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Zero index  作者: Kiminuko.zero
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第五章 ―― Z計画:虚無の起源

1.ライゼル帝国 ―― 魂が数値で量られる場所


ライゼル帝国の首都の上空は、年中鉛色の灰に覆われている。

それは雲ではない。数え切れないほどの生体工業区から吐き出される排煙だ。


この国において、太陽は贅沢品であり、温もりという概念は不要なものとされている。


同盟勢力が「感情」を人類を導く炎として崇拝するのに対し、

ライゼルでは感情は進化の過程で生じた不要な残滓――国家という巨大な機械の歯車を鈍らせる欠陥品に過ぎない。


「鋼鉄都市」の中心部。

《潜在能力評価局(Potential Assessment Bureau)》は、二十四時間休むことなく稼働していた。


――ピッ。


乾いたスキャン音が響く。

生後一か月にも満たない新生児が、冷たい金属製の計測台の上に裸で横たえられていた。


寒さに耐えきれず、赤子は激しく泣き叫ぶ。

だが、白い防護服に身を包んだ職員たちは、誰一人として視線を向けない。


彼らにとってそれは生命ではない。

製造ラインから流れてきた部品に過ぎなかった。


「初期HVI:28。脳波振幅、低。筋発達ポテンシャル、Dランク。」


無機質な声が読み上げる。

ホログラフィック画面には無数の数値が流れ、その瞬間、灰色の電子スタンプが記録に刻まれた。


「分類:一般労働。C区画へ移送。」


自動扉の向こうへ運ばれ、泣き声は次第に遠ざかり、やがて完全に消えた。

その子の運命は、わずか十秒で決定された。


ライゼルでは、出生時のHVIは通常10から40。

一年間の神経刺激による「矯正」を経て、実際の潜在値が確定する。


そして――

本当の選別が始まる。


200未満:廃棄物。

工員、整備士、あるいは兵器工場の歯車として、死ぬまで使い潰される。


200~400:道具。

専門技能を叩き込まれ、技術兵や一般兵として配属。


500~900:精鋭。

正規軍、研究機関への即時採用。生存特権を与えられる存在。


そして――

1000以上。


戦略資源。

血肉を持った「神」。


だが皮肉なことに、帝国が力を渇望すればするほど、その存在は希少になっていった。

年間に確認されるのは、せいぜい一人か二人。


それでは、終わりの見えない戦争を維持するには足りない。


帝国は、血を求めていた。

そしてその渇きは、より狂気じみた解決策を要求していた。


2.光なき部屋と、クロバネの野望


戦争五年目。


ライゼル最高司令塔――

《シグマティオン第十二塔》最深部で、極秘会議が行われていた。


室内には煙草の匂いと、張り詰めた沈黙が漂っている。


当時まだ四十にも満たなかったクロバネは、

すでに老獣のような赤黒い眼光を宿していた。


彼は報告書の束を、金属製の机に叩きつける。


「失敗だ。」


低く、だが鋭い声。


「A-121F計画、失敗。

B-135SW計画、対象が発狂し自殺。

E-654GT計画、遺伝子衝突による術中死亡。」


彼は両手を机につき、科学者たちを睨めつける。


「数千億クレジットを投じた結果がこれか?

返ってきたのは死体か、制御不能の怪物だけだ。」


一人の老教授が震えながら立ち上がった。


「司令官……人間の肉体には限界があります。

HVIを1000以上に強制的に引き上げれば、神経系が崩壊する。

急激な力の増幅に、感情処理が耐えられないのです。

恐怖と苦痛が脳を破壊する……」


「感情、か。」


クロバネは嘲るように笑った。


「いつもそれだ。

そのゴミが、最大の弱点だというのに。」


彼は戦況マップへと視線を向ける。

同盟勢力は、感情を力に変える「感情型天才」たちによって優勢を保っていた。


信念と愛で戦う存在――

忌むべきほどに、効果的だった。


「奴らの土俵で戦っても勝てん。

英雄など要らん。

我々に必要なのは……兵器だ。」


その時。


闇の奥から、静かな声が響いた。


「感情で壊れない兵器を望むなら……

なぜ、まだ人間を作ろうとしているのですか?」


姿を現したのは、白髪に厚い眼鏡の男。


ライゼル生体研究所最高責任者――

赤羽 アカバネ・シュン博士。


3.「ゼロ」――虚無という概念の誕生


「どういう意味だ、博士。」


クロバネが目を細める。


赤羽は操作盤に触れ、

切り刻まれたDNA螺旋のモデルを映し出した。


「我々は最初から間違っていた。

HVIを“加算”しようとしたのが誤りだったのです。」


彼は振り返り、淡々と続ける。


「恐怖、慈悲、躊躇――

人間性という不純物で満たされた器に、

これ以上の力を詰め込めば、壊れるのは当然でしょう。」


「帝国に必要なのは、

殺戮に苦しむHVI1500の兵士ではありません。」


赤羽の指が、空虚を描く。


「必要なのは――空っぽの存在です。」


「空っぽ、だと?」


「はい。

加えるのではなく、削る。

感情処理領域を排除し、恐怖神経を遮断し、

“自我”という概念を消去する。」


「それはHVIで測れません。

1000でも、2000でもない。

それは――ゼロです。」


室内がざわめく。


「ゼロ? 欠陥品ではないのか?」


「違う。」


赤羽の目が狂気に光る。


「測定不能だからゼロなのです。

それは虚無。

システムの外側に存在する兵器。」


「ためらわず、恐れず、憎まず。

ただ与えられた情報を処理し、殺す。」


「精神崩壊も、過負荷も起こらない。」


クロバネは沈黙した。


それは、倫理も人道も踏みにじる発想。

だが――必要だった。


「成功率は?」


「1%未満。

数百の胚、数千の脳手術。

そして……大量の死体が出るでしょう。」


クロバネは机を叩く。


「承認する。

計画名――Z。」


「予算はすべて回す。

その怪物を連れてこい。」


「魂を持たぬ怪物を。」


4.研究所の闇の中で


三か月後。

地下最深部で、Z計画は始動した。


何人の赤子が連れ込まれたのか。

何度の泣き声が、吸音壁の向こうで消えたのか。


誰も知らない。


赤羽俊は、ガラス檻《00A》の前に立っていた。


中には、新生児の男児。

小さな頭部には無数のケーブルが繋がれている。


――泣いていない。


黒く、光を映さない瞳。

そこには好奇心も、生の輝きも存在しなかった。


「お前は、私の最高傑作だ。」


彼は、その子をアリスと名付けた。

戦争で失った実の息子と同じ名。


贖罪か、代替か――

それを知る者はいない。


ただ一つ確かなのは。


その日、帝国最深の闇で、

HVI=0の《例外》が誕生したということ。


ゼロは始まりではない。

それは――破壊の数字だった。

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