突如現れた触手生命体
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異形の頭を持つ青年と拾われたクラーケンのお話です
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「っぐ……もう起きる時間か……」
人間界の日本では朝の陽ざしがアスファルトを照らす頃、卓上のろうそくの炎はぼうっと燃え上がり、とある男が目を覚ました。今ここにもし人間がいれば、ろうそくの不自然な燃焼と共に現れた身体に恐怖するだろう。
しかし安心してほしい、今この奇妙な現象を観測している生命はヒト型であれど人間ではないのだ。頭にろうそくを携えた彼に向かって、その数倍はあろうかという体格を誇る少女は語り掛ける。
「ローソクさん、私のツガイになってください!」
「うん……うん?」
これは、異形の頭を持つ青年と触手を持つ異形の少女の物語。
「ローソクさん、私のツガイになってください!」
とある日の寝起き、私はいつものように意識を覚ますとそこには見覚えのない少女……?が立っていた。"少"女というにはあまりに巨大で、その穏やかな濃い青の瞳は私を見下ろしていた。そして何より目を引くのは脚部。私たちのように足とは言えない……『脚』といった方が適切かもしれない。まるでそれぞれが意思を持つ生命体かのようにうねり、粘液をまき散らしている。
そんな彼女は今、私とツガイになりたいと申し出てきた。何が起きているか私には皆目見当もつかないのだが、まずは返事をできずにいるその言葉を返さなければ。
「あぁ……私は生憎と生殖本能を持たないんだ。まぁ気にすることはない。私のような存在に会うのは初めてだろう。知らなくても仕方ないさ」
「何言ってるんですか、そんなこと分かってますよ? どれだけ一緒だと思ってるんですか?」
「うーん、私の記憶ではキミとは初対面だし、ローソクと名乗ったのは私のペットに対してだけなんだけど。もしかしてキミは私のペットなのかい?」
「ペットなんかじゃありませんよ!? ……あぁでも、それもまたアリ……ですねぇ……でへ、でへへ……」
その巨体を持つ彼女の顔は紅潮し、身は震え触手から分泌される粘液は粘度を増していた。その様は考えるまでもなく『発情』に当たる様相であった。その巨体から空気中へと染み出す生殖本能に、私の生存本能が警鐘を鳴らしていた。
「おやおや、キミはどうやらずいぶん変わった趣向をもっているらしい。とても残念なことに私の炎はもう君を忘れてくれそうにないよ。名前を教えてくれないか?」
「嘘!? 忘れちゃったんですかぁ……? そ、そんなぁ……そんなのって……」
「放置プレイみたいで、そそります……っ」
「……はっ! あ、あれ? なんでしたっけ?」
「うーん……これは重症だねぇ……名前を教えてほしいなって言ったんだよ私は」
「あぁ名前! そうでした、名前ですね!」
そうして一息ついて、彼女はその衝撃の名前を口にする。
「私はオクタリア。あなたに拾われ、育てられたクラーケンです!」
『うん、やっぱり潮風は気持ちいいね。この頭のせいで海に入れないのが残念で仕方ない』
人間界のような太陽が存在しないここ魔界では、夜空と月のみがキャンパスに書かれた絵画のように存在している。気温は場所によってマチマチであり、ここ幽蛸海岸の気温は22度程度といったところ。少々暑いといった気温だが潮風が吹き、最終的な体感温度は20度程度になる。
ここはそんな幽鮹海岸の丁度中心にあたる場所だ。私にとって入眠する前にここへ来て時を過ごすのが1つのルーティンとなっている。
『ふぅ……そろそろ帰ろうか……おや?』
そういって振り返った刹那、足元へプヨンとした感覚が走った。視線を落とすと、そこには1本の触手がちょうど私の足元へと漂着していた。
『へぇ、私は随分と幸運だ。クラーケンの幼体がこんな浅瀬にまで漂着するとはね。どう調理しようか?』
そう言ってその触手を拾い上げると、それには何か違和感があった。
通常、生命活動を終えたクラーケンの幼体は粘液を失い身が引き締まるのだが、この幼体はまだ微量であるが粘液を分泌していた。
『あぁ……キミはまだ生きているんだね、生命の息吹を感じるよ。でも残念ながら私に見つかった時点で君は……いや』
ふと、頭の炎が黄色へと染まった。
『キミ、私の家で育ててあげようか?』
魔界において、高級食材として親しまれているクラーケンの幼体。食品として流通しているそれは当然ながらシメられているわけだが、今私の前にあるその食材は間違いなく生きている。
であれば、これを育てるという経験は滅多にできるものではないのではないか?クラーケンは深海で生きる魔物だ。少なくとも私はこの先、生きたクラーケンを見る機会はないだろう。何せ頭の炎が消えてしまうことは、私の命の灯火が消えることと等しいのだから。
『まぁ拒否なんてしないだろうね。どうせ死ぬくらいなら生き延びて家族と再会したいだろう?』
触手は反応を示さない。きっと海岸へ流れ着くほどに激しい海中旅行の中で体力を使い果たしてしまったのだろう。だが、なんとなくだが、その触手からは生への執着を感じ取った。
『私の家へおいで、歓迎するよ。あぁもちろんだが君が成長しきるまでだよ。大きくなったらその姿を親御さんに見せてあげなさい。きっと喜ぶだろう』
そうして、その触手生命を『ペット』として一時的に家族として迎えることにしたのだった。
「オクタリアって……私が育ててたあのオクタリアかい?」
「えぇ、えぇ、その通りですよローソクさん! 思い出してくれましたか?」
目の前の女性は、あの時私が拾った触手だと自称した。それは私とその触手以外が知りえない情報であり、その触手が今、成長して目の前にいる巨体を獲得したことを証明していた。
「ローソクさんはご存じでしょう? クラーケンは成長が早いんですよ! 陸で成長した私は、こうやってヒト型の成体へと成長したんですよ!」
「へぇ~、都市伝説が現実になることもあるんだねぇ」
「都市伝説なんかじゃないです! でももしそうだったとしたらそれは私たちの『愛』の力ですね……?」
「うん、まぁそれは置いといてだ。キミ、私がキミを拾ったときに言った言葉を覚えているかな?」
「もちろんです!」
そう、彼女は今成体へと成長したのだ。であるならば、私は彼女を親の元へ返さなければならない。そういう約束の元私は彼女を育てたのだ。いやはや、本当に貴重な経験であった。
「私の家族……つまりツガイになってくださるんですよね!? 親になりたいと……つまりその……私と……子を成し、父親に……」
「何を言ってるんだい?」
「も、もう……何回も言わせないでくださいよ……辱めるようなプレイがお好きなんですか?」
炎が青く揺らいだ。それもそのはず。私はそんなことを一言たりとも言っていないのだ。
私は彼女と家族関係になろうとも父親になろうとも思っていないし絶対になりたくはない。それに先程から感じていたが、この触手娘には少々変態の気があるようだ。私は生存本能に従い、彼女を突き離さなければ。
「うーん、私の炎の中にはそんな燃料は入ってないぞ……私は『親の元に返してあげる』って言ったんだよ」
「では、私の親であり家族でありツガイはローソクさん以外ありえないのでここにいても良いということですね!?」
「キミはクラーケンだろう? 私は異形頭だ。そんな私からクラーケンが生まれるはずがない。それは周知の事実じゃないかい?」
「生みの親は違っても、私を愛し、育ててくれたのはローソクさんです! だから、私にとってはローシソクさんが親なんです!」
「それに……」
彼女はふっと、神妙な面持ちをして……
「ヒト型になった私が生みの親の元へ赴いたところで、きっと私だって気付いてはくれませんから……」
本来、成体のクラーケンは巨大なタコの姿形をしているが、今の彼女は紛れもなくヒト型の魔物だ。少なくとも一目で純粋なクラーケンであることを見抜ける魔物はいないだろう……なぜなら、私たちにとってそれは都市伝説として語られるほどにありえないとされる話の1つなのだから。
そんな彼女が親元へと赴けばどうなるか……少し考えただけで、理解できてしまった。
「ですから、私はローソクさんと一緒にいたいです。私はあなたの暖かい愛情を受けて育ちました」
「あの深い海に帰れば……きっと私はその暖かさにもう触れられなくなってしまう」
「成体になったとはいえ私はまだ子供……そんな子を1人どこかへと追いやるなんてあまりに酷だと思いませんか?」
「……まぁ、それはそうかもしれないね」
「でもキミたちクラーケンは力のある種族だ。キミは1人で生きていけるよ」
「1人は嫌なんです!!」
オクタリアの悲痛な叫び声がこだまする。その大きな声は彼女にとって私という存在がいかに大きな物であるかをひしひしと知らせていた。深海を彷彿とさせる濃紺の瞳には、透明な液体がいざ溢れんとするほどに溜まっていた。
「……そうかい」
「私は食事なんかは摂らなくてもいい体質でね、お腹が空く時間帯が分からないんだ。だから空腹感を覚えたらその度に教えてくれ」
「……え?」
「今のキミの格好は目のやり場に困ってしまう。よさそうな服を仕立ててあげよう……まぁ私に目はないわけだがね」
「それってつまり……?」
「キミが私を家族だと、そう思っているのであれば好きなだけここにいると良い。ヒト型のクラーケンと過ごすのも面白そうだ」
「……本当ですか? 私を……捨てませんか?」
「そんな残酷な魔物に見られてしまっていたとは、振る舞い方を改めなくてはならないね?」
「……ふふ、ふへへ……えへ……」
彼女にとって、私の家は安らぎの場所となっているらしい。であれば、その安らぎを守ってやるべきだろう。1年という短い期間ではあるが、よく考えれば拾った時この子は幼体。幼児の時代を生きた実家に安心感を覚えるのはある種自然な事だろう。
で、あるならば、私は彼女に第2の実家として我が家を貸し出そうではないか。家族としてではなく、同居人として。数百年のシェアハウスなど人生の1%にも満たない。短い間だけでも誰かと共に過ごすのも悪くないだろう。
「じゃあそうだね……自室はどうしようか? 一応倉庫が空いているんだが、片付けが面倒だろうから私の部屋を……」
「いえ、私はローソクさんと同じ部屋がいいです!」
「ツガイの営みをするにあたって……別部屋では不便でしょう?」
気付けば隣へ並んでいたオクタリアは、私のろうそくをひどく艶めかしい手つきでなぞった。
それに何かの感情が刺激されることは無いが、なんとなく、1歩だけ距離を取る。
「さっきも言っただろう? 私たちには生殖本能がないんだ。だから君との子を成せない。」
「キミにとって私は家族なんだろう? なら私たちが生殖行為に及ぶのは誤っていると思うけどね」
「それに、私のような異端魔族を相手にするのはやめた方がいい。優しいお兄さんからの忠告だ」
「生殖本能がないだけで、機能がないわけではないでしょう? それに、私にはローソクさんの魔力は刻まれていません。つまり本物の家族ではない……すなわちツガイにだってなれます!」
「それにきっと私は…もうあなたのような存在しか愛することができません。なんとなくわかってしまうんですよ」
「ですからローソクさん。当然責任……とってくれますよね?」
私の右頬に相当する蝋に1つ、口付けの感触。すぐ隣では『はぁっ……はぁっ……』と荒い息遣いが官能的に響いている。
どうやら私は、とんでもない娘を拾い育ててしまったらしい。今は私以外の魔物と触れあったことのない彼女が、いつかは良き相手と添い遂げてくれることを、私はただただ強く願うのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます
次回もお楽しみに




