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ラルム  作者: 霜月なのか
11/17

出港

三か月が経った。


ローゼスと使節団はクレースの海側、クラストに面した港に来ていた。


今日ばかりは、商船の乗り入れは禁止されているため港にはローゼスが乗る豪奢な船しかない。

辺りには民衆が見送りに来ている。


館から港までの道を馬車で進む間にクレースの民は列を成して領主の娘を見送った。民衆には使節団の代表として派遣されるのだと知らされているがそれが真実だと思うものはほとんどいない。

すこしずつ、不穏な気配がたっていることに気付いているのだろうか、見送る民衆の眼にはわずかに同情の色が浮かんでいた。


「ローゼス、あちらは寒いから、暖かくして風邪をひかないようにするのですよ」


イレーネは娘の手を握りしめながら何度も体調を確かめた。

それに対してローゼスはいっそ周りが驚くほどに落ち着いていた。


「ローゼス様、お気をつけて」


侍女や執事たちも目に涙を浮かべてローゼスとの別れを惜しんでいた。


領民や家の者はいるが、他の領地の貴族たちの姿はほとんどない。


今日、クレースとは反対側のエルクの領主の娘、ミスティアがルルタスに旅立つのを見送りに行っているのである。


ローゼスはいつものことと極力気にしないようにしていた。家族や領民に見送ってもらえるだけでも十分だと。


父も言葉少なに見送りの言葉を交わし、そろそろ乗り込む時間になった。


「・・・・ロイドは?」


今まで姿を見せなかった弟の姿を探すローゼスに父と母は黙って顔を見合わせた。


ローゼスの弟であるロイドは、ローゼスより五つ年下で普段は学校で寄宿生活をしている。


ローゼスがクラストに行くことに対して一番反対したのはロイドだった。


何度も学校を抜け出しローゼスやダリウスにやめるように意見していたが通らないとわかると、館に顔を出さなくなっていた。


今日ローゼスが出かけるということは伝わっているはずだが、見送りには来なかったようだ。


仕方なく、乗り込もうとしたところに馬の駆ける音が聞こえた。


「姉上!」


「ロイド」


見ると馬が二頭と小さめの馬車が港に乗りつけられた。

馬の一頭からロイドが下りてローゼスの元へ走ってきた。


父よりも薄い緑の眼以外は父親と生き写しのロイドは乱れた息を整える間もなく姉の前に立った。

まだ12歳であるロイドは少年らしさを残しており、ローゼスよりも頭一つ分小さい。


「姉上が、あちらで退屈しないように贈り物を用意して来ました」


ローゼスが額の汗をハンカチで拭ってやるとロイドは後ろを向いた。

その視線の先にはローゼスの良く知る人物がたっていた。


「ローゼス様、こちらを」


白髪の目立つ優しげな男性は国立研究所所長だ。


その手に大切そうに握られているのは小さな箱。


「これは?」


「ラルムの種です」


それを聞いてローゼスは息をのんだ。

ずっと欲しかったものだ。


「ラルムの花は、いつ、どんな条件で咲くのか全く分かっていません。そのためにあらゆる憶測が飛び交っていますが仮定の域を出ていません」


小箱を手渡しながら所長はですが、と言葉を繋いだ。


「薬剤師の資格をお取りになり、植物を何よりも愛していらっしゃる貴方様ならきっと咲かせられるでしょう」


それに、退屈しのぎにもなりますよ、と小さくウィンクした。


「でもこれは、国外持ち出し禁止のはずでは」


「姉上、国王陛下のお許しを頂いたのですよ」


ロイドが誇らしげに言うと、それを合図に馬車から小さな人影が下りてきた。


「ローゼス姉さま」


「ローゼス!」


サラスティア王国王子テオドシスと王女テオドナがローゼスの元へ駆けつけてきた。

慌てて膝を折ろうとしたがその前に腰にテオドナ姫が抱き着いてきた。


「私と兄様が父様におねがいいたしましたのよ」


「父様と母様にお願いして、所長に用意してもらったんだ」


テオドシスもローゼスの傍で胸を張っている。


「ローゼス姉さまがお戻りになるまで、きっとあちらで退屈なさるだろうからって、ロイド兄様が仰って、私たちからおねがいしましたの」


「ロイドに言われなくても私が用意したけどね」


「姉上、難関である薬剤師試験合格おめでとうございます。遅ればせながら我々からのプレゼントです」


テオドナ姫が涙を浮かべながらも笑顔で尋ねた。


「ローゼス姉様はいつごろお戻りになりますの?お早くお戻りくださいましね。ラルムの花が咲きましたらぜひ、私にも見せてください」


「そしたら王宮の花壇に植えてやってもいいよ」


「姫様、殿下、ありがとうございます」


ローゼスは思わず鼻の奥がツン、としたが必死に涙をこらえた。


「王と王妃は来ることが出来ないが、くれぐれも気を付けて、との事でした」


ロイドが姉に今度は自分のハンカチを差し出した。


「戻ってきたら、そのハンカチをお返しください。それまでこちらは私が預かりますから」


そう言って先程ローゼスが汗をぬぐってやったハンカチを手にした。


「姉上、行ってらっしゃいませ」


その様子を見ていたイレーネや執事たちは思わずこぼれそうになる涙をこらえていた。


ついに出発の時間になってしまい、ローゼスは箱を抱きしめながら船に乗り込んだ。


「ローゼス様、お手を」


すぐ隣にアンナが立っていた。


クラストからの迎えは無く、あちらに着くまでの間ローゼスの身の回りの世話をする侍女を付けることになっていたが、侍女頭であるアンナではなかったはずだ。

それに、よく見ると自分以外の荷物も運ばれている。


「アンナ?」


「あちらからは侍女を一人連れてきても良いとの返答をもらっております」


「着いてくるつもりなの?」


「もちろんです」


反対されると思い、今日まで秘密にしてまいりましたが、とアンナは何事もないように言った。


「危ないのよ?あちらは」


「その様な所にローゼス様おひとりにさせるわけにはまいりませんから」


「・・・・・・」


「帰れ、と言われても私は貴方の御側を離れません」


困惑顔で後ろの父母を見ると静かに頷いていた。

一番信用できる者を傍に、というせめてもの心使いが感じられた。



「さ、お早く」


アンナに促され船に乗り込み、甲板から港を見下ろした。


港には群衆、正面には慣れ親しんだクレースの町、頬をなでる風はもうかなり熱気をはらんでいる。

これから、野菜の収穫が始まる。遠くに目をやれば濃い緑が萌えていた。

こらえていた涙が溢れ、ロイドの持たせてくれたハンカチで目頭を押さえた。


――――私は、この国を、この町を心から愛している


ふいにその思いが心を占めた。

同時に必ず帰るという思いも目覚めた。


手を振る人に、精いっぱいの笑顔で手を振り、精いっぱいの声で言った。



「行ってきます」


船はクラストへ向けて、運命を乗せて走り出した。


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