばなんてどうです?」
「そばか、俺は構わないけど本当にそばでいいの? ファーストフードとかじゃなくて」
「ファーストフードはちょっと苦手で・・・・・・」
「そうなんだ、んじゃ行こうか」
守山と駒木は学校から少し歩いたところにある商店街の中にある、そば屋へ向かった。
そば屋へ入り、四人席へ案内された二人は荷物を降ろして向かい合って席に座った。
店員からお冷が配られる。
「ざるそば一つ」
「私も同じものを」
「ざるそば二つね、少々お待ちください」
そう言って店員は厨房の方へ向かっていった。
「先輩、今後の夏休みの予定とか考えてます?」
駒木がお冷を両手で持ちながら言った。
「んー特に考えてないな。 家でごろごろ・・・・・・かな。 そう言う駒木はあるのか?」
「私はですねぇ・・・・・・旅行に行きたいですね」
「なんだ、“行く”じゃなくて“行きたい”のか」
「旅行に行くお金なんてないですし、今商店街で抽選会やってるじゃないですか? それで当てれたらなぁって」
この蕎麦屋がある如月商店街では、八月の八日から二週間だけ抽選会が行われているのだ。
商店街の中で買い物や食事をしたりすると貰える抽選券一枚で一回、抽選を行うことができる。
一等から十等まであり、一等はハワイ旅行一週間分、二等は南国の島四泊五日の旅、三等は液晶テレビ、とここまで豪華商品が当たるようになっている。
「あぁ、そう言えばやってたな。 俺はあんま興味ないなぁ。 どうせティッシュ貰うに決まってるよ」
「もう、先輩。 そんなネガティブな考えは止めてくださいよ。 もし私が旅行券を当てたらどうするんですか?」
「そうだな、どうせ暇だし一緒に行ってやるよ」
「え・・・・・・?」
思いもよらない守山の言葉に少し驚いた様子の駒木。
「ん?・・・・・・お、きたきた」
驚きを隠せない駒木をよそに、注文していたざるそばが来た。
守山はさっそく割り箸を割り、ねぎをたっぷりそばつゆに浸すと豪快に食べ始めた。
「どうした、駒木。 食べないのか?」
「――え? あ、は、はい。 いただきます」
守山の言葉でやっと我に返った駒木もそばを食べ始めた。
「あー食った食った」
「そうですねぇ。 先輩ごちそうさまでした」
「あぁ、良いって」
昼食代はすべて守山持ち、二人分の抽選券を貰って外に出た。
(やべぇ・・・・・・やっぱ割り勘の方が良かったかな。)
財布の中がほとんど空っぽになったのをまじまじと認識する守山をよそに、駒木は満足の表情だった。
「先輩、それじゃあ私、抽選会に行ってきますね」
「おう、まぁせいぜい頑張れ」
「もう、先輩。 あんまり期待してないですね」
「あんまりじゃなくて全くだ」
「ひどいです!」
守山は、ほっぺを膨らまして怒り気味の顔をする駒木をあしらう。
「はは・・・・・・冗談だよ。 じゃあな」
「はい、失礼します。 絶対に当てて見せますからね!」
二人はそば屋の前で別れた。
商店街の中にある中規模のスーパーの入り口前で抽選会は行われていた。
駒木はぎゅっと抽選券を握り締め、会場に向かった。
(絶対当てる、当ててやるんだから!)
心に熱い闘志を抱きながら、決戦の舞台である抽選会の会場に着くと、もうすでにちょっとした行列が出来ていた。
大きく張り出されている景品表を見ると、すでに一等のハワイ旅行が無くなっていた。
「あーぁ・・・・・・ハワイ旅行が・・・・・・」
まだ二等の南国の島四泊五日の旅と三等の液晶テレビが残っていた。 四等以下はたいしたものはなかった。
段々運命を分かつ抽選台に近づいていく。 今のところまだ二等と三等は当たった者はいない。
(まだかなぁ・・・・・・ちょっとドキドキしてきた)
駒木の前の若い男が抽選を行った。 結果は三勝三敗、ティッシュ三つだった。
「ちぇ、つまらねぇな」
若い男は、ティッシュをズボンのポケットに押し込め、惨敗に終わった抽選会場を後にした。
いよいよ駒木の順番が回ってきた。
チャンスは二回。
駒木は抽選券を二枚、係員のおじさんへ渡した。
せめてティッシュより上の物を当たるように心の中で神頼みをする。
「よ、よしっ・・・・・・!」
駒木は手に汗を握りながら、二等から十等と残念賞のティッシュを示す色の玉が入った、抽選台を回す。
台を回す音がやけに大きく聞こえるように思えた。
一個目の玉が出てきた。 白色の玉だった。
「残念、お譲ちゃん。 はい、はずれのティッシュ。 あと一回ね」
ティッシュを受け取ると、駒木はもう一度、最後の一回を回す。
二〜三回と回す間に一年分の運を注ぎ込むかのように真剣な表情で出てくる玉の出口を見つめていた。
二等を示す銀色の玉か、それとも真っ白な玉か、はたまた四等から十等の間のものが出るか。
そして、玉が台の中から一つ飛び出した。
鈍い光を放つ玉――銀色だった。
「・・・・・・」
「おめでとうございますーー!! 二等の南国の島四泊五日の旅行券をプレゼント!」
金色のハンドベルを勢いよく振り鳴らしながら、おじさんは大声で叫んだ。
当然、周りの群衆も、何事かと見るものもいた。
「当たったのね・・・・・・当たったのよね?」
そんな中に、自分に問いただすように言う駒木の姿があった。
ちゃんと旅行券を貰った駒木は商店街を後にし、家に帰ることにした。
まじまじと旅行券を見つめる。 自分ではまだ当たった実感が沸かないが、確かに当選したのだ。
四人分の旅行券。
「四人分か、私と先輩は確定よね。 あとは誰誘おうかなぁ。 この際二人っきりで旅行・・・・・・キャー」
と、一人照れながら顔を隠す。
周りから見れば、ちょっと変わった人にしか見えない仕草だが、今の駒木にはどうだっていい。
念願の旅行に行けるのだから。 早く当たったことを守山に伝えたいがためにちょっと早足になっていた。
駒木は家に着くと早速、守山に電話した。
「はい、もしもし」
「もしもし先輩ですか? 私です駒木です。 聞いてくださいよ!」
「おう、どうした? ティッシュでもあったのか?」
「ふふふふふ・・・・・・驚かないでくださいよ先輩」
電話越しで守山にはわからないが、興奮気味の駒木の顔はすでに別人のようだった。
「な、何だよいきなり」
「当てちゃいました」
「え?」
「旅行券ですよ、南国の島四泊五日の旅行券!」
「なんですとぉぉぉぉ!!!」
「ふふふふふ・・・・・・先輩、約束は守ってもらいますからね! あと私と先輩含めて四人まで行けるのであと二人誰を連れいてくか考えておいてくださいね」
「は、はい・・・・・・考えておきます」
完全に先輩と後輩の関係が逆転していた。 守山の一言がこういう形になろうとは、守山本人も思ってはなかった。
「出発は1週間後の今日です。 それじゃ失礼しまーす」
そう言って、駒木は電話を切った。
同じく受話器を置く、守山は自分の言ったことの深刻さを受け入れることに精一杯でただ呆然と電話の前で立ち尽くしていた。




