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Zero index  作者: Kiminuko.zero
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CHAPTER 12 無感情な一礼と、夢の都

**CHAPTER 12


無感情な一礼と、夢の都**


1. 機械の礼儀


ヘリコプターのローターは次第に回転を落とし、やがて完全に停止した。

冷え始めたエンジンが、広大なコンクリート製のヘリポートに甲高い余韻を残す。


ローターが生み出した風は、まだ衣服の裾を激しく打ち付けていたが、Arisuはまばたき一つしなかった。


彼はシートベルトを外す。

動作は無駄がなく、正確で、即断即決。


金属製のタラップを降りる直前、Arisuは立ち止まった。


脳内の処理装置が、「基本的社会的コミュニケーション」というフォルダからデータを抽出する。

――規則:輸送を担当した者には、必ず感謝を述べること。


Arisuは操縦席へと向き直った。

ヘルメットのバイザー越しに、少尉のパイロットが、警戒と安堵の入り混じった視線を向けている。


Arisuは頭を下げた。


角度は正確に45度。

背筋は完全な直線。

姿勢保持時間――1.5秒。


「安全な航行、ありがとうございました」


声は澄んでおり、抑揚も正確だった。

だが、そこには“感謝”という感情の温度が、完全に欠落していた。


パイロットは身を震わせる。

敬意を向けられたとは感じなかった。

等身大の磁器人形に挨拶された――そんな錯覚だけが残った。


口元に浮かべたぎこちない笑みが、引きつる。


「……ああ。もう行け、坊主」


彼は手を振り、「それ」が一刻も早く自分の機体から消えることを願った。


Arisuはそれ以上の反応を待たない。

踵を返し、ヘリポートへと降り立つ。


背後には、恐怖に息を吐き出す一人の人間だけが残された。


2. 「小国家」の壮麗さ


地面に足が触れた瞬間、Arisuは顔を上げた。


もしReizelが、霧と地中に埋もれた冷たい黒鋼の塊だとするなら――

Crossmark Academyは、光と誇示の爆発だった。


彼の眼前に広がっているのは、もはや学校ではない。

それは、過去の死の穴の上に築かれた“奇跡”そのものだった。


二百から三百メートル級のガラスの塔が、水晶の槍のように青空を貫いている。

太陽光を反射し、人工の虹が視界を裂く。


宙に浮かぶ建造物同士を結ぶ浮遊交通ブリッジは、発光する血管のように張り巡らされていた。


空には、球体型の偵察ロボティックが数十機、静かに滑空し、赤いレーザーで治安を監視している。

巨大なAR広告が漂い、入学式の立体映像と八大強国のロゴを投影していた。


すべてが――

騒がしく、

眩しく、

複雑で、

混沌としている。


風は人工海の匂いと、熱せられた金属の臭気を運ぶ。

エンジン音、放送スピーカー、数千人分の笑い声が、空気そのものを震わせていた。


Arisuは空港の中央で立ち尽くす。

漆黒の瞳が、数十億バイトの視覚情報を淡々と収集する。


十六年間、白く無菌な空間だけを知ってきた彼にとって――

ここは、感覚の嵐だった。


3. 天才たちの奔流


周囲の発着場では、次々と別の輸送機が降下してくる。

磁気浮上艇、個人用シャトル、軽装甲車両。


Crossmark Academyの正門は、巨大な怪物の口のように開き、

追加入学者の群れを次々と飲み込んでいった。


そこに広がるのは、多民族・多文化のモザイク。


深紅の誇りを纏う自国の制服を着た学員。

白金の髪と、氷のような蒼の装束を持つ一団。

肩に無数のセンサー機器を装着した者たち。


彼らは歩き、笑い、緊張し、歓声を上げる。

感情が、空気中に濃密に漂っていた。


Arisuは人の流れに入る。

速すぎず、遅すぎず、一定のリズムで。


だが、その“一定さ”こそが、彼を異物にしていた。

激流の中で、彼は静止した岩のようだった。


――突然、左肩に強い衝撃。


Arisuは倒れない。

平衡制御システムが0.01秒で重心を補正する。


だが、ぶつかった側はよろめいた。


Dominionの制服を着た大柄な男子生徒。

赤らんだ顔には、焦りと、軍事大国特有の傲慢さが滲んでいる。


「おい! 目ついてんのか? どんな歩き方してんだ!」


怒号が飛ぶ。


Arisuは立ち止まり、彼を見る。


そこに怒りはない。

恐怖も、驚きもない。


ただ、観測。


――心拍数20%上昇。

――顔面筋緊張。

――音量80デシベル超。

分類:怒り。


なぜ、人間は自分が衝突した時に声を荒げるのか。

Arisuには理解できない。


だが、規則は知っている。


「……申し訳ありません」


二語。

正確な文法。適切な音量。


しかし、それは完全に空虚だった。

翻訳ソフトが発した音声のようで、人間の喉から出たものではない。


Dominionの生徒は言葉を失う。

Arisuの無感情な黒い瞳を見つめ、背筋に冷たいものが走った。


反抗でも、服従でもない。

そこにあったのは――虚無。


彼は小さく悪態をつき、

まるで幽霊に触れたかのように、慌ててArisuの横をすり抜けていった。


Arisuはその背中を見送り、わずかに首を傾ける。


「彼は、恐怖を感じた」


「感情を持たない存在を、恐れる……新規データ。記録する」


4. 門と、目的


Arisuは歩みを再開し、中央セキュリティゲートへ向かう。


そこでは、同盟が誇る最先端AIが、全学員をスキャンしていた。

青いレーザーがArisuの網膜と神経系を走査した瞬間、

端末の表示が、ほんの一瞬だけ黄色に点滅する。


〈異常データ検出。再解析中……〉


だが次の瞬間、Reizelから発行された優先認証コードが、すべての警告を上書きした。

表示は緑へと切り替わり、ゲートが静かに開く。


Arisuは、そのまま足を踏み入れた。


――Crossmark Academy。


脳内に、Dr.Akabaneの声が蘇る。


「観察しなさい。人間が、どのように思考するのかを」


しかし、それよりもさらに深い場所。

幾重にも重ねられたプログラムの底で、

誰にも知られず、誰にも命令されていない――

原始的で、自発的な思考が、微かに芽生え始めていた。


――知りたい。

――「普通」とは、どんな感覚なのか

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