後宮入り
ぞろぞろと大所帯で歩きながら宮殿の奥深くに進む。
そうして歩いていくうちに大きな扉が現れた。
ローゼスが首を大きく上げなければならないほどの高さがある。
白亜の扉には繊細な細工が施され、重厚な作りであることがうかがえた。
その扉を守るのであろう二人の衛兵はローゼスら一行の姿をみつけると、すぐにひざを折った。
「扉をお開けなさい」
「はっ」
衛兵は立ち上がると扉を内側に押した。
かなり重い作りらしく、開ける時に腕の筋が浮きあがり額には汗が浮かんだ。
石のすれ合う音と共に、後宮への扉が開かれた。
中に進むと、その華美さに目を奪われた。
白を基調とした廊下には真っ赤な絨毯がひろがり、その毛足は長い。廊下の所々に絵画や壺、繊細な細工物が飾られている。
ローゼスはあまり美術品や宝飾品には明るくないが、それでもこれらの装飾品がどれだけの価値を持つものなのかは、明らかであった。
サラスティアとは全く作りが違い、窓は小さめで数も少ない。保温性の高い作りになっているようで、ローゼスには少し息苦しく感じる。
高価な絨毯を踏むのに少し戸惑ったが、動揺を悟られぬように、先に入出しているトスカのあとにつづいた。
衝撃を感じさせないほど毛足の長いじゅうたんを踏み、廊下を進むといくつもの扉が廊下の両端に現れた。
飾られた宝飾品には触らないように注意しながら静かに歩みを進めていった。
どこかの扉がローゼスの部屋なのだろうが、いつまでたっても案内をするトスカの足は止まらなかった。
かなり遠くまで歩いたようだ。
現に荷物を運んでいるものからは荒い息遣いが感じられた。
進んだ先は行き止まりになり、そこには扉があった。
どうやら最深部に近い位置らしい。
「ローゼス様にはこちらで生活していただきます」
扉が開かれると、中に入るように促された。
入るとまず大きな窓が目に入った。
窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
やはり、サラスティアよりも春が遅いようで未だに冬を感じさせる日差しであった。
扉を入ったところはどうやら来客用の部屋であるようだ。
机と椅子そして本で見たことがあるだけの暖炉があった。
この部屋を中心として左右に部屋があり、片方は浴室、もう片方は私室、そしてその奥は寝室だった。
思ったよりも華美ではなく、緑の壁紙に金色で細工が施された室内は落ち着いた雰囲気であった。
宝飾品もなく、殺風景である。
飾られた絵画は真っ白な山の絵だ。
・・・・・この国には白い花が咲く山でもあるのだろうか。
部屋を観察していると、次々の荷物が運び込まれた。
部屋に荷物を運びこむ間、アンナや侍女らはくるくると指示をだし、室内を整えていく。
その様子を見ながら椅子に腰かけているとトスカが茶を持ってきた。
「ありがとう」
ローゼスが受け取り、口に含むと母国で飲むものよりも苦味と渋みが強く、目を瞬かせた。
いつも飲んでいた茶は花を煎じたもので甘い香りのする、苦味の少ないものだが、これはどちらかというと香ばしい香りがする。
その様子を無表情で見ながらトスカは口を開いた。
「ローゼス様。我が国の後宮についてご説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
「我が国の後宮は次期皇帝が御生活する空間でございます。現皇帝は皇妃とともに内宮に暮らしておいでです。また、公的な職務を行う場所が外宮です」
つまり、謁見の間は外宮にあたるということだろう。
ローゼスが頷くのを確認した後、トスカは続けた。
「皇太子の妃候補は後宮でお暮しになり、やがて皇太子妃になられた後も皇太子と共にこの後宮でお暮しになります。もちろん、皇太子も後宮でお暮しです。そして皇位を継承すると皇太子並びに皇太子妃、側室の方々は内宮に移られるのです」
「側室の方も、同じ内宮でお暮しになるのですか?」
「左様でございます。されど、ここ何代かは側室がおられませんでしたが」
サラスティアとは随分と異なる。
サラスティアでは後宮はあくまで側室のための空間である。
正妃だけが、国王と同じ空間で生活し側室の元へは国王が足を運ぶことになっている。
「側室の方は何人もいらっしゃるのですか?」
「現皇帝並びに前皇帝には側室はいらっしゃいません。けれど、皇帝が望まれるのであれば何人でも持つことが出来ます」
「そう・・・」
「後宮はあくまで皇太子殿下の空間でございます。皇太子殿下に妃がいらっしゃらない今、後宮には皇太子妃候補の方々がお住まいになることになります」
ローゼスはその言い方に少しひっかかりを覚えた。
ローゼスがこの国の後宮に入るのは皇太子妃候補として、両国の親善を目的としていることは両国とも承知していることだ。
体のいい人質であることも承知しているはずだ。
ローゼスを皇太子妃にすることはまずないだろう。
ということは、皇太子妃候補が他にもいるはずである。
「今後宮にはどなたがいらっしゃるのですか?ご挨拶したいのですが」
その言葉に今まで無表情であったトスカの頬がわずかにこわばったのをローゼスは見逃さなかった。
「今後宮にいらっしゃる女性は貴方様だけでございます」
その言葉にローゼスは思わず口にしていた茶を吹き出しかけた。