第三章 ― BASIN-13:死神たちの日
1. 地獄の47秒
戦争10年目。
Basin-13は戦略都市ではなかった。
それはライゼルとソラリアの国境に挟まれた巨大な「緩衝地帯」――
工業と農業が発達した肥沃な盆地であり、50万人以上の民間人が暮らし、地域最大の食糧供給拠点でもあった。
しかし、10月14日午前8時。
Basin-13の空が灰色に染まったのは、雲のせいではない。
帝国側のレベル1400級指導者が三名、同時に出現したからだ。
彼らは軍団を率いていなかった。
その必要がなかったからだ。
三人そのものが、軍団だった。
先頭に立つのは、ライゼルが生み出した遺伝子改造怪物――
将軍ゾグ。
小型核融合炉を内蔵したエクソスーツを装着し、局所的な重力操作能力を持つ。
残る二人は、ノクターニア出身の双子の暗殺者。
エネルギー嵐を操る専門家だった。
彼らに立ち向かったのは、同盟軍アルファ部隊。
レベル900の天才50名。
――絶望的な戦力差。
時刻08:01。
虐殺が始まった。
軍事衛星は、そのすべてを記録していた。
両陣営の将軍たちは、ただ無力に見つめるしかなかった。
わずか47秒の間に――
10秒目:
ゾグがエクソスーツを起動し、「ブラック・グラビティ」を展開。
Basin-13中心部の空間が歪曲され、高層ビルは崩れることなく、濡れた布のようにねじ曲げられた。
25秒目:
ノクターニアの双子がプラズマの火海を放つ。
地表温度は900℃に跳ね上がり、アスファルトは瞬時に蒸発した。
40秒目:
同盟軍アルファ部隊は完全消滅。
遺体すら残らず、灰となって空気に溶けた。
47秒目:
半径13kmが完全に平坦化。
朝食をとっていた者、出勤途中の者、子どもを学校へ送っていた者――
23万人の民間人が、文字通り蒸発した。
Basin-13は、巨大な火葬炉へと変わった。
2. 「人類の頂点」の出現
帝国の残虐行為は、同盟の限界を踏み越えた。
もはや自制も、長期的戦略も存在しなかった。
08:15――惨劇から10分後。
東の空は黄金色に輝き、
西の空は深淵の黒に沈んだ。
残る四カ国は同時に、最終兵器の**「セーフティロック」**を解除する。
人類史上初めて、
HVI1500――理論上の生物学的限界を持つ存在が、
同時に戦場へと解き放たれた。
同盟側――
ソラリアの「聖女」、エリシア。
彼女は重装甲を纏わない。
代わりに、巨大な浮遊エネルギー球体――
**《セラフィム》**と直接接続されていた。
HVI1500の脳は、
一粒一粒の光子を計算し、制御することができた。
帝国側――
ライゼルの「暴君」、カイン。
彼が乗り込むのは、
高さ50メートルの生体殲滅兵器――
《ベヒーモス》。
死した最強の怪物たちの細胞と生体金属から培養された存在。
カインの脳は、もはや機械を操るのではない。
――彼自身が、機械となっていた。
この二柱の「神」が同時投入されなかった理由は一つ。
彼らの共鳴は、現実そのものを引き裂く。
だが今日、
彼らは対峙した。
3. 星々の崩壊
エリシアとカインが激突した瞬間、
爆音は存在しなかった。
エネルギー圧が、音そのものを消し去ったからだ。
エリシアは、数十億のレーザーを一点に収束させ、
太陽表面に匹敵する熱量を生み出す。
カインは、
完全真空領域を展開し、あらゆる光を飲み込んだ。
これは殴り合いではない。
データと意志の戦争だった。
両陣営のNEX-Linkシステムが、赤い警告を叫ぶ。
警告:脳負荷98%超過
警告:神経細胞崩壊進行中
神の兵器を制御するため、
彼らの脳は毎秒、数兆×数兆の演算を強いられていた。
破片一つの軌道、
空気一層の温度、
原子一個の構造――
すべてを同時に計算し続けなければならない。
「止まらない……!」
カインの声が、全世界通信網を通じて歪みながら響く。
彼は脳負荷を100%超へと押し上げた。
「守るために……私は、壊す」
エリシアは涙を流した。
だが、その涙は即座に蒸発した。
彼女もまた、安全装置を解除する。
二つの1500が、最大出力で衝突した瞬間――
世界は、前例なき現象を目撃する。
同期崩壊。
武器が強大すぎた。
複雑すぎた。
――人間の脳では、もはや耐えられなかった。
脳内血管は破裂し、
神経系は自らの生体電流によって焼き切られた。
4. 永遠の沈黙
白い光の球が、Basin-13を飲み込む。
1500級の肉体が脳過負荷で崩壊したとき、
それは核爆発を起こさなかった。
代わりに生じたのは、
精神衝撃波。
800km先のセンサーが、一斉に沈黙。
戦場周辺にいた数千の兵士たちは、
突然頭を抱えて絶叫し、
そのまま永久昏睡へと落ちた。
死の瞬間、
二人の天才の脳波が、
弱い意識を上書きしたのだ。
ゾグと、他の帝国指導者たちは、
エネルギー嵐に飲み込まれ、
分子レベルまで粉砕された。
光が消えたとき――
Basin-13は、存在しなかった。
死体はない。
廃墟もない。
ただ、
溶解し、瞬時に固化した地面が作り出した、
巨大なガラスの湖だけが残されていた。
実際の損失?
――誰も数えようとしなかった。
精神的損失?
――無限だ。
5. 警鐘
翌日、
世界中で一発の銃声も響かなかった。
八人の国家元首は、衛星映像を見つめていた。
かつて50万人が暮らしていた場所に広がる、
巨大なガラスの窪地。
そして、
歴史上最も偉大な二人の天才の死亡報告。
彼らは悟った。
――この戦争が続けば、
勝利を祝う者すら残らない。
レベル1500の天才は、武器ではない。
人類の自爆スイッチだ。
停戦命令が出された。
慈悲からではない。
絶対的恐怖からだ。
「Basin-13の再来が起きれば、
地球は石器時代に戻る」
Basin-13の灰の中から、
トリニティ条約が生まれた。
そして同時に、
十字学院が設立される。
そこは戦士を育てる場所ではない。
――怪物が成熟する前に、封じ込めるための場所だった。
だが世界は知らない。
ライゼルの研究所の闇の中で、
別の「怪物」が胎動していることを。
数値を持たない存在。
Basin-13の失敗から生まれた、完全への執念。
――
それが、
プロジェクトZ。




