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Zero index  作者: Kiminuko.zero
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第11章 ― 灰色への別れと、蝋人形の旅路


1. 霧の中の見送り


Arisu が Reizel を去るその日、首都の空は鉛色の灰に沈んでいた。

濃い霧が無感情な都市の摩天塔を包み込み、冷たく刺すような空気を運んでくる。

金属の隙間をすり抜ける風は、まるで死にかけた巨大な機械が吐くため息のような音を立てていた。


区域0・極秘ランディングゾーン。

輸送艇の搭乗口の前に、杖を突いて立つ一人の老人がいた。

Dr. Akabane Shun。

高齢の彼の背はわずかに曲がっていたが、分厚い眼鏡の奥にある視線は、今なおメスのように鋭く冷たい。


彼は Arisu を見つめていた。


十六歳の少年は、簡素な黒の民間制服に身を包み、小さなスーツケースを手にして立っている。

そこにある表情は静寂そのものだった。

悲しみも、喜びも、不安もない。


一瞬、Akabane Shun の老いた心臓が、わずかに拍を乱した。

目の前の「成果物」に、戦争で失った実の息子の面影が重なったのだ。

“Arisu”――その名は、彼が息子に遺した最後の贈り物だった。

だが今、その名前は魂を持たぬ存在に与えられている。


(父として語るわけにはいかない)

Shun は奥歯を噛みしめ、理性に忍び寄る弱さを押し殺した。

(これは ARI-00A。これは兵器だ。息子ではない)


彼は咳払いをし、乾いた声を霧の中に響かせた。


「観察しろ。人間がどう考えるかを学べ」


Arisu は顔を上げた。

底知れぬ深淵のような黒い瞳が、Shun を映す。


「そして――」

Shun は一語一語、空気に打ち込むように続ける。

「誰にも、お前の内側を理解させるな。……約束しろ。早く戻ってくると」


それは命令であり、歪んだ祈りでもあった。


Arisu は頷いた。

正確で、最小限の動き。

一ミリの無駄もない。


そこに未練はない。

未知の世界への不安も存在しない。

彼はただ、入力された情報を処理しただけだった。


――だが、その時。

システムの想定外の事象が発生する。


Arisu はわずかに首を傾げ、空気を凍らせる問いを口にした。


「Dr. Akabane……

 僕は……彼らに、笑った方がいいのでしょうか?」


Akabane Shun は言葉を失った。

三秒間、風が止んだかのように感じられた。


彼はその虚ろな瞳を覗き込み、皮肉や不安の兆しを探した。

だが、そこには何もない。

Arisu はただ、社会的行動規範について質問しているだけだった。

まるで服の色を尋ねるかのように。


その残酷な純粋さが、Shun の胸をかすかに裂いた。


「……必要ない」

彼は声を低くし、視線を逸らした。

「必要な時だけ、模倣すればいい」


「了解しました」


Arisu はそれを、新たな命令コードとして記憶した。


輸送艇の扉が閉じる。

人工の父と、無感情な子の間の繋がりは、完全に断たれた。


2. 闇を貫く旅路


Reizel は、自国最高の資産を、平凡な手段で移動させることはない。


Arisu は地下磁場輸送艇の隔離区画へと収容された。

船体は地中を切り裂くように疾走し、軍事区域を繋ぐ暗いトンネルを突き抜けていく。

窓はない。景色もない。

あるのは反重力エンジンの低い唸りだけだ。


二時間後、彼は国家機密級の高速磁気列車へと移された。

空中に吊り下げられたレールを滑走し、峡谷を越えて管理境界線を突破する。


旅の最終区間は――空。


中立集結地点には、**Crossmark Academy(Học viện Thập Quốc)**所属の重装甲軍用ヘリが待機していた。

ローターが空気を切り裂き、耳を裂く轟音を生む。


Arisu は機体に乗り込み、後部座席に座る。


操縦士――同盟陣営の熟練中尉は、バックミラー越しに少年を見て、無意識に身を震わせた。


彼はこれまで、数え切れない天才を運んできた。

傲慢な者、怯える者、初めて学院へ向かう高揚で狂喜する者。

だが、こんな存在は一度もなかった。


(……これは、一体何なんだ)


操縦桿を握る手に、冷たい汗が滲む。


Arisu の外見が恐ろしいわけではない。

細身の体躯、整った顔立ちの、ただの少年だ。


恐怖の正体は――

完全な静止。


激しい気流で機体が揺れ続ける一時間。

Arisu は、ただそこに座っていた。


一切動かない。

姿勢を変えることもない。

窓の外を眺めることもない。

胸の上下動すら、異様なほど一定で、まるで呼吸がカウント制御されているかのようだった。


ミラー越しに見える Arisu の目は、瞬きもせず、虚空の一点を見つめている。


――呼吸する蝋人形。

――魂を失った磁器の人形。


(人間じゃない……)


その思考が、目的地の影が見えるまで、操縦士の脳裏から離れなかった。


3. 夢と悪夢の都市


ヘリコプターは高度を下げ、薄い雲を突き抜ける。


Crossmark Academy が、眼下に姿を現した。


それは学校ではなかった。

都市――いや、世界の中心に築かれた独立国家だった。


陽光を反射するガラスの塔群。

巨大なスタジアム。

青々とした人工森林。

蜘蛛の巣のように張り巡らされた高架軌道。


そこは、人類最高の頭脳が集う場所。

最大の希望が育まれ、

そして最も黒い野心が渦巻く場所。


Arisu は、なおも動かない。


だが、その深層脳では、神経回路が新たな記録モードへと移行していた。


――到着。


ここは、

彼が「笑顔」を学ばねばならない場所。

彼が「人間」になる場所。


あるいは――

すべてを破壊する場所。

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