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Zero index  作者: Kiminuko.zero
第一章:世界の例外者
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第19章――Joker

1.Kiminuko――システムによる否定


Valenは手にしたボーンチャイナのティーカップを軽く回し、その中で揺れる液体をぼんやりと眺めながら、まるで余談を語るかのような平坦な口調で言った。


「Kiminukoは、ただの装飾品じゃない。

人類がこれまでに作り上げた中で、最も精密なHVI(Human Value Index)測定システムだ。

神経伝達速度、筋繊維密度、精神耐性の閾値、無条件反射……すべてを照らし出す。

誤差は0.001%未満だ」


Arisuは、声色を一切変えずに返す。


「そして、その完璧な機械が測定した私の価値は……0でした」


「違う」


Valenはティーカップをテーブルに置いた。

静寂の中に、乾いた音が響く。

その瞬間、彼は初めて――生きて呼吸する“矛盾”を見るかのように、真正面からArisuを見据えた。


「0を出したんじゃない。

測れなかったんだ、君を」


Valenは身を乗り出し、鋭い眼光を向ける。


「画面に表示されたのは『NULL』――未定義。

だが学院の管理システムは空白データを許容しない。

アルゴリズムが自動的に、スケールの最小値へと変換した。それが0だ」


「つまり――」


Valenは指先でテーブルを軽く叩く。


「このシステムの目には、君は“人間”として登録されていない。

そしてそのイヤリングの色も、いずれのクラスにも属していない。

白、青、緑、深紅、漆黒……どれでもない。

君のKiminukoが示したのは、“灰色”だ」


Arisuは首を傾げ、声をわずかに低くする。

そこにあったのは、純粋な機械的好奇心だった。


「つまり……私は人間ではない、という意味ですか?」


「侮辱するつもりはない」


Valenは小さく笑う。しかし、その笑みは瞳の奥には届かない。


「技術的な話だ。

Reizelが保有している実際の技術レポートや関連資料は、辞書一冊分の厚みがある。

だが、こちらに送られてきた入学資料は、実に“美しく編集”されていた――

『虚弱体質。神経不安定。戦闘能力:低』とな」


彼は肩をすくめる。


「その偽のプロフィールと、機械に表示された真っ白な0。

それを見れば、教員会が君をClass Fに配属したのも、完全に手順通りだ」


Arisuは瞬きをする。


「……すみません。その偽の資料について、私は知らされていませんでした」


「当然だ」


Valenは立ち上がり、床まで届くガラス窓へと歩いていく。


「帝国はいつだって、最も鋭い刃を、最も粗末な鞘に隠すのが好きだからな」


彼は外を見下ろしながら続けた。


「だがな、その“測定不能”という特性こそが、

外を歩いているどんな千点超えの天才よりも、君を危険な存在にしている」


2.実力への警告と裏のルール


Valenは遠くの闘技場を見下ろす。

そこでは、選ばれし生徒たちが力を誇示していた。


「CNAのルールは残酷だが、単純だ。

強ければ快適に生きられる。

弱ければ、踏みにじられる。

そして点数の低い者は……あらゆる鬱憤の、正当な標的になる」


Arisuは背筋を伸ばしたまま、問いかける。


「なぜ、私にこれを話すのですか。

あなたは会長――秩序の頂点に立つ人間でしょう」


Valenは素早く振り返った。

白いマントが翻り、その視線は抜き放たれた刃のように鋭い。


「決まっている。

先の読める駒には、もう飽きた」


彼は一歩ずつArisuに近づき、声を低く落とす。


「俺は、まだ伏せられたカードが好きなんだ」


そして――


「君だ、Arisu。

君は“空白のカード”だ」


3.Joker――旧き戦争の亡霊


Valenは執務机の引き出しを開けた。

中から取り出したのは、たった一つの物。


機密文書でも、武器でもない。

それは、一枚のトランプだった。


Joker。


派手な彩色ではあるが、装飾は簡素。

描かれているのは、耳まで裂けたような笑みを浮かべる道化――

空虚で、魂のない笑顔。


Valenは磨き上げられた木の机の上を滑らせ、そのカードをArisuの前へと差し出した。


「なぜ、このカードを選んだか分かるか?」


Arisuは身を乗り出す。

脳内のニューロンが画像を走査し、印刷された線の一本一本を解析する。

そして、首を横に振った。


「どの分類にも属さないカードだ。

Kingでも、Queenでも、兵士でもない」


「その通りだ」


Valenの声が、突然冷えた。

金属と火薬の匂いを帯びた声音。


「1にもなれるし……13にもなれる。

最強にもなれるし、無価値にもなれる。

だが、それは表向きの意味に過ぎない」


彼は机に手をつき、Arisuの黒い瞳を覗き込む。


「十年前の大戦で、Reizelが未公表の最終兵器を、何と呼んでいたか知っているか?」


Arisuはわずかに硬直する。

深層意識に封じられたデータが、微かに振動した。


Valenは囁く。

一語一語が、空気に打ち込まれる楔のように。


「Project Joker」


「戦争のあらゆるルールを破壊するために設計された兵器。

制御不能な混沌の変数。

盤面が詰んだ時に投入され、味方ごとすべてを殲滅する存在だ」


Arisuは指先でJokerの表面に触れた。

痺れが走る。感情ではない。

だが、背骨を駆け上がる電流――

内部機構が、原初のコードを認識したかのような感覚。

吐き気を催すほどに、懐かしい。


「これは……Kiminukoの一部ですか?」


不快感から目を逸らすように、Arisuは問う。


「違う」


Valenはすべてを見通した目で答えた。


「それは、君自身で探るものだ」


そして続ける。


「感情を持たないのに、感情を学ぼうとする。

価値を持たないのに、あらゆる評価基準を超越する。

人間を名乗りながら……本質は、Jokerと呼ばれる破壊兵器だ」


Valenはカードを、Arisuの手元まで押し出した。


「持っていけ。

なぜ自分がJokerなのかを理解した時――

その時こそ、君は『感情』がどこから始まるのかを知るだろう」


4.面会の終わり――痛みを伴う記憶の接触


Arisuは立ち上がる。

Jokerのカードを手に取り、胸ポケットへと慎重にしまった。

心臓のすぐ近く――血液を送り出す以外の機能を、まだ理解していない場所。


彼は、プログラムされた通りに一礼する。


「ありがとうございます、会長。

私は……調べます」


「Kiminukoをオンにしておけ。

俺の個人連絡先を送る。

面白い情報が入ったら、すぐに知らせよう」


「了解しました」


見えないデータが、二つのデバイスの間を行き交う。

Arisuは最後に軽く頷き、踵を返して去っていった。


Valenはその場に立ち尽くし、

真っ直ぐな――しかしどこか異質なArisuの背中が、巨大な木扉の向こうへ消えるのを見送った。


扉が閉じると、Valenの唇の笑みは消えた。

彼は再び窓へと向き直る。

血のように赤い夕焼けが、学院全体を包み込んでいた。


「八大国の盤上に紛れ込んだ、孤独なJoker……

Reizelの狂人ども、何を企んでいる?」


「それは……最後の希望になるか、

それとも、すべてを沈める災厄か」


長い回廊の外で、Arisuは静寂の中を歩いていた。

ポケットの中で、彼の手はJokerを強く握り締めている。


鼓動はない。

感情もない。


だが、胸の奥――左胸のあたりで、

一つの鼓動が……わずかに、狂った。


Arisuは立ち止まり、胸を押さえる。

鋭く、冷たい痛みが一瞬走る。

それは、暗い実験室での記憶――

針、メス、そして緑色の液体が流れる管を思い起こさせた。


「これは……何だ?

不快だ。

まるで、連中が俺の体を切り開いて、

あの金属を押し込んでいた時と同じ感覚だ……」


彼は、それを何と呼べばいいのか分からなかった。


だが、その答えはすぐ先にある。

血の通った人間たちが待つ場所で――

“Joker”に、本当の心の痛みを教えるために。

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