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Zero index  作者: Kiminuko.zero
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第10章 影のチェスボード ― ライゼルの大胆な一手

1.三十八階の亡霊


シグメーション12タワーは、ライゼル首都の灰色の空を貫くように、巨大な黒い槍のごとくそびえ立っていた。

三十八階――通称「帝国の頭脳」と呼ばれるその場所は、巨大空調システムによる人工的な冷気に満ちている。

HVIが900を超える者だけが立ち入ることを許されるこの階で、今日の空気は室温以上に冷え切っていた。


黒光りする合金製の円卓を囲み、二十三名の評議会メンバーが沈黙したまま座っている。

卓上には、アリスのホログラム映像がゆっくりと回転していた。

記録映像の中の、感情を失った黒い瞳は、この国で最も権力を持つ者たちの内面を見透かしているかのようだった。


議長席には司令官クロバネが座している。

机を叩く必要も、怒鳴る必要もない。

彼の沈黙そのものが、息苦しいほどの圧力だった。


人差し指が、机の表面を――

カツ、カツ、と。

まるでカウントダウンの秒針のように叩く。


「……三日だ」


クロバネの声が低く、かすれて響く。


「“それ”が戻ってきてから三日。

 諸君、結論は出たか?」


白髪の老科学者――ヴァルドス博士が、震えながら立ち上がった。


「司令官閣下。

 アカバネ・アリスは、もはや標準拘束プロトコルの管理下にありません。

 この二年間で、彼は軍事レベルの監視網を回避する術を学びました」


一瞬、間を置いてから続ける。


「国内に留めた場合、極端な暴力を用いずに長期拘束することは不可能です。

 そして暴力は……十四歳のときの爆発事故のように、彼の自己防衛機構を起動させる危険があります」


「地下の隔離牢に送るのはどうだ?」


別の将軍が口を挟む。


「拘束し、永久的に鎮静剤を投与する」


クロバネは首を横に振った。

その瞳に、冷酷な計算が宿る。


「無駄だ。

 我々はZ計画に、何兆クレジットも投じた。

 冬眠する囚人を作るためではない」


彼は立ち上がり、防弾ガラス越しに都市を見下ろした。


「必要なのは、稼働する兵器だ。

 そして最良の兵器とは、敵が最も疑わない場所に隠される」


一拍置いて、低く笑う。


「……あの小僧は、学校に行きたいと言ったな。

 いいだろう。願いを叶えてやる」


室内がざわめいた。


「まさか……?」


「クロスマーク学園だ」


クロバネは振り返り、断定的に告げた。


「アリスを、八つの大国が共有する檻に放り込む」


2.偽りの履歴書と門番


円卓中央のホログラムが切り替わる。

中立地帯ベイスン13に鎮座する、クロスマーク学園(通称・十国学園)の全体図が映し出された。


法務顧問であり、アカバネ・シュンに次いでアリスを理解している人物――

ミカゲ・アニキオ博士が、眼鏡を押し上げる。


「司令官。

 発想は大胆ですが、根本的な問題があります」


「学園は“偽りの透明性”の象徴です。

 全学生は、キミヌコと呼ばれるイヤリング型測定器でHVIを公開しなければならない」


ミカゲは静かに言い切った。


「アリスは“ゼロ”です。

 数値が表示されなかった場合、どう説明するおつもりですか?

 同盟陣営――特にソラリアは、即座に異変を嗅ぎ取るでしょう」


クロバネは口元を歪め、右隣の人物に合図した。


副総司令官イズミ。

短く切り揃えた髪と、狐のように鋭い眼差しの女性が立ち上がる。


「だからこそ、完璧な仮面が必要なのです」


イズミは冷静に言い、空中操作盤を滑らせた。

新たなデータファイルが生成される。


「HVIを0と申告することはできません。

 国際評議会の不要な関心を招くだけ。

 必要なのは……受け入れられ、なおかつ軽視される数値」


表示された文字。


【登録履歴:AKABANE ARISU】

【公開HVI:689】


「689……?」


評議員の一人が眉をひそめる。


「中途半端な数字だな」


「ええ、狙い通りです」


イズミは微笑んだ。


「689は“中堅クラスの天才”。

 入学には十分だが、AクラスやBクラスのエリートの目には留まらない。

 群衆に溶け込ませるには最適です」


彼女は次々と偽の情報を打ち込んでいく。


・専攻:戦術分析および行動解析

・経歴:国境地帯出身の戦災孤児

・健康状態:安定。ただし軽度の対人コミュニケーション障害あり

・評価:観察能力は基準超過、社会的感情と向上心に欠ける


「この履歴は特別ルートで提出します」


クロバネが続けた。


「ライゼルには毎年二名、政治的機密枠の学生を送る権利がある。

 今年はアリス一人だ」


ミカゲはまだ納得していなかった。


「書類は偽造できる。

 しかし入学ゲートのキミヌコは違う。

 脳と神経を直接スキャンし、エラーかゼロを表示するはずです」


室内に緊張が走る。

キミヌコは同盟技術。ライゼルはハードに干渉できない。


イズミは意味深に微笑んだ。


「博士。

 ライゼルが銃と兵器だけで生き延びてきたと、お思いですか?」


彼女は入学区画を拡大表示する。


「人は配置済みです。

 測定結果が異常値でも、“体質による機器不具合”として処理される」


声を落とし、囁くように。


「その結果、アリスはFクラスへ。

 誰も気に留めない、壊れた機械の行き着く場所です」


「……誰だ?」


ミカゲが問う。


イズミはファイルを閉じた。


「知らない方がよろしい。

 アリスの進む道は、すでに敷かれています。

 それは赤い絨毯ではなく、忘却へ続く影の道ですが」


3.老いた狼たちの警戒


クロバネは満足げに頷いた。

だが最大の懸念は、同盟陣営だった。


「ソラリアもアスターも、愚かではない」


視線が評議員をなぞる。


「連中には一流の超感覚者と心理学者がいる。

 もしアリスが隙を見せれば……あるいは情を抱けば、全てを失う」


「計画の第三目標――陽動です」


情報将校が言う。


「公に学園へ送ることで、透明性を演出する。

 だが、二十四時間監視を――」


「不要だ」


クロバネは遮った。


「学園では、彼は孤立する。

 友を作る能力はない。

 異物として扱われる」


低く、断言する。


「その孤独こそが、彼をライゼルに縛り付ける。

 彼が“何者か”を知っているのは、我々だけだ」


立ち上がり、会議を締めくくる。


「目的を忘れるな。


 一。

 “ゼロ”が、感情で育てられた同盟の天才を打ち砕けるかを試す。


 二。

 戦術データの収集。


 そして三……」


最後に、アリスの映像を見る。


「もし彼が脅威となる、あるいは同盟に取り込まれたなら――

 クロスマーク学園を墓場にする。

 逆らう兵器より、破壊された兵器の方がマシだ」


「了解!」


評議会が一斉に応じた。


その頃、塔の外では酸性雨がライゼルの街に降り注いでいた。

汚れは洗い流されても、闇の策謀は消えない。


――アカバネ・アリスの運命は、

この瞬間に、すでに打ち釘を打たれていた。

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