プロローグ
眼下に広がるのは一面の闇だった。
耳にはただ船が波を切る音が届くだけ。
甲板に佇み、彼女はただ水面の闇を見つめていた。
一面の星空。
何が起きても変わることなく瞬き続ける星。
手摺に手をかけ船の後方を見やるが、一面の闇に飲まれた先には何も見えない。
この後方には彼女の生国があるのだ。今は遠く何もかもが懐かしい。
──もう帰ることは無いのかもしれない。
唇をかみ締め、彼女は嫌な考えを打ち消すように頭を振る。月明かりと、甲板に置かれた篝火で照らされた亜麻色の髪が頬に当たった。
「ローゼス様」
名を呼ばれて振り向けば侍女がランタンを持って静かに立っていた。
「・・・ごめんなさい」
黙って抜け出したことを素直に謝罪すれば部屋に戻るように促される。
ローゼスは静かに首を横に振った。
「もう少しだけ」
その返答に侍女は目を見開き、返答の代わりに黙って主の後ろに佇んだ。
ローゼスはその気配を背に感じながら再び此方を見つめた。今度は船の進む先を。
「まだ見えないけれどこの先にかの国があるのね」
それはひどく不思議に感じられた。行く先は自分には見ることが出来ないが、この船は着々と目的の場所へと進んでいるのだ。
自分の運命と共に。
「アンナ。私はちゃんと役目を果たせると思う?」
「ローゼス様なら、必ず果たせましょう」
寸分をおかずに返答したアンナに苦笑しつつ一面に広がる闇色の海から眼を離す。
顔を上げ、静かに瞬く星を見つめた。
──そう、果たさなければならない。
「やり遂げてみせる」
それは誰かに言ったのではなく、自分に言い聞かせるため。
ローゼスはアンナを連れ立って自室へ戻った。もう、覚悟は出来ている。
闇色の海が広がる。
空には満天の星。
水平線の彼方から、かすかに光が差し始めた。
ゆっくりとした更新となると思いますが、どうしても書きたくなってしまいました。
お付き合いいただけると幸いです。