女の戦い
「酷いわ、ローゼス貴方が行くと言うから私も行かなければならなくなるかもしれないじゃない……」
あの後、王妃とローゼス達は会議室から出され、庭園のテラスに移動していた。
ローゼスは黙ってミスティアの言葉を受け止めた。
「私は嫌よ……怖いもの、この国から離れたくないわ……」
ミスティアの美しい瞳からはらはらと透明な涙がこぼれる。
彼女は泣いていても美しい。警護している衛兵達が目を奪われるほどに。
だからこそローゼスは泣けない。
美しいこの少女はローゼスよりも先に泣いてしまう。
先に嘆いてしまう。怒ってしまう。
そうするとローゼスは泣くことも怒ることも出来なくなる。
皆ミスティアに目を奪われて自分の事など気にする人などいなくなるからだ。
幼い悋気とは思う。今ではそれが当たり前のように感じるが、子供の頃は悲しかった。
美しいミスティアは何をしても輝いていた。ローゼスがいくら努力しても彼女には叶わない。彼女が輝けば輝くほどに自分が深く沈んでいくのを感じた。
なぜ、あんなにあっさりと諾、と答えてしまったのか。冷静になってみると分からない。
ひょっとしたら、泣いているミスティアに対抗心が出てしまったのだろうか。
「……ローゼスは、国の為を思って諾と言ってくれたのですよ」
今まで黙っていた王妃がつぶやいた。
「ローゼスは、この国を守るために行ってくれるのですよ。そのように責めるなど見当違いも良い所です。おやめなさい」
「王妃様・・・・」
「ミスティア、私は今回このまま放っておけば二国は必ず争いになると思っています。そしてその勝敗を握るのが我が国となるでしょう。そして、争いを止めることができるのは我が国だけです」
王妃は手で衛兵に下がるように指示をだした。
衛兵が完全に離れることはないが、話が聞こえない所まで下がったのを確認してから王妃は静かに言った。
「ローゼス、ミスティア。私たちは殿方とは違い、政治の表舞台に立つことはありません。しかし、男には男の、そして女には女の戦い方があります」
その意味を勘ぐって眉をしかめたローゼスの表情を見て王妃は静かに首を振る。
「貴方たちに色仕掛けをしろ、と言っているのではありません。陛下も仰っておりましたが貴方たちには親善大使の心を持って行ってほしいのです」
甘いことを言っている。と王妃は思っていた。
後宮に入る以上、伽を命じられれば断れないしその上で子が成されれば一生後宮から出ることはないだろう。
しかも他国の貴族の娘を王妃に据えるとは考えにくい。
一生この国に帰ることができないかもしれない上に命もないかもしれない。
他の皇太子妃候補たちに心無い仕打ちをされるかもしれない。
だが、これしかないのだ。
大した軍事力のないサラスティアを守るには。
「私たちの中立の立場とその心をお伝えするのです。両国とも進んで戦争を起こしたいとは思ってはいないはず。そして相手のことをよく知るのです。それが私たち女の戦い方です。攻めるのでもなく、守るのではなく、お互いを理解して戦争を止めて欲しいのです」
ミスティアは涙を止めて王妃の言葉に聞き入っていた。
女の戦い。
今まで女である自分は、政治に関わらず生きてきた。
その自分が今、父や兄も出来ないことをする。
自分が、国を守る要となる。
そのことに心が震えた。
「王妃様、私も行きます。いいえ、行かせてください」
ミスティアが泣きぬれた目を上げてしっかりと言うのを、ローゼスは複雑な思いで聞いていた。