第18章――式典を去る影
1.特別な招待
雷鳴のような拍手が鳴り止まず、大聖堂〈大ホール・オブ・フェイム〉の天蓋さえ震わせながら、現れたばかりの四つの星を讃えていたその時――
背後の回廊、その死角で、一つの影が静かに人波から離れていった。
Akabane Arisuは、ゆっくりと歩を進めていた。
その手には、依然としてクラス分け結果の紙が握られている。そこに記された数字は、丸く、そして冷たい「0」。
失望はない。
屈辱もない。
その歩調は、完璧にゼンマイを巻かれた時計のように、寸分の狂いもなく一定だった。
その時、不意に――
Reizelの紋章を付けた漆黒の制服の人物が闇の中から姿を現し、彼の進路を遮った。
相手は丁寧に一礼したが、その瞳には隠しきれない観察の色が宿っている。
「生徒会長がお待ちです、Akabane-kun。どうか、こちらへ」
Arisuは、ほんの十分の一秒だけ立ち止まった。
脳内の情報処理回路を一瞬、微細な驚きが走る。しかし、それは即座に抑制される。
理由は問わない。
彼はただ、小さく頷き、案内人の後を追った。
感情を携えず。
偏見も抱かず。
外で学院を震撼させている四人の輝かしい存在について、彼は何一つ知らない。
そして――
ほんの数分後、自らの運命が、この学院で最上位の権力を握る者の前へと押し出されることも、まだ知らなかった。
2.会長――食物連鎖の頂点に立つ者
生徒会本部が置かれた管理棟。
高速エレベーターは、学院内で「オリンポスの頂」と称される第12層で停止した。
廊下は、異様なほど静まり返っている。
天井を走るセキュリティスキャナーが低く唸り、その音だけが、見えない眼となって侵入者を値踏みしていた。
Arisuは急がない。
石床に落とす足音は、機械の鼓動のように正確だった。
正面には、CNAの象徴が精緻に彫刻された、巨大なオーク材の扉。
中立地帯を囲む八大国の印章が円環を成し、圧倒的な威厳を放っている。
Arisuが手を触れた瞬間、扉は自動的に左右へと開いた。
その先に広がっていたのは、息を呑むほどの空間。
室内では、一人の男が背を向け、パノラマウィンドウ越しに学院全景を見下ろしていた。
外から差し込む陽光が、彼の金髪を照らす。それは眩しいというより、研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。
Hart Valen。
生徒会長。
HVI 1450+――学院の頂点に君臨する怪物。
将来、Alliance陣営の総司令官最有力候補と目される男。
そして、“氷の女王”Arisa Valenの実兄。
部屋の空気は、別個の圧力を持つかのように濃密で、重く、静止していた。
Valenが振り返る。
その視線がArisuを捉える。
敵意でも、好意でもない。
それは、希少な古書を前にした蒐集家の目――
好奇と計算が同居する、冷静な査定の眼差しだった。
「やあ、坊や。初対面だな」
Arisuは頭を下げ、淡々とした声で応じる。恐れは微塵もない。
「お会いできて光栄です。私はAkabane Arisuです」
3.挨拶にならない挨拶――対話の幕開け
Valenは歩み寄り、平静ながらも上位者の重みを帯びた声で言った。
「思ったより早かったな……Akabane-kun」
Arisuは動じない。
機械的で、しかし正確な返答が返る。
「『早い』『遅い』がどのような感情を伴うのか、私は理解していません。
生徒会長の使者から通知された時刻を、遵守しただけです」
Valenの口元が、かすかに歪む。
それは、ほとんど認識できないほど微細な笑みだった。
「率直だ。回りくどさも、警戒もない」
一拍置き、鋭い視線がArisuの無機質な黒眼を貫く。
「まさに“Reizelの産物”らしい」
Arisuは沈黙する。
不快でも、侮辱でもない――その概念自体が彼には存在しない。
ただ、データを分析していた。
今の発言は攻撃か、それとも純粋な観察か。
Valenは自らソファに腰を下ろし、向かいに座るよう手で示す。
こうして、二人の会話は始まった。
それは、盤上に置かれる最初の駒のように、ゆっくりとしたテンポで。
4.学院について語るValen――警告のように
茶を注いだ後、Valenは肘をテーブルにつき、指を組んでArisuを見据えた。
「Arisu。
CNAについて、どこまで知っている?」
「教育機関。そして、監視システムです」
短い回答。
「半分は正しい。だが、それだけじゃない」
Valenは背もたれに身を預け、視線を遠くにやりながら、声だけを鋭くした。
「ここは、ただ学ばせるために作られた場所じゃない。
歴史を繰り返させないため――八大国の血塗られた戦争をな」
「才能ある者、怪物になり得る者は全て、ここで“管理された競争”を強いられる。
戦場で殺し合う代わりにな」
Arisuは黙って聞き、キーワードを一つ一つ記憶領域に格納していく。
「この学院のルールは単純だ」
Valenの声が冷えた。
「すべての衝突は、Huniokiという合法的闘争で解決される。
人の価値は、Kiminukoという装置によって定量化され、管理される」
そう言いながら、Valenの視線はArisuの左耳に装着された、灰色のKiminukoへと落ちた。
彼は目を細める。そこにある“矛盾”を、ひどく面白がるように。
「そして何より――
全員が、その危険度と価値によってクラス分けされる」
Valenは身を乗り出し、声を落とした。
二人の間に、見えない重圧が生まれる。
「だが、君は違う。
君は――今年最大にして、最も奇妙な例外だ」




