第2章――紅の十年(レッド・ディケイド):天才が死神になる時
1.ヴェルニスの運命の夜――燃え上がる導火線
HVI紀元5年。
蜘蛛の糸のように脆かった平和は、ついに断ち切られた。
始まりは月のない夜、同盟陣営に属する国家――
**「人類の図書館」**と称されるヴェルニスで起きた。
ヴェルニス中央研究院の最深部。
そこには、HVI1000を超える個体の脳構造に関する数千テラバイトのデータが保管されていた。
それは神経科学における聖杯だった。
そして――
帝国陣営の狂気の猟犬、ノクターニアがそれを狙った。
攻撃は予告なく行われた。
光学迷彩スーツを装備した数百名の闇の戦士たちが、わずか15分足らずでヴェルニスの防衛網を突破する。
交渉はない。
拘束もない。
あるのは、消音銃の乾いた音と、レーザーブレードが骨と肉を切り裂く音だけ。
彼らの目的は金でも土地でもなかった。
サーバーを解体し、そして何より――
ヴェルニス最高峰の頭脳を持つ12名の科学者を拉致した。
夜明けとともに、ヴェルニスは緊急救援信号を発信する。
同盟陣営の心臓、ソラリアが応答した。
帝国陣営の頭脳、ライゼルは即座にノクターニアの行動を正当化する声明を出す。
盤面はひっくり返った。
世界大戦が、正式に始まった。
2.ソラリアとライゼル――二つの極の戦争
もし戦争が一枚の絵画だとするなら、
その主色はソラリアの黄金と、ライゼルの鋼鉄の黒だ。
同盟陣営の盟主ソラリアは、戦場に最も華やかな戦士たちを送り込んだ。
芸術、哲学、そして共感によって育てられた天才たち。
白銀のエクソスーツを纏ったソラリアのパイロットは、
死のバレエのように優雅に戦場を舞う。
彼らの力の源は感情の爆発――
正義への信念と、同胞を守る意志だった。
怒りに燃えたソラリアの戦士の脳波は、
一つの街区を焼き尽くすプラズマ兵器を起動させることすらあった。
対するは、生体工学の帝国ライゼル。
彼らの兵士は、もはや人間とは呼べなかった。
クローン、あるいは痛覚を遮断された改造体。
漆黒の装甲を纏い、肉の戦車のように無言で進軍する。
鬨の声もない。
死への恐怖もない。
あるのは絶対服従と、最大効率の殺戮だけ。
二つの思想が激突する。
一方は心で戦い、
もう一方は理で戦う。
だが流れる血の色だけは、どちらも等しく赤かった。
3.「人間兵器」の台頭とNEXリンクの惨劇
戦争が激化するにつれ、人道は切り捨てられていった。
両陣営は、より強大な怪物の創造に突き進む。
こうして生まれたのが、忌まわしき技術――
NEX-Link。
二人以上の天才の神経系を接続し、
一つの「超脳」を形成して巨大兵器を操る技術だ。
だが、代償はあまりにも大きかった。
ドミニオン国境の焦土で、人類はHVI1000超の破壊力を目撃する。
二人の「超戦士」による戦闘は、わずか4分で終わった。
1分目――半径2kmの大地が人工重力で抉られる。
2分目――一都市の防衛システムが崩壊。
3分目――過負荷により、操縦者の目と鼻から血が噴き出す。
4分目――片方が死亡。
そして、その瞬間に真の惨劇が起きた。
NEX-Link接続中に高位天才が死亡すると、
**精神エネルギーの逆流**が発生する。
それは接続者を即死させるだけでなく、
不可視の衝撃波となって周囲の生命を一掃した。
数万人の兵士と民間人が、外傷一つないまま倒れ伏す。
脳だけが、瞬時に焼き尽くされたのだ。
天才一人の死が、
一個軍団を道連れにした。
4.血に染まった告発書
十年。
永遠にも思える年月が過ぎた。
戦火が収束した終戦間際、
人類は自らの所業に愕然とする。
世界再建評議会の報告書は、
まさに血で書かれた記録だった。
死者420万人。
そのうち110万人は、無辜の民間人。
HVI500~900の天才10万人が戦死。
HVI1000超の戦略級個体43名が消滅し、
人類の限界に関する秘密を墓へと持ち去った。
970万人が重度障害、あるいは精神崩壊。
経済損失は1京2000兆クレジットを超える。
ソラリアとライゼルの輝ける文明都市17ヶ所が地図から消失。
32の先端工業地帯が灰燼に帰した。
世界人口は10%減少。
だが、最大の喪失は数字ではなかった。
それは――子供たちだ。
この十年、HVIの高い子供の誕生は祝福ではなく、呪いとなった。
各国は揺り籠の中から彼らを狩り立てる。
ソラリアでは、家族から引き離され
隔離された「感情学院」へ送られ。
ライゼルでは、
実験用カプセルに放り込まれ、成長促進血清を注射された。
世界は未来の芽を、
弾丸に変え――
自らの胸へと撃ち込んだのだ。




